高崎駅
『スハ42系車両』
夕方、前橋での所用終わり。再び高崎駅へ…。駅構内にはEF641001、旧型客車の試運転…懐かしい風景。とくに鉄道模型好きには、客車台車のTR47番型は鉄製の重量感と調和のあるデザインが堪らない。
スハ系は、私が高校時代に通学で利用していた車両でした。
デッキ乗車が好きでドア開けたまま乗るのが、当時の学生の習いで、そうやって粋がっていたわけ。どこか、斜に構えた気分だったんだろうと思います。
高崎駅、上信鉄道改札前の駅蕎麦屋でラーメンを食べる。
以前は0番ホームだったのに、一度改札を出ないとならなくなった面倒さ。
それでも食べたいラーメンの一つ。不思議に落ち着く味わい。
ラーメンをすする横を重い鞄を下げた女子高生が上信改札へ向かいます。
良いなぁ、未来には希望しかないんだよな。そうして次へ希望を繋いで欲しい。
旅の風景
寄居駅風景…以前、ブログで紹介した寄居駅ホームの立ち食い蕎麦屋は閉店になっていました。お店のオバサンに大変にお世話になった思い出があって、気になったので改札まで行き駅員に尋ねると…長瀞駅のお店に出ているよ…と。そうか、仕事が続いていて良かった。
列車は八高線児玉駅を過ぎたあたり。明治陸軍の参謀に児玉源太郎という人がいました。戦史に詳しい人ならば旅順攻略の一件で既知と思います。
彼は薩摩藩の士族ですが、もとの先祖は、この児玉付近から出た中世時代の傭兵の一派です。謡曲・知章にも『団扇の旗は児玉党か~』とあります。いわば戦争のプロ集団。
各地の豪族に雇われて戦う。ゆえに敵味方の情報が筒抜け…の場合もあり。
プロ気質が児玉参謀にあったかは解りませんが、彼の先祖が眺めた山野の風景は、今でも変わらないんでしょう。



