自己而發み深い 直接的な意味は"自分で出てくる。"という意味だが、ここには恐ろしい言葉が隠されている。今、COVIDの速い電波力は、まさに"自分から出てくる"ための準備過程なのかもしれない。すなわち、全世界に染み込んで次の段階の変異を準備するというニュアンスの強い言葉がまさに"自己而發"だ。そのため、天地公事でいう"病 自己而發が病は自ら出てくる"という意味に符合するには、病の種がまかれなければならないが、今の状況がまさにそのような状況だ。

この新種のCOVIDの致死率は低い。しかし、電波力と感染力は非常に速いことがわかる。初感染者を出して60日ぶりに頂点を撮ったウイルスはどこまで伝えていたのか見ると、中国もほぼすべての地域で感染が確定者が出たからこれは確定者数字の問題ではなく、勢いでは、全地域に病氣が広がっているということをいう。今、人々が自分たちの国に確振者が何人かだと発表するが、それの問題ではなく、その驚異的な拡散速度が問題だ。 今はただ"確診者"という急ぎの火を消すために動くが、低強度の感染者はかかったが治ることもあり得るので、このようなケースは確診者よりも多いかも知れない。

このように速い病氣の拡散が意味するところが次の段階に向けた前奏曲だ。 現在の科学の盲点は、資本主義が持つ特性の限界を同時に持っている。 その例として、嘘をつく人、嘘をつく宗教、混乱を増大させる政治であり、このような三重奏によってウイルスの拡散は加速している。 ここで2度目の嘘をつく宗教は、韓国だけに現在限られているが、他の国も同様だ。 今、全世界に広がる過程にあり、その次変異のための種まきなら、本当に今年、来年は取り返しのつかない状況に全世界が置かれかねない。

天地公事はすでに防衛に順応すると明かした この'COVID-19'が現在、肺炎を起こすものを見て火克金の性質なので今は全世界人の体に火氣が蓄積されている賞である。しかし、天地公事はなぜ太乙咒が水氣蓄積の呪文だというのか。つまり、今火氣が世界中の人々の体に蓄積される過程が終わると変異が起きるが、その変異を克服して病に勝つために使う力が、まさに水克火の性質であるため、太乙咒の権能が解けると太乙咒が起こす作用が水氣貯蔵であることが分かる。

しかし、まだその権能が解ける時期ではない。今は世の中の運勢が火氣を蓄積する過程にある。 今はこの火氣が蓄積される過程だが、木氣の作用で間接的蓄積や蓄積が終わり、この火氣が熱で発散する時期が近づき、この時は取り留めようがない。その危うい時期の起点がすぐビョンスルウォル(10月)とチョンヘウォル(11月)になる可能性が非常に高く、その時になれば、真の米国の危機が始まるのだ。 火克金は国にも適用される 中国と日本の危機はそれよりはるかに早いために中国が今勘違いしたのは、この'COVID-19'がもうなくなりつつあるということだ。

むしろ中国の場合、 火氣の蓄積が終わりつつある状態なら、残ったものは一つしかない。 この新種のコロナウイルスの伝染力を軽視してはならず、すでに韓国に広がっている速度だけを見ても、他の国が今後経験する事の様相を事前に説明してくれる。

今韓国が経験している出来事を各国がいくら封鎖しても、中国のようにまったく同じ轍を踏んで全世界に広がり、五行で見れば火氣を人々に蓄積させるだろう。

結局、犯した罪業は災いを招き、犯した德は福を受けるように早くその報いの結果を爆発させる準備を天と地としている。 今は掛像として、必ず正大でなければならないということを前提とするのも、そのような脈絡だ。

結局、 天地公事の末、一人が水氣の蓄積太乙咒の権能を解かなければ、その火氣は時限爆弾と同じで、垢がつけば爆発するものだ。

 

日本旅行をしながら、彼らは私たちとまったく違う点が2つあることに気づいた. まず我々は、6.25戦争のような悲運の内戦を経験しながら全国が焦土化されたため、鬱蒼な森を見ることはできないが、日本には、あちこちに数百年の森が残っているという事実だ。 韓半島が経験したような大きな戦乱が、日本本土にはなかったためだ。

大阪関西国際空港に到着した後、大阪城を見るために車に乗って走り出したが、都心をまだ離れていないところに、急に鬱蒼とした森が茂っている公園が視野に入ってびっくりした。 都心の真ん中にこんな森があるなんて、到底信じられなかった。 わずか60年余り前に私たちはソウル全体が砲撃で崩壊する現実を目撃し、血の涙を耐えなければならなかった。 しかし、この2次大戦で日本は多くの国を侵略して戦争に敗れたことにも本土の大半は戦争の惨禍を免れた。

また、日本全域の家庭には1、2本の木を植える造園文化が成熟していた。 城や寺院、役所、道路沿いなどの造園が行き届いているのは容易に理解できたが、個人の家まで狭い空間を活用して木を育てる姿は、我々が見習うべき課題であると思われた。

2つ目の違いは、商店や街がきれいで、甚だしくは人々の注目を集めない裏通りまでもきれいだという点だ。

もちろん、日本人たちも暗い夜になると、街中に平気でティッシュを捨てるという。 その代わり、夜の間に美化員たちがきれいに掃除して、朝の通勤の時はさわやかな街の姿を維持するというのだ。 しかし、昼間は街のどこを見回しても捨てられたティッシュや汚物がなかった。 街につばを吐いたり、吸殻を捨てる人もいない。 朝に行けば、どれほどきれいに掃除をしたかどうからんらん、トイレの水も1級水に人が安心して飲んでもいいとしている。

