そろそろ部屋へ戻ろうかと、時間にしてそろそろ日付が替わる頃合いだ。

 

「君たちまだ寝ないのかい。」

 

 

 急に上から声が降ってきたので、思わずびくっとする。

 

 別に悪いことをしているつもりはないが、夜更けに眠れないからと通路で話し込んでいると迷惑なんじゃないかと思ってはいたので、そういう反応にならざるを得ない。

 

 

「すみません、話し込んでしまって。」

 

 ラフな格好をしているのでこちら側の人間だろう。目をつけられると厄介、あまり目立ちたくはないのだが。

 

 

「そっちに混ぜてもらってもいいかな。」

 

 思いがけない申し出にこちらも二人して目を合わせていると、近くの階段からさっさと降りてくるので良いも悪いも返事をするまでもない。

 

 

「なんだか眠れなくてね。」

 

「俺達のせいでしたか?」

 

「いや、そうじゃないんだ。たまたま通りかかっただけだよ。」

 

 言われてみれば、この辺りに詰めているにしては見たことが無い。

 

 それを察したのか、別の居住区に普段は居て眠れない時はこうして運動がてら歩いて回るようにしているのだそうだ。

 

 

 区画を自由に跨げるこちら側の人間とはめずらしい。
特別なIDか役職なのか。

 

 

「君たちは電気屋だろう?僕は配管なんだ。」

 

「配管?」

 

「ゴミとか排水なんかは全部最下層に集まるようになっているだろう?それを管理するセクションだよ。」

 

 それはまた重要な仕事だ。

 

 てっきり、制服側がやっているのかと思いきや、それを担当している人たちもいたとは。

 

「うわあ、じゃあ大変ですね。」

 

「まあね。でもそのおかげである程度の階層まで見て回れる。」

 

「へえ、それはすごい。」

 

「有名人もいた気がしますが、会ったことは?」

 

「ああ、そうだね。政府の人達もちょっと遠いけど向こうに詰めてるよ。」

 

「皇族の方もここのどこかにいるらしいって聞きましたけど。」

 

「さすがに会ったことは無いけどそうだね。」

 

「へえ。」

 

 

 やっぱりみんなしてここに避難をしているというのは本当らしい。

 

 逆を言えば、地上でそれだけのことになっている。
そう実感させる。

 

 

「よかったら一本どうです?」

 

 部屋に持って帰るつもりでいた炭酸飲料をすすめる。

 

「いいの?ありがとう。」

 

 

 話すネタも尽きかけていたので、珍しい話が聞けそうで助かる。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年6月15日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

「ここにいたのか、今日は早かったんだな。」

 

「まあね、そういえば君の親父さんに会ったよ。」

 

 この辺りのブロックの食堂と各個室を結ぶ通路は各階ごとにあって、数メートル下から上まで吹き抜けになっており、空こそ見えないもののあちらこちらにある照明がまたたく星のように見える。

 

 転落防止の柵から身を乗り出して下を覗くと、8階建てくらいのビルの屋上から真下を見ているかのような、それでいて施設特有の薄暗さも相まって身体が吸い込まれそうだ。

 

「おいおいやめとけ、ほんとに落っこちるぞ。」

 

 缶チューハイを片手に軽く笑いながら、少し慌てたようにそう注意を促す彼は、どうやら父と行動を共にしているという人の息子だという。

 

 一人で食事をしているところに声をかけてきたのが彼で、それ以来なぜかこうして気軽に話をする間柄となった。

 

「たまにね、このまま落っこちたらどうなるんだろうって思うんだよ。」

 

「おまえ、見た目大人しそうなのにどこか飛んでるよな。」

 

 呆れたように柵を背もたれにして腰を下ろすと、缶チューハイを揺らす。

 

「どこの国の所属かはわからんが、海から砲撃を受けているって話。」

 

「訓練が始まるつもりでいてくれって、何の話かと思ったよな。」

 

「こんなことになるなんてなあ。」

 

 

「隣の大区画の連中はとっくに訓練に入ってるらしいよ。」

 

「そうか、技術者じゃないって話だからな。」

 

「地上に出るって?」

 

「いや、最悪ここに攻め入られた時の防衛線だとさ。」

 

「なるほど。」

 

 

「お兄さん、ここにはいないんだろ?」

 

「うん。義母ははもね。」

 

 

「そういえばうちの親父、変な事言ってなかったか?」

 

「変な事って?」

 

「いや、普段から酔っぱらってるような人間だからさ。」

 

「気さくでいいお父さんじゃないか。」

 

「あの雑さがなあって思ってたけどな。」

 

「え?」

 

