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お茶あがれ地蔵

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朝方から雨であったが、少し散策に出た。

十年前以上だが、北池袋付近を歩いた時に、東上線北池袋駅から踏み切りを渡り、少しあるいた辺り。交番が近くにあって、その隣角に宝永庚申塚と『お茶あがれ地蔵』の佇む角道がある。


そこは、ちょっと不思議な空間で、行き交う人々を静かに地蔵が見守っている。


普通はカメラで撮影した後、ブログ用に携帯で撮影するのだが、今回はカメラだけ。お地蔵様とは本当に久しぶりの再会である。『お茶あがれ地蔵』は江戸時代に結婚を反対されて失意に亡くなった女性を供養する意で建てられた…と教育委員会の説明板には書いてある。

付近に店を構える商家の娘か、あるいは宿場の儚い遊女かも知れない。遊女の方が、北池袋の街に似合うようにも思う。


『どうぞ、お茶あがれ…』と人待つ顔の遊女が、いつしか一人の男性しか待たなくなった。当然、宿は商売にならず遊女は追い出される。
放浪する女は、生きる甲斐もなく寂しく世を去った。

さながら能『班女』の主人公花子と同一にするが、花子は縁あって恋人と結ばれる。しかし、現実の花子には過酷な悲劇しか用意されていなかった…。それでも、誰かが慰めようと『お茶あがれ地蔵』を建てて供養した。そんな空想が浮かぶ。

悲しく世を去った女からの見守りを受けて、慰めと癒しでもあるのだろう。通学路となった地蔵の前を、多くの女子高生達が足早に歩いて行く。

また再会はあるのだろうか。別れを言わない方が良かっただろうか。

君の心と体が雨ならば、晴れるまで僕は待つ。


機械は内部部品が壊れても、場合によっては修理も可能。意外と簡単に直る時もある。

しかし、一度壊れたら、人の体と心は本当に難しい。特に神経を壊されると本当に堪える。

少し鬱気味な一夜を迎えた私。落ち込むのも嫌なので、気分転換をやってみた。これは手元にあったキヤノンAF35ML。往年のフィルムコンパクトカメラであり、マニア的要素の強いカメラだ。学生時代に成田駅近くのカメラ屋での中古棚から買った。当時は中古カメラブームで何でも高かったが、これは難アリで珍しく捨て値であった。

入手後は、ずいぶんと活躍したカメラだし、それなりに思い出がある機材なのだが、ある日…電池が液漏れして電池室の集電端子が破損、動かなくなってしまった。

上カバーを外して電池室侵入を試みるも、電気回路の迷路に阻まれ断念。
もう一つの方法、僅かに端を残した端子部を生かして何か部品を接続すれば…動くに違いない。

そう思い付いて、早十年近く放置。

最近、ふと…このカメラを急に使いたい気分がよみがえってきた。そうだ、復活させてもう一度フィルムをモーターに回して貰おう。

キヤノンレンズとしては40ミリf1.9を実現させた高級機でもある。上手くピントさえ合えば性能は高い(当時のAF性能がね…あまり)

さぁ、やるぞ!

と、ジャンク部品をかき集め、工具を用いて一時間余り…。


壊れて分解したカメラの部品を破損部に押し込み、見事に電池室復活!レリーズを押すと電気音が流れてスイッチが通電している。

『チー♪ジッ、ガッシャー、ガッシャー』

ぉお、やった。直った。使えるぞ。

明日は私的に晴れだ
。雨であっても、心は晴れだ。ジャンク部品や工具達と復活記念写真。


性悪説


新幹線内の焼身自殺、その事故の様相は詳細に報道されてこない。規制が発動されているのだろうか。


新幹線を利用する度に、こういう犯罪が発生する恐れを抱いていた。
今後は改札口での持ち物検査の徹底。乗車券購入時の身分証提示など厳格な警備を私は希望する。

必ず、模倣犯が出る可能性が強い。

九人の賢者は一人の愚者を受け入れるが、九人の愚者は一人の賢者を虐殺するものなのだ。