猫たちは夏でももこもこの毛皮をまとっている(当然ですが)。暑くないのかと、人間たちは時々心配になる。特に日の当たる出窓で昼寝しているのを目にすると、「熱中症になるよ」と声をかけてしまう。だが、猫は「なにいってるの?」とキョトンとしている。少々暑くても構わないらしい。

 

 

まあ、はっかもにっきも人間の言うことなどほぼ常に無視だけれど。耳をピンと立て、ひげも眉毛も手入れよく、ぬかりのない様子をしている。(冷房つけっぱなしのおかげだなんて、これっぽちも思っちゃいない。)

 

 

眠ければ寝る。起きている時は好きな場所でのんびりする。人間の思惑なんてかんけーなーい。人間が勝手に見惚れるだけのこと。

 

 

照っていようが降っていようが、お腹がいっぱいになれば眠りのスイッチが入る。はっかはピンクの布団でコロンと横になって、すーやすや。もこもこの毛皮がなんておしゃれ。お行儀よく眠っていることもあれば...

 

 

おや、両手を広げてお腹を出して、たいへん無防備な格好で眠っていることもある。くいっと曲げた片手が「お化け~」のスタイル。

 

 

にっきとはっかがお尻をどんとくっつけて、それぞれ勝手な方角を向いて熟睡している。よく見るとはっかはうっすら口を開けて眠っていて、かすかに尖った歯が見える。妙に「猫だわ!」と感心させられる。

 

 

人間たちが食事を終えると、二匹がテーブルに寄ってくる。眠くない時間には、二匹とも積極的で好奇心いっぱいで、人間に何がしかちょっかいを出したいらしい。

 

 

ネットで購入したBoni's Houseのチャリティーグッズが届いた日。猫模様の見事なハンディクラフトを広げて人間たちは感心しながら、眺めていた。どれもカラフルで、猫模様。はっかがちょうど具合よくモデルを勤めてくれた。大切に使おう!

 

 

「にっきだってもでるやる」とランチョンマットの前にかしこまるにっき。耳の付いた鍋つまみも、とても役に立ちそう。デザインが卓抜だ!

 

 

「これなんだ?ぼうしみたい。おもちゃかな?」にっきは鍋の蓋を掴むための円錐形のキャップに興味を持った。ランチョンマットに寝そべり、しきりに点検を。人間シニアはマットの絵柄の猫たちが面白く、早速模写を開始。こんな絵が描けたらな~!

 

 

はっかは先日やってきたカステロ(城)型爪とぎが気に入った。天辺の円座を独占して寝そべる。不思議ににっきは姉猫の指定席を奪いに行かない。もっともはっかがいない時に上って城壁の出っ張りをバリバリ破壊してしまうという困った匠ぶりを発揮しているが。

 

 

いつもこんなに静かなわけではないけれど、にっきとはっかは暑い日に居間の床に寝そべり、ごろごろしている。二匹とももこもこで、人間たちはいつだってそっと撫でに行きたい。暑かろうが涼しかろうが猫の毛皮のやさしさは、どんな人間の屈託も溶かしてしまう不思議な感触。

 

Castello つまりCastle(城)が届いた。にっきとはっかがこの家に来て以来愛用している爪とぎ
段ボール工芸品の「Caricarina(カリカリーナ)シリーズ」(株)アイル製の一つ。これまでに
豪華ソファを模したCaricarina Basic (アンティークレッド)、ハイヒールを模したCaricarina Bellezzaを購入した経緯がある。Bellezzaは現役で活躍中。そろそろメインの爪とぎ斜面が消耗してきた。そこでネットカタログを見ながら選んだのが、カステロである。

 

最初に乗ってみたのはやっぱりにっき。女の子だけれど王子様の風格。未だボンドが乾かないので、中段にはセロテープホルダーの重しが。尻尾を城壁にかけて「にゃ~おぅ」。

 

 

はっかは最初から女王様の風格。塔の上からあちこち眺めるのが気に入った様子。ちょっとお尻がはみ出してやしない?

 

 

「おやにっき、おしろよりなんどのほうがきになるの?」わざわざダンジョン視察に行く気なの?

