「マック寄ってこーよ」

 

いいね月見食べたいと自分が言ったような言ってないような感覚で、月見ってなんだろうと思いながら時間の流れるまま身を任せる。

 

ずっと言いたかったが、この人メイクが濃い!

 

 

きらびやかな夕暮れの都会の街並みの中を、あきらかに短いスカートとダボダボの白いソックスを履いた足でお店の中に踏み込んでいく。

 

流れるように慣れた注文と、流れるように動く店員さんに感心しながら、自分ではない自分が数人のグループの仲間と何かをきゃっきゃと話している。

 

待ってママからなんかきた、そう言うとカーディガンのポケットからプラスチックの縦長い数字のボタンが並んだものを取り出した。

 

バックライトは明るいグリーンで黒いドット文字で何かが表示されている。

どうやら母親と何かをやり取りしているらしい。

 

チャットだろうか、いやそれにしてはそこまでの会話のようなものが見受けられない。都度完結型通信の類だろう。

 

記憶に触れた限り、母親も仕事中で21時ごろに帰宅するらしい。

 

両親は共働き、このは自宅近くのコンビニでアルバイトをしているが、今日明日はシフトから外れているらしい。

 

彼氏もいたようだが浮気が判明、喧嘩して別れ、その結果今日明日は手持無沙汰の日を過ごすことになった。

 

かといってそんなに好きだったわけでもなく、なんとなくで付き合っていたこともあって、喪失感は無かった。

 

どちらかと言えば、手を出されるのを拒み続けた結果、他の女に行ったという結果だろう。この本人はそこまで考えてはいないらしいが。

 

浮気とかあり得なくない?というが本気ではない。別れる口実ができてむしろ良かったと思っている。

 

「あいつ結局身体目当てだったんじゃね?」

 

身もふたもないことを言ってくれる。わたしもそう思う。

えーマジか信じらんねと答える。

 

それにしてもスゴイキーホルダーの量だ、この端末は話の流れからケータイと言うらしい。

 

携帯電話の略だろう。

 

スクールバッグにも可愛らしいピンクのうさぎがぶら下がっている。ちょっと日に焼けている色だが。

 

ふと気づくと月見というのは、卵が挟まったハンバーガーを指していたらしい。なんとなく味が伝わってくるが、これはなかなか美味しい!

 

ああ、そうかこの時期は秋か。

中秋の名月というらしいが、そんな時期に販売される期間限定商品らしい。お店のポスターの商品がこれかと納得する。

 

横にあるのはわたしだって知っている。

フライドポテトだ!しかもケチャップをディップできる。

 

素晴らしい。

 

揚げたての美味しさは、何といってもカリカリでちょっと塩がきいていて香ばしいのがたまらない。

 

なんとなく、だが伝わってくる。よくぞ食べてくれたものだ。

そこに氷で冷たくなったジンジャーエール。

席は2階なので暖房もいい感じに効いており、多少話が盛り上がっても迷惑にはなっていないようだ。

 

「で、付き合わないの?」

 

もう一人の友達?から聞かれる。どうやら、また別の男子からアプローチを受けているらしい。

 

何か知らんがモテてるなあ。

 

でも、本音を言えばバイト先の大学生が気になっている。

 

どうでもいい人間とノリで付き合うくせに、気になっている人物にはどうにも自分からぐいっといけないらしい。

 

その友達も同じコンビニでバイトしているはずで、わたしがその先輩が気になっていることは知っているはずだけど。

 

えーなんかチャラいやだーとストローを咥えながら言いつつ、別の話題は無いか考えを巡らす。

 

「本気らしいよー」そう言われる。
 

まあ悪い気はしない。

 

別れたばかりだし
しばらくはそういうのいいわーとごまかす。
出家したくない?出家!

 

「なにー出家って」
 

ほらーお坊さんがやるやつ。

 

なにそれーぎゃははははは

 

なんだかわからないが、うけたようだ。

ふと気づいた。これが学校帰りの学生か!

