こうして次男と枕を並べて寝るのもこの子が小さかった時以来。またこんな親子の時間を持つことができるとは思いもしなかった。

 

 

 六畳間ほどの広さの部屋に家具は一切なく、使い勝手を知らないとただの何もない金属のような壁に囲まれた部屋だ。

 

 

 窓がひとつも見当たらないから、おそらく地下なのだろう。

 

 そういえば昔、人伝ひとづてに聞いたことがあるような。

 

 

 なんでも、かつての世界大戦がまた起きないとも限らないから、皇居を中心にそのとんでもなく地下深くには広大なシェルターを造っているのだと。

 

 

 ただ、それだけではどうしても兵糧攻めに弱い。だからとりあえず関西までリニアを通そうじゃないか、そんな話だった気がする。

 

 

 一般に知られているのはリニアの話だけだろう。

 

 

 なぜならば、住民全員を収容できるだけのスペースは出来ても、食糧や水、そのほか必要な物は確保できないからだ。

 

 

 なにしろ、選ばれし人間だけがここに避難することが出来るという特別感は、どうかすればカネより貴重かもしれない。

 

 

 

「――父さん、まだ起きてます?」

 

 

「ああ、どうも寝付けなくてね。」

 

 

「兄さんたちはどうしてるのでしょうか。」

 

 

「そうだね。ほかの部屋に居ないとなると心配だな。」

 

 

 

 配布されたバインダーには、設備に関する説明がひととおり書かれているだけで、最後のページから数ページはホチキスで留められていた。

 

 

 急ぎで追加されたものか、おそらく共通の資料ではないだろう。

 

 

 そこには割り当てられた部屋から出る時は許可が必要で、施設を見て回るようなことはしないようにと注意書きがあった。

 

 

 また、ここでともに生活をしているのは今後再起をするにあたって必要な人たちが選ばれているのであって、その期待を裏切るような行動は厳に慎んでもらいたい、そうあった。

 

 

 そして、この施設かプログラムなのかわからないが、各ページには共通したロゴマークが小さく描かれているのが気になる。

 

 

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「父さん、これって。」

 

 

「そうだね。何か嫌な予感がしていたけど、そういうことだろうね。」

 

 

 

 となると、いよいよわたしたちがここに呼ばれた理由が気になってくる。

 

 

 妻も長男もここにいないのがとても心配だが、そうすると当然藤沢くんもここには呼ばれていないだろう。

 

 

 とにかく家族はどこだと感情を前面に出して、巡回の職員にその思いのありったけをぶつけてみるか?

 

 

 いや待て。

 

 

 末端の彼らに食い下がった所で何も出てこないどころか、厄介者の烙印を押されて次男も危なくなるだろう。

 

 

 そのうち、収容した個別の目的とその対価を求めてくるはずだ。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年5月10日にnote.comに掲載したものです。

 

「父さん」

 

「お、良かった。戻ってきたか。」

 

 大人の両手になんとか収まるくらいの大きさの紙袋、それを二つ抱えていて、一つ受け取ると思いのほか重みを感じる。

 

 

 それはじんわり温かい。

 

 

 中身を覗かなくても何が入っているかは明確で、肉を焼いて香ばしいなかにほんのりとスパイシーなソースの香りが食欲をそそる。

 

 

「食糧配布だったのか。
そう言ってくれればいいのに。」

 

 

「飲み物も選べて、お茶か水、それからコーヒーやジンジャーエール、コーラがあるのは驚きで、迷いましたけどとりあえずウーロン茶にしました。」

 

 

「そんなに充実してるの。」

 

 

「どこかで見たような人達もいらっしゃって、なるほどと。」

 

「そうなんだ、良かった。
私たちは捕まったわけではなさそうだね。」

 

「ええ、内心怖かったんですが。」

 

 そう言いながら、少し厚みのあるバインダーを取り出す。

 

「これは?」

 

「部屋に戻ったら読んでくれ、だそうです。」

 

 

 部屋ごとに代表を決めてくれと自衛隊職員と思しき巡回の人に言われ、じゃあ僕がと息子が申し出ると一緒について来てくれと。

 

 悪いようにはならないだろうとは感じつつ不安で待っていると、食糧を貰って帰ってきたのだから。

 

 

 ここでしばらく生活しろということと、当面のルールだろう。

 

 

「シャワーとトイレが各部屋にあるらしい。」

 

