HOODのブログ -135ページ目

100円で幸せを買う



昨日は東中野で夕方過ぎまで舞台の撮影補助。実は、先日に左手を打撲裂傷を負い、ままならない痛みと不自由を抱えつつ何とか勤める。

撮影終了後、真っ直ぐに帰宅するのも退屈なので中野にある中古カメラ店まで散策。舞台撮影に使う機材を見る。

そして最後は、お決まりのようにジャンクカメラ店を物色。狭い店内は相変わらず私と同類の客達で混雑する


せっかく来ても目ぼしい物が無ければフィルム一眼に使うリチウム電池(市販品より安い!)を数個買って帰るつもりだった。
以前よりはジャンク価格も底を打ち、若干値段は高めである。私の隣では何やら転売業者臭い男性等が横でマミヤの2眼レフとニコンの交換レンズを見ている。
ジャンクカメラのネット転売で小遣いを稼ぐなんて記事が週刊誌に掲載されていたが、そういう経済行動もカメラ趣味から派生した一つの現象なのだろう。


そんな状況下、私も棚の下に『目当て』を発見する。

一つは『コニカC35EF』でコンパクトカメラに世界で初めてストロボを付けた画期的機材。まさにカメラを変えた一台、しかも傷一つない美品が100円というプライスなのだ。

発売当初、誰にも簡単に使えるカメラであることから普通にスナップメモとして使用された。この機能を最大限に引き出して愛用した感銘深い写真家がいる。その写真家とは一人の老婦人で、自分の暮らす山村がダムに沈む事を知り、その有り様と毎日の暮らしを黙々と撮影した。その数は七万枚と聞く。それほどに撮影を重ねたのは、先の大戦で戦死した夫が帰宅した時に沈んだ村を教えてあげようと始まった撮影なのだとか。そこに撮影本来の基本姿勢があるように思う。

100円という底値、カメラ史の歴史的価値、一人の写真家への敬意もない交ぜにして、私はコイン一枚で幸せを買うのだった。

清純フィロソフィー…

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今更だが…こんな深夜にAKB48・33作目『ハート・エレキ』にカップリングされたチーム4『清純フィロソフィー』のインスト版を聞いている。

本当に今更なんだけど、この曲のアレンジは思わず『ピアノか何かで演奏してみたいなー』と思った。どんなに辛くて悲しい時でも、たぶん演奏しながら明るい気分になれそう。それは別に歌詞がダメと言うんじゃなくてさ。たぶん、洋楽好きな人だったら『ぁあ…君が言いたいのは、こういう事だろう?』って私に代わって説明してくれそうなんだが…。


最近は当ブログにも『みぃちゃんネタ』は上がらず心残りな毎日だった。たぶんに批判もあるだろうが、この曲に関してはプロデューサーである秋元康が『峯岸みなみ』に贈った作品なのだ…と私は勝手に解釈している。
そして彼女のエンドロールと十年間のクレジットに、この『清純フィロソフィー』が一番相応しい。

『私的1/250』
今、この街角を過ぎたら遭遇するんじゃないか…そんな予感が脳裏をかすめた刹那、唐突に予感は現実になった。それは、まさに決定的な私の脳内シャッターがレリーズされた決定的瞬間だった。焼き付けた脳内アルバムをいつ思い返しても鮮やかなままだし、今更ながらに自分は彼女のファンで良かったと、今でも思う。

故郷は遠く


一昨日、不注意から左手を打撲裂傷。当分はやるせない毎日だ。

先日、東北の某市まで母方の墓参に母を連れて行ってきた。いわき市より好間、田村町を抜け国道49号を経由して中通りに入った。


母が運転免許を習得した数十年前、この街道は昭和を面影を
色濃く残していた。
周辺は林業が盛んで積み出し用の荷馬が、のんびりと川辺りに繋がれていたり、大切に育てられている牛が散歩する日本の風景だった。五月の節句前には鯉のぼりが翻り、休みには部活帰りの女子高が自転車を走らせて帰宅する姿が見えた。

しかし、そういう里の生活は先の原発事故で一変した。


街道は人々の生活や営みが希薄であった。希薄というより『生きる尊厳』が喪失しかけている『社会の死』を私は感じざるを得なかった。

付近は放射線避難地域から相応に距離のある場所だが、この街道に立ってみると心の芯が折れそうになる。

確かに田植えの用意は始まっているが、どうにもならない雰囲気があるのだ。


里山や沿道には桜が満開であった。人々の虚しさや愚かさを癒すように桜が咲き誇っていた。


原発は社会を支える原動力として否定はしない。エネルギーなしには社会活動や生活は不可能だ。だが、支払った代償は取り返しがつかないものだった事は事実だ。私自身、実家は某原発(現在休止中)から数キロ圏内にある。もし、再び事故があった場合…その状況下は絶望的ではあるまいか。逃げ惑う我々を国や他の地域に暮らす人々は受け入れてくれるのだろうか…都内を歩く自分の足元、振り返る道に続く先に何があるんだろう。