ココハドコ? アタシハダレ? -3ページ目

ココハドコ? アタシハダレ?

自分が誰なのか、忘れないための備忘録または日記、のようなもの。

 

あけまして おめでとうございます!

 

みなさまのご健勝とご多幸をお祈りします。

 

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 昨年は昭和100年、先の大戦の終戦80年という、ある意味節目の年だったが、だからといって結局何かがあったわけでもなく、万博だけが妙ににぎやかだったといわれる割に工事費未払などという恥さらしな報道がされたり、声ばかりでかい右翼がその声のでかさだけで台頭するという、近年まれにみるいやな年だったと、そんな感想しか出てこない。

 

 日本で初の女性首相の誕生と言って、喜んだ人も多いと思うが、政治こそ実力の世界で外交も経済も音痴と見えるこの人がどれほどの実績を残せるかは、これからのお手並み拝見で、「台湾有事」発言だけで一刀両断するのもどうかと思う。

 この人で気になるのは、先の総裁選で麻生太郎が「高市いいだろう」と言ったというニュースで、決して「高市いい」と言ったわけではないという事で、麻生にしても他にいないから「高市で」という位置づけだったのだろうと思う。そうでなくてもジェンダーフリーなんてとんでもないと思っている右翼が女性首相を喜ぶはずもなく、今はあれこれ言わず泳がせている、泳がせてみたら、あの「台湾有事」発言で外交音痴がよくぞ言ってくれましたと、麻生は喜んでいるんじゃなかろうかと、そんな思いもよぎってくる。言いかえるなら、高市早苗は早晩賞味期限が切れたところで使い捨てにされるだろうと、気の毒だが私はそう思う。

 

 この高市早苗首相の下で日本は軍拡路線を走り始めるだろうか。外交を知らない素人のような政治家が、やたらと中国を怖がっていて、その恐怖心にあおられて軍備をいくら拡張したところで彼我の差は大きすぎて話にならない。あげくのはてに「緊急事態条項」を憲法に明記すべきだと言い出す始末。この緊急事態条項で何かあれば、すぐにでも徴兵ができるようになる。

 

 恐ろしいことだが、緊急事態に陥った時にひとつだけ覚えておかなければならないことがある。それは先の大戦で死んだ日本人兵士や民間人の遺骨収集が遅々として進んでいないという事実である。中国国内から東南アジアの国々、南洋の島々、硫黄島、サイパン、さらにはアリューシャン列島、いたるところに100万を超える遺骨が眠っている。80年を超えた今になっても、である。つまり、この国は先の戦争において、「お国のため」と言いつつ国民を使い捨てにした。そう言っていいと思う。これだけは忘れてはいけない。軍事費を拡大するならその前に先の大戦の、いまだ終わらぬ戦後処理をするのが先だろう。

 

 

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われ先にと時代は進みますが、私は私より速く歩けないし、走れもしない。

わが人生は始まったばかりと、いつもそう思っています。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

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 日本に住む外国人に日本語を教え始めてから、日本語は難しいと思うようになった。日本語に限ったことではないのだろうが、言葉は生きていると、そんな思いがよぎる今日この頃である。

時の流れとともに新しい言葉が生まれ、その一方で使われずに忘れ去られてゆく言葉もある。言葉には歴史がある。

 

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 ここ数年、コンビニエンスストアで外国人の店員を見ることは日常的な事となってしまったが、彼らの多くは日本語を学ぶために日本語学校に通う留学生で、ビザの関係で1週間に最大で28時間の就労しか認められていない。その最大の受け皿となっているのがコンビニエンスストアなのである。つまり勉強中の日本語が多少おぼつかなくても仕方がない。「いらっしゃいませ」を「いらませ~」と発音したところで、客は別に文句を言わない。ああ、「いらっしゃいませ」がまだ言えないんだなと勝手に納得するだけのことで、クレームになることなどまずないだろう。

 

 ただ、なんとなく気になって「いらっしゃいませ」とはどんな意味なのか、調べてみた。いや、厳密にいうと「いらっしゃい」は知ってはいるけれど、最後の「ませ」って何?

頭の中で「ませ、ませ、ませ?」と言ってみてもわからない。で、辞書を引くと、なんと丁寧語の助動詞「ます」の命令形なんだそうだ。え?「ます」に命令形がある??