大阪城は新鮮な空気を吸いながらきれいな距離を走ったあと、都心の森の中をしばらく歩けば会える。 まず城を囲む水路が出た。 幅が100メートルも超えるようなこの水路は三重に大阪城の全体の周りを回る形になっている。 約1時間ぶりに市内の川を巡回できる水上バスも運行されているという。

城の中に入ると、エレベーターに乗って5階まで行けるようになっていた。 5階で降りた私たちは歩いて8階まで行った。 8階の展望台から四方を歩き回ると、一国の武士の城としては、その規模が大きすぎることに気がついた。

大阪城は天下を統一した16世紀後半の武装、豊臣秀吉(豊臣秀吉)と関連された城である。 大阪城は16世紀末に建てられ、17世紀の戦乱で焼失されていたが、その後再建されたが、天守閣(デンシュかく)だけが再び焼失されて20世紀前半になってから天守閣が再建された。 天寿閣議の内部は1階から7階までが当時の武器と鎧、民俗資料を展示した歴史資料館であり、8階は展望台が設置されている。

8階展望台から一部見られる大地と定員は合わせて119万平方メートルとした。 構内には約六万平方メートルの芝生公園があり、特に春に桜が咲く時期には花見の人でにぎわっている。 周辺には大阪の文化と歴史を紹介する大阪市立博物館と豊国神社、最高1万6千人を収容できる規模の大阪城ホールなどがある。

大阪城を見た後、日本最古の寺院である大阪の四天王寺を見に行った。 入口を入ると左側に北宗堂があり、石の橋を渡ると礼賛堂が現れる。 橋の下の池にはスッポンがあり、目を引いた。 極楽浄土(極樂淨土)の定員があり、中央に木造5階塔が建てられているが、東西南北に木造3間の門がある。 北門に守護神王2人と南門に二天王の2人がいた。 この寺は西暦593年に聖徳太子によって建てられ、日本で最も古い寺院である。

大阪のグルメスポットとして有名な道頓堀と心斎橋を回って初めて日本人の生活を間近に見ることができた。 心斎橋デパートやブランドファッション売場が立ち並ぶ華やかな街で、若者が多く、夜遅くまで店を開いて商売をするという街だった。 距離の道幅は10メートルぐらいだが、車がまれな代わりに中央に自転車が整然と建てられている。 建物は美しく街はきれいであり、ベンチも置かれており、空気も澄んでいるため、都心の真ん中にあるということが信じられないほどだった。 本当にクリーンな環境だった。

15日朝9時頃に奈良県奈良市内にある東大寺寺に行った。 同大舎は木造建築で周囲は樹木で鬱蒼と改装されている。 冒頭にある大化厳寺は四天王門だった。 西に神将が左右に配置され、内部には動物形の石造物があった。 境内に入ると、まっすぐに伸びた木々が丁寧に作られていた。 小さな渓谷とともに、向こうの原始林が生い茂った森が調和を成していた。 ふもとに建っている建物のほとんどは付属寺院だという。

寺の中に入るには、四方を囲む長い回廊を曲がらなければならない。 中央にある大仏殿(大佛殿)は2階になっているが、建物構造は4階で造成されていた。 大仏殿のすぐ前に八角青銅灯があり案内者に問い合わせたところ、韓国から来た百済時代の職人が作った青銅灯だと言った。 大仏殿の中に祀られたのは毘盧遮那仏である。 高さ14メートルに及ぶこの仏像は耳の長さだけで2メートルであり、鼻の内径は成人が出入りできるほどに大きな穴を遂げた。 手の平の上に成人17人が乗ることができるほど巨大な仏像だった。

京都市に位置する清水寺は、京都を代表する場所と言われるほど有名である。 清水寺広場に下車して幅が6メートルほどの狭い道路を約2キロ歩いて傾斜した山に向かった。 清水寺仁王門(仁王門)を経て、境内に入ると、木造で構成された3階塔が聳え立っていた。 その隣に経堂があり、途中くらいから下側が鉄製で封鎖されていた。 内部に重要文化財が保管されているという。 その上に田村堂がある。

本堂に入ると、前のステージが絶壁にかかっていて、100個以上の柱がこの舞台を支えている。 清水寺の本堂が大雄殿のような場所である。 内部には11面千手観音(千手觀音)を目前火(木殿佛)に祀られている。 縁を結ぶ観音菩薩の前で写真を撮り金閣寺に移動した。

3面が険しい山地(山地)にブナ科に属する木がうっそうと茂って調和を成した森の中を歩いて寺に差し掛かると、広い池が出た。 金閣寺は池の上にある3階建てで樓閣のために付けられた名前で3階建ての建物の2階と3階は完全に金で装飾されており、華麗かつ燦爛たる姿だった。 金閣寺は1397年山小屋だったところを節に作ったが、茶の間(茶室)のソクカチョン(夕佳亭)が有名だ。 武士である将軍や貴族だけが緑茶を飲みに来ることができ、平民は来られない所だというここは別名を茶道房ともいう。 金閣寺は1950年に放火で焼失して1955年に再建した。 歳月が経っても黄金色に色あせず、楼閣が光るのは、毎年京都市民の税金で金箔を上塗りしているからだという。 1994年には世界文化遺産に登録された。

