人事労務日記~所長のつぶやき~ -103ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和4年2月9日

 

  1960年版国民生活白書によると、当時東京のサラリーマン世帯

の主婦は1日約9時間を家事に費やしていたそうです。

電気釜や電気冷蔵庫、電気掃除機といった家事家電の普及率は

まだまだでした。

 

  私が小学生だった50年代後半は、かまどでご飯を炊き、衣類は

洗濯板でゴシゴシ洗い、生鮮食料品を近所の商店に毎日買い物

に出掛ける――そんな暮らしが都市部でも残っていた時期でした。

 

  少年だった私もよく近所の店に買い物に行かされたものでした。

今でも時々割烹着を着て炊事をしていた母の姿とともにそんな時代を

懐かしく思い出します。

令和4年2月8日

 

  かつて30数年前、私が同僚と仕事帰りの一杯(?)で帰宅が

遅い頃、テレビの「亭主元気で留守がいい」というCMが人気を

博していました。

 

  当時はまだ専業主婦がマジョリティーの時代で、妻は夫が

仕事に出かけている間に「1人の時間」を享受することができました。

同時に、夫は夫で、仕事帰りに帰宅前の一杯をひっかけたりと、

家庭を離れた「時間」をお互いに享受していたとも言えるでしょう。

 

  このようにお互いに、いざとなれば「一人時間」を作ることが

できると思えるからこそ、家にいるときに多少イライラすることが

あっても事なきを得ていたのかもしれません。

令和4年2月5日

 

  ある情報番組で「卒婚」を特集していましたが、

その内容は男性には衝撃的なものでした。

「卒婚(卒業婚)とは、離婚にまで至らなくても、同居、

別居を問わず「夫婦がお互いに疲れない距離」を

保つことだそうです。

 

  所謂、家庭内別居の場合は、ゆくゆくは離婚が

待ち構えているわけですが、卒婚は違います。

離婚を前提にするのではなく、お互いに干渉せずに

自由に生き、程良い距離感を保って生活して行くこと

だそうです。

 

  卒婚は、お互いに経済面、生活面での自立が、

ある程度出来なければ成り立ちませんが、多くの場合は、

妻から卒婚を提案する場合が多いようです。

令和4年2月3日

 

  ヒトの感情はその人の健康にも影響を与えます。

ある調査によると、ポジティブな言葉(感謝、希望、

抱負など)を多用する人は、そうでない人と比べて

寿命が9.4年も長いという報告があるほどです。

 

  昔から「病は気から」という格言もあります。

長生きしたいなら、日ごろの自分の感情をないがしろに

してはいけない、ストレスも貯めてはいけないということ

になるのでしょうか。

 

  これらから言えることは、他人の感情は自分にも

反映されるので、親しく付き合う友は「選ぶ必要が有り」、

また自分で発する言葉も自分自身を変えていくので

「自分の言葉を選ぶ」必要もあるということになるようです。

令和4年2月2日

 

  私たちはある一定の年齢を越えると、「歳を取ること」を

ネガティブに考えがちです。

「高齢者の仲間入り」した後は、齢を重ねる毎に体力は

落ちますし、年金暮らしに入れば収入も減ります。

そして何よりも社会との関わりそのものが薄れてしまったような

心細い気持ちにもなってしまいます。

 

  「年をとる=多くのものを失う」という負のイメージを強く

持つ人は、誕生日が来ると「祝う」というよりも「また齢を

取ってしまうのか」という「不安な」気持ちの方が勝るように

なってしまいます(私もそうですが……)。

令和4年1月31日

 

  ある日の帰りの電車は、4人がけのボックス席でした。

私の隣りの席に座っていたお酒の匂いのするおじさんが、

いきなり自分の前の席に座っていた女の子に話しかけたのです。

 

  “それ、なかなかきれいだね”。おじさんが声をかけたのは、

二十歳ぐらいの女の子でした。その子が手に持っていた

スマホのストラップに羽根飾りみたいなものが付いていて、

その羽根飾りに対する感想を述べたらしいのです。

 

  いきなり声をかけられた女性は、全く無視するのも悪いと

思ったのか、“あ、はい …… ”と、殆ど消え入りそうな声で

応えていました。

 

  その女性は、更に図々しく話しかけようとするおじさんに、

煩わしを感じたのか、次の駅でサッサと降りて行ってしまいました。

おじさんは、降りていくその女性の後姿を、ただ残念そうに

見守っていました。

令和4年1月29日

 

  人は、他人の言動により影響を受けます。

笑っている人と一緒にいると思わず笑いが出てくるし、

つまらなそうな人と一緒にいるとやっぱり自分も

つまらなくなってしまいます。

 

  職場でも、堂々として信頼感のある上司の下では

部下たちも安心して仕事ができますが、いつもカリカリ

しているような上司だと、職場全体もカリカリして

息苦しくなってきます。

 

  こんな風景は日常的にどこにでもありますので、

ほとんど「人の世の常」と言ってもいいくらい

当たりはずれのない現象とも言えるでしょう。

 

令和4年1月26日

 

  私はもう立派な「高齢者」ですが、「高齢者」

呼ばわりされることには抵抗があります。

だから、物を購入しようとするとき女店員から“

「シニア」の方にはこちらがお勧めです”と言われると

気分が良くなり、ついつい買ってしまいます。

 

  実際に「高齢者」と見られると普通の商取引

でもスムーズには行かないのです。

薬屋で風邪薬を購入する際に「この薬の服用は

医師に相談するように」と言われたり、

クレカで支払うとすると「このカードの使用には

暗証番号が必要ですが、大丈夫ですか?」と言われたり、

まるで認知症老人扱いをされてしまいます。

 

 「高齢者」も大変なのです。

 

 

令和4年1月25日

 

 “もういい加減にしてくれと言いたいほど相変わらず

コロナが猛威を振るっています。一時は収束も近いと

期待する時期もあったのですが、コロナは「オミクロン株」に

変異して急速に感染を広めています。

 

  これを抑えるために国民にワクチン接種と行動の自制を

求めるのは当然ともいえるのですが、行動の自制には

経済の落ち込みを伴うことが頭の痛いところです。

 

  日本の「外国人の新規入国の原則停止」などの

厳しさは突出していると言われます。

もう23周遅れの日本経済の地位が更に低下すると

懸念する声も出ています。

令和4年1月21日

 

  明治時代の財界リーダーだった渋沢栄一氏の言葉として、

「四十、五十は鼻たれ小僧、六十、七十は働き盛り、九十に

なって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」が伝えられています。

 

  明治時代の平均寿命でいうと、たぶん4050歳代は

現在の年齢にすると、8090歳代にあたるでしょうか。

反対に現在の7080歳代は明治時代では3040歳代と

正に壮年期になるのかもしれません。

 

  私なんかは身体のあちこちにガタが来て、ヒーヒー言いながら

生きていますが、明治時代なら未だまさに壮年期の真っ最中。

だまだ頑張らなければならない(のかな?)。