絶望からの脱出
以前に読んだ航空自衛隊の戦闘機パイロットが書いた随筆にある記述『ダメな操縦士はトラブルに際して、関係ない機器操作をして混乱に拍車をかける…』
旅僧が名乗り・道行きの途中だ。まだ間がある…冷静になろうとカメラのファンクションを再確認するが設定に異常はない。操作、設定、装着状態にミスはない。やはりカメラ本体の故障にあるのだろうか。
『絶望』という文字が脳内を狭差する。
舞台では旅僧の道行き謡が終わり、旅僧は脇座へ足を進め、ついに幕が上がる。
どうにも絶望の瞬間が近い。半ば諦めてファインダー内で露出設定を見た。
なぜか『f11・』インジケーターが点滅している…そうだ、前日、桜を撮影したままの設定であった。天にすがる気持ちで、絞りを開放、幕速を1/80に戻す。間一髪、前シテ一声に間に合った。再レリーズ…モニターには綺麗な画像が浮かび上がった。
『助かった…』
この僅か五分余りの
時間、全てが徒労に終わる絶望と隣り合わせにあった。
要は初歩的なミスなのだが…無事に撮影は終了。だが、ひとまず私はカメラを点検に出すことにした。カメラの点検時期を遅らせ酷使していた現状が不安を招き、私の操作ミスを発生させた伏線にあると思われた。
確かに、先の随筆には『航空史において重大な航空機事故の大半、十割近くは人為ミスであった』と書いてあるのだ。
絶望の手招き
先週、撮影の許可を頂いて臨んだ舞台撮影。撮影場所が客席に囲まれた位置であったため、開始直前まで機材の展開を遠慮していた。幕内より囃子方のお調べ(いわゆるチューニングに近い伴奏)が流れてきて、ようやく三脚を立て消音バックに入れたカメラを設置。
能が始まり脇方が演じる旅僧が舞台に立った。まず試しに一枚…。
ん…モニターに画像が出ない。真っ暗で何も写っていない。
気を取り直して、もう一度。ファインダーには間違いなく舞台が見える。慎重にレリーズする…やはり映像がない。
…ない!
撮影本番中にカメラトラブル発生、これは絶対にあってはならない事だ。私の脳内では、二人の私が互いに焦る怒号と冷静を呼び掛ける声とを瞬時に交錯させる。
しかし、目の前では能が進行してゆく。もうすぐ前シテ(物語の主人公)が幕を上げて出てくるぞ…まずい、思いきりまずい。ぇえい、トラブル原因は何なのだ…。
周囲に迷惑とならないように消音カバーを外し、レンズとカメラの装着を確認する。問題はないようだ。まずはレンズよりの画像はカメラ本体のデジタル素子へ届いているはずだ。
するとカメラ内のバッファーやメモリーとの関連か。ついに『故障』の文字が浮かぶ。一台体制のためサブカメラもなく、演能は開始されていて他の写真家から借りる術もない。
この状態を何に例えよう。クルスク戦線でぺリスコープ内一杯に迫り来るT34戦車を前に、砲栓が焼き付いたタイガー戦車の乗員、あるいはビアク島海戦で米国戦艦ミズーリの射撃に狭差された駆逐艦雪風…いやいや、連邦の白いヤツを捉えて、ビームが切れた少佐様か…。


