HOODのブログ -133ページ目

記憶の補完…3


毛糸を編んだ乳幼児が履く靴下。これは数十年前に母が私に編んだ。ちょうど、前述のヌイグルミ落下事件の頃に履いていた。いや、ちがうな…もっと前か?

小さな足の主も、ひとまず無事に還暦目前の中年を向かえるまでに生きてこれた。乳幼児時代の服や小物が本人の中年以降まで残っているというのは、本人の思い入れよりも親の意向が強いと思う。
この靴下だけは不思議に捨てられる事を免れて、実家の箪笥奥にずっと引っ込んでいたようだ。
私の時代は児童服など販売されてはおらず、どの家庭も自家製だったと聞く。職業婦人であっても、主婦において洋裁は必携の技術であった。

私が、この靴下を履いた記憶まで辿れるのかは定かでない。それでも、ある春の日。オムツを母が換えようと寝かされて、そこへ突然小鳥が舞い込んできて、部屋の中で母が捕まえようする姿を覚えている。えぇ、その間の私は下半身丸出しで…いったい小鳥がなぜ、私を放り出して小鳥に?
春と記憶しているのは新緑の記憶、妙に暑かったからだ。

思えば、祖父も90歳前後まで曾祖母が作った着物を所持していたし(祖父は百一歳まで存命だった)、母親が作った着物、服や小物を身近に置くという事は長寿健康の祈願も含まれているのだろうか。

明鏡止水

「AKB48 41stシングル選抜総選挙」、誰が1位になると思う?ブログネタ:「AKB48 41stシングル選抜総選挙」、誰が1位になると思う? 参加中

私はその他

…今回が最後の祭参加になるかも知れない。我推しは『峯岸みなみ 』である。
他にも応援するメンバーはいるが、このヲタ世界に導いてくれた仁義を通したいと思う。今の私は、圧倒的に優勢を誇る相手を目前にした境地に近い。しかし、勝ち馬よりも自ら選んだ馬で戦うのが武門の意地だ。

どっかのお調子者市長が愚策を疲労したあげく、住民に強要した投票の果てに『負けは負け』など実に下らない。人の人生とは勝敗ではなく日々生活の積み重ねだ。『抵抗する相手をぶっつぶす』など野卑な言語感覚である。


私には『峯岸みなみ』がいたからこそ、今日までAKBの楽曲や様々な現象を楽しんできたのだ。





身近なシーン


先日、不注意から左手を怪我。すでに手の腫れやバックリと切った傷も塞がった。
でも指先の感覚が妙に重たく残る違和感。軽く神経やっちまいましたかね…。


包帯の取れた手を眺めながら、急に叔父の言葉を思い出した。生前、陶芸家であったが叔父か、彼が芸大生時代に毎日の日課で左手のデッサンをしていた…身近な教材として、時間があれば左手を描いていたという。

その言葉に若い時代の叔父が、日常の意識、自分の体や周囲に流れる時間を慈しんでいたのを思い出した。


写メは実家の近く、おそらく近世近代から変わらぬ風景なのだと思われるが、付近は区画整理が著しくて、面影を残す場所も残り少ない。