 

じゃらじゃらしたカバンの中身からファンデーションを取り出すときに見えた参考書から考えて高校生だろう。

 

学校で居場所を失わないようにこのグループにいるが、実は結構勉強している。やりすぎると上位に張り出されてしまうので加減をしている。

 

大人に近い子供も、なかなかに大変だよなあとしみじみ思うのだった。

 

それにしてもすごいメイク道具の量だ。

そりゃアルバイトしないとお小遣いだけではとてももたないだろう。

 

両親も大変だ。こんな社会の中で全部自力で家庭を支えるだけの価値おかねを稼がないといけないのだから。

 

あまり言いたくないが、このグループに流されるまま人生を引っ張られると、シングルマザーになりかねない。

 

とは言え、回避するためには生徒会レベルでガチガチに身を固めないと無理そうだ。

 

しかし、今更それは無理だろう。

 

だからと言ってグループを下手に離れると、イジメられる未来が見える。

 

平和そうだが、実質これは戦争じゃないか。

 

同じコンビニでアルバイトするこの友達?からは何か妙な良くないものを感じるし、わたしはこの今の"私"の先々が心配でならないぞ。

 

あと一年と半分近くの学校生活、何か上手い事できないだろうか。

 

気になりはするものの、この友達?が大学生と付き合ってくれればうまくやり過ごせる気がする。

 

しかし、この"私"も気になっているらしい。他の人間と付き合ったくせに。

 

それこそ出家か?これは。

 

考え始めるとぐるぐるする。

 

ジンジャーエールおいしいー
外暗くなってきたなー

 

現実逃避に走るわたしだった。

 

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この物語はフィクションであり、実際の人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

この作品は2024年2月9日にnote.comに掲載したものです。

 

「何か問題があるというわけではなさそうだね」

井上さんが言う。

 

昔はそれこそサーバーもそれぞれ独立した筐体きょうたいで、一台一台調達するたびに予算との相談と思い切りが必要だったが、現在では増設したいパーツをノイズに強い共通ケーブルで接続してあげればいい。

 

パーツ単位なので経済的、扱いもシンプルだ。

 

サーバーごとにラックを作って一つの"島"と呼ぶ。
その島に調達したパーツをつなげていくわけだ。

 

ただ、より多くなりがちなグラフィックボードばかりは接続距離をできるだけ短めにするなど、気をつけなければならない。

 

「結構、熱を吐くのかもね」

 

燃えないよなあとフラグになりそうなことは口にしないでおこう。

 

 

先日、井上さんの息子さんが無事に中学の卒業資格を得たとのこと。

 

この前、教務センターに行ったのは、手続き、そして次の段階である高校の単位を取得する流れと大学水準の話も含めた選択肢の説明を聞きに行ったらしい。

 

インターネットでも十分手続きは可能だが、親子で節目に記念の意味も込めて教務センターに行くのが多くの家庭の密かな思い出作りになっている。

 

 

昔の中学までの義務教育とは違い、今の義務教育は高校相当までである。

 

日本人は海外と比べて覚えるものが多い方だ。文字だけでも、ひらがな、カタカナ、漢字とある。それも決して少なくない。

 

アルファベットと文法、会話だけマスターできればいい英語とは量が違う。

 

かつての日本の教育は大学卒業でも世界水準では中学卒業レベルだと揶揄やゆされていた時代もあった。

 

そこで社会制度の大きな変更がようやく落ち着いてきたところで、教育指導要領どころか日本の教育に対する大きな変更が行われている最中である。

 

授業は民間の動画サイトに投稿されている。昔で言う文部科学省が教育指導要領に設定したレベルを満たす優秀な授業動画だ。

 

より評価が高くて人気の授業動画を投稿し続けている人物に賞を与えるという、コンペのようなものを2年ごとに行っている。

 

投稿者は動画サイトから収入が入るし、公に名をあげ、社会からの信用が高くなる。

皆、同じ動画ベースで学ぶので、提供側の問題による差もなくなる。

 

家だとどうしても集中できない、いたくないなど何かしらの事情がある場合は各教務センターに学習室が設けられているので、そこに通えばいい。

 

聞きに行けば解説してくれる職員も勤務している。

対応できる職員がその場にいなければ、チャットが使える。

 

さっさと実績を積んでしまえば、修了試験を受けて次の学年へ進むことも出来るため、同い年でも進捗は様々だ。

 