猫たちが欲しがったから買ったわけではなく、人間たちの趣味ですね。これ一つ導入するために居間をすっかり掃除した。

 

 

人間たちは「段ボールアート」に感心している。素材の特徴をうまく活かして猫の爪とぎに利用するばかりでなく、インテリアとしても飼い主の鑑賞眼(?)に訴える造形を工夫する精神は讃嘆に値する。猫たちはそんなこと関係なく楽しく遊び爪を研ぐ。

 

 

猫が飼い主の意向など一顧だにせず(新規導入のおもちゃや設備には関心を示さず)好き勝手に過ごすのはよく聞く話だ。さて、我が家の二匹はどうなるか。高いところの好きな猫たちはケージの上で良く昼寝する。はっかが薄目を開けて「じゃましないで」の表情。

 

 

何が嬉しいのか、ケージの上で得意満面のにっき。真ん丸眼で「ねむくないもん!」かすかに笑っているような気がする。

 

 

猫たちはどこでだって気持ちよさそうに眠るのだけれど、人間用の椅子も大好き。人間が引き払った後の居間は猫たちの天国。猫のリラックスした様子を見ると、用事があっても人間たちはなかなか居間を去りがたくて、もう一枚パチリ!

 

 

「あらまだいるの?ここにっきのばしょだもんね」という顔に見える。ほいほい、どうぞご自由に!

 

 

ケージの定位置で二匹が餌を食べている時に、ふと見上げると立派な尻尾が垂れている。どちらがどちらの尻尾かお判りでしょうか?両方ともかぎ尻尾でよく似ている。毛皮の色も。やはり血のつながりがあるのだろうか?

 

 

よく見ると、少し色味に違いがある。答えは一番下に書きましょう。

 

 

夕食の後は、必ずフロアで遊ぶ猫たち。もっとも遊びの主役は元気坊主にっきで、はっかは暴れるにっきを静観していることの方が多い。「おもちゃあるわよ」とはっかのそばにまりとコルク栓の結んだのを転がしてやっても邪魔にするでなし相手にするでなし、脇で優雅に寝そべっている。

 

 

一方にっきの方は、人間が隠したおもちゃを箱の中から探し出してきて、勝手に遊ぶ。右側の本棚のてっぺんに釣り竿を置いて紐を垂らしてあるお魚猫じゃらしをくわえて来て人間に振り回させるのが日課となって久しい。

 

 

さて、夜も更けた。カステロの上に鎮座するはっか。流石にここで眠るにはスペースが狭い。明日の朝一番にここに上って寝坊助の人間たちを待つのだろうか。

 

 

にっきはカステロのことなんか忘れて、小さな蜘蛛がガラス戸の上を這いあがっていくのを見つめている。我が家の猫たちはゴキブリ一匹捕まえないが、存在そのものが人間たちのエネルギー源であり、喜びと楽しみの種をまく。たいへんに良い仕事をしてくれる。

 

※ 尻尾は上がにっきで、下がはっかです。

コロナ禍に、「ステイホーム」が奨励される。以前は「引きこもり」などと言われて肩身の狭い思いをしている人も多かったのに。そこへ行くと家猫は究極の「おこもりさん」だ。年がら年中家にいて、臆するところがない。むしろ見上げたものだ。ほら、本箱の上に、見上げる猫たち。

 

 

にっきなど、ふと見上げると本箱のガラス戸に映る姿は水鏡のようで、神々しいくらい。(そんなものを見上げて感心している人間もステイホームなればこそ。)ほんとうに、人間たちはリモートワークにオンライン仕事で猫化している。

 

 

「あらきょうもおうち?あそべる?」と見下ろすはっか。「あそべない。おしごとあるの。あとからね」と人間たちは返事する。「おしごとってなに?ねこよりたいせつなものなんてあるの?」ありゃ、どっかで聞いたようなセリフだわ。

 

 

猫たちだって、それなりに忙しい。何せこの狭い居間で「縄張り争い」とまではいかないけれど、先陣争いは日課である。その時々にくつろぎたい場所をもう一匹が占領していた場合、体を張って奪わなければならなくなる。見合って見合って、気を抜いた方の負け。

 

 

洗濯して生乾きだったタオルを人間が居間の長椅子に広げて置いたら、あっという間に猫たちが居心地を試しに来た。茶色のタオルにはっかがまず乗る。「なかなかよ。」―そうですか、洗ったばかりなのに猫の毛が...。

 

 

「つぎにっき。うん、とってもいい。ここでおひるねする」って、およしよ。乾いたらすぐどけるんだからね。

 

 

あらら、結局上にも下にも猫たちが重しになっている。誰だって、洗い立てのタオルは好きでしょう。そんなところに広げた人間があさはかだった。まあいいか。猫と暮らすと一蓮托生。少しくらいの猫の毛は気にならなくなってしまう。(でも、ほらほら、おどきよ!)