続いて浄土真宗の本願寺という東本願寺を訪れた。 正門に真宗本廟の門を経て入ると御影堂は修理中なので阿弥陀堂に向かった。 本条火となった阿弥陀如来を安置しているアミ妥当は正面52メートル、側面47メートル、高さ29メートルに約10万8千枚の瓦を使い、畳が401枚、党内の柱だけを66社に達する壮大な寺だった。 特異なのは女性信徒たちの髪の毛で組んだという縄で厚さ30センチ長さ約69メートル、重量約375キロにのぼるが、この寺の柱を立てる際に引っ張る綱だったという。

オヨンダン(御影堂)は木造記念物では、日本最大と言うが、正面76メートル、側面58メートル、高さ38メートルに達し、瓦が約17万5千枚使われたとして畳だけ927枚、党内の柱は90個に達するという。 韓国、中国、日本などを見回したが、その中で最も大きな寺院だと言える。

翌朝、食事を終えて富士山に登った。 富士山の下から緩やかに傾斜した道路に沿って登ると、2千メートルの地点に原始林の木々(枯死木)たちがあちこち散らばっている姿が見えた。 しかし、いざ2千500メートルの地点に着いたら商店が立ち並んでいた。 車で4時間走って到着したそこの食堂で昼食を食べた。

食事を終えて大涌谷に向かった。 3千年前買った内部に閉じ込められていた水蒸気が爆発しながら創り出した火口の一部であるこの渓谷の流れる水はミルク色を帯びていた。 石になった階段を踏み入れ、急な山道を歩いて登ると地下10ヵ所あまりで100度以上の温泉水が湧き上がって掲載されていた。

大涌谷で15分の距離の山の中腹には自然的に行われた李大浩の数の芦湖がある。 湖の周りが100キロメートルとして水深は最高50メートルという。 四方はすっかり山に囲まれていた 火山噴火でできた巨大なカルデラ湖である芦湖は、火山大噴火当時にマグマが一気に噴出し、山頂と尾根が陥没した巨大な盆地が形成され、その陥没した場所に水が満ちて形成された。

そして東京の名致神宮を見て回った。 道路の両側が森をなしており、入口である神宮門は天の千字形をなしていた。 千年前に整えられた木の周りは2本ほどの大きさだったが、木に鼻をあててにおいを嗅ぐと香の匂いがした。 神宮とは、天王や天王の祖先とされる神がいる場所を意味する。 明治神宮は1920年に建設された神社として'明治天皇'の魂を安置したという。

神宮の前に大木が2本あり、左に組んで2本の木を束ねたが、夫婦和睦、嘉和万事成、すべての方々と仲良く過ごす木と書かれていた。 明治神宮には日本国民がそれぞれ一本ずつ持って来て植樹した木がたくさんいたけど、みんな365種に16万株が育っているという 。

東京市内全域を見て回る道に東京都庁45階展望台に登って四方の見通しをすべて見るようになった。 高いところから眺めると、東京の規模がどれほど広いかが実感できた。 東京の人口が1千500万人で、外郭の人口を合計すると、3千万人にもなるとしたが、視野が足りず、市内の最後を見ることができなかった。 続いて東京都内にある天草寺に立ち寄った。 本殿を見ると日本の武士を祀ったような神威があり、隣の建物に行ってみると観世音菩薩とその他の菩薩を祀っていた。 外へ出て、5階塔を見たが、あまりにも人が多く、それこそ黒山の波をかき分けているようであり、外に出た。

最終日、空港行きの車で行く途中、空港近くの成田新勝寺に立ち寄った。 表門に行ったが、参拝する人が多すぎて横行門で本殿に入ってみた。 不動明王真宮と記された扁額だけがあり、不動明王は祀られている場所はないので、再び上に上がると開山堂があり、光明堂があり、さらにその上に上ると木造か鉄製かは分からないが、不動明王が祀られていた。 周囲は、千年が経つ間、人工(人工)に誠意を尽くして育てた樹木がうっそうとした森を成していた。

今度の旅行を回してみると、富士山2千500メートルの地点に到着し、写真を撮るとき骨の髄まで浸透していた冷気が特に記憶に残った。 一方、日本全域が森を成していると言っても過言ではないほど、家庭にも数本の木を植える文化が成熟していることが印象的だった。 5日もの間、道路沿いに駐車されている車両の姿を見ることはなかったほどきれいな環境を作るため努力している日本人の市民意識を見習うべきだという気がした。

"1年後雨の季節に帰ってきよ。"

美緒は、そのように切ない約束を残して夫と子どものもとを離れる。 そして1年後雨の季節は来て嘘のように彼女はまた家族のもとに戻ってくる。 しかし、過去の記憶が完全に消されたミオ。 夫と子供は彼女に与えられた、たった6週間の時間の間,失われた彼女の記憶ほど、大切な愛と幸せに彼女の記憶を満たしていく。 悲しい別れの後の童話のように広がる6週間の時間の中に彼らは幸福と愛情の意味を涙で見せてくれる。 果して彼らが言う幸せと愛の意味は何か。 彼らに許された時間の中で一緒にやってみよう。

妻みお(竹内結子)を先に出発した夫秋穂巧(中村堂)と小学校を通っている息子祐二(武井明石)はみおが死ぬ前に残した"1年後雨の季節に帰ってきよ…"という約束を心に抱き、中途半端だが幸せな日々を過ごしている。

そんな彼らに雨の季節は訪れ、自分たちだけの秘密の庭園を散歩していた巧と裕二の前に世を去った美緒が奇跡のように現れる。 しかし、彼女は生前のすべての記憶を失った状態。 しかし巧と裕二はそんな美緒を温かく迎え入れ、ちょっと不思議な三人の生活は再び始まる。