「なんだよ?」

 

 

「結局親子は似るもんだろ。」

 

「お互いか。」

 

「そう。」

 

 

「お偉いさん方はまた奥の区画にいるって話だから、相当だろうな。」

 

「皇室の方々もらしいから、近い人とすれ違うこともあるかもってさ。」

 

「へえ。」

 

「親父は知ってそうだった?」

 

「いや、あの様子だと知らされていないんじゃないかな。」

 

「となると、おまえの親父さんも知らないだろうな。」

 

「だろうね。」

 

「収まれば出られるだろうけど、おまえはどう思う?」

 

「相手次第じゃないかなあ。」

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年6月7日にnote.comに掲載したものです。

 

 食事をしに居住区画へと帰ると、自分たちと同じように仕事と役割を終えて帰ってきた人たちがすでに食事をしているようだ。

 

 

 一度に50名ほどが同時に食事をとれるくらいの席が用意されていて、収容されている人数も少ないためか満席になったことは無い。

 

 

 迷彩服を着た警備員と監視カメラも配置されているから、少し窮屈ではあるものの、会話の内容を制限されたりすることなどない。

 

 

 まるで、半導体工場のような場所に住み込みで働き、その社員食堂に詰めているような感覚だ。

 

 

「君の息子はいないのかい?」

 

 

「あいつはちょっと遠いから、別のところで食べているはずだな。お前さんの息子も見ないじゃないか。」

 

 

「個室になってから、なかなか会えないね。
まあ、そのうち会えるさ。」

 

 

「はじめは心配してたもんな。」

 

 

「そりゃそうだよ。状況がさっぱりわからない。」

 

 

 

「それなんだが、やっぱり他の事を知っている連中はここで見ないよな。食事を作っている連中も別でこうしているんだろう。」

 

 

「ここは思った以上に広いようだね。」

 

 

「ただの避難所にしては設備が大げさすぎるうえに、役割のわりに高度な機材の提供が無い。」

 

 

「何かを待ってるのかもなあ。」

 

 

「何を?」

 

 

「さあ、わからんよ。」

 

 

「数か月経ってもこれだぞ。よく怒り出すやつが出ないもんだ。」

 

 

「それでも少し考えることが出来る人間ばかりが集められているはず。君だって、得体のしれない彼らに下手に感情を出して身を危うくしたくは無いだろう。」

 

 

「…まあ、だからこうしておとなしく座ってるんだがな。」

 

 

「ビール片手にだろう?」

 

 

「そうさ。何もしなけりゃ飲み物も自由なのは不思議だよな。」

 

 

「ここにいる間はお金の概念が全く無いから、元の世界に戻った時が心配になるよ。」

 

 

「星空が見たくなることはあるがな。」

 

 

「そうなんだよな。この状況の気味の悪さはそこなんだよなあ。」

 

 

 

 そんな話をしていると、さっきからどうも視線を感じる。

 

 

「おれは明日非番らしいから、お前さんしっかりやれよ。」

 

 

「しっかり、か。
君もあんまり飲みすぎるなよ。」

 

 

 さて、部屋に戻ってシャワーを浴びることにしよう。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年5月31日にnote.comに掲載したものです。

 

 

「お前さんの息子、ずいぶんしっかりしてるじゃないか。」

 

「ははは、ちょっとやりすぎたかなと思ってるよ。」

 

「お前さんらしいな。
他の人間ならそんなことないなんて謙遜するもんなんだが。」

 

「あれは次男で長男もいるんだが、小さい頃に母親を亡くすまでは精一杯甘えさせていたんだ。」

 

「悪いこと聞いちまったな。」

 

「気にするな。」

 

「じゃあ、長男もここに?会わせてくれよ。」

 

「それが、多分ここにはいない。」

 

「どういうことだ?」

 

 ふと周りに目をやる。
さすがにこんな配管の中まで見張られてはいないだろう。

 

 

「長男は妻の知り合いとの関係で、どちらかと言えば政府や体制に対して批判的な活動をする人間に近かったからかな。」

 

「そうなのか?」

 

「でもそんなに極端なものじゃない。
ジャーナリストというある種社会には欠かせないカテゴリにいただけだ。」

 

 

「へえ、じゃあ今はどこにいるのかわからないのか?」

 

「そうなんだ。無事でいてくれればいいんだが。」

 

「ここから逃げ出そうっていうのに十分な理由を持ってるのはむしろお前さんの方だったか。」

 

「まあそうだなあ。
もちろん、次男とも一切考えなかったと言えば嘘になるなあ。」

 

 

 

「ここの換気はどうやってるんだろうな。」

 