 

 

不寛容な人間を尻目に、猫たちはぺろぺろなめっこ。自分のことは自分でする猫たちだけれど、顔や耳をよく舐めあっている。自分の片手を舐めちゃ顔をこするしぐさもしょっちゅうしている。猫が顔を洗うと雨が降るということわざにはあまり信憑性がない。それなら毎日雨が降る。

 

 

にっきに顎を舐められて恍惚の表情のはっか。この後また、追いかけっこになるのかな?

 

 

お化粧してすっかりきれいになったはっかが静かに座っている。猫の見本のような姿で。なかなかこんなところは写真に撮れないので、人間はドキドキしながらシャッターを押す。ありがとね、はっかちゃん!

 

 

「にっきだってしずかなこともあるよ」と爪とぎに収まって物思いにふける(?)にっき。眠いだけだと思う。

 

 

寛ぎの場所をケージの上求めて、今まさに飛び移ろうとするはっか。優雅なジャンプでひとっ飛び。人間はその瞬間をとらえようとするのだが、猫の瞬発力にはかなわない。シャッターを押したときにはもう画面から消えている。

 

 

にっきは人間が紐を使うと必ず寄ってきて端っこをかじる。本当は紐で遊びたいのだけれど、段ボールを紐でぐるぐる巻きにする技では人間の手も捨てたもんじゃない。猫なんかに邪魔されてたまるかってんで、いつも競争になる。時すでに遅し!

 

 

「ま、いいよ。ねこのしごとはねることだもんね」とにっき退散。そりゃまあのびのびとわがもの顔で長椅子を占領する。「おこもりさん」たちは自由自在に居間を手中に収めているのだった。

 

 

外気は35℃を優に超え、朝顔も萎れる。猫たちのために居間の冷房はかけっぱなし。真夏の「ステイホーム」=「おこもりさん」にはコストがかかる。人間も猫も、ただぼーっとしていると命に係わるこの暑さ、このコロナ。一緒にこもって耐え抜こう!

 

にっきもはっかも、何故か長くて転がるものが好きだ。例えば鉛筆とか箸とか。人間が新聞のクロスワードパズルを始めたりすると、途端に嗅ぎ付けてやってくる。先ずは新聞紙の上にゴロっと横になり、人間から鉛筆を奪う。にっきの前でパズルをやろうなんて無理だ。(代わりに解いてくれるなら文句はないが。)

 

 

はっかは邪魔しようなんて思っていない。ただ、自分でコロコロ転がして遊びたいだけだ。箸がテーブルの上にあるのを見つけると、いつの間にかやってきて、コロコロしている。片手でそっと転がす様子は、不思議そうでもあり楽しそうでもあり。玩具の類にはほぼ無関心なのに。

 

 

はっかはなんにでも執着はしない。人間が「ダメよ、返してね」と取り上げると、あっさり引く。ちょっとつまらなそうにしているようにも見えるけれど、大抵は自足しているようだ。でも、何度でも鉛筆に手を出す。

 

 

はっかが伏し目がちに座っている様子は、穏やかで密やかで、つい人間は何か言ってみたくなる。「どうしたの?静かね。もう眠いの?」などと。はっかは我関せず。人間の駄弁になんか付き合わない。

 

 

一方のにっきは、人間のそばに寄り、自分の方から「なにやってるの?にっきもいれて」という感じに関わりたがる。本当はただ、そろそろ次の餌にありつけるのではないかと虎視眈々待ち構えているだけかもしれないが。

 

 

はっかの寝姿に、人間は惹きつけられ何度でも写真を撮る。手足の置き方がとても愉快で、触りはしないが、近寄ってはまじまじと眺める。こんなフワフワした動物が身近にいるのが、まだ信じられない。

 

 