記憶のない彼女に、自分たちが出会った恋の過程を聞かせる夫。 そして二人は自然に"二番目"の愛を結んで行き、裕二も"二人目"のお母さんに出会ったことにとても大きな喜びと幸せを感じる。

そうして夢のような時間を過ごした美緒は、裕司が保管していたタイムカプセルで、自分が高校時代から書いてきた日記帳を通じて、自分が雨の季節が終わると同時に、巧と裕司を去ることを知り、限りなく涙を流す。

果たして、あの雨の季節の奇跡は何だったのか。

みおはどうして巧と裕二のもとへ帰って来たのだろう? すべての答えは、みおが残した日記の中に明確に書かれていた。

日本の演出家たちの中で最も信頼度の高い土井伸浩監督は、出会いと別れ、祝福と期待、そのようなキーワードの中で愛と幸福がどのように描かれるかを美しく描写した映画一本で、数百万の観客を感動させた。

'今、会いにゆきます'がまさにそれだ。 ところが、この映画は単に私たちの生活の中で感じる情緒だけを取り入れたものではない。 その中には、過去と現在と未来という時間の断層から生と死という形而上学的要素に盛り込まれた哲学的意味まで、かなり複雑な体系が含まれている。 しかし、非常に難しくなく、非常に単純で素朴に描かれる。 それで、この映画を見ていると、まずは感性的な温かさに目頭を濡らすようになり、理性的な構成力に感動を受けるようになる

この映画でミオの転生は劇的な反転を通じて深い感動を意図した監督の重要な装置だ。 監督は、タクミを追いかける途中、交通事故にあった20歳のミオの視点で物語を再構成しながら、28歳で死ぬことになる自分の未来を選択するミオの暖かい愛を、その過程で浮き彫りにさせたのだ。

また、いくつかの切ない場面も注目に値する。 去る前、美緒は夫の会社の女性同僚のところへ行って、"夫と子供をよろしく頼む"と言い、息子の裕二には皿洗いや洗濯方法、目玉焼きの作り方を教えながら、旅立つ準備をする。 そしてみおは家の近く製菓店で裕司が18歳の時まで彼に12年間ケーキを配達してくれることをお願いする場面は映画初盤の高校生になった裕司の誕生日に配達された最後のケーキを受ける場面とあいまって、はっきりした母性愛を感じさせてくれる。

映画で見せるミオの至高至純な純愛は、現代社会で愛という単語の本質を目覚めさせるのに十分だ。 出会いと愛、そして別れという人生の枠内で日常茶飯事で起こる事件、時にはその中で現れる人間の利己的な姿と倫理道徳を忘れたまま蔓延したインスタント愛は、果して人間本来の姿だろうか。 偶然目にした自分の未来と死、その愛を選択すれば自分が死ぬという事実を知っていながら選択した人生。 その何が彼女の心を死をも辞さないようにしたのか? これは単に愛の選択を通じて、生と死の岐路に立っている映画の中の主人公"ミオ"にだけ許されたものではないだろう。 理想と現実、信頼と不信、そして幸福と不幸の岐路でどのような選択が最上の選択なのかは全て自分の心にかかっている。

 

最近、地球のいたるところで地震が発生し、異常気象が起きている。 海水面が高くなって国土面積がますます減る所がある一方、巨大な湖が干上がってしまい、周辺地域が砂漠になっていく所もある。 多くの科学者はこのような異常気候が地球温暖化現象のためだという。 地球温暖化とは地球が暑くなってきているということだが、それとは裏腹に去年の冬はとても寒かった。 これについて、科学者の間で意見が分かれ、様々な解釈がなされている。 中でも「ガイア」理論は、地球が温暖化でますます熱くなるにつれ、平衡を保つために大雪を降らせ、太陽を反射させて地球の温度を下げたと主張する。

地球温暖化に対する新しい観点を提示するGaia hypothesisは、英国の科学者James Lovelock博士が主張する理論で、地球を生物、大気、大陸、海からなる一つの生きた有機体とみなしている。 「Gaia」は本来、ギリシャ神話に出てくる大地の女神を指す言葉で、地球の生命を母のように面倒を見てくれる慈悲深い女神だ

これまで西洋科学は地球を物理的、化学的立場だけで眺め、地球の大気·海洋·地質·歴史を研究してきた。 このような観点から、人間は地球を単に文明を維持するための資源供給先としてのみ考え、無分別に開発し破壊してきた。 その結果、大気や水が汚染し、多くの生命体が絶滅し、温暖化による気候変動がもたらされた。

上記のほか、様々な方法で地球は太陽から来る外部エネルギーと地球内部のエネルギーが変化する中で、生物生存に適した環境を絶えず造成してきた。 生命体しか持たない地球の恒常性と能動性から見て、地球は生命体とあまりにも似ていると言える。 さらに、地球は人間と非常に似ている。 一例で、地球も70%が水であるように人間も70%が水で構成されており、塩分の中に溶け込んでいる塩類の構成比率が正確に一致する。 ガイアイロンでは,人間が心臓,肺,皮膚など様々な付属器官を持つように,地球も類似の付属器官を持っているという ラブロックは大気圏を地球の皮膚にアマゾン密林を地球の廃炉の大洋を循環系と見た。 また、地球の健康状態について温暖化は熱病で、酸性雨は消化不良でオゾン層の破壊は皮膚斑点に例えた。 これまで人類が莫大な規模で自然を傷つけてきたにもかかわらず、ガイアが無事なのは相対的に重要でない付属機関に触れたからだ。

