人事労務日記~所長のつぶやき~ -140ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和2年7月17日

 

  コロナ禍の拡大により高齢者の養護問題が一層深刻となっています。

自立が困難な高齢者の生活を支えるには付き添いが重要ですが、

現代社会には十分な養護体制を持ち合わせていません。

 

  といって、別の生活基盤を確立してしまっている子供の家庭に入り込む

ことも出来ません。

結果として、不適切な養護施設での不十分な生活状況を強いられたり

してしまいます。

 

  核家族化という暮らし方が進んで来た上で、急速な高齢化が進展

したため、新しい問題が深刻化しているのです。

 今まで精一杯に働いて家族を養い、社会に貢献してきた人たちが、

高齢化という誰もが通る道に嵌ってしまって、身動きがとれなくなって

しまうというのは、余りにも悲しい現実です。

 

令和2年7月16日

 

   人生を長く歩いてきた私は、最近つくづく「結局人生って、

楽しいと思って過ごした者勝ち」と思うのです。勿論生きている限り、

楽しいことばかりが起きるはずはありません。

 

   辛いことや悲しいこと、嫌なことだって沢山起こります。

でも、辛いことや悲しいことなどは直ぐに忘れて、嬉しいことや

楽しいことだけを反復反芻し、余韻を楽しんで生活すれば、

結局「その人の人生は楽しいもの」になるんだろうと思います。

 

令和2年7月15日

 

  新型コロナウイルスが世界中で猛威を振っています。

東京でも感染者が一向に減りません。

この感染症の厳しいところは、感染が本人の命に係わる

重大事態であるだけでなく、周りのひとにも大きな影響を

与えてしまうところです。

 

   ここのところ、緊張感が緩んだような感じもしますが、

感染者の中には、10万円の特別給付金を貰ったので、

普段行けそうもない新宿のクラブなどで過ごした若い人も

居たそうです。

 

  特別給付金が感染に一役担うという皮肉なこと

にもなっているのかもしれません。

令和2年7月13日

 

  先日の夕方、仕事帰りの買い物を終えて信号がない道路を

横断しようとしたとき、向こうから走ってきた小型トラックが見えたので、

通り過ぎるまで待っていたら、運転手の方が私に、深々とお辞儀を

して通過して行きました。

 

  その制服姿が私には何とも爽やかに見えて、ちょっと嬉しい

気持ちになりました。

 

  日常生活の取るに足らない出来事かもしれませんが、こんな

小さな「相手への気遣い」が世の中をちょっとずつ明るくして行くのかも

しれません。

 

令和2年7月11日

 

  最近、フッと一段落したときなどに、ヒョンと頭に浮かぶものがあります。

「妻の顔」です。

 

  私は、サラリーマンのころ、中国で通算して8年間の単身赴任をしました。

40年前の中国は、改革開放体制が始まって間もなく、今と違って、

なにもなく外国人にとっては、とても生活していくのは大変でした。

  だから、単身赴任をしていた私を、妻は大変心配し、一時帰国する

たびに、決まって“何か困ってない?”、“無理しないで!”というのが口癖でした。

 

  そのときの本当に心配そうな顔が今でも浮かんで来るのです。

そんな妻も、もう亡くなってから5年が経ってしまいました。

私も随分齢を取ってしまいましたが、頭に浮かんで来るのは40年前の元気だった

頃の妻の心配そうな顔です。

 

令和2年7月10日

 

  今は60歳が定年としても、その後5年は雇用が継続されますので、

従来通りの「仕事と生活」を続けられます。「給料が下がることを

我慢すれば」の前提が付きますが………。

 

  だから、生活が一変する本当の「定年」は、今は65歳といえる

かもしれません。

然し、「定年」を迎えて「やっと家族のために」と我慢にガマンを重ねた

長い年月から解放されるとホッとするのも束の間です。その内に

何か変だなと気が付きます。

 

  「あれ!朝起きてもやることも行くところもない……」と。

そして今度は、毎日朝起きたら今日一日をどう過ごすかで悩むことに

なります。

 

 

令和2年7月9日

 

  私は今、毎日会社に来て仕事をしていますし

「生き生き溌剌(?)と自分らしく生きている」つもりです。

でもときどき、ふっと本当の「自分らしい姿」ってなんだろうと

考えることがあります。

 

  何しろ仕事を終えて家に帰れば、ポツンと一人佇む、

ただの侘しいじいさんです。

嵐や地震や新型コロナウイルスとかの非日常的な大事件に

出くわすと、冷静な対応なんて“とてもとても”です。

  慌てふためき、ただひたすら桑原くわばらと部屋の中で

縮こまっているだけとなってしまいます。

 

  本当の「自分らしい姿」ってどちらなのか時々首を傾げています。

 

令和2年7月8日

 

  人生とは、一つのドラマです。
人は生まれてから死ぬまでの間に、様々な事件や出来事に

遭遇します。
「平凡な人生」といっても、その人の人生にとっては大切な事件や

あっと驚くような出来事に出くわします。

そのそれぞれが人生ドラマのワンシーンとなります。

 

  勿論、そのドラマの主人公はその人自身です。

上手く演じられる人もそうでない人も「自分のドラマ」で「主人公」を

演じるわけですから、悔いのないドラマにしたいと一所懸命に演じます。

 

  そして誰しもが、その人生ドラマの終演を迎えるとき、

“あぁ、楽しい人生だった!”と思いながら幕を閉じたいと願っているのです………。

 

 

令和2年7月6日

 

  私は最近よく「ケセラセラ」の歌を口ずさみます。

「ケセラセラ」とはスペイン語で「なるようになる」という意味

だそうです。

 

  私も今までの人生で随分辛い思いもしましたが、そんな時は

“後できっと良い事がある、何とかなるさ”と自分自身を納得

させたものでした。

 

  人生は「ケ セラ、セラ!」

 “その内なんとかなるさ”、“後できっと良い事がある”

という気持ちで難局を乗り換えたいものです…………。

 

令和2年7月4日

 

  私は、歩く速度が年々遅くなってきたような感じがします。

そこで「後から来る人に迷惑をかけては」と気遣って

道の端を歩こうとするので、樹の幹に躓いたりして却って

危ない目に会ったりします。

 

   でもそんなアブナイ思いをしても、毎日電車に乗って

、歩いて、職場に通うという生活ができること自体が、

“楽しいのかも”と思っています。