「入口のあの扉ですかね。」

 

 

 金属にしては軽い物質で部屋は構成されていて、少なくとも一般庶民には馴染薄いデザインで覆われている。

 

 

「難があるとすると、直感的ではないところでしょうか。」

 

 

「勝手を知っている人間しか使えないようになっているのが共通点だな。」

 

「ということはまさか?」

 

「一般人が使うことを想定していないね。
敵対策も兼ねた施設だよねここは。」

 

 

「なにかあるんですかね。」

 

「目的は少なくとも拘束ではない。
まだ何とも言えないな。」

 

 

 

「どうやってここまで来たのか覚えてるか?」

 

「いいえ、まったく。」

 

「一緒に住民課まで来てくれって、
会議室に通されたまでは覚えてるんだよなあ。」

 

「ええ、なんだか普段どんなことをしているかとか、誰に会ってるかとかそんな雑談をしていた気が。」

 

「そうだっけ。
そういえばそんな気がするね。」

 

「ただ、そこから覚えてないんですよね。」

 

「眠らされたわけではないんだけどな。」

 

 

 

「あ、壁の中に非常用の水とレーションがあるそうですよ。」

 

「へえ、どうやって開けるんだろうね。」

 

「近くに開閉用のボタンが仕込んであるそうです。」

 

 

「親切なのか不親切なのかわからないな。
まあ、無いよりはありがたいか。」

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年5月3日にnote.comに掲載したものです。

 

 平穏な日常が戻るには思いのほか時間がかかるが、何が起こったのかを知った時、その原因が自然ではなく人為的であって、明らかな敵がいるんだと理解すると不思議なことに人々の結束は強くなる。

 

 

 こうなると、それまでの世界平和論調はどこ吹く風で、まず自分たちが受けた仕打ちの報いをどうやって晴らしてやろうかという恨み一色。

 

 

 実にわかりやすい展開だ、集団としての恨みに終わりなどない。

 

 

 

 さて、はるか昔にアジア人はアジア人によって統治されるべきだという大義名分で、欧州列強の植民地をことごとく植民地にしていった時代があったらしいが、現地人にしてみれば一貫して終始迷惑な話でしかないだろう。

 

 

 今回、たまたまわたしたちは運よく誰かの一方的な支配を回避できたが、どうかしたら言葉が違う人間たちによって統治されていたかもしれない。

 

 

 そこには当然にして強制が伴うから、少なくとも好きな時に寝て起きて、食事をしてといったささやかな自由すら危うかった。

 

 

 もしそんな事態に陥ったとして、それは人の道に反すると誰が裁き、理不尽を取り除いてくれるのだろうか。

 

 

 失ってから遅いものは何も、信用や技術だけではない。

 

 両手両足にかせがかけられてから、しまったと気づいても遅い。

 

 

 

 そこから這い上がるために何代もかけて戦ってきた人たちの苦労に思いを馳せなかったからこその報い。

 

 

 神や仏に祈り願ったとしても十分に遅い。

 

 

 

 恨みを晴らそうという強い感情を根にした活力は驚くべきで、何も無ければ役目を終えようとしていた鉄道を足掛かりに、少なくとも個人個人がそれなりに不自由なく生活できるまで環境を回復させた。

 

 

 また、身近に得られる情報から、南の海上から発射されたミサイルが都市部を中心に着弾したまでは判っていたものの、どこの国がそれをやったのかまでは判ってはいなかった。

 

 

 どうやら世界は、わたしたちはこのまま滅びゆくと思っていたようで、彼らはかつての恨みを晴らしただけだと、そういう認識で大半を占めていた。

 

 

 本土に攻め込まれた経験の無い大国にとってみれば、武器弾薬がより良く売れるだけの話で、なかなか情報が流れてこないのも頷ける。

 

 

 わたしたちは自らの命を守るために、油断をするべきではなかった。 

 

 

 加害者が唱える国境の無い平和論ほど、被害者たちにとって腹立たしく、感情を逆なでさせるものなど無い。

 

 

 そこをよく理解しようともせずよくもまあ、我々が生き残るために必要なのは屈服でも懺悔でもなく、ただただそれでも対等であるための努力、ある意味での傲慢さだけだったのかもしれない。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年4月26日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 かつて賑やかだった街中も、突然海の向こうから現れた無数の飛び道具で多くは破壊されてしまった。

 

 

