絶望の手招き
先週、撮影の許可を頂いて臨んだ舞台撮影。撮影場所が客席に囲まれた位置であったため、開始直前まで機材の展開を遠慮していた。幕内より囃子方のお調べ(いわゆるチューニングに近い伴奏)が流れてきて、ようやく三脚を立て消音バックに入れたカメラを設置。
能が始まり脇方が演じる旅僧が舞台に立った。まず試しに一枚…。
ん…モニターに画像が出ない。真っ暗で何も写っていない。
気を取り直して、もう一度。ファインダーには間違いなく舞台が見える。慎重にレリーズする…やはり映像がない。
…ない!
撮影本番中にカメラトラブル発生、これは絶対にあってはならない事だ。私の脳内では、二人の私が互いに焦る怒号と冷静を呼び掛ける声とを瞬時に交錯させる。
しかし、目の前では能が進行してゆく。もうすぐ前シテ(物語の主人公)が幕を上げて出てくるぞ…まずい、思いきりまずい。ぇえい、トラブル原因は何なのだ…。
周囲に迷惑とならないように消音カバーを外し、レンズとカメラの装着を確認する。問題はないようだ。まずはレンズよりの画像はカメラ本体のデジタル素子へ届いているはずだ。
するとカメラ内のバッファーやメモリーとの関連か。ついに『故障』の文字が浮かぶ。一台体制のためサブカメラもなく、演能は開始されていて他の写真家から借りる術もない。
この状態を何に例えよう。クルスク戦線でぺリスコープ内一杯に迫り来るT34戦車を前に、砲栓が焼き付いたタイガー戦車の乗員、あるいはビアク島海戦で米国戦艦ミズーリの射撃に狭差された駆逐艦雪風…いやいや、連邦の白いヤツを捉えて、ビームが切れた少佐様か…。