漢字まですべてマスターしようと思えば、時間がかかるため、義務教育が高校相当までと設定されている。

 

各種資格や免許は年齢や経験の制限もあるため、自分が目指すキャリアに関係が無ければ、ある程度基礎だけにとどめ、より専門性の高い分野に進む人たちも多くいる。

 

井上さんの息子さんは優秀で、標準のペースよりも半年は早く卒業できたらしい。広く標準の科目を取得しているので、将来の選択肢をまだ細かく定めずに時間をかけて見出すつもりだろう。

 

飛び級という言葉が昔あったが、今ではその言葉自体なく、自分の学習ペースや能力に応じてそれぞれが好きなようにやっている。

 

逆に、習得ペースが著しく遅くなってしまえば、高校相当までは修了する必要があるだけに、その分自分の残りの人生の時間をただ消費してしまうだけになってしまうので、早い段階から自分の人生について考える。

 

また、親に問題があったり、両親と死別していたりする子供だっている。

その場合は、ベーシックインカム制度がそもそもあるので、教務センターのサポートのもと、一人暮らしだって可能だ。

 

わたしももう少し生まれてくるのが遅ければ、ひらがなと英語を最初に学ぶ今の学習順序に浸れて、英語が普通に話せるようになっていたのかもしれない。

 

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この物語はフィクションであり、実際の人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

この作品は2024年2月8日にnote.comに掲載したものです。

 

室温は空調のおかげで下がってきたようだが、まだ安心できない。

 

半導体の塊であるコンピュータが発する熱は、部品の電気抵抗で発する熱であって、きちんと冷却してあげないと、パフォーマンスが落ちるどころか機能停止にすら至りかねないからだ。

 

その辺りは、燃料で動くエンジンと似ている気がする。

 

電動であれば、エンジンの焼け付きなどを気にすることは無さそうで、長距離でなければ便利そうだが、寒さには弱そうだ。

 

 

近代史では京都議定書という日本で気候変動対策のための初めての世界的な枠組みが決まったという歴史があるらしいが、二酸化炭素が原因なのかはっきりとしたことは今でもわからないものの、いずれにしても人間の活動が要因なのは明らかなようだ。

 

地球温暖化といわれていたらしいが、確かに疑問が残る。

 

全体的な温暖化を意味するのであれば、地球上の自然氷は解ける一方でしかないイメージを持つ。どちらかと言えば、地球上の空気中に存在する水分の量が増えていくことが要因になっているのではないだろうか。

 

 

とうとうぽつりぽつりと降り出した真っ黒い空を窓越しに見上げると、雨雲が白く縁取りされて、まだ日中であることを示している。

 

もっと奥の山沿いは土砂降りじゃないだろうか。

 

地球も宇宙に浮かぶ風船のようなものだから、その中に存在しているものは運び出さない限り抜けていくことはない。

 

その中でもともと、液体や固体だった水が、気体に昇華するわけだから膨張する。そりゃ太陽の日当たりの良いところと悪いところの気圧差も拡がり続けるだけだよなと、傘を持ってこなかった後悔を紛らわすように、地球の環境の話について考えを巡らす。

 

その結果どうなるかというと、場所によって雲が厚く多くなる。

 

逆にまったく雲が無く日照りが続くところも出てくる。

 

これらに気温の落差も加わると、方や大寒波、もう一方は大干ばつ、こんな場所が増えてくるという人間やほかの生き物にとって、食糧問題から生存問題へと発展することは時間の問題だと思うのは自然な事だろう。

 

 

今なお研究段階の域を出ない、核融合発電がようやく商業化に向けて進みつつあるが、なかなか難しい。

 

レーザーなどを使って物質を核融合させることに成功すれば、莫大なエネルギーが得られるとされて、ずいぶん長い事世界各地で研究がなされているが、その方法にもさまざまあって、実験が行われている。

 

結局、実用化の条件は簡単で、レーザーなどの投入エネルギー量より、圧倒的に取り出すエネルギー量を上回ればいいだけだ。

 

しかしこれがなかなか難しい。

 

実現すれば、従来の燃やすことで新たに空気中の水分を増やしてしまう生き方ではなく、逆に空気中の大量の水分を回収して生きるような文明にシフトできるだろう。

 

