〓 うぐぐぐぐぐぐ…… 例によって、2月は労働強化月間です。今年は、1月31日から来ました。
〓「雪」 が降りました。“あなた” が来たかどうかは知りまへん。とりあえず、雪という単語を並べてみましょう。何が言えるかは、あとから考えます。
*sneigʷh- [ スネイグゥフ~ ] 印欧祖語
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【 ゲルマン語派 】
*snaiwaz [ スナイワズ ] ゲルマン祖語形
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snow [ ス ' ノウ ] 英語
Schnee [ シュ ' ネー ] ドイツ語
sneeuw [ ス ' ネーウ ] オランダ語、フランドル語
sneeu [ ス ' ニュー ] アフリカーンス語
snie [ ' s n i ə ] [ ス ' ニア ] フリジア語
sne [ ' s n e ˑ ˀ ] [ ス ' ネーッ ] デンマーク語
snö [ ス ' ナー ] スウェーデン語
snø [ ス ' ナー ] ノルウェー語
snjór [ ス ' ニョール ] アイスランド語
snáiws [ ' s n ɛ ː w s ] [ ス ' ネーウス ] ゴート語
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שנײ shney [ シュ ' ネイ ] イディッシュ
ސްނޯ snō [ スノー ] モルジブ語
〓日本人にもナジミの 「スノウ」 を含むゲルマン語のグループです。
〓「イディッシュ」 というのは、もともと、ラインラントに定住していたアシュケナージ系ユダヤ人が、母語を高地ドイツ語へと変えたことで生まれた言語です。
〓モルジブ語 (ディヴェヒ語 Dhivehi language) の ސްނޯ snō [ スノー ] は奇妙ですね。意外にも、この言語は “印欧語族” です。つまり、英語とも親戚の言語です。しかし、モルジブ国民の 100%がイスラーム教スンナ派であり、独自の文字も右から左へ書かれるので、とても印欧語とは見えません。
〓この言語は、「雪」 というコトバを失って久しかったのでしょう。誰も覚えていなかった。1887年 (明治20年)、英国の保護国になったため、英語が普及しています。そのために、「雪」 を “スノー” と言うようになった。
*sneigʷh- [ スネイグゥフ~ ] 印欧祖語
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【 スラヴ語派 】
*snēgъ [ スネーグ ] スラヴ祖語形
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снег snjeg [ ス ' ニェック ] ロシア語
снег snjegh [ ス ' ニェふ ] ベラルーシ語
сніг snigh [ ス ' ニーふ ] ウクライナ語
сняг snjag [ ス ' ニャック ] ブルガリア語
снег sneg [ ス ' ネッグ ] セルビア語
снег sneg [ ? ] マケドニア語
snijeg [ ス ' ニェッグ ] クロアチア語
sníh [ ス ' ニーヒ ] チェコ語
sneh [ ス ' ネッフ ] スロヴァキア語
śnieg [ ' ɕ ɲ e k ] [ シ ' ニェック ] ポーランド語
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【 バルト語派 】
*snaig-[a]- [ スナイグ~、スナイガ~ ] バルト祖語形
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sniegs [ ス ' ニェグス? ] ラトヴィア語
sniegas [ ス ' ニェガス ] リトアニア語
〓印欧語族の中では、「スラヴ語派」 と 「バルト語派」 はひじょうによく似ています。分岐した時代が遅かったこともあるでしょうし、また、両言語とも保守的な言語であったということもあるでしょう。
〓すべての言語でひじょうによく似た単語が使われていますね。
*sneigʷh- [ スネイグゥフ~ ] 印欧祖語
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【 イタリック語派 】
nix [ ' ニクス ] ラテン語
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neve [ ' ネーヴェ ] イタリア語
nieve [ ニ ' エーべ ] スペイン語
neige [ ' ネージュ ] フランス語
neve [ ' ネーヴィ ] ポルトガル語
neu [ ' ネーウ ] カタルーニャ語
néva [ ' ネーヴァ ] ナポリ語
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niyebe [ ニ ' エーベ ] タガログ語
neĝo [ ' ネーヂョ ] エスペラント
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【 例外 】
zăpadă [ z ə ' p a ˑ d ə ] [ ザ ' パーダ ] ルーマニア語
〓イタリック語派は、ラテン語の nix 「ニクス」 に始まります。ナンだか、「ゲルマン語派」 や 「スラヴ語派・バルト語派」 に比べると 「?」 という感じがしますね。nix というのも “同じ仲間” なんだろうか?
