室温は空調のおかげで下がってきたようだが、まだ安心できない。
半導体の塊であるコンピュータが発する熱は、部品の電気抵抗で発する熱であって、きちんと冷却してあげないと、パフォーマンスが落ちるどころか機能停止にすら至りかねないからだ。
その辺りは、燃料で動くエンジンと似ている気がする。
電動であれば、エンジンの焼け付きなどを気にすることは無さそうで、長距離でなければ便利そうだが、寒さには弱そうだ。
近代史では京都議定書という日本で気候変動対策のための初めての世界的な枠組みが決まったという歴史があるらしいが、二酸化炭素が原因なのかはっきりとしたことは今でもわからないものの、いずれにしても人間の活動が要因なのは明らかなようだ。
地球温暖化といわれていたらしいが、確かに疑問が残る。
全体的な温暖化を意味するのであれば、地球上の自然氷は解ける一方でしかないイメージを持つ。どちらかと言えば、地球上の空気中に存在する水分の量が増えていくことが要因になっているのではないだろうか。
とうとうぽつりぽつりと降り出した真っ黒い空を窓越しに見上げると、雨雲が白く縁取りされて、まだ日中であることを示している。
もっと奥の山沿いは土砂降りじゃないだろうか。
地球も宇宙に浮かぶ風船のようなものだから、その中に存在しているものは運び出さない限り抜けていくことはない。
その中でもともと、液体や固体だった水が、気体に昇華するわけだから膨張する。そりゃ太陽の日当たりの良いところと悪いところの気圧差も拡がり続けるだけだよなと、傘を持ってこなかった後悔を紛らわすように、地球の環境の話について考えを巡らす。
その結果どうなるかというと、場所によって雲が厚く多くなる。
逆にまったく雲が無く日照りが続くところも出てくる。
これらに気温の落差も加わると、方や大寒波、もう一方は大干ばつ、こんな場所が増えてくるという人間やほかの生き物にとって、食糧問題から生存問題へと発展することは時間の問題だと思うのは自然な事だろう。
今なお研究段階の域を出ない、核融合発電がようやく商業化に向けて進みつつあるが、なかなか難しい。
レーザーなどを使って物質を核融合させることに成功すれば、莫大なエネルギーが得られるとされて、ずいぶん長い事世界各地で研究がなされているが、その方法にもさまざまあって、実験が行われている。
結局、実用化の条件は簡単で、レーザーなどの投入エネルギー量より、圧倒的に取り出すエネルギー量を上回ればいいだけだ。
しかしこれがなかなか難しい。
実現すれば、従来の燃やすことで新たに空気中の水分を増やしてしまう生き方ではなく、逆に空気中の大量の水分を回収して生きるような文明にシフトできるだろう。
日本が実現すれば、海外への電力輸出が可能になり、世界的な存在感もまた十分なものになるはずだ。
かつて、21世紀に入ってから日本はアジア諸国に新たな禍根を作った。
かつての植民地戦争でも国によって感情はさまざまだが、すでに1世紀近い時間が経過し、戦争に対する恐れとともに、ある意味風化しようとしていたところだったのだが。
それは、技能実習制度という制度だった。
日本という先進国に、技術を学びに来て持って帰ってくださいという制度だったのだが、これが結果としてよくなかった。
日本は治安がいい。国民に対しての扱いもいい。なにより環境が素晴らしい。というイメージを抱いて、期待と借金までして日本に来たものの、ふたを開けてみれば奴隷同様の扱いをされた人たちも多かったという。
狭い部屋に複数人寝泊まりさせられ、日本人以上の労働時間と本来禁止されているはずの環境で働かされたりと、様々だったそうだ。
そのうえ、実習制度なので賃金は安い。
悪質な業者に自国の年収以上の借金をしてまで来日した若い人たちも多かったという。
そんな外国人実習生たちのアパートのポストには、携帯電話料金支払いの督促状や、社会保険料支払いの督促状などであふれていたという。
日本語が全くできない、反対に日本人は全く英語ができないために起こった悲劇だった。これがトラウマになって日本人に対して憎しみさえ抱く外国人の若者も多かったことだろう。
全員がそうではなかったかもしれない。
親切にした雇い主もいたことだろう。
しかし、一人でもそんな負の感情を抱いて母国に帰る人達を作ってはいけなかった。明らかに日本は、発展途上国の外国人を上から目線で扱ってしまったのである。
実際に、ある代までは親日だったが急に方針転換した国もいくつかあった。
具体的には権威主義のグループを支持するようになったり、資源や食料の融通を不利にしたりと、世界のルールもまた多数決で決める中影響が出始めてきているのは間違いない。
そのため、日本はアメリカのようなグリーンカードといわれる永住権を設定することで、日本も日本人だけが作る社会から抜け出す必要が出てきた。
アジア諸国の外国人も日本国籍を持つ人間が、当選確率は低いと言えども、わずかずつでも増えることで日本と諸国の間の心の壁を取り払い、世界的な信用を回復させようと試み始めて今に至る。
かつての技能実習というよりは、永住権を求めて日本に働きにくる外国人が増えたことで、かつてのような悲劇はもう起こらない事を願うしかない。
日本語は難しいが、サブカルチャーを通して独学で習得する外国人も少なくない。英語がなかなか難しいと思うわたしにとってはすごいの一言だ。
ところで、かつては昔で言うインドが投資の対象として人気だったが、最近ではアフリカに注目が集まっているらしい。
わたしも投資を始めてみないとなと、左手で少しぬるくなったコーヒー片手に口に含みながら、調べてみるのだった。