人事労務日記~所長のつぶやき~ -272ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成26年6月10日


 最近、私は記憶力がメッキリ衰えてしまいました。

いや、正確に表現すれば、「記憶する」というよりも

「思い出す」という能力に大分劣化現象が生じて

来ているようなのです。

 先日もこんなこともありました。寝ぼけていたわけでも

二日酔いでもなかったのですが、自宅の机に携帯電話

を置いたままオフィスへ出かけてしまったのです。

そして、そのことに気が付いたのは最寄りの地下鉄駅の

入り口でした。

“あれっ、いつも上着のポケットに入れている携帯がない、

落としたのなら大変だ”と思い、家にあるかどうかを直ぐに

確認しようと思いました。

 

  そして、無意識に「家に電話をするためにポケットの

中をゴソゴソと探って携帯を探している自分」に気が

付いたのです。


 それが、“俺ってホントに大丈夫かな?”と真剣に

考え始めた瞬間でした。

平成26年6月9日


 「自分のしてきたことを頭から否定されると、

咄嗟に拒否反応を起こしてしまう」、

こんなことは、実社会おいて誰しもが体験

していることではないでしょうか?


 人は、多かれ少なかれ「見栄」を張りたがる

ものです。厳しい社会や会社の中で生きていく

為には、内心ビクビクしながらも「自分の主張を

押し通さなければならない場面」に出くわします。

そして、このような「自己主張」場面が続けば

続くほど、同時に「他人の自分を見る目」が

どうしても気にかかります。

こんな他人の目を意識する心が、“少しでも

自分をより良く見せたい”という心となって

「見栄」を張ってしまうのでしょう。


 こんな精一杯「見栄」を張って生きてきた人に、

“そりゃ違うね”と頭から否定されるのは、

今までの生き様を否定されるようなものです。

言われた人が、咄嗟に拒否反応を起こすのは、

至極当然なのではないでしょうか?

平成26年6月7日


 年をとると物忘れが進むと言いますが、

わたしの場合、実際、かなりキテいるようです。

認知症のわけは無いと思いますが、

何かをしようと思いたったとき、直ぐにやらないで

別の事をぼんやりと考えたり、他のことに気を

とられたりすると、その間に何をしようと

思い立ったのか忘れてしまいます。


 若い頃なら、ぼんやりしても、何かに気を

とられても、すぐにその前に考えていたことを

思い出せたものです。きっと復元力があった

のでしょう。

今は復元力がだいぶ弱って、いわば、

ゴムが古びた状態なのかもしれません。


 でもそのせいかどうか、最近はあまり物事

に悩まなくなりました。

悩むべき事柄も忘れてしまうからなのかも

しれません。

平成26年6月6日


 この間、テレビでイヌの心が分かるという人

が出ていて、大変驚きました。
『犬の気持ち、通訳します。』(東邦出版)と

いう体験記を最近書いたハワイ在住の日本人

だそうです。


 「犬の心が分かること」を飼い主に、伝えて

やれば、「犬も自分と同じように感情を持つと

意識するようになる。そしてイヌをもっと大切に

するようになる」。
だからそのために「通訳」しているのだそうです。

 我が家もイヌを飼っています。私も毎日散歩

に行ったり、食事したりと愛犬と一緒の生活を

していますので、「おなかがすいた」「散歩へ行こうよ」

程度の気持ちは自然に理解できるようになりました。
だから、普通の人より繊細な感情を持っている人は、

もっと多くの犬の気持ちが分かるのかもしれないと、

この「犬の通訳話」に得心したのでした。

 もっとも今は、犬の気持ちどころか人の気持ちも

分からない、分かろうともしない人たちも増えてきており、

困ったもんだと思っているのですが・・・・・

平成26年6月5日


 私の仕事は、お客様のもとにお伺いすること

が多いのですが、特に外出する用件がないときは、

オフィスでパソコンに向き合って仕事をします。                 

然し、長時間パソコンに向かって細かい字を見て

いたり、また書類と格闘していたりすると、どうしても

目が疲れてきます。


 そんな時、ふと窓から見える靖国神社の木々の緑

にホッとします。        

よく、緑が目にいいと言われますが、それは緑色が目

にいいというよりも、自然を  眺め、遠くの風景を

見ることで、結果的に目の神経と筋肉を休めるから

というのが 定説のようです。


  だから、最近はよく窓の外の木々の緑に目を

細めます。

今日は生憎、外は雨で風も強く、木々の緑も

大きく揺れていますが、そんな様子を眺めて目と心を

休めています。

平成26年6月4日


 団塊世代のサラリーマンは、有給休暇も

取らず、毎日まいにち何十年もの間、欠かさず

会社へ通い続けました。

たとえ身を切られる様な辛いことに出会っても

歯を食い縛って耐え、仕事最優先で、黙々と

働いて来ました。


 そんな企業戦士にも定年が到来して、職場を

去る日が来てしまいました。

人生の最も盛んな時期を過ごした職場を、後ろ髪

を引かれる思いで去ったことでしょう。


 そして退職した翌日、朝起きて一瞬“あれっ”