〓これが同じ仲間なんですよ。ちょいと “ハゲて相貌が変わってしまった” のですね。変貌する前のラテン語形を推定してみましょうか。
nix [ ニクス ] 古典ラテン語形
↓
nig- + -s 「語幹」+「主格語尾」
↓ ※ -gs というふうに子音が続いた場合は、
↓ g が無声化して -ks、すなわち -x となる。
↓
s- + -nig- + -s ※語頭の s-は古ラテン語時代に脱落したもの
↓
*snigu-s [ スニグゥス ] 古ラテン語時代は、こんなだったかもしれない。
〓ラテン語の末裔たるロマンス諸語では、イタリア語の neve を始めとして、単語は、
n―v― ※ ― は母音
という構造になっていますね。これはナゼかというと、例によって、ラテン語の対格に由来するからなのです。
nix [ ' ニクス ] ラテン語 主格
nivem [ ' ニウェ(ム) ] ラテン語 対格
〓つまり、nix の “隠れた語幹” は、niv- [ ニウ ] だということです。なぜ、nig- [ ニグ ] じゃないのか? これは、古ラテン語の時代に、語中の -gu- の g が落ちたことにより、[ w ] だけが残ったのでしょう。
*snigu- [ スニグ ] 古ラテン語時代の語幹
↓
*sniv- [ スニウ ]
↓
niv- [ ニウ ] 古典ラテン語の語幹
〓つまり、ラテン語は、語頭の s も、語幹末の -g も落としているんです。
〓フランス語だけは、
neige [ ' ネージュ ] 現代フランス語
と g を保存してきたような体裁になっています。これはナゼでしょう。
〓古典ラテン語には存在しないんですが、俗ラテン語には、「雪が降る」 という動詞がありました。
*nivicare [ ニヴィカーレ ] 「雪が降る」。俗ラテン語
〓この動詞が古フランス語では、
negier [ ネジ ' エル ] 「雪が降る」。古フランス語
として現れます。同じ時代、「雪」 という名詞は次のような形をしていました。
noif, noi, nei [ ' ノイフ、' ノイ、' ネイ ] 「雪」。古フランス語
〓この語形こそが、イタリア語 neve、スペイン語 nieve などに相当するフランス語形です。[ v ] がほぼ消えかかっていますね。しかし、単語は擦り切れすぎると、会話では意味が伝わらず不都合が起こります。
〓単純になってしまったコトバは、スキを見ては、エントロピーの回復をはかります。
naige [ ' ナイジュ ] 「雪」。1320年
〓 noif, noi, nei がお払い箱になって、動詞 negier から、あらたに名詞がひねり出されました。そのために、フランス語だけ n―v― という子音構成になっていないのです。-g- [ ʒ ] という文字と音は、俗ラテン語の動詞の不定形の語尾 -care の -c- が有声化し、口蓋化したものでしょう。もとの *sneigʷh- の -gʷ- とは関係がありません。
〓カタルーニャ語の neu は n―w― という構成だと考えられます。語末にあった -e が消失したので、こういう語形になっているんですね。
〓エスペラントは、フランス語をヒントに 「雪」 という単語をつくったようです。
〓タガログ語は、フィリピンの言語であり、印欧語に属さないのはもちろんです。しかし、メキシコ副王領、スペイン領と、スペイン人による支配が続いたために、米国領に移るまで、タガログ語には、たくさんのスペイン語の普通名詞、固有名詞が入り込みました。
〓 niyebe は、スペイン語の nieve の転写です。スペイン語の v は [ β ] という “摩擦音化した b ” です。niyebe と y が入るのは、タガログ語の事情です。
〓あとから、他にも例が出てきますが、
雪が降らない地域の言語は、
しばしば、植民地の宗主国の言語から、
あるいは、受容した宗教の教義を説く言語から、
「雪」 という単語を借用する
という傾向があります。先ほどのモルジブ語がやはりそうでした。
〓イタリック語派 (ロマンス諸語) の中で、唯一、例外的な語形を示しているのがルーマニア語です。ルーマニア人は、ローマによってダキアの地に置き去られた “棄民” と言うべき存在でした。
〓周囲をスラヴ人に囲まれていたうえに、ルーマニアはギリシャ正教を採用したため、教会の典礼で永らく “教会スラヴ語” (古ブルガリア・マケドニア語) を使うハメに陥っていました。
〓さらに、19世紀以前には、ルーマニア語はキリール文字 (ロシア文字と同系) で書かれており、誰もが、
ルーマニア語はスラヴ語である
と信じて疑わなかったんですね。
〓ルーマニア語で 「雪」 を指す zăpadă [ ザ ' パーダ ] というのはキッカイな語彙です。あきらかに、スラヴ語の動詞なんです。
сняг запада snjag zapada
[ スニャック・ザパーダ ] 「雪が降る」 ブルガリア語
〓つまりですね、スラヴ語の 「雪」 のほうじゃなくて、「降る」 のほうを “雪” として借用してしまったんですね。まことにフシギなハナシで……
〓印欧語族の 「雪」 という単語は、まだまだあります。この続きは、明日ということで……