日本が実現すれば、海外への電力輸出が可能になり、世界的な存在感もまた十分なものになるはずだ。

 

かつて、21世紀に入ってから日本はアジア諸国に新たな禍根を作った。

 

かつての植民地戦争でも国によって感情はさまざまだが、すでに1世紀近い時間が経過し、戦争に対する恐れとともに、ある意味風化しようとしていたところだったのだが。

 

それは、技能実習制度という制度だった。

 

日本という先進国に、技術を学びに来て持って帰ってくださいという制度だったのだが、これが結果としてよくなかった。

 

日本は治安がいい。国民に対しての扱いもいい。なにより環境が素晴らしい。というイメージを抱いて、期待と借金までして日本に来たものの、ふたを開けてみれば奴隷同様の扱いをされた人たちも多かったという。

 

狭い部屋に複数人寝泊まりさせられ、日本人以上の労働時間と本来禁止されているはずの環境で働かされたりと、様々だったそうだ。

 

そのうえ、実習制度なので賃金は安い。

 

悪質な業者に自国の年収以上の借金をしてまで来日した若い人たちも多かったという。

 

そんな外国人実習生たちのアパートのポストには、携帯電話料金支払いの督促状や、社会保険料支払いの督促状などであふれていたという。

 

日本語が全くできない、反対に日本人は全く英語ができないために起こった悲劇だった。これがトラウマになって日本人に対して憎しみさえ抱く外国人の若者も多かったことだろう。

 

全員がそうではなかったかもしれない。

親切にした雇い主もいたことだろう。

 

しかし、一人でもそんな負の感情を抱いて母国に帰る人達を作ってはいけなかった。明らかに日本は、発展途上国の外国人を上から目線で扱ってしまったのである。

 

実際に、ある代までは親日だったが急に方針転換した国もいくつかあった。

 

具体的には権威主義のグループを支持するようになったり、資源や食料の融通を不利にしたりと、世界のルールもまた多数決で決める中影響が出始めてきているのは間違いない。

 

そのため、日本はアメリカのようなグリーンカードといわれる永住権を設定することで、日本も日本人だけが作る社会から抜け出す必要が出てきた。

 

アジア諸国の外国人も日本国籍を持つ人間が、当選確率は低いと言えども、わずかずつでも増えることで日本と諸国の間の心の壁を取り払い、世界的な信用を回復させようと試み始めて今に至る。

 

かつての技能実習というよりは、永住権を求めて日本に働きにくる外国人が増えたことで、かつてのような悲劇はもう起こらない事を願うしかない。

 

日本語は難しいが、サブカルチャーを通して独学で習得する外国人も少なくない。英語がなかなか難しいと思うわたしにとってはすごいの一言だ。

 

 

ところで、かつては昔で言うインドが投資の対象として人気だったが、最近ではアフリカに注目が集まっているらしい。

 

わたしも投資を始めてみないとなと、左手で少しぬるくなったコーヒー片手に口に含みながら、調べてみるのだった。

 

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この物語はフィクションであり、実際の人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

この作品は2024年2月7日にnote.comにて掲載したものです。

 

事務所にはコーヒーマシンが置いてある。

来客用の別の事務所に置いてあったものを新調した時、井上さんが持ってきてくれたものだ。

 

通販で様々な種類のコーヒーカートリッジを手に入れて、まだまだ楽しむことができる。

 

窓の外を眺めながら、曇り出した空を見ながら雨が降るような情報はなかったけどなあと天気予報アプリを左手で見ながら、淹れたてのコーヒーの香りに癒される。

 

サーバールームの室温が安定して問題が無さそうなら、雨が降り出す前に帰らないと、ここに長居することになりそうだ。

 

 

さて、人間は現状に不満を言う事を得意とするが、どうしてそうなったのかについては振り返らず、追及もしないらしい。

 

 

玄関に置いている折り畳み傘をなぜ手に取らなかったのか。

 

 

ひとり暮らしだから過去の自分に腹を立てる以外に無い。

 

もし絵にかいたような幸せな家庭に育ち、同じ屋根の下に同居しているとして、家を出る前になぜ傘を持って行った方がいいと声をかけてくれなかったのかと、私は腹を立てるのだろうか。

