下は、つぶしご飯を頂いて、満足な姫君。
が、その貫禄ある姿からは、社長か王様を連想してしまう。
茶碗に軽く一杯なら、ペロリ。
貫禄もつくというものだ。
「一本つけてこい」
と、熱燗でも注文しそうな雰囲気。
ソファに座らせると、一段とそれらしい。
今のところ、娘の一声で「どうしたの?」と見に行っている父ちゃんも母ちゃんも、娘の下僕みたいなもの。
社長か王様っぽいのも、それ故か。
でもなぜか、殿って、雰囲気ではないんだな~。
下は、つぶしご飯を頂いて、満足な姫君。
が、その貫禄ある姿からは、社長か王様を連想してしまう。
茶碗に軽く一杯なら、ペロリ。
貫禄もつくというものだ。
「一本つけてこい」
と、熱燗でも注文しそうな雰囲気。
ソファに座らせると、一段とそれらしい。
今のところ、娘の一声で「どうしたの?」と見に行っている父ちゃんも母ちゃんも、娘の下僕みたいなもの。
社長か王様っぽいのも、それ故か。
でもなぜか、殿って、雰囲気ではないんだな~。
娘が眠くなった時の行動がいくつかある。
その一つは、頭を振る事だ。
眠気を追い払っているのだろうか?
その動きに何か言葉をつけるとすれば、「いやいやいや・・・」と言っているようである。
また、大人と同じく、小さな手で目をこする事もある。
必死に眠気と戦っているように見え、その姿が何ともかわいらしい。
そんな所を観れば、
「そうか、そうか、眠いか」
と、すぐに抱っこしたくなってしまう。
もう一つ。
「おぅ~」「うぇ~」「あぉ~」と抑揚をつけて、まるで詩を吟じているかのようである。
なので、我が家では娘が「おぅ~」と言い始めると、「吟 じ始めたよ~」と言っている。
これは、エロ詩吟でお馴染みの天津木村氏を知らなければ、別の表現になっていたかも知れない。
大人になるに連れ、消えていってしまうかも知れないこれらの行動。
見ていて何とも愛しくなる。
親としては、いつまでも覚えていたいものである。
娘が体を震わせて泣いた。
初めての人見知りである。
遊びに行った友人宅で、床に座らせたとたん、突然泣き出した。今まで、誰に会っても泣いた事のない娘の大泣きに、茫然自失。
娘の目の前には友人の子。娘の左側にはそのお宅のチワワがちょこり。
「あれあれ、人見知りかな~」
状況が飲み込めない私の耳に、友人のお母さんのが届き、ようやく理解した。
これも成長している証なのかな?
しばらくしたら落ち着いて、互いに手でそっと触れ ていた。
先ほどは、未知との接近遭遇に、娘の防御センサーが過剰反応していたのだろう。
帰宅後、ここが自分の家だと確かめるように、床や壁をぺたぺたと叩いていた。
その表情は嬉しそう。
自我。
もしかして既に芽生えているのか知れぬ。
泣いた娘を思い出すと、そう思えてきた。
静岡県西部に住む事十数年。
今ではすっかり慣れ親しんだ呼び名、じいじとばあば。
しかし、実家にいた頃は違った。
おじいちゃん。
おばあちゃん。
である。
先日義母が「おばあちゃんだよ~」と言っていたのを聞き、ふと思いついた。
じいじとばあば。
おじいちゃんとおばあちゃん。
その呼び名の境界線はどの辺りなのだろう?
因みに、義母は東京の出身である。