令和6年4月20日
現在は65歳以上を高齢者と呼びますが、
65歳になったからといって急激に老け込むわけ
ではないし、健康状態には個人差も大きく、
同じ65歳でも「まだ若い」と見られる人もいれば、
「もう若くない」と見られる人もいます。
でも65歳を超えると一律で高齢者扱いを
されてしまうのが社会の現実です。
そして残念ながら、身体機能も年を取るごとに
確実に衰えて行き、特に65歳を過ぎた辺りから
衰えを実感する人が多いのも事実だろうと思います。
令和6年4月20日
現在は65歳以上を高齢者と呼びますが、
65歳になったからといって急激に老け込むわけ
ではないし、健康状態には個人差も大きく、
同じ65歳でも「まだ若い」と見られる人もいれば、
「もう若くない」と見られる人もいます。
でも65歳を超えると一律で高齢者扱いを
されてしまうのが社会の現実です。
そして残念ながら、身体機能も年を取るごとに
確実に衰えて行き、特に65歳を過ぎた辺りから
衰えを実感する人が多いのも事実だろうと思います。
令和6年4月19日
最近は昔の友人や知人の逝去の報に接することが
多くなりました。
人生を精一杯頑張った人も、そこそこ頑張った人も、
偉くなった人も、ならなかった人も、死ぬときは
みな同じ、最後は一人での旅立ちです。
だから、いまはのきわに「あぁ、いい人生だった」
と思いながら旅立てれば、結局、その人は幸せな人生を
送れたんだろうなと思っています。
令和6年4月18日
私たち高齢者世代は、残念ながら「令和」
の時代ではもう主力選手ではありません。
私たちが“24時間戦えますか?”のスローガンの下、
第一線の「企業戦士」として日本の高度経済成長を
支えた時代から、もう半世紀以上経つでしょうか。
今は、ひっそりと「日本頑張れ!」と陰から
応援する立場(?)になっています。
令和6年4月17日
人は、他人の言動により影響を受けます。
笑っている人と一緒にいると思わず笑いが出てくるし、
つまらなそうな人と一緒にいるとやっぱり自分も
つまらなくなってしまいます。
こんな風景は日常的にどこにでもありますので、
ほとんど「人の世の常」と言ってもいいくらい
当たりはずれのない現象とも言えるでしょう。
令和6年4月16日
人が「他人の不幸を蜜の味」だと考えるのは
常に自分の幸不幸を他人との比較によって確認
しており、人が不幸であることで自分の幸せさ
を際立てさせる効果があるから だという人がいます。
自分だけをみて自分が幸福だと判断するほど
自信のある人はそう多くはないということ
なのでしょうか。
令和6年4月11日
ある住宅メーカーの調べでは、
「老後に妻が夫に求めること」の上位に、
「お互いに干渉しないで自由に生きる」と
いうのがありました。
つまり夫には、生活自立をして家事をシェア
するか、自分で出来るようになることを求めて
いるのです。
一方、男性が妻に求めることは「なるべく
家にいて二人で楽しく過ごしたい」ということでした。
これは妻の希望と正反対です。
このようなスレ違いが、熟年離婚の大きな原因の
一つになっているとも言われています。
令和6年4月10日
長く人生を生きていれば「忘れてしまいたいこと」
や「忘れなくちゃならないこと」の一つや二つ出て
来ます。
いつまでも過ぎ去った過去に引きずられていたら、
その後の人生も窮屈になってしまいます。
でも「忘れなくちゃならん」と分かりながらも
忘れられないのも、また人の心の一面かもしれません。
また、高齢になるほど昔の嫌なことを思い出すのも
人の心の一面のようです。
令和6年4月8日
一説によると,高齢になって妻に先立たれた夫
の寿命は平均3~5年なのに対し,夫が先に逝った妻の
寿命は平均10~15年だそうです。
独り身なってからの生活は、長年妻に寄りかかって
生活を送ってきた夫の方が、その辛さを強く感じる
からなのでしょうか?
でも、これは飽くまで平均での話。当て嵌まらない
人も沢山いることでしょう。
でも、平均的に女性の方が長生きするのは統計的に
事実のようです。
令和6年4月6日
人生色々です。若くても「若年寄」となって
自己研鑽に励まない人もいれば、齢を取っても
チャレンジ精神旺盛で新しい知識や技能の習得に
励む人もいます。
アナログ技術からデジタル電子技術へという
第三次産業革命に飛び込んでいる現代で、生き残り
更には時代をリードしていく人たちは、結局年齢に
関係なくチャレンジ精神旺盛な人たちなのかも
しれません………。
令和6年4月5日
靖国道路の桜も満開となりました。
桜は、観て美しいだけでなくその散り際の潔さも
古くから人々に愛されてきました。
桜に感じる魅力を「一斉に咲き、一斉に散る
ところにある」と言う人もいます。
一緒に桜を楽しんだ妻が先立ってから今年で
9年目に入ります。妻の生前は二人で楽しんだ桜を、
今は”いつまで楽しめるかな”との思いを抱きながら、
一人で眺めています。