HOODのブログ -103ページ目

昨夜の能『砧』


昨夜は能楽の撮影。最初に断っておくが、私の能撮影は趣味ではない。大袈裟に言えば『人生の血肉』である。

しかし、人生的には下流写真家である。私の名が世に出る事は…たぶんない。

さて、昨夜の現場。
代々木能舞台である。見所(けんじょ、と呼ぶ)客席数は百数十席の小規模舞台だが、半屋外にあり独特な生々しい雰囲気がある。草木や夜空、天候の雨、風、など無数のコンテが描き込まれている。無味乾燥な能楽堂とは趣が違うのだ。

そこで上演される演目次第では、単に能を越えて現代劇的な接触感覚さえ体験出来る場でもある。

昨夜、能『砧』で用いられた能面『痩女』銕仙会所蔵本面の表情が凄まじかった。すでに見慣れたはずの面であったのに、あまりに生々しく魂に張り付いて、人の心を喰らいに来た生き霊…なのであった。

時に、場が作る能というものがある。役者や観客だけの力ではなく、別の作用が働いて仕上げてしまう能だ。もちろん、そこを呼び込む役者の存在、シャーマニズムな肉体も必要だが、その体験をすると能に対する視点が遥かに広がる。

しかし、だ。それが巧く写真になるのか。下流写真家である私には残念ながら及ばないのだ。

いずれ人生で懺悔する他はない。

使えるから意味が生まれる


撮影仕事はデジタルで作業、翌日納品も可能という事は魅力的である。

一方、私的撮影は当分はフィルムに変更した。値段の割りに故障や電池劣化の激しいコンデジに多少疲れたのが原因。同一会社生産のカメラでさえ、バッテリーの互換性がない事も愛想尽きる。データの突発的な故障にトラウマもあって、精神衛生的に良くない。

戦時中、旧海軍と陸軍は航空ガソリンの規格、戦闘機の機銃彈一つから互換性がなく、補給や整備に手間取る状態であった。米軍に比較して物量が乏しいにも関わらず、茶碗の中で嵐を吹かせていたわけだ。

もし、中国やインドなどがデジタルカメラのバッテリーや様々なシステムを共通規格化(標準化)に成功したら、我が国の製品に脅威とはならないのか。

日本の高品質製品と謳っても、利便性と安定性さえ確保したら情勢は変わる。
かってキヤノンAE1が、国内メーカー(特にミノルタが撃沈された…)を世界市場から一気に駆逐したように、いつ起きても不思議ではない。実際、日本から海外な流出した技術は膨大であろう。すでに誇るべき新幹線技術も中国に気がつけば奪われてしまっている。しかも、日本に比べ格安でありコスト優先の欧米には魅力的に映るはずだ。

内部事情




一枚目…ギラつくメッキ。
二枚目…上後期、下前期
三枚目…前期のアップ・メカが一杯。

来月に撮影依頼が一つ入り、必要なレンズ機材を探しに都内の量販店、中古屋を廻る。機材を少し一新したいのだ。


某店にて、例によってジャンク棚も見た。『せっかくに来て、何も買わないのはツマラナイ』で、同じ500円で難ありのミノルタSR1初期型を購入。 今から五十七年くらい前に発売されたカメラで、シャッターが油切れと劣化で甘くなっている。その他には問題はない。当たり、傷もなく外形はキレイだ。
この時代のミノルタ製品は、特にメッキに特徴があって、燦々と銀色に輝く。


その夜。『注油で、何とかなりそうだ…』まずは下カバーを外し、ん…?

すでに後期型は入手して調整済みだが、内部構造が全く違う。ミノルタSR1は前期後期の差ではなく、全く違うカメラだった事を知った。『一体、何があった』


無事に下側の調整部に注油を完了。カバーを着け直し、次に上カバー。ギッ♪…かに目ネジの締め付けが固い。
どうにも無理だ。実家にある道具を用いないと開きそうもない。

諦めて、シャッターをレリーズする。
やはり、まだ甘い。上部にあるメカから注油を必要としているようだ…。

もう少し油が回れば…そうだな。数十年放置されていた機械ならば、まだ油は必要だろ。悪魔的発想で、スポイトから注油してみる。

お願い…カメラを大切にする良い大人は『絶対に真似をしないで下さい』

そうして半日、油が上へ廻るようにカメラをひっくり返して放置。

力なく作動していた後ろ幕も、だいぶ良くなった。動態保存としては一応の完了。シャッター調整ギアに手を付けないのは、この箇所は意外と扱いにくさがあって、この調整で幕を切る人が多いと考えるからだ。落下や衝撃がなければ、調整ギアが外れたりはしない。大抵の不具合は、注油で処置可能というのが見解。

しかし、前期後期にメカ的相違がありすぎて、一説に労使関係や下請け会社との契約トラブルがあった話などを思い出した。設計の違いというより、ミノルタの工場側の意向が激しく反映されているんだろうか。

私的には、前期型にミノルタ本来の構造を感じるし、部品仕上げの差は歴然としている。そこに、色んな意味で昭和時代の空気を感じた。