そばでにっきも寝ている。本当に猫はよく眠る。にっきの毛皮も光沢があり、(人間ジュニアがよくブラッシングしているので)触るとそれは気持ちが良い。「ねこはぬいぐるみじゃありませんからね。そんなにさわらないで」と言われかねないほど、人間たちは猫を撫でる。

 

 

猫だって目が覚めた直後はぼんやりしている。寝ぼけていると言ってもよい。さしものはっかも到底精悍とは言い難い表情を見せる。そういう半分覚醒していて半分眠たい時の顔には愛嬌がある。触るチャンスだ。特に胸元のやわらかい毛には人間の手が伸びる。ふわふわだ。

 

 

だからなのか、しばしば人間の触れないところへ行って猫たちは眠る。ケージの上には人間の手は届かない。わざわざカメラだけ高く掲げて撮ったのがこの写真。あんまり触ると猫もストレスでやつれてしまうのではないかと人間は気にしながら、遠巻きにする。鉛筆に引き寄せられて近付く猫たちとは違う姿がそこにある。

 

ここの家に来て二年も経つと、猫たちはすっかり泰然自若とした様子をしている。狭い居間の中は探検しつくしてもう新しい発見なんかないのではと人間は思うけれど、なにがしか新しい試みを見つけている。

 

 

それぞれが落ち着く居場所はあるにせよ、二匹いると奪い合いもするから安心しきってもいられない。たいていははっかの占有していた場所が羨ましくなったらしいにっきが、奪いに来るパターンだが。

 

 

比較的書棚の天井を好むにっきは、朝食を済ませるとさっさと上がる。直ぐ眠くなるらしく、人間がのぞいても「な~に?ねむいんですけど」の顔。もう目を開けていられない。

 

 

人間の椅子を一匹で占領して丸まるはっかはくるりと円を描いて楽しい夢でも見ているのか、人間には笑っているように見える。起きている時より柔和な表情だ。

 

 

二匹が一緒に寝こけている様子は、手足の位置や曲げ具合からなかなか絵になる。幸せそうな寝姿が人間は羨ましくなる。何の憂いもないのかな、と。

 

 

ヒラメ型の猫じゃらしはにっきに齧られて、大分くたびれてきた。何しろ毎日これで遊ぶ。両手で抱えてしゃぶりつくすし、人間が振り回せば何度でも食いつく。

 

 

食器棚の上を好むはっかは、たまに首を突き出して寝ている。妖艶な瞳を閉じると、案外コミカルな呑気な顔をしている。

 

 

にっきがエメラルドグリーンの瞳を見開くと、驚くほど大きい。眠たい時のちょっと間抜けな表情とは別猫に。

 

 

食器棚から直接ドンと飛び降りることもあるけれど、冷蔵庫の上を通過して慎重に下りてくることもあるはっか。床の上でどっしりしている割に、上下運動をする敏捷さはさすがだ。

 

 

納戸の扉を開けようとするにっき。実はあまり得意ではない。はっかは巧みに引き戸を開ける。うまくいかないと「ねぇ、あけてよ~」と上手に甘え声を出す。その時ばかりは、人間にも猫のことばが良く分かる。

 

 

納戸の中に入って、お気に入りの場所に寝そべるはっか。たまには人間の目の届かないところで静かに過ごすのも悪くないのだろう。にっきは入ってもすぐ出てきてしまうのに、はっかは一旦入ると長い。静かな場所を好む猫だから。

 

 

にっきははっかが潜んでいる場所をじっと見ている。追いかけたり追いかけられたり、どちらがイニシアティブをとっているのだか、時々に違うので猫のバランスオブパワーは判じ難い。

 

 

にっきの視線の先にいるはっかは椅子の下の掃除ロボットの上に座っている。ここからガラス扉の外を監視している。早朝にもこの場所で人間を待ち構えている。勢い余ってマシンのボタンを踏みつけるものだから、人間を待たずに掃除開始。猫の脚が役に立つこと!

 

 

暑くても寒くても、毎日一度は二匹揃って窓辺に座る。外の気配に耳を澄まし、鳥の声に唱和したりする。この頃外猫は滅多に姿をあらわさなくなった。

 

 

たまには仲良く夏ベッドで一緒に眠る。猫たちはお喋りなんかしなくても楽しいのだろうか。人間が喋りすぎるのだろう。しょっちゅう何か話していないと不安になるのは言葉を持った者の宿命か。猫のように泰然と暮らせば、世の中は平和になるかな?