という戸惑いに気づくのです。

“もう会社へは行けないんだ”ということに気づいたとき、

“じゃあ、これから俺は、何をすればいいんだろうか?”と、

前に経験したことのない難問に直面するのです。



 「退職後の退屈な生活に対する備えもなく、

突然膨大な「自由時間」を与えられ、何を励みに

生きて行けばいいんだろうか?・・・・」

平成26年6月3日


 「時間」は、ひとの世で何が起ころうと

淡々とただ過ぎていきます。

ひとの世の喜びや悲しみや怒りなどに

関係なくただ淡々と過ぎていきます。


 「時間」は、また、その早さに驚く

一方で、過ぎ去った日々のアレコレや、

子供の頃、若かった頃のことなどを懐かしく

思い出させてもくれます。


そして、同時に私の頭には、昔のことが

次から次へと浮かんでは消え、消えては

浮かんで、まるで走馬灯のように流れて

いきます。

 

 こんな「昔のことを懐かしく思い出す」と

いうのは、きっと新しい経験が段々と少なく

なってきたせい、つまり年をとってきたせい

なのでしょう。


 そしてこのように“歳をとったなぁ”と思っている

うちにもドンドンと「時間」は流れて行き、ドンドン

と歳をとって行くのでしょう。


平成26年6月2日


 厳しい浮世では、いくら年をとっても、

「自分の思いのまま、気のままに生きる」

のは、そう簡単ではないようで、現役時代

とは、相手は違うものの、やはり人の気持ち

をおもんばかって生きて行かざるを得ない

ようです。


 引退後は「毎日俺の好き勝手に暮らそう」

と考えるのは、どうも無理があるようです。

やはり、夫婦二人で心穏やかに暮らして行く

ためには、旦那が昼間は何とか外で過ごし、

出来るだけ家に居ないようにするのが一番の

ようです。


 だから、一寸気に食わない奴がいても、

ムッとすることがあっても、何とか抑えて

○○サークル」に通い続けるのも一法かも

しれません。

また、愛犬などのペットを家族の仲間に迎える

のもいいかもしれません。

私の場合は、家に居ないことと愛犬との

両方で対応しています。


平成26年5月31日


 サラリーマンの社会では、

「失敗したら責任は部下のもの、成功したら

手ガラは自分のもの・・・・」というような人の方が

多いのかもしれませんが、

中には、縁の下の力持ち的に黙々と仕事を

こなす人もいます。


 東大を出たことを誇りに何時も他人を

小馬鹿にした目で見る人や、自分の成績(手柄)

ばかり気にしている人が、はばを利かせている会社

(どこかにありそうですね)は、何時かは成長の壁

にぶち当たるかもしれません。


 黙々と仕事をする「縁の下の力持ち」的な社員は、

組織が大きくなればなるほど貴重な存在なのだと

思います(尤も、「縁の下の力持ち的存在」だけで

サラリーマン人生を終えるのも結構辛いものが

あります (私の実感です) が・・・・・・)。

平成26年5月30日


 東京オリンピックの招致活動で紹介

されて以来、すっかり有名になった日本の

「おもてなし」ですが、本来「おもてなし」とは、

「見返りを求めず客を大切に扱うこと」とでも

言うようです。

 英語では「病院(ホスピタル)」の語源に

通じる「ホスピタリティー」と訳されているよう

ですが、日本人には代々受け継がれている

精神といえるかもしれません。


 最近の情報番組を見ていると、訪日外国人

は直接のサービス以外でも、きれいな街路や、

ダイヤ通りに運行される交通機関など、日本では、

“当たり前”のことにも日本流の「おもてなし」を

感じているといいます。

 ここのところ、長引いた経済の停滞などで

中国や韓国に押されっぱなしの日本。
日本人も自信喪失気味でしたが、やっとデフレ

脱却の様子も見えてきた現在、私たちは、

もっと「日本」に自信を持ってもいいのかもしれません。