 

さすがにそれは人としてどうかと思う。

 

 

昔から人は、誰かの指示に従って生きることを好んできたようだ。大陸のうち、面積の大きな国から数えて多くの国が今なお権威主義社会だ。

 

王が政治に口を出さず上手くやっている国もあるが、元首が独裁体制を敷き、何かあればすぐ粛清をするような恐怖政治をいまだ繰り広げている国もある。

 

まだ自由を知らない民が多い国ほど、指示されて、寄りかかれる、責任の所在を支配者や層に委ねられる存在がいないと不安で夜も眠れないらしい。

 

神や王のために死ねと言われれば喜んで死ぬらしいから、正誤はともかくその忠誠はスゴイと言わざるを得ない。

 

支配の常識の中ではそう染まるものなのだろうか。

 

私はそうではない気がする。もしそんな社会に生まれたとしたら、異端者として処刑されるか、知性ある支配者層の人に取り入って、ひょうひょうと生き延びているかのどちらかだろう。

 

軍と聞くとなぜか血が騒ぐので前世か何かで経験があるのかもしれない。

 

 

第一回東京オリンピックから日本は大きく変化したらしい。街はそれまで、とてもじゃないが衛生的ではなかったという。

 

立小便は当たり前、たんつぼという謎のツボもあり、一体誰が掃除をしていたのかとある意味で興味が湧いてくる。

 

時代が進むごとに、レトロなものが人気を集め、昭和の時代はまるで、実際に存在したファンタジーな世界だと思われていた向きもあったが、実際にその時代を知る人間から言えば、とてもそんなもんじゃないと思えたようだ。

 

今は、学校というものは存在していないが、それこそ子供が集団で集まるわけだから、小さいうちはまだかわいいが、半分大人になったような子供が集団になると荒れた時代は大変だったらしい。

 

社会問題と化し、その反省から必ず部活に入るように改められ、何かのコミュニティに属させることで、表面上は治安が改善した。

 

薬物などが蔓延した都心の一部は大変だったらしいが。

 

隣のおじいちゃんが定年する数年前から始まったベーシックインカム制度だが、経済社会の自動化が進めば進むほど無職者を生むことになる。

 

無職者が増えるという事は、どこのコミュニティにも属さない人間が増えるわけだ。

当初は治安の悪化が心配されたが、少なくともお金に困ることは無くなったことと、大半は高齢者がこの国の人口を占めていたことから、もはやそんなエネルギーはこの国には残されていなかったらしい。

 

最低限生きていくだけのお金に困らないようになっただけで、それだけで派手な生活ができるわけはない。

 

そのためには働くなどして収入を得なければ難しいわけだ。

 

借金でもしようものなら、最低限の生活費ですら稼ぐ、前時代の生活に逆戻りしなければならない。

 

また、長生きや苦しみながら生きたくないのであれば、医療費は貯めておく必要がある。

 

 

かつて年金と生活保護の廃止からベーシックインカム制度にシフトした。

 

それだけでは当然財源が足りないためにメスが入ったのが、国民皆保険制度だった。

医療費の一部さえ支払えばある意味無尽蔵に医療が受けられた状況を見直し、より高度な医療を望むなら個人負担としたのだ。

 

今は年齢が若かったり、実績があって重要な人物ほど申請すれば、財団が医療費を負担してくれる制度がある。

 

命の選別だと批判もあったが、限りある財源を活用する方法としては妥当だと言わざるを得ない。個人では医療保険に加入しておく方法がある。

 

それら制度改革は、蜂の巣をつつくようなものだった。

 

ただ、無職になった大勢の人達はそもそも"今"困っているわけだから、将来の医療費どころではない。

 

いくら組織の中で地位が高かろうが、デスクワークの仕事ほど自動化への変革の波を受け、来年どころか明日、そのまま自分の居場所があるかどうかわからない。

 

誰でもいつでも無職になり得る、明日は我が身の世界だ。

 

自動化してスリムになった組織から、再編が進み、他の組織に吸収合併されるなどしたが、その支払い債務まで負う組織は無かった。

 