 そういえば「○○なさいませ」という言い方がある。たしかに命令形である。となると「いらっしゃい」とはどんな意味なのか。私は漠然と「こちらへ来なさい」といった意味だろうと思っていて、「いらっしゃい」だけで充分に命令形になっていると思っていたのだけど・・・

 

 辞書によると「入る」の尊敬語だった古語の「いらせらる」が変化して「行く」「来る」「居る」の尊敬語「いらっしゃる」になったという。「いらっしゃる」はラ行五段活用と辞書にはあり、となると命令形は「いらっしゃれ」とならなければならない。「いらっしゃい」は実は連用形がイ音便で「いらっしゃい」になったもので、そこに「ます」の命令形「ませ」がついたと。

 「いらっしゃい」が命令と受け取られるのは「ませ」を省略したというのが辞書の解釈。

 

 つまり、「いらっしゃいませ」は「(どうぞ)お入りください」という命令というより要請といったほうがふさわしい尊敬語だったのだ。

 

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 このような日本語の成り立ちを外国人の学習者に教えても、なかなか理解できるものではないし、膨大な語彙の中からいくつか選んで教えても、印象に残ったからと言って、その言葉を実際に正しく使えるようになるかというと、そういうものでもないだろう。

 だからといって「いらっしゃいませ」の発音だけを教えても、ちょっと違う気がするのだが、これを悩まずに割り切って教える教師というのも、ある意味すごいなと思ったりしている。

 

 

 

 

 

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 日本橋の三井記念美術館で開かれていた「円山応挙展」に行ってきた。24日、展覧会楽日のことである。たまたま友人と電話で話をしていたら、この展覧会の話題になって、じゃあ、一緒に行くかという事になったのだが、互いの都合が合ったのが最終日という事で、ちょっと混むんじゃないかと心配したが、案外のんびり鑑賞できたのは意外だった。

 

(遊虎図襖 重要文化財)

 

 私には日本絵画についての知識など何もなく、円山応挙についても、せいぜい「虎を描いた人」くらいのおぼろげな知識がある程度。高校か中学の美術の教科書に載っていた、その「虎の絵」が今回展示された襖絵であるのかどうかも記憶がはっきりしないので判然としない。

 

 しらべてみると、円山応挙(1733-1795)という人は江戸時代中期から後期にかけて活躍した絵師で「写生」を重視した人らしい。そういえば展覧会のチラシやサイトでも「写生」という言葉を散見した。ただし、花鳥をありのままに描く「写生」は鎌倉時代からすでにあったらしく、狩野派などでも探幽が「写生」を能くしたようである。

 だから「写生」という創作態度自体は応挙のオリジナルというわけではなさそうだが、鯉や猿を描いた作品(撮影不可でした)を見ると、まさに生きている、そういう見事さには目を奪われてしまう、そんな感想を持った。この見事さは、少し後の葛飾北斎などにも見ることができるのだが、どうも西洋の「写実主義」などともどこか根本的に違うところがあるような気がする。

 

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(雪松図屏風 国宝)

 

 日本画に限ったことではないのだが、水彩画や水墨画を見るたびに思うことがある。それは、紙であれ布であれ、一度そこに落とされた線も色彩も決して修正できないだろうということで、これは修正可能な油絵とは全く異なる製作態度を求められている、そういうことだろう。

 人物の柔らかな1本の輪郭線を引くにも、引く前から引くべき線が見えていなくてはならぬ、そのためにどれだけの修業を要するのだろうと、私はそういう想像から逃れることができない。

 そして、それが屏風絵や襖絵のような大作になればなるほど、描かれる以前に見えていなくてはならぬ全体像が作者の中にはあるはずで、その全体像のために、どれほどの時間が費やされ、どれほど多くの線が引かれ、習作が重ねられてゆくのだろう。そんなことを考える。

 上の「雪松図屏風」の細部を子細に見ても針のような松の葉の1本1本が実に精緻に描かれているのがわかる。どれもただの線ではなく先端の尖った「松の葉」としてそこに存在しており、そのことに私は驚嘆する。白い雪の部分は絵の具を使わず、もともとの紙の白をそのまま残してあるのだそうだ。

 

 描かれる以前、一体どんな「眼」が、この松を見ていたか。つまるところ、それが西洋絵画の写実主義との截然たる差ではないか。きっと「眼」が違うのだと、漠然とそんなことを考えている。

 

 

 

 

 

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