科学の範囲を超えた神話的な解釈かもしれないが、生命体としての地球は人間のように意識と感情、そして精神があると考えることができる。意識もなさそうな小さな細胞が数多く集まった肉体に精神が宿る人間になったように、地球上の多くの微生物と植物と動物と無生物が一堂に会し、ガイアという巨大な霊的生命体が形成されたと言える。ラブロックはそれとなくそうした解釈を試みている. ガイア、つまり生きている地球の概念は、この30年間に科学界だけでなく、宗教界や一般大衆でも多くの反響を呼んだ。ラブロックはこのような熱っぽい反応が、私たちの心の奥深くにいる自然が生きているという人間本来の認識とガイア概念が一致するためだという。

もともと東アジアの伝統にみる自然は、生物だけを含むものではなく、私たちが足をつけて生きるこの地塊のすべての存在を指すものだった。山にも山神があり、海にも龍王神があり、地にも土地神があるなど、あらゆる万物に神がいることを当然のように信じて暮らしていた。また、雷が鳴り、風が吹くすべての自然現象は神様の意思だと考えられていた。だから当然自然に対して畏敬の念を持って自然との調和と交感を

追求したのである。このような自然観は、もはや非科学的、迷信的なものではないという間接的な理論や情況が続々と登場している。また、多くの西洋人も東洋的な世界観に関心を持ち、これを理解しようと努力している。

ガイアの理論からも分かるように、これまで地球は人間と生命のために無限の功力を持ってきた。 今や人間は自然がもたらす多くの恩恵に感謝感を感じ、自然を保護しなければならない視点にたどり着いた。これまで地球は主に微生物を通じて地球の生態系のバランスを保ってきた。 人間がガイアの重要な機関を破壊し続ければ、今後どのような大きな結果をもたらすか分からない。 今や人間は自らの欲望を調節し、自然と調和し、その恩恵を知って報いるべきだろう。

 

 

 

現代医学では癌に対する3代の治療法で'手術、抗生剤投与、放射線療法'を施行するが、この治療法は大きな実効を収めることができずにいる実情です。 そのため、最近はがんや難病の治療剤を外部から探すのではなく、内部から探す流れが目立っています。 それがまさに私たちの身体の血である"免疫システム"です。 この本は、現代医学がガンの発生原因を見つけられず、過度に分析的な局所療法に偏っているため、病気を根本的に治療するのに大きな限界があると評価しながら、人間の肉体が本来から持っている生命力と免疫体系を強化することで、ガンを克服できると力説します。

この本の著者である安保徹教授は、世界的な免疫学者であり、医師として1996年に白血球に対する自律神経の支配構造を説明しており、2000年には100年間の通説だった'胃潰瘍=胃酸'説を覆す顆粒そしりを発表し、医学界に深刻な衝撃を与えました。

この本は現代医学の治療法である"対症療法"、"局所療法"の限界を指摘しながら癌を治癒する4つの条件で"生活パターンを変える、癌に対する恐怖から脱する、免疫を抑制する治療を受けない。 受けているならすぐに辞める、積極的に副交感神経を刺激する。"ということを提示しています。 また副交感神経を活性化するのに重要なことは心得であり、最も重要な心得が笑いだといいました。

現代医学はがんの発生原因を発がん物質によるものと言いますが、著者は現代人が経験する精神的ストレスががんの真の原因だと考えています。 ストレスを受けると交感神経の機能항進で自律神経が失調し、白血球の一種である顆粒球が増加し、リンパ球が減少してがん細胞を効果的に抑制できないため、がん細胞の増殖が起こると言っていました。 そのため、癌を克服するためにはストレスを受ける生活パターンを改善し、人体の免疫力を著しく落とす手術や抗癌剤投与、放射線治療を中断して軽い体操やお風呂、散歩、笑い療法を通じて副交感神経を刺激してリンパ球を増加させて活性化することで癌細胞を克服することができるということです。

実際に、がん患者は現代医学の治療に執着し、もはや手を打つことができない状況に至ると、代替医学的な治癒に目を向けるようになりますが、このようにして奇跡的に治癒する事例も多くあります。 しかし、私たちはこの本を通じて、より意識的に代替医学的な処方をいち早く選択し、食餌療法と運動で自分の免疫力を強化することで癌を治癒することがより望ましいことであることが分かります。

"免疫革命"は癌と難病に対する新しい治療剤を探しているこの時代に最も基本的なことが最も重要だということを悟らせてくれる試金石のような役割をしていると思います。

 

 

 

ほとんどの人は"幸せ"のために成功することを願うが、成功することを願う人たちに成功が何なのかを問い返せば、その答えはさまざまだ。

要するに、普通の人々が考える成功とは、その追求するところが金、名誉、自由など他人と比べて経済的により多く持ったり、環境的により多く享受することを意味する。

それなら、もっとたくさん持って、もっとたくさん享受すると言って私たちは果して'私は幸せな人'と言えるだろうか。 歴史的に前回の50年間に我々の物質的生活水準は最高の頂点に達し、多くの新技術が生をもっと安楽に作った。 また、生活環境も良くなり、人々の平均的な健康状態も良くなり、寿命も長くなり、移動速度も早くなり、以前よりも多くの余暇を楽しむことができるようになった。 しかし、皮肉なことに幸福の満足度は増えなかった。 物質的に豊かな先進国でさえ、自ら幸せだと感じる人の割合は数十年間停滞しており、いくつかの国々では生活水準の急速な向上にもかかわらず、その割合はむしろ少しずつ減少している。