「たしかに、それは私もずっと気になっていた。」

 

「こんな気密性が高そうな空間、そりゃしばらくネズミも入ってこれないだろうが、窒息しないだろうな。」

 

「地下だろうから。」

 

「やっぱりそうだよなあ。」

 

「窓ひとつ見たことがない。」

 

 

 

「さて、そろそろ今日も終わりの時間だぞ。」

 

「円環構造で助かるよ。」

 

「だなあ。ひたすらまっすぐなら帰る時間まで考えないといかん所だ。」

 

「そんなに古くもないから物理トラブルなんか早々ないのに、なんでこんなことやらされてるのかねえ。」

 

「暇させないためだろ。」

 

「そういうことか。」

 

 

 

「今日の飯はなんだろうな。」

 

「ビュッフェ形式だから囚われの身にしては贅沢なもんだろ。」

 

「君の息子にも会って見たいね。」

 

「あいつはお前さんの息子みたいに良い育ちしてないぞ。」

 

「ははは、けっこうなことじゃないか。」

 

「普通、親に敬語で話すような子供なんておらんだろ。」

 

「ああ、おかげで儒教圏の人間なのかとよく勘違いされた。」

 

「ああ、そうだろうな。」

 

「お前さんの教育か?」

 

「そのうちそれぞれに会社を任せるんだ。公の場で身内親子同士の会話なんか聞かせられないだろうと、妻が言うんでな。」

 

「お前さんの奥さんはすでに亡くなったんじゃなかったか?」

 

「今の妻は亡くなった咲那とかなり親しかったんだよ。」

 

「珍しいな。」

 

「ありがたい話さ。」

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年5月24日にnote.comに掲載したものです。

 

 

「この施設はどこまであるんだ?」

 

 

「さあ、俺にも詳しいことはわからんよ。」

 

 

 ここに次男と連れてこられて数日は、ほぼ囚われの身のような生活だったが、ある日それぞれに呼ばれてペアを組み、現存する通信設備の維持と新たな通信方式を構築して欲しいという役割と目的を与えられた。

 

 

 身内同士で組まされることはないと予想をしていたがそのとおりで、もうしばらくは彼らの管理下に身を置かざるを得ないだろう。

 

 

「逃げ出そうにも仕組みがさっぱりわからんからな。」

 

 

 彼も元大手企業の技術者だったらしい。

 

 

 主にシリコンを活用した薄型の記憶媒体を研究していたようで、機械同士で電線をひたすらつなぐ作業をやってきた私なんかよりもよほど技術者だ。

 

 

「いや、ここはお前さんのほうが詳しいんじゃないかい?」

 

 

 直径2メートルのケーブル用配管の中でヘッドライトで照らしながら、次の竪穴まで向かっている途中だ。

 

 

 造られてから10年くらいは経過しているようで、太いケーブルに度々みかけるラベルには見たことのあるメーカーのロゴと日付が印刷されている。

 

 

 浸水すると一番まずい場所なので、溺れて世を去ることは無いだろうが、感電する危険はあるだろう。

 

 

「詳しいも何も、何と繋がってるのかわからんからなあ。」

 

 

 今まで社員や息子たちに任せてきた生活が長かったから、こうして同年代の技術者と現場にいるというのはとても新鮮な気持ちだ。

 

 

 本当に人生いつどうなるかわからんもんだな。

 

 

「埋め込まれてるあの太いのは電源だろうくらいしかわからん。」

 

 

「なるほど、じゃあ最悪これを切ればいいってわけだな。」

 

 

「おいおいなに考えてんだよ。」

 

 

「いやいや、結局これじゃ捕まってるのと変わらんだろうが。」

 

 

「…まあそうかもしれんが、得体が知れなさすぎる。」

 

 

「同感だな。しばらくは大人しくしてやるか。」

 

 

 

 彼は研究者らしく頭は良いが、少し破天荒な面がなかなか退屈しない。

 

 

 なるほど、大人数で組ませると管理が厄介だが、性分も考えて組ませているのかもしれないな。

 

 

 彼にも息子がいるらしく、父親と同じような職をやっていたので、おそらくはそう遠くない場所で同じようなことをやっているはずだと言う。

 

 

「なあ」

 

 

「ん、どうした?」

 

 

「通信ケーブルなんだからモニタリング出来るんじゃないか?」

 

 

「わざわざそうせんでも、そのうち話があるさ。」

 

 

「なぜそう言える?」

 

 

「新しい通信方式を作れって話もあったろう?
どうやって?なら、今は様子見のはずだ。」

 

 

「さっさと話せばいいものを」

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年5月17日にnote.comに掲載したものです。