妄想と、その破綻
海住まいの従兄弟ダイオウグソクムシが、ぬいぐるみで販売されて売り切れになったという噂を聞き付けた陸住まいのダンゴムシ君。
奴が売れるならば、自分も巨大化すれば人気が出るに違いないと、人知れず富士山麓の青木ヶ原で巨大化を決行した…。
やがて、突如として人々の前に現れたダンゴムシ君は、大型トレーラーを凌駕する巨大な姿であった。
あらゆるものを食いつくし、特に人間の生肉が大好物…たちまちパニックになる日本列島。
事態を重視した自衛隊は遺伝子兵零号機を作り上げ、巨大ダンゴムシに対抗するはずであったが、実験段階で遺伝子操作を謝りバイオ兵は大暴走。圧倒的な破壊力で日本列島の大半を焼き尽くす惨事を招いた。
日本人は、バイオ兵による遺伝子汚染とダンゴムシの繁殖により大地は腐食し、虫に怯え、僅かな山間部に寄り添うように生きている衰退した民族に変わった。
…やがて、日本人が居住する地域は『風の谷』と呼ばれるようになった。
…続く。
何とか、辻褄を合わせたような幼稚な妄想。
落語家に転じた元アイドルが、虫やバイオ兵と戦う…題して…風の谷のハナシカ。
そう、無理矢理に取ってつけまつた。
もう、九月も終わりでつね。
カメラの話は続く
小伝馬町から八丁堀を散策した折り、肩から下げていたのがミノルタXEだ。
自分だけの記録である。納品も仕事撮影も無縁。だからフィルムカメラを使う。
そこに私が写真を始めた原点もある。
このXE …都合二台あるのだが、いずれも古くて少し調子は怪しい。
いつ故障するかは運任せ。で…ちょっとジャンクカメラを入手して、二台とも修理した。銀色の方は、機械式シャッターしか使えなくなっていて、使うには工夫がいる。でも、自分が修理した喜びもあり持ち出す場合は多い。
黒は、先日のブログ記事にしたように能撮影を最初に受けた際に使用した機材。
まさに守り神の一つ。
これも、裏蓋やプリズムなど他のジャンクから交換して現在に至る。
そんな修理状況を写メしておいた。
下手すると引き返せなくなり、部品を損傷させたり紛失したり…カメラ分解と修理は似て非なるものだ。
とりま…銀色のXEには感度1600まであるFUJIナチュラを詰めてある。
このフィルムは感度400から自由に使える幅の広いラチュード…つまり汎用性が高い。そこを利用して、工夫をすれば撮影可能。
それでも、いまだに故障は運任せ。二台ともに三十年以上経過している老体だもの。でも、静態保存になって捨てないよ。
なお、背後に写り込んでいるのは…カメラではなく木彫りのカメだ。
松陰最後の地
昨日の小伝馬町牢屋敷跡。大安楽寺境内前には十思公園が広がる。
公園には江戸日本橋の石町『時の鐘』が建ち、松陰を偲んで山岡鉄舟も碑がある。
ここは、吉田松陰の最後の地。
その公園で受験勉強や、何やら難しそうな本を読む若者達が散見された。なぜか若い女性も思索に耽るようにベンチにいたりする。
しかし、江戸時代にこの地で斬首された人数は十万人とか…様々な事情があった人々も最後の場所。
しかし、松陰先生の存在は一際大きい。
ある意味で神様に等しいか…。いや、神様という表現が妥当でないなら、時代を越えた精神的支柱。
ここも松陰先生が見守る因縁の場所だ。現代の若者が受験勉強したり、難しい本を読むには良い場所に違いない。
『学べよ、諸君!』
そんなわけないか…偶然かもしれぬ。
松陰等を斬首した政策は明らかに井伊等のミスリードであったろう。
自分等と意見が違うものだからこそ尊重するなり、耳を傾ける。相違の果てに罪人扱いにして、斬首するのは誤りだ。
ゆえに、同じように井伊大老自身が水戸藩士に斬られた。
意見が違えば排除して良い、殺して良いという考え方は、テロや戦争も辞さない…その思考が、昭和の軍部クーデターを招き、やがては大戦を起こす。
もし、安政の大獄などせずに、松陰や左内など攘夷派に対する説得の努力をし、あるいは松陰をアメリカへ留学させていれば世界に対する視野が開けて、日本の近代史は異なった結果になったように私は思う。






