人事労務日記~所長のつぶやき~ -111ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和3年10月5日

 

  ある日の朝、いつものように通勤のため電車に乗っていると

乗換駅で乗車してきた高齢夫婦の姿が目に入りました。

その夫婦連れは、私が座っている優先席の方に近づいてきました。

 

  私の隣の席で新聞を読んでいた中年サラリーマンが、

おばあさんが立っているのに気づきました。そして

〝すぐに気が付かないですみません。どうぞ〞。

そう言っておもむろに立ち上がって席を譲りました。

 

  おじいさんはおばあさんの荷物を棚の上にあげてその前に

立ちました。席を譲ったサラリーマンの横の席では若いOLが

スマホを眺めていたのですが、目の前に立っているおじいさんに

気づかないかのように、席を譲ろうとはしませんでした。

「立っているのが辛い人への思いやりの心は、もうないのだろうか」

とつい思ってしまった電車内の光景でした……

令和3年10月1日

 

  学校を卒業して直ぐに就職し、定年まで勤め上げた人

の中には、定年後の新しい生活への第一歩を中々

踏み出せない人がいます。

 

  それまでは会社に頼りきって、自分から動かなくてもうまく

生きてこられたからです。

日本は終身雇用がずっと続いていました。

定年まで会社に勤めていれば何とかそれだけで人生を

終えることができたのです。

 

  然し、バブル崩壊後、成果主義が急速に広がりました。

“さぁこれからは若いときの割食った分を取り戻そう”と思っていた

中高年社員はあてが外れてしまいました。

だから、今の中高年社員は時代の流れで割を食ってしまった

世代といえるかもしれません。

令和3年9月30日

 

  「弱り目に祟り目」。「好事魔多し」。

と昔から、「生きているというのは厄介なこと」だということを

現す言葉があります。

 

  イヤなことが、次から次と降り掛かってくると、

“自分はなんて運がないのだろう”とも思ってしまいます

こんなときは、あっさりと現状を受け入れて、再トライするしか

手がありません。

 

  その前に愚痴をたっぷりと気の置けない仲間に聞いて

貰ってから・・・・・

愚痴を聞いてくれる仲間は、厳しい人生を生き抜いて行く

ためには欠かせません。
 

令和3年9月29日

 

  「いつも一人の生活」で、飽きるほど「一人の時間」を

持っている私みたいな者にはコロナ感染予防策としての

「家への閉じこもり」はあまり苦にはなりません。

 

  「いつも独り言」を言っているので、話し相手がいなくても

大丈夫です。

だから、私は、こんな危機の時には結構うまく対応できるの

かもしれません

 

 

  でもやっぱり、「家での一人酒」はもう十分に堪能したので

そろそろ近くの居酒屋にでも行って、一人酒を楽しみたいなと

思っています。

令和3年9月28日

 

  コロナ禍の中でも季節は巡ります。時間は人の

喜怒哀楽とは無関係に淡々と時を刻んでいきます。

 

  コロナ感染を防ぐため汗でびしょびしょになっても

マスクを外せず、これじゃ熱中症になっちゃうじゃないかと

思いながら仕事に出掛けた暑い夏も何とか無事に

乗り越えられたようです。

 

  そして9月を迎えました。

最近は、朝晩は大分涼しくなりました。

段々と秋が深まってきます。

令和3年9月27日

 

 

  2011年にアメリカで発表された「長寿プロジェクト」が、性格と長寿の

関連性を報告しています。幼年期から大人になった後まで一貫して

「慎重な努力家」だった人,つまり真面目な人が最も長寿だったと

いうことです。

そして、慎重さに欠けた人が最も短命で,途中で性格が変わった人

その中間だそうです。


  真面目な人は慎重だから健康を守るために深酒や喫煙を

避けるなどの行動をする可能性が大きく,そのため死亡リスクが

小さくなると考えられるそうです。
それに対し、所謂楽観主義の人間は、まあ大丈夫だろうという

慎重さに欠ける判断をあらゆる場面で下していて、その積み重ねが

健康を害する生活習慣につながったりして、それが結局短命に

繋がるんだそうです。

 

  楽天家は長生きするとの俗説もあります。どちらが実際に

長生きするのでしょうか?

 


 

令和3年9月25日

 

  「人の振り見て我が振り直せ」という言葉があります。

直せというのですから,「良くない」他人の振る舞いのことでしょう。

その良くない振る舞いを見たら、我が身を振り返り、自分もしている

「その良くない振る舞い」を直す切っ掛けにせよという昔からの

ことわざです。

 

  人は誰でも至らなさを抱えているけど,自分の至らなさには

気付かず、

他人の至らなさにはよく気が付きます。昔から人にはこんな性格

があるので、このことわざが伝えられているのでしょう。

令和3年9月23日

 

  コロナウイルス感染は漸く下火になってきたようです

それでも未だ非常事態宣言は続いており、外出自粛

が求められ、会社への通勤も飲み会も控えられています。

 

  最近は「テレワーク」が段々と取り入れる会社も増えて

来ました。

在宅勤務になると平日の昼間も家にいることになります。

そして、初めのうちは余り気にならなかった家にいるということが、

毎日まいにち家にいると何か肩身が狭い思いがしてくるのです。

 

  そしてある日ふっと気がついてしまいます。

“あれれ?もしかして自分は、家でも会社でも居る場所が

ないのではないか?……”と。

令和3年9月22日

 

 最近はネット上での誹謗中傷問題が深刻になっています。

根拠も定かではない人の至らなさを繰り返し非難し、相手を

追い詰めてしまうのです。

 

  今のような情報化社会では,身近で直につきあう人はいなくなり,

不特定多数の人とネット上で繋がり、その繋がりが自分の人間関係

であるように感じてしまう人も少なくないようです。

 

  その繋がりの中で、真偽が定かではない情報が流れ、それを見た人

が飛びつき、更に拡散させてしまうのでしょう。

令和3年9月21日

 

  私の毎日は、「日々平々凡々」に過ぎて行きます。

いつもと同じように朝が来て、いつもと同じように仕事をして、

同じように日が暮れます。

 

  でも平凡のようにみられる毎日は、実は毎日が同じで

ただ退屈なだけの日々というわけでもないのです。

 

  “今日のランチは久しぶりにあの店に行ってみよう”、

  “今日のつまみは何にしようか?”などなど

日々小さな幸せを噛みしめ乍ら、結構楽しんで過ごして

います。