桜の歌
まだ関東には桜は早い。その便りもない。
しかし、去年に桜が散ったという事は今年咲く桜が準備された、という桜からのメッセージでもある。
桜は散るために咲くのではなく、次の春に咲くために散る。桜本来の生命感を読み取る必要がある。
徒に、日本人の大和心や無常感の象徴にされては、桜は迷惑なのかも知れない。
哀傷として桜は主題に使われるから、散る…死(さらぬ別れの名残)と刻まれているのだろう。
西行…桜花ちりぢり
になるこのもとに名残を惜しむ鶯のこゑ
…この作品は法事の後、西行が詠んだ歌と記述がある。
しかし…この歌、鶯なんだろうか。私が桜見物で桜の枝に止まっているのは鶯ではなく、たいていメジロに思うのだが…。
話は、さらに外れる。
秋元某氏は、今年も『桜の歌』をシングルで出すようだ。『SO long ! 』…秋元某氏は桜を主題にした楽曲をリリースしてきた。
氏は、桜に寄せる想いを古人から踏襲しているに違いない…と私は勝手に予想。
その意味からすれば古典的で新味はない。日本人の心情に沿ったプロデュースだと思う
…が、しかし、桜には『若木の花、老い木の花』がある。桜は草花とは違うのだ。
そこをスタッフやメンバー達が、読み込んで理解しているかだね。
深夜にお仕事中。
深夜にラーメン食べたい。何故なんだろう。昨夜から、夜なべ仕事を継続している。
終日、他人との接触なし、家族にも連絡せず。ひたすら没頭
漫画を読んでいる時などもそうだ。
例えば『北斗の拳』ならば、頭の中は世紀末。
あたたたたた、た。
他人が私に呼び掛けても、たぶん聞いていない。下手に呼び戻すと、かなり機嫌は悪い。
あるいは映画や録画を見ていても、完全に映像世界へ浸り込む。
AKBメンバーの誰かに投影させながら、歌ったり踊ったり…脳内ステージだけどね。
ちょっと休憩…今、見ている録画は一年前に録画した『金スマスペシャル』
センターはもちろん前田。大島のアンダーは横山、柏木のアンダーは仁藤、渡辺の位置は藤江。あとはフル選抜。さらに竹内、島崎、入江が入っている。
さらに小嶋、篠田、板野、宮澤、秋元は魅力三倍増し。
もちろん…みぃちゃんもいる。
可愛いね。
Ψ(ΦωΦ)Ψ
老舗になったとすれば、安定である事も信用価値。
昼間作りすぎたお粥(味噌味)を、いかに始末すべきか。考えた末に牛乳・溶けるチーズ・ベーコン・茸を使ってリゾット風に仕上げて食べた。
禁酒中なので、毎日が全くの自炊生活。
料理の上手い女の子は『女子力』と呼ぶが、男の場合は何て言うんだ。
男は、単なる『侘び寂』だな。意地悪な言い方をするならば『いじましい』だけだ。ふむ…自虐だ。
所詮、料理は日常力であり、極めて単純な精神性による結果だろう。家族や自分で作る料理は稀薄ではないけどサプライズもない。
ある意味で同じ事の繰り返しでもある。
違うのは…飽きないという事だ。
ふと、思う。
あの秋元康氏は料理はするのだろうか。
おそらく、氏は料理下手なのではないか。料理人は、飽きられる事とは死活問題だ。ゆえに『サプライズ』を演出する…ん、そうかな?
いや、違う。
人を飽きさせない事とサプライズとは異なる。サプライズばかりでは飽きるのだ。
少なくとも料理と食事とは、そういう補完関係にある。
毎日の夕御飯的な劇場公演や楽曲があって良いはずだ。
だからと言って、成熟とか安定とも少し意は違う。秋元氏のグループ活動は、すでに老舗の領域に入りつつある…例えば
、老舗の鰻屋が幾度もタレ味を変えては、それは客の満足を得る前に信用を失う。時と共に深まりゆく味わいというべきか。
常に変革を求める秋元氏こそ、秋元氏自らがすでに老舗のオーナーなのだ、という自覚と意識変革が必要なんぢゃないかな。
また我々も、すでに老舗の馴染み客に近いのかも知れないね。