 

人間界にはびこるCOVID-19というウィルスに効くワクチンはまだないけれど、猫たちが毎年受ける、いろんな病気予防のワクチンがあるので本日はケージに入ってクリニックへ行った。お籠に乗ったお姫様のよう?!「ミャオゥ、ミャオゥ」と鳴きながら、はっかから一匹ずつ。

 

 

ケージの中では「ワァオゥ、ワァオゥ」と景気よく鳴いていたにっきは、診察台の上に出た途端丸まって震えているので先生に「おや、この子はビビりかな?」と笑われた。二匹とも体重が少しばかり増えていて、人間シニアはわがことのように慌てた。「今日からダイエットね!」

 

 

帰宅後は何だか人間の方を睨んでいた。「あんなこわいとこにつれてって、びっくりしたじゃない」の鋭い視線。たったの3秒で終わる注射だったんだから、いいじゃないの。人間はワクチンがなくて困っているんだから。

 

 

にっきがこのステレオの上で気ままに過ごすと、時々蓋が開いてギョッとする。この前CDを入れたら、がたがた言って音楽が始まらなかった。猫の毛でも入ったのか?精密機器だからね、猫とは相性が悪い。「乗らないで」といっても理解されず。

 

 

はっかが両手を揃えて寛いでいるところは、いつ見ても優雅で気持ちよさそう。だからと言って無遠慮に触ると、嫌がられる。「ほうっておいてちょうだい」のオーラが全身から放射されて。猫は自分が求める時だけ、人間のそばに寄るものらしい。

 

 

体もなく眠り込んだにっき。こちらはちょっとくらい触っても別に気にしない。熟睡している時には反応なし。人間の長椅子を自分のものだと信じている様子だ。人間は「踏んじゃうわよ」といって遠慮なく座るけれど。どっちもどっち。

 

 

垂直方向に避難して、人間を低く見る二匹。真面目くさった顔をしている。時々この食器棚の上で派手な立ち回りをする。流石に危ないんっじゃないかと人間が案じてもおかまいなし。まだ墜落したことはない。

 

 

おやおや仲の善いこと。にっきが丁寧にはっかの耳の中までなめている。気持ちよさそうに目をつぶているはっかだけれど、どこか危うい雰囲気も漂う。くっつきすぎると・・・

 

 

次の瞬間には「ギャイン!」の声とともに、二匹は向かい合う。にっきもはっかも一歩も譲らず互いの体に両手を踏ん張って、睨み合っている。「なによ、にっき、よしてよね」「なにいってんのはっかちゃん、あたしがここでねるの」という雰囲気。本当のところは??

 

 

人間ジュニアに抱き上げられたにっき。怖いものなし。人間の腕の上に、上手に座っている。

 

 

はっかの横顔。ケージの上から騒ぐにっきを見下ろして、「おこちゃまね」という視線を流す。「なんて立派な髭でしょう」と人間シニアは思わずシャッターを切る。

 

 

ごちゃごちゃの中に埋まるにっき。わざわざ狭いところを探して潜り込むのが大好き。「ご苦労なことです」と人間たちは散らばしている自分たちのことは棚に上げ、いたずら者にっきに笑ってしまう。(本当は「そんなとこに上らないで」と叱る場面でしょうが。)

 

 

はっかがこの場所を好むのは、本が好きだからではなく、壁にくっついているクーラーの風が気持ちよいかららしい。同じくらいの背の高さの本を並べたのは、はっかのベッドにするつもりではなかったのだけれど、たまたま座り心地も良かったらしい。

 

 

二匹は直角に並んだり、平行に座ったり、つかず離れず傍にいる。二匹の様子を見ては、人間たちは笑ったり呆れたり。飽きることがない。この家に二匹が来てまる二年経った。

 

 

二匹はふわふわの尻尾をクロスさせ、それぞれの方向を見ている。にっきとはっかのいる生活はどんなストレスフルなことがあってもいつの間にやら人間たちを笑顔にする。感嘆すべき猫力!