このように他人よりもっとたくさん持って、より多く享受するからといって、幸せだと思わないというのだ。 同様に、成功に向かって前だけを見て走り、それを成就し、人目では幸せだと思う人も"まだ幸せではない"と話す。 その理由は何だろうか。

一般的にはお金、名誉、自由が人を幸せにすると言われているが、それらが人々の幸福に寄与する程度は非常に低い。 なぜなら、人間が自分の所得に満足しているか否かは、大体の場合、絶対的な給料水準によって決まるのではなく、相対的に評価される。 物質的な富が増えると、人々の生活の満足度は短期的には増加しているように感じられるが、やがて私たちは考えるよりも早く新しい状況に慣れ、やがて再び豊かに暮らす人との比較を始める。 より大きくなった新車が、しばらく我々に喜びを与えるのは当然だ。 しかし、しばらく経つと、その車は毎日乗っている移動手段に過ぎない。

つまり、人は自分の物質的富を同僚、友人、隣人の富と比較して、昨日と今日、今日と明日の富を比較する。 結局、私が望んだ何を成就しても"もう少し"ということが、私たちを連続的に比較のストレスに追い込み、絶え間ない比較は私たちを"不幸の軸"に属させることで私たちの幸せを絶えず脅かす。

ロンドン経済大学のある研究によると、この半世紀の間にうつ病とストレスによる病気が大きく増加したのは、すべての裕福な社会の共通現象であり、他の階層との差が大きく、富裕層はうつ病患者と自殺者統計で最上位を占めている。

結局、私たちはもっと裕福になったが、もっと幸せにはならなかった。 それなら発想の転換で幸せな成功は何なのか考えてみよう。

たいてい自分の物質的地位を向上させようとする人は、身近な人たちでさえ関心を持つ時間も、力も、余裕もほとんどない。 しかし、他人への分かち合いは、引き上げられた給料よりさらに、そして持続的に個人的な幸せを増やしてくれる。 なぜなら、他人のために献身する人々は他人を助けて暮すことが自分の人生をより能動的にし、自分自身に対して肯定的な評価をするようになるという。 そのため、より満足し、より幸せな人生を送るようになると話す。 すなわち、他人との比較ではなく、他人とともに分かち合うことで肯定的な付随的な効果が生じ、これらが合わさることで個人的な幸福感もより大きくなるということだ。

要するに、上記のような原因は個人的レベルで、より高い地位、良い車、広いアパートを持てなくても心は豊かで幸せになる。 また、幸せで安らかな心は安心になり、内的な満足感を持って新しい力を得てどんなことにも積極的になるだろう。 そして、その積極的な態度は個人のイメージを向上させて自分の価値を高め、これを物質的な利益にまで結びつける新しい次元の利益になって私たちの暮らしを持続可能な成長や成功を予測させてくれる。 一方、他人のために献身する社会を目指す過程で、ひたすら自分のことだけを考える者は友人もパートナーもいないし、社会的に成功できない。 このように人を助ける者は自ら助ける。 本当の幸せな生活は、私たち自身ではなく、他人を通じて可能だ。 したがって、幸せになるために成功を人生の重要目的に置く人なら、自分の地位と所得のためには少ないエネルギーを、他人を通じた分かち合いのためにはより多くのエネルギーを投入しなければならない。

分かち合うということは幸せになるための新しい成功戦略だ。 これは競争中心の資本主義社会で、他人のものを奪い取って自分が持っているものと呼ばれる経済的算術方式ではなく、まず他人を成功させ、その徳がますます大きな幸運になって、自分に戻ってくるすなわち新しい利潤を生み出す分かち合いの生き方が、より一層説得力を得るというのだ。 これがまさに幸せになるための成功の鍵になる。

 

 

대전노은회관

宇宙の神秘を世の中でよく使う言語ではその意味をすべて表すことができなかったため、隠喩的で象徴的な言語である数字を通じてそれを表現したのだ。 特に数字'9'には洋の東西を問わず多くの神秘が含まれていることで知られている。

数字9の象徴的意味はこの宇宙で最も大きく、高い地位を意味するものだから、これはすぐ九天上帝さまさんの位格を表象したものといえる。

東洋の神話では、神の住まいとして天を九つに分け、その中で一番高い神の住まう天を九つ目の空、すなわち九天と呼んだ。

また、土地も深さによって段階があるが、人が死んで行く最も深い地下を 九泉という。

西洋でも9を重要な数字と考えたことを意味する例がある。 "I'm on cloud nine(直訳:私は9番目の雲の上にいる)"기気分がとても良い'という意味で、言葉では言い表せないほど気持ちが最高に良い時に使う表現だ。 サンスクリット語でも9街の最上級の意味を持って、ヘブライ語では不可思議な力を意味する。

9は完成のための完全数として'新しい始まり'を意味する。

新しい生命である胎児が9ヵ月間の受胎期間後、完全な人間の形態を帯びて世の中の光を見るようになるように、9には完成を通じた新たなはじまりの意味があるものとみられる。

米国の神話学者であるJosept Campbellは「神話の力」で9という数字が「通常、世界の神々しい母親および世界の神々と結合した数」だとしている。

最も高い九天という位置にいた上帝さまは9日間天地に工事を開始した9年間、完璧に工事をみた後に化天した。 これで私たちは今までにない最も完成された世界である後天仙境を迎えることができるようになったのだ。

祈りをして見れば、イエス様(牧師)や釈迦(僧)が通じているということを10年前に気づきました。結局自分の神(国道)様に頼むことになったら最終決済は上帝さま決定されるのです。

