HOODのブログ -130ページ目

終わらないリフレイン♪


乃木坂46・川村真洋。
今より数十年前。まだ学生だった私は、先に卒業して都内企業に就職した悪友の部屋で飲んでいた。
悪友は某テレビ局にいて、すでにバラエティ番組の制作スタッフであった…そう、彼が参加している番組を見ながら酒を飲んでいるわけ。しかも、その番組の台本を読みながら…である。

番組作家が書いた台本の指示は詳細に書かれていて、各タレント、アイドル歌手のコメント、突っ込み、笑うタイミングまで微細に渡る…それは歯車のように寸分の異同もなく進行してゆく。

ここで私は、つまり制作の立場から見た有能なタレント、アイドルとは台本内容を視聴者に感じさせない巧みさがある人間を指すのだ、と初めて知った。やがてテレビ画面では、あんまり売れていないアイドルの子が持ち歌を歌っていた。

『こういうさぁー、普通の女の子ね。いくら集めて連れてきても仕方ないんだよ。どうせ売れないし、関係者のオモチャになるだけだしさ…』と悪友は『業界人』らしく語った。


成功するモデルの発想とは、時に偶然の閃きから生まれる。
『自分の気に入った普通の女の子を集めてみよう…』そういう提案から数十年後に成功した某巨大アイドルグループがあって、それは悪友とは真逆の見地を持った人がいた、そこに着目したという事だ。
もしかすると悪友が『秋元康』になれたかも知れない。その時代、時流の潮目があったのは確かだ。



その後、悪友が『俺が番組を仕切る時代が来る…』と、だが彼が番組プロデューサーになった…とは聞かず、やがて数年後に依願退職したと風の噂に聞いた。

能・弱法師


河内国高安の里。左衛門尉通俊の一子俊徳丸は他人の讒言により追放され、行方知れずとなった。しかし、父通俊は歳月の流れともに慚愧の念が募り、天王寺に七日間施行を行う。今日は結願の七日目、通俊が天王寺に赴くと盲目の物乞いが施しを受けに現れた。貧しく汚れ果てた盲人ではあるが、通俊は思いの外に風流な問答を通俊と交わす盲人が捨てた我が子俊徳丸であることに気づく。しかし、人目を憚り夜の闇に紛れて連れて帰ろう日暮れを待つ。
盲目となり果てて思い浮かべる春の風景、様々な詩情を俊徳丸が語るうちに次第に生きる事への思いが募り、狂気を帯びてゆく。やがて闇が支配する夜更け、通俊は俊徳丸に父親の名乗りをあげ、曲折を経た父子は手を取り合って高安の里に帰るのであった。

主人公を盲目の青年として描く本作のテーマは、後世の近世・近現代の劇作家達に啓示を与え、影響下の作品を多く産み出している。


代々木果迢会五月定例公演・五月三十一日…代々木能舞台。開場一時半。二時開始。

チケット完売のため発売終了…。

希望的リフレィン

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①この角を曲がったら君がいるとなぜかわかった。日差しの向こうからふいに近づく予感がしたよ。


②君だけが冷静の内側で揺さぶるんだ。


③君だけが気づかない僕だけの花でいい。…秋元康作詞(希望的リフレイン)で一部詞章を抜き出してみた。


①推しに大都会の片隅、街角で会えるものではない。保存された記憶の瞬間…『偶然は、でも、きっと何度だってやってくる』…推しに都内で遭遇するのは実は二回目なのだ。



特に印象的な表現②の『冷静の内側を揺さぶるんだ…』が良い。私には同年代である秋元康が『青春の片想いと熱情』を若いメンバー達に詞に描き、歌わせる事は尊敬に値する。我々中年は恋なんて忘れた世代だからね。


③の『君だけが気づかない、僕だけの花でいい』は既出な言葉、使い古された言い回しで、けっして耳に新しくはない。しかし、ここに至るまでの『君だけが…好きすぎて…』とリフレインされて『花でいい』と淡い恋(永遠に続く片想い路線だ)…に仕立て成功している。


『老いての恋』はともかくとして、何か表現に生かされたら時に『爆発的芸術』の源泉になるのだろうか、いや、それは大袈裟だ。それでも燃やし尽くすまで、秋元康には言葉を『片想いの世界観』を描き続けて欲しいと願う。