 モノだけなら修理すればなんとかなるが、多くの人達がこの世界を去ることになったのが致命的で、混乱を避けるためか当時の政府は被害は限定的だの一点張り、これがどういう事態を招いたかは想像に難くないだろう。

 

 

 中央の人間は大昔からある地下施設に避難し無事だったという。

 

 

 農村部など、のどかな地方の人達は現地の惨状を嘆く人たちが発信する情報を見て、有り得るはずのない何かが起こったことを知った。

 

 

 

 電力供給が不安定になったかと思うと通信障害、最新機器ほど沈黙し、使いものにならなくなっていった。

 

 

 後からわかったことだが、結局最後まで頼りになったのはお年寄りが持っていた小さなアナログラジオだったという。

 

 

 わたしたちが長年組み立ててきた光ケーブルと外部電力に依存した小さなデータセンターは蓄電池が限界を迎えた場所からガラクタと化す。

 

 

 各所の中継機器が電源を失った時点で通信が出来なくなってしまい、発信も受信も出来ない電池だけは残った携帯電話のようで、強固に思えていた通信インフラも考えていたよりはずっとあっけなかった。

 

 

 またそれで済むわけがなく、闇の中に突如として現れた光の球は着地すると轟音と共に辺りをことごとく瓦礫へと変えていくのだから、なんとか身を守りながら逃げまどい、もうおかしくなって笑うしかない。

 

 

 この時以来、社長と次男とは連絡が取れないままだ。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年4月19日にnote.comに掲載したものです。

 

 眼下の海は思いのほか広い。

 

 

 なにしろこの陸地をさらに呑み込まんとする勢いだ。昔と比べても同じ場所なのかと思うくらいには湿度も高くなった。

 

 

 あの夜、ブランコに乗った彼女はゆらゆらと話をしてくれたが、そのブランコたちは今はもうない。

 

 

 

 そう遠くない先、この辺りもすっかり海の底に沈むらしい。

 

 

 人間同士の戦争ならまだ勝敗があるが、さすがに自然には勝てないな。

 

 

 こう世界がはっきりと気づいたのは意外にも最近で、大気中に含まれる水蒸気濃度が高くなればなるほど、気圧の差が極端になる。

 

 

 これが何を意味するかと言えば、低気圧はより低気圧に、高気圧はより高気圧へと力を増し、冬には猛吹雪と極端な気温の低下、夏は豪雨と水害、さらには気圧の差で生じる風が何もかも吹き飛ばしてしまう。

 

 

 かと思えば、雨が全く降らない場所もあるという話だ。

 

 

 

 これが何かのシミュレーションならばストレステストかもしれない。

 

 テストとは。それこそ神のみぞ知るのだろう。

 

 

 

 もし、本当にここが陸ではなくなるのであれば、わたしの背後に眠る数千の御霊も海の一部となる。

 

 

 由美さんと話して、おじいさんたちをどこかに移そうかと考えてはいるが、縁もゆかりもない場所に移して果たして喜ぶだろうか。

 

 

 いっそそのまま、自然の流れに任せていいかもしれない。

 

 

 こう、海を眺めて出てきた答えがそれだった。

 

 

 

 一時期隆盛を誇り、それまでいいようにやってきた政府も、度重なる苦難で消耗、それまで恨みを持った者たちが各地で自治政府を興し、収拾がつかなくなっている。

 

 

 仕方がない。憲法上、国会や政府その他機関は一つに限定されていない。

 

 

 他国ならば自分たちが正当な政府だと主張して内戦になるところだろうが大昔の戦国時代と江戸の歴史を教養に持つ我々は、それは結局自分たちの行く末がただ危うくなるだけだという共通認識を持っている。

 

 

 それは、日本でもいよいよ内戦が始まるのかという諸外国大方の予想を裏切り、いったい我々が何を考えているのか理解に苦しんでいるようだ。

 

 

 

 各政府も自分たちこそ主たる政府にふさわしいという思いからか法秩序を重んずるため、より良い環境を求める人たちが状況に応じて住む場所を臨機応変に移す。

 

 

 かつて政府が一つしかなかった時代、より良い場所を求めて寝床を移すには海外しか選択肢が無かったが瓢箪から駒。ここまで国が追い込まれてようやく叶った、そういうことなのだろう。

 

 

 人間、真の危うさを目の当たりにしないとわからないらしい。

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年4月12日にnote.comに掲載したものです。