自分の業報が多ければ上帝さまへの歩みが遅かったり、本人の信じる神だけに留まることがあります。太乙咒 (高速道路)へお祈りをすると、おこなわれる速度がすぐ現れます。

自分の業報を太乙咒へ取り除けば、上帝さまに行く速度がもっと速くなる原理です。

自分の業報を取り出してくれる方(地震被害)は、太乙咒を一生懸命暗記したり、忙しい方は私にお金を送ってくだされば、代わりに祈りを捧げます。

 

 

"許しの瞑想"は、私が恨めしかったり憎いと思う人を思い浮かべ、瞑想や祈りを通じてその人を心から許す過程だが、その対象には自分自身も含まれる。 毎日明け方と夕方、夫婦が互いに1mくらいの間隔で向かい合って座って45分ずつ冥想をして、時間がある時ごとに略式で許し瞑想をします。

許しの瞑想は、がんの原因である精神的ストレスを取り除く霊的治療法であり、瞑想は具体的に許して、反省、肯定、感謝、がん細胞との対話などの内容で進められた。

第一に、許しは自分がさびしく感じたり憎しみを持っている人を無条件に許すことだ。 "憎い人"を考えると、その対象と憎い内容が思い浮かびますが、無条件に許すということは簡単ではないですが、努力します。 まず、"彼はなぜそうしたんだろう?"を考えながら、そうするしかなかった状況と理由、特に私のためになる心、事がうまくいくための目的など肯定的な理由を積極的に探します。 すると、彼の憎い行動や言葉が理解され、むしろ"私のためにそこまでやったんだ!"と感謝の気持ちが起こり、すぐに愛する心につながります。 このように恋をするときが本当に許した状況です。

第二、反省(懺悔)は自分が間違っていないとしても、相手が私に対して寂しがったり恨んだりする心を持ったことを反省する過程です。 自分の言ったことが正しくても、話し方によって、自分の意図とは裏腹の誤解も、自分に取られるから解かなければならないのです。 その可能性がありそうな人と仕事を考えながら"私が悪かった。 もっとよくしてあげることもできたのに...。"と反省しながら自分自身を許し、相手にも容赦を祈ります。 そして相手に傷つける私の直線的な言語習慣を直そうと努力します。

第三に、肯定(受容)は現在の自分の状況をそのまま受け入れ、"病気を治してほしいというのではなく、健康な状態になることを求め、窮乏を免れさせよではなく、豊かさがあふれることを求めよ。"という祈りの法則によって普段運動をして旺盛だった食性と健康があふれていた活動などを主に考えながら、現在の自分の環境を肯定的に受け入れます。

第四に、感謝は、自分に命を与えたことに感謝し、がんが治ることを信じて、すでに治った状態になったと思いながら治らせてくれた、私の体のコントロールセンター[眞我]に感謝します。 信じて頼る程度を超えて、そうしてくださったことに感謝をすることは、最初はうまくいかなかったりもしますが、一生懸命すると次第に上手になっていきます。

5つ目、がん細胞と対話します。 胃にできた癌腫瘍(胃の内視鏡から見た写真)を思い浮かべながら"私が他人を憎み、恨みをたくさん買ってお前ができる環境を作ったので申し訳ない。 すべて解決するから君も健康な細胞に戻りなさい。"と話します。 そして、肝脳にも"胃に腫瘍ができているので早く治してほしい"と要請します。

また、瞑想をするといって座っていると、時には雑念も浮び上がって、いろいろな場面が混ざって1ヶ所に集中ができないときもあります。 日々の体調にもよりますが、そのまま受け入れていれば徐々によくなります。

許す瞑想をすれば同じこと、同じ人が何度も思い浮かぶが、思い浮かぶように一日に何度も許すと、ある人は早く、ある人は遅く顔を思い浮かべません。許されない人や仕事は再び浮び上がって、許されれば思い出せません。瞑想という治療法は、人によって精神集中の程度が違うので、治療を受けながら不安があります。

 

 

病気とは、生物体の全身や一部分に異常が生じ、正常な活動が行われず、苦しみを感じることになる現象をいう。 だから、生きていて避けたいことのひとつであることは明らかだ。

病気について私たちは普通「病気になった」「病気になった」と表現する。 それゆえ、病気は幸·不幸のように運が悪くて聞いたという語感があるだけでなく、自分より外部のある要因によって病気になったという思いを持つようになる。 そのため、治療方法もこれを医術や薬品として取り除こうとするのが一般的だ。

このようなとき'病自己而發'(例示36節)。 "病気はかかるのではなく,自分から起こる"という上帝さまの言葉を深く考え,病気に対する意識転換をしてみて,治癒の方法を模索していくことは,実に有意義なこととなるだろう。 病気を引き起こす原因が外部のウイルスではなく「自分自身」という認識は自分の人生を振り返り、転換してみるきっかけになるからだ。

それなら、果たして病気はかかるのではなく、自分から起きるのが本当だろうか。 日常的に病気の原因を病原菌感染と考えがちだが、少し考えてみても実はそうではないことが分かる。 病原菌接触だけで病気が誘発されれば、病院関係者の健康はいつも深刻な状態に置かれていなければならないが、実はそうではないからだ。 もちろん病原菌と微生物が病気の原因になったりする。 しかし、これは微生物そのものよりヒトの免疫力が問題になる場合の方が多い。 だからこそ人類は数多くの微生物と病原菌が存在する空間で生きることができるのだ。 このような点から見て、病気の原因は、自分の落ちた免疫力と気力にある。 医師や漢方医が患者を処方する時、何よりも先に気を楽にして休むことも、これを回復させるためだ。

