ココハドコ? アタシハダレ? -2ページ目

ココハドコ? アタシハダレ?

自分が誰なのか、忘れないための備忘録または日記、のようなもの。

 日ごとに春めいて桜も咲き始めた。天気さえ良ければ多少の風など気にせず、河川敷や公園に出て運動したり、ベンチで本を読んだりする人を見かけるようになった。私のように1日中外で仕事をしていると、ポカポカした陽気はもうそれだけでうれしくなる。

「ああ、日向ぼっこ、、、日向ぼっこ、、、」

 

 

 声にこそ出さないが、そんなことを口の中でもぐもぐと呟いてる。呟いているうちに、例によって疑問がわいてくる。「日向ぼっこ」ってなんだ?? いや「日向」はわかる。太陽の日差しがあたって明るく暖かい場所のことだ。わからないのは「ぼっこ」。

 「ぼっこ、ぼっこ」とそれだけを呟いていると、次第に「ボッコ、ボッコ」と音だけになり、そもそもあるはずの意味が乖離してどこかに飛んで行ってしまうという、妙な感覚に襲われる。

 

 あれ?もしかして「日向ぼっこ」じゃなくて「日向ごっこ」?

 いや、まぎれもなく「日向ぼっこ」。

 

 

*****

 

「ごっこ」は遊びだ。鬼ごっこ、電車ごっこ、お医者さんごっこ。

辞書によると「ごっこ」とは…

  1 いっしょにある動作のまねをすること、特に子供の遊びについていう。
  2 交代して同じような動作をすることにいう。ばんこ。

とある。鬼ごっこでは鬼に捕まったものが交替で鬼になる。電車ごっこでは運転手や車掌、乗客の役を代わりばんこ。お医者さんごっこは大人も大好きだ。お医者さんと患者さんが代わりばんこ・・・(そういや、「ばんこ」という言葉もなんだか不思議な音だ)

 

 

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 「日向ぼっこ」という言葉は、江戸中期の『俳風柳多留』に「日向ぼこ」が登場するのが最も古い例とされている。

               日向ぼこ  禿へ雀の  糞が落ち

日向ぼこ  膝のあたりを  犬に貸し

 

『俳風柳多留』は投稿公募作品を集めたものだけに作者不明だが、面白おかしい「日向ぼっこ」の情景が目に見えるようだ。

 

 さらに、「日向ぼっこ」の語源について調べてみると、文献上は平安時代の『今昔物語集』に登場する「日うららかにて日向誇らせむ」という一節が最古のものらしく、この「日向誇り(ひなたほこり)」が「日向ぼっこ」に変化したという説が有力らしい。

 古語における「誇り」は「得意になる」「際立つ」「満足する」といった意味になるらしく、つまり 「太陽の光を存分に浴びて、それを満足そうに楽しむ」という様子から、「日向ぼこ(り)」になったと説明されている。 「ぼっこ」自体には独立した意味はなく、

 

   「日向誇り(ひなたほこり)」⇒⇒「日向ぼこ」⇒⇒「日向ぼっこ」

 

と、ひとつの単語として音だけが変化したようだ。

 

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 「日向ぼっこ」は言葉が古いだけに異説もある。

 もうひとつは 「日向(ひなた)」+「火(ほ)」+「子(こ)」説。 火(ほ)は 太陽の熱や火を指し、子(こ)は 親愛の情を込めた接尾語。あるいは「〜すること」という意味らしい。つまり 「お日様の熱に当たる」という行為を親しみを込めて呼んだものが、時代とともに「ぼっこ」に変化したという説。

 

 また、出典が明らかではないが、東北方言を由来とする説もある。

 これは「日向惚け在り」が音変化したものとする説。つまり「ぼっこ」は、何も考えずぼんやりすることを指す「惚ける(ほうける)」が変化したものという説。いうなれば、陽だまりの中で「ボーッとしている状態」を指しており、東北地方などの方言で「〜ぼっこ」という言葉が使われていたことが由来とされている。実感としてはこちらの説に共感する人が多いのではなかろうか。 
 
 言葉はどのようにして磨かれてゆくのだろう。すぐに答えは見えないが、長い歴史を経て、今もなお使われている「やまとことば」にはどうしても美しさを感じてしまう。
 

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(うぐいす)

 
日陰になった枝から枝へ飛び移るのだが、最後まで全身を見せてくれなかった。囀る声はよく聞くが、姿を見たのは初めて。

 

 

 

 

 

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 仕事の現場が杉並区善福寺公園からほど近いところだったので、帰りにちょっと足を延ばしてみた。 大昔、まだ若かりし頃、西荻窪界隈に住んでいたこともあって、私にとって、ここは昔からなじみの公園なのだ。

 

 

 なかば観光地のようになってしまった井の頭公園と違って、閑静な地にひっそりとたたずむ風景は昔から変わることなく、どこか癒されるものがある。

 

 

 

 気温も上がり、天気も良く、加えて世間は連休中。散歩する人も多く、カメラを持った人もけっこう見かけた。ここは野鳥も多い。

 

 

 そして桜も開き始めた・・・

 

 

 

 

 

 

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 ここ数年、東京で雪を見なかった気がする。夜の間に降ってもすぐに溶けて、午後まで雪が残らない、そんなふうだった。だから久々に見る積雪は何となく清々しい気分にさせてくれる。豪雪に見舞われている日本海側の人々にはお見舞い申し上げるよりほかないが、東京は東京で何日も雨が降らず、水不足が深刻になりつつある。恵みの雨ならぬ雪でもあるようだ。

 

 

 

 私の住む日野市は積雪10cm程度。気温がかなり下がっていて、アパートの階段が凍っている。北側で陽が当たらないので、明日まで溶けそうにない。それでも週の後半は気温が上がるらしく、少しほっとしている。

 

 

 今年はあと何回寒波が来るのか、この時期私はそんなことを考えながら春を心待ちするようになる。もう梅が咲いている。雪の重みに耐えながら、健気に咲いている。

 

 

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 さて、選挙である。私は2日(月)に期日前投票を済ませたのだが、1週前の平日ではあったが、結構人が並んでいて、どうやら関心が高いらしいと、その時は思ったのだが、この大雪で投票率はやはり下がるのだろうか。

 先ほどから開票速報が始まった。地方の首長選挙や議会補欠選挙で全敗が続く高市政権で、この衆院選だけは圧勝の模様。首相の政治資金にかかる疑惑などあっても、それもこれも吹き飛ばしそうな勢いだ。一体だれが、こんな体たらくの政権を支持しているのか。いや、野党があまりにだらしなく、他に選択肢がないと、そういうことなのか。

 そういや、私も小選挙区では自民や参政に入れるなどとんでもなく、他に選択肢がなくて中道の候補に入れたが、比例では「中道」とは書けなかった。

 

 おやおや、TVでは安住淳、岡田克也、小沢一郎の小選挙区落選を伝えている。枝野幸男も危ないようだ。旧立憲は悲惨、というより壊滅状態だ。

 

 高市自民党が圧勝したからといって、急激な右傾化を誰もが望んでいるわけではないだろう。まだまだ選挙民は右往左往するのではないか。どこかで自民党政治に狎れきって、その馴れ合いにしっぺ返しを食らっているのではないか。馴れ合いの夢から目が覚めるなら、それはそれでいいことのように思える。激動はしばらく続く。そう思いたい。

 

 

 

 

 

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