一旦、大きな解雇手当債務を理由に破産し、残った資産価値不明の事業継承を新たな組織が受け継ぐという、アクロバットな方法が裏で進められたので、一個人に過ぎない従業員は、その多くが泣き寝入りするしかなかったのである。

 

そうなると、結局は誰が対応することになるかと言えば国家しかない。

 

途方に暮れ、どうしたらわからない、情報をどのように得て、組み立てて、自分の頭で考え、結論を出す力のない人ほど、警察署の地下に設置されてある例の施設に訪れたという。

 

中には家族を遺してこの世を去った人も多くなかったそうだ。

 

一度は、無職者を自衛隊に属させるかという議論もあったが、それはさすがに、まるでかつての赤紙のようでやりすぎだという事、かつての植民地だったアジア諸国から見れば、自衛隊とは名ばかりの事実上の軍拡にしか見えないため、やるべきではないという意見で締めくくられた。

 

いずれにしても財源というリソースが限られる中では、まだ選択肢が多いうちに、先手先手で必要な制度はさっさと始めるべきだという教訓をこの国は得たのだ。

 

 

まだ大丈夫は、実は大丈夫ではないのかもしれない。

さて、雨はまだ降り始めていないようだ。

 

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この物語はフィクションであり、実際の人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

この作品は2024年2月6日にnote.comに掲載したものです。

 

今日は会社の事務所にいる。
管理しているサーバーの様子が気になったからだ。

 

すこし室温が気になったので、一応本体に問題が無いか確認をして井上さんに報告しておく。

 

小さい会社なので高価な最新の機械ばかりは揃えられない。型落ちだけどまだまだ使えるものをうまく見つけて自社のネットワークに入れ込んでいくスタイルだ。

 

その分、リーズナブルにサービスを提供できる。

そこまで高速で高度な処理を求めていない需要家向けというわけだ。

 

本当にすごいものだと、電流ではなく光で処理を行うものが出てきた。

小型化が進めば、そのうちすべてその方式に置き換わるだろう。

 

電流は技術が使い古されているだけに確実だが、どうしても廃熱が出てしまう。光に置き換わるならそれが無くなるわけだ。

 

ただ、設備投資するにも一体いくらかかる事だろう。

ひとりのオタクとしてはぜひ一度この手で触ってみたいものだが、社長、いや会社次第かな。

 

それとも、少ない台数で需要をさばけてしまうようになってしまえばわたしも廃業かもしれない。

 

 

人間は大体何かをいつもやりすぎる傾向がある。

 

まだ自動化が主流ではなかった時代、特に日本では変化させなくても問題なく社会が回っていたために、下手に自動化をほいほい受け入れてしまうと、失業する人たちが大量に出てくる。

 

そして、それまでの仕組みでいい思いをしてきた人たちにとって、新しい技術さえ敵になり得る。

 

そういう意味では、しがらみが一切無い発展途上国の方が素直に導入しやすく、気づいたら最先端を走っているケースも珍しくない。

 

従来のやり方から変化をしたくないばっかりに遅れをとってしまい、気づいたら落ちぶれてしまっているというパターンだ。

 

何もしない事をやりすぎた。

 

先の大戦もおそらくはやりすぎた。

 

人間関係でもささいなことから、取り返しのつかない所にまでいってしまうことだってしばしば。

 

自動化ブーム、気づいたら何でもかんでもとにかく自動化すればいいという動きがかつてあった。

 

それは古くから従来の仕組みにこだわった人たちが相次いでこの世を去ったことから静かに始まったようだ。

 

経済面では大きなコスト削減につながったものの、結果の受け皿として社会が全く追いついておらず、多くの失業者であふれた。

 

これは個人納税者の急激な減少を意味する。

バランスが崩れたのだ。

 

ただでさえ、総人口の減少に加え、高齢者比率が増す中、自国産業でどこまで耐えられるかという流れになってきた。

 

ここで満を持して、ベーシックインカム制度が登場することになる。

 

 

お、井上さんが「部屋の室温を下げて様子をみてみようか」とのこと。

具体的に2、3℃下げてみることを報告し、コーヒーが飲みたくなった。

 

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この物語はフィクションであり、実際の人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

この作品は2024年2月5日にnote.comにて掲載したものです。