↑のつづき。
さて、阿波神社を後にしたワタシは、
富雄川沿いを歩いていった。
徒歩で約40分。
早朝から中々の距離を散歩した。
富雄川はやがて大和川と合流。
素敵な太鼓橋が見えてきた。
この橋を渡ると、
かの有名な『廣瀬大社』の参道である。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/d4/ba/j/o1080081015332473555.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/d2/db/j/o1080081015332473557.jpg?caw=800)
森に入ると、『祓戸社』がお出迎え。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/4d/62/j/o1080081015332473561.jpg?caw=800)
祭神は祓戸大神の四柱。
瀬織津比売神
速開都比売神
気吹戸主神
速佐須良比売神
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/68/03/j/o0810108015332473562.jpg?caw=800)
なんという美しい参道。
最高の朝だ。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/a5/3b/j/o1080081015332473565.jpg?caw=800)
奉納大砲。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/ad/fd/j/o1080081015332473566.jpg?caw=800)
手水舎。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/e1/37/j/o1080081015332473570.jpg?caw=800)
二の鳥居。
立派な朱の鳥居だ。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/ba/48/j/o1080081015332473574.jpg?caw=800)
神馬舎。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/61/a9/j/o1080081015332473575.jpg?caw=800)
拝殿。
『廣瀬大社』
鎮座地 奈良県北葛城郡河合町大字川合99番地
創建 崇神天皇9年
旧社格 式内社(名神大社) 官幣大社 二十二社
祭神 若宇加能売命
相殿 櫛玉命 穂雷命
ホームページによれば、
大和盆地を流れる全ての河川が
一点に合流する地に鎮座しており、
山々からこの地に集まる川の水を
統治されることで水神としての信仰がある。
天武天皇は、
風を司る龍田風神と二社一対のお社とした。
『風水』。
若宇加能売命は五穀豊穣、御膳神の他、
水神の神格も持っているようだ。
創建に関してもホームページを引用↓。
~~~~~~~~~~~
崇神天皇9年、
廣瀬の河合の里長に御信託があり、
沼地が一夜で陸地に変化し、
橘が数多く生えた。
このことが天皇に伝わり、
この地に社殿を建て祀られるようになる。
~~~~~~~~~~~~
社紋が橘紋なのは、
この伝承によるものなのだろう。
廣瀬大社の主祭神
『若宇加能売命(ワカウカノメ)』と
同一神と伝わる神々は下記の通り。
・豊宇気比売大神(伊勢神宮外宮)
・宇加之御魂神(伏見稲荷大社)
・屋船豊受姫神(家屋守護の神)
・大物忌神(鳥海山に宿る神)
2月11日には『砂かけ祭』という
珍しいお祭りがおこなわれる。
見てみたかった。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/33/66/j/o1080081015332473577.jpg?caw=800)
若宇加能売命と同一神とされる
『豊受大神(豊宇気比売大神)』。
伊勢神道の根本経典と言われる
『神道五部書』の
『豊受皇太神御鎮座本記』には
こう記述されている。
天村雲命伊勢大神主上祖也。
神皇産霊神六世之孫也。
阿波國麻植郡座忌部神社、
天村雲神社、
二座是也
つまり、豊受大神は阿波から還座された。
延喜式神明帳に記載される廣瀬大社は、
『大和國廣瀬郡 廣瀬坐和加宇加賣神社 』。
『坐(います)』とは、
「元々の場所から遷されてここにいます」
という意味だとも言われている。
今年の1月、飛騨高山の『廣瀬神社』に
参拝したことをふと思い出した。
駅から見えた廣瀬神社の祭神は
『天照皇大御神』だった。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/1c/0f/j/o1080081015332473579.jpg?caw=800)
少し見えた本殿。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/06/1c/j/o1080081015332473582.jpg?caw=800)
廣瀬大社のホームページを見て
気になったのが、摂社の『饒速日命社』。
しかし、境内図のどこにも記載がない。
どうやら一般公開はされていないようだ。
なぜ饒速日命社があり、
しかも参拝出来ないのだろうか。
そのヒントは、
若宇加能売命と同一神とされる神様の一柱
『大物忌神(おおものいみのかみ)』
にありそうだ。
その神名は『大物』+『忌』。
つまり、『物部氏』と『忌部氏』が
関わっていそうである。
『豊受大神』が元々阿波の神であれば
『忌部氏』との関連はうなづける。
そして、饒速日命と関連していそうな
『大物』という言葉。
この地域が饒速日命の治めた土地だと言えば
それまでなのだが、、
もう少し深掘りを。
山形県に鎮座する
出羽国一宮『鳥海山大物忌神社』。
大物忌神は、鳥海山に宿る神だとされている。
鳥海山は火山であり、
鳥海山の噴火は大物忌神の怒りだとされ、
噴火の度に高い神階が授けられたのだそうな。
鳥海山の名の由来には諸説あるが、
そのひとつが興味深い。
饒速日命が天鳥船に乗り、
上空から眺めて「トリミヤマ」と名付け、
それが転訛して「鳥海山(とりみやま)」、
「鳥海山(チョウカイザン)」と
呼ぶ様になったのだそうな。
つまり、大物忌神と饒速日命には
なんらかの繋がりがある。
もしかすると隠すべきナニカなのかもしれない。
山形県から遥か遠いこの奈良県で
大物忌神の神社の社地に
饒速日命社が隠されている。
となると、相殿の神は…
なんとも不思議な話です。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20230901/09/noginohi107/59/a3/j/o1080081015332473584.jpg?caw=800)
一の鳥居にたどり着いた。
やはり、最初の橋から行くと
参道をショートカットしてしまっていた。
廣瀬大社は本当にステキだった。
晴れた朝の神社は最高ですね皆さん。
さてさて、そろそろお仕事の時間である。
この後、奈良駅へと急いだ。
『奈良編』はまだまだ終わりませんよ。
『阿波の痕跡』は沢山あるのです。
つづく。
ではまた❗
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