眼下の海は思いのほか広い。

 

 

 なにしろこの陸地をさらに呑み込まんとする勢いだ。昔と比べても同じ場所なのかと思うくらいには湿度も高くなった。

 

 

 あの夜、ブランコに乗った彼女はゆらゆらと話をしてくれたが、そのブランコたちは今はもうない。

 

 

 

 そう遠くない先、この辺りもすっかり海の底に沈むらしい。

 

 

 人間同士の戦争ならまだ勝敗があるが、さすがに自然には勝てないな。

 

 

 こう世界がはっきりと気づいたのは意外にも最近で、大気中に含まれる水蒸気濃度が高くなればなるほど、気圧の差が極端になる。

 

 

 これが何を意味するかと言えば、低気圧はより低気圧に、高気圧はより高気圧へと力を増し、冬には猛吹雪と極端な気温の低下、夏は豪雨と水害、さらには気圧の差で生じる風が何もかも吹き飛ばしてしまう。

 

 

 かと思えば、雨が全く降らない場所もあるという話だ。

 

 

 

 これが何かのシミュレーションならばストレステストかもしれない。

 

 テストとは。それこそ神のみぞ知るのだろう。

 

 

 

 もし、本当にここが陸ではなくなるのであれば、わたしの背後に眠る数千の御霊も海の一部となる。

 

 

 由美さんと話して、おじいさんたちをどこかに移そうかと考えてはいるが、縁もゆかりもない場所に移して果たして喜ぶだろうか。

 

 

 いっそそのまま、自然の流れに任せていいかもしれない。

 

 

 こう、海を眺めて出てきた答えがそれだった。

 

 

 

 一時期隆盛を誇り、それまでいいようにやってきた政府も、度重なる苦難で消耗、それまで恨みを持った者たちが各地で自治政府を興し、収拾がつかなくなっている。

 

 

 仕方がない。憲法上、国会や政府その他機関は一つに限定されていない。

 

 

 他国ならば自分たちが正当な政府だと主張して内戦になるところだろうが大昔の戦国時代と江戸の歴史を教養に持つ我々は、それは結局自分たちの行く末がただ危うくなるだけだという共通認識を持っている。

 

 

 それは、日本でもいよいよ内戦が始まるのかという諸外国大方の予想を裏切り、いったい我々が何を考えているのか理解に苦しんでいるようだ。

 

 

 

 各政府も自分たちこそ主たる政府にふさわしいという思いからか法秩序を重んずるため、より良い環境を求める人たちが状況に応じて住む場所を臨機応変に移す。

 

 

 かつて政府が一つしかなかった時代、より良い場所を求めて寝床を移すには海外しか選択肢が無かったが瓢箪から駒。ここまで国が追い込まれてようやく叶った、そういうことなのだろう。

 

 

 人間、真の危うさを目の当たりにしないとわからないらしい。

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年4月12日にnote.comに掲載したものです。