HOODのブログ -128ページ目

塩対応


行きつけの居酒屋。自慢の肉料理…しかし、塩加減が日によって違う。人が調理するのだから僅差の塩加減が生じるだろう。塩加減は体調とメンタル的状況で変化する説もある。
だが…まれに塩を倍にしてないか?…と言うくらい『塩対応』と化している。


あるいは、お世話になっている小さなお寿司屋さんの老主人、『この塩加減、どうかな?』と私に小鉢を試食させてくれる。
『最近ね、俺は塩加減が怪しいような気がするんだ…』
私『じゃあ、少し足りないかな、くらいで加減が良いんじゃないかな』


『塩対応』…まさに私と接した女性が必ず見せる対応。本当に辛いのが、これだな。


先日、友人の一人が帰宅困難となり私の部屋に一泊した。
この十数年、誰かが私の部屋に来た事はない。誰も来ない大前提の生活だったから、微妙に…汚い。汚い理由は他にもあるけど煩雑すぎる。


そうか…いつしか自分に対しても『塩』な生活だったんだね。

誠実という名の不実

能に『砧』という曲がある。作者は世阿弥とされ、自身も絶対の自信作と考えていたようだが…。


一応、能『砧』を知っている事を前提で書いてしまうけど、『人は時に、誠実なるゆえに最も不誠実な結果を招く…』その典型が、この『砧』に描かれる妻に対する夫の行動であるように思える。
都に訴状を持ち上った夫は自らの職務、状況に誠実である。
間違いなく訴訟を勝ち取るための運動をしている。

…郷里に残した妻も、きっと同じように勝訴を待っているだろう。いや、俺は妻のためにも都で頑張らねば…。

…今年も郷里には戻れない。そうだ、夕霧を使いにやろう。俺の手紙を持たせて近況を話して貰えば妻も喜ぶに違いない。夕霧は若くて気の利く女だからな…。


しかし、夫からの使いで都から下ってくる若い娘(夕霧)の存在が、どうにも含みが有りすぎる。
夫の身の回りを世話していると推察できる若い娘を、妻のもとへ使いに下す。この夫の誠実にして無神経振りが、世阿弥以来の数百年を隔てた今に、リアルな現実描写として浮き彫りになる。


たぶん…続く。

それでも、戦わない。


日本人は平和ボケだと云う。

テレビではバラエティ番組、あるいはアイドルグループの総選挙生中継…など。
こんな状態を見て『日本は平和だなぁ…』と笑う。

しかしである。戦後生まれの我々、平和を享受した我々に平和以外の経験があるわけない。そういうお前は、平和以外の日々を経験しているのか。

戦争に行ったのか。
家族や友人、恋人が目前で無惨に殺されたのか。


『平和』で良いじゃないか。世慣れた顔をして『日本は平和だなぁ…もっと大切な報道や事件があるのに…』と言う。しかし、その瞬間自体が『平和』なるゆえの恩恵ではなかったか。


平和な社会において仕事や勉強にベストを尽くすなり、貧富に関わりなく他人に誠実であることが、一番に困難な作業だ。

有り体に言えば『他人を羨まぬ事』、そこに尽きる。


昨夜、仕事中に知人からメールが来た。

『追い上げ、おめでとうございます!』という内容だった。

その一言で内容把握…『峯岸みなみ・19位』様々な力関係を前にして、それは我々ファンの限界であったかも知れぬ。
むしろ、逆風ばかりの中で健闘したとも言える。


ともあれ、あと一年は楽しませてくれるはずだ。


平和で良いじゃないか。

タネ呑みに行こう。