免疫力と気力が落ちるのは様々な原因になるかもしれないが、専門家の多くは過労と心力の変化がその原因だと見ている。

最近は現代医学でもストレス、恨みなど否定的な気持ちは気力と免疫力を低下させ、病気の直接の原因になると見ている傾向だ。

 

 

LAで取材中、犯人が車を壊して逃走したため呆然としていた記者に、ふと見知らぬ男が近づき、自分の車を持ってほしいと鍵を投げつけた。 車を受け取った記者は見知らぬ自分に何の代価もなしに高価な車であるジャガーをくれた弁護士を取材しに訪れる。 理解できないこのような善行が連鎖的な性格を帯びて起こったことを知った記者は、一体誰によってこのようなことが伝わったのかについて調べ始める。 彼は弁護士の娘を助けた黒人青年、そしてその黒人青年に善意を施したホームレスのおばあちゃんを探しているうちに、結局はラスベガスまで至るようになる。

映画は、この事件が始まった時期にさかのぼる。 もう中学生になった11歳の彼は社会先生のユジン・下ネットの課題"Think of idea to change our world and put it into action(世の中を変えることはアイデアを出して実践に移すこと)!에に対して中学生らしからぬ真剣さを見せる。 そして、その課題について「人々が自ら解決できないことを代わりにやるが、ただ助けを受けた人は他の3人に助けなければならない」という方法を提示し、これを実践に移す。 彼の最初の支援対象者は、暖かい手を望む麻薬中毒のホームレス、ジェリー。 トレバーの家の倉庫で食べて寝ながら、新しい人生に対する希望を抱いて職場にも通うようになったが、結局麻薬の誘惑から抜け出すことができなかった。 トレバーはこのように最初の参加者を助けたのは失敗したと思った. しかし、時間が経ってジェリーは自殺しようとする一人の女性を救うことで、トレバーとの約束を守り、新しい人生の道を探そうと努力する。

トレバーの2番目の支援対象者は、ほかでもないこの課題を出したシモーネット先生だった。 先生は幼い頃、父親がアルコール中毒の発作によって自分を燃やして殺そうとした痛い傷を全身に秘めたまま、一定の枠に縛られた単調な人生を過ごしていた。 トレバーは結婚もできなかった彼と、一人で養育費を稼ぐために2つの職場を忙しくしている自分の母親を結びつける。 ところが、突然家を出たトレバーの父親が現れると、今回の仕事も失敗すると思うようになる。 しかし、酒をやめたという父親が再び酒を飲んで暴力を振るうと、トレバーのために再び先生に戻った母親。 トレバーの助けを受けた母親は、ホームレス生活をしながら転々とする自分の母親を探して、放蕩に過ごした自分の過去に対する過ちを祈り、和解することになる。 彼女の母親は、娘がむしろ自分の過ちを祈り、自分を受け入れてくれた感謝の気持ちから、トレバーとの約束を実践する。

トレバーの祖母の助け合い対象者は犯罪を犯して逃げる黒人青年で、彼が負傷した腕を治療するために病院に行った時、呼吸混乱を起こす弁護士の娘に会った。 黒人青年は、弁護士の娘が応急手当を受けなければならない状況なのに、順序を守らなければならないとし、柔軟な行動をする看護師を銃で脅して、結局刑務所に入れられる。 何とか応急処置を受けた娘は命が救われ、弁護士は黒人青年との約束通り、他人を助けたのだ。 その対象者がまさに記者だ。

そのように記者をLAからラスベガスまで遠くに来た人物は、ほかでもないトレバーだった。 「手助け(Pay It Forward)」キャンペーンを展開し、何の代価もなく助けが必要な人々に自分が先に助けてくれたトレバーは、記者のインタビューを受ける過程で自分がやったことは失敗ではなく、成功したことを知り、自信を持つ。 それで3番目の対象者のアダムが悪い友達からいじめられているのを見て手に入れようと思うが....

この映画の原作はキャサリン린ライアン언ハイディの小説でベストセラーになった의Pay It Forward'だ。 その後、大衆に知られ、映画、演劇、ミュージカルとして制作され、多くの人々に感動のメッセージを伝えるようになった。 小説が発表された時、米国内ですぐに"Pay It Forward財団"が設立されるほど大きな反応を呼び、全米で社会運動に拡大し、現在カリフォルニアノバトに位置する 'ヒルミドルスクール'など、米国全域の小中高校のみならず 'サンタバーバラ社会財団'のような社会団体でも "Pay It Forward"運動を展開している。 実話を基にした映画ではないが、むしろ本と映画を通じて映画のようなことが実際に起こり、私たちの心に隠れていた利他主義を呼び覚ました。

「人々は見守り、面倒を見なければなりません。自分ではできませんから。 自転車を直すよりずっと重要なことです。 トレバーの言うように、この映画は美しい世の中を作るために、最も根源的に「人間に対する憎悪や憎しみ」をぬぐい去らなければならず、「人間に対する愛」が何よりも必要だと語っている。 その方法は、人々が自ら困難なことを何の代価もなしに助け、助けられた人はまた他人に役立つと信じることから始まり、ピラミッドの形になる。

最近のように伝染病が世界的に広まったというより,"人の助け合い"運動のようなものが世界的に広まったというニュースが伝わるとどんなに嬉しいだろうか? そのようなニュースが伝わるためには、私からこれを実践しなければならない。 今からでも自分自身も誰かを幸せにできるという自信を持って、助けの手を望むところを見つけて実践に移してみてはいかがだろうか。 遠く探すことなしに私の近くにいる人から...