 

ようやく首都圏でもコロコロコロナの「緊急事態宣言」が解除された。そんなこと猫には関係ないけれど、人間たちがわさわさしてるので猫だって何かしら影響は受けているのだろう。第一、「にっきとはっか」のブログがずいぶん滞ってしまった。人間シニアの幼馴染が「どうしてる?}と心配してくれた。「いや~、オンラインオンラインでもうた~いへん」だった。多分これからも。

 

 

「そう?ねこはげんきよ。まいにちちゃんとごはんたべてるし、にんげんじゅにあがよくぶらっしんぐしてくれるから、けがわのおていれもぬかりないわ」と、はっか。

 

 

「にっきがしょっちゅうくびわはずすっていわれた。ぱっちんどめがゆるくなったから、とれやすいの。そろそろあたらしいくびわほしい。だけどにんげん、おかいものにいけないんでしょ。」

 

 

いつの間にやら猫ベッドも夏仕様に変わった。たまにはこうして仲良くベッドに収まっていることもあるが、猫たちはそれほどベッドを好まなくなった。暑苦しいのかもしれない。一応冷感素材で出来ているベッドという触れ込みだけれど。

 

 

「それより、ゆかのうえがきもちいいの。ぺたっとすわればひんやりよ。」

 

 

「にっきはね、たおるとにんげんのせーたーがいい。」

 

 

はっかは上手に折りを見て、人間ジュニアの膝の上に座る。人間ジュニアは「テレワーク」だから、家にいてもいつもお仕事しなけりゃならないんですが、はっかに飛び乗られるとそう無碍にもできず、「あとちょっとね」と言いながらまったりしている。猫に勝てる人間なんかいないのでは?

 

 

猫たちの在宅ワークは相変わらず朝寝、昼寝、夜寝。その度に場所を変え、それは気持ちよさそうに熟睡する。丸まっている時もあれば、伸び切っている時もある。その穏やかな寝顔に人間は羨望さえ感じる。

 

 

場所の奪い合いもするが、どうやら窓辺は特等席。曇りガラスの向こうでひょろひょろ伸びたヒメジオンが揺れている。たまに塀の上をよその猫が通っても、にっきとはっかは気付きもしない。

 

 

時にはいたずらするはっか。どうも尖った長い棒が好きらしい。テーブルに箸や鉛筆が出ているともれなく手を伸ばす。ひょいとひっくり返して転がすのが得意。「やめてよ」と静止しても何度でもやる。

 

 

にっきの得意技はフェンス登り。はっかが音もなく飛び乗るケージに、にっきはわざわざよじ登る。(跳躍できないわけではないのに、腕力にものを言わせたいらしい。)

 

 

折り畳み式逃走防止用のフェンスに囲まれた時、どうやって逃げ出すだろうと見ていたら、思案の末、...

 

 

よじ登ることにした。けれどケージみたいに天井があるわけではないので面白くなかった。また床に降りて、首で隙間をこじ開けて脱出。猫の首は手と同じように役に立つ。

 

 

ケージの上のにっきとはっか。人間の目の届かないところで何をしているやら。今まで一度も遊んだことのなかった「蹴り蹴り」をはっかが愛用しているようだ。床の上ではおもちゃになんか関心ない様子なのに、おやまあ。(「みたわね。」)

 

 

すーやすーや。伸びきって眠るにっき。こんな無防備な姿を晒すのは、敵に襲われる心配のない家猫の特権だろうか。お腹を丸出しにして、おとな猫とも思えない。

 

 

いつも(目が覚めているときは)キリっとした表情のはっか。ようやく(50日ぶり!)に「緊急事態宣言」が解除されたとはいえ、猫たちと人間たちの暮らしはそう急に変わらないのかもしれない。コロコロコロナにテレテレワーク。自宅で充足して暮らすエキスパートの猫に人間も倣おう。

 

 

オンラインショップで爪とぎを新調した。滑り台みたいなハイヒール型。段ボールをこんな風に使うなんて、素晴らしい発明だと思う。にっきの休憩場所にもピッタリ。

 

 

再開した隣町のスタバで人間がフラペチーノを買ってきた。人間たちは毎日の散歩を欠かさない。せめてもの運動だ。

 

 

庭の隅にシランがたくさん咲いた。人間たちは花で季節を感じる。猫たちは鼻で食べ物をかぎ分ける。人間と猫の共存。果たしてウィルスとは共存できるのだろうか。

 

 

「おーっと、猫さんたち、みつです、、みつです!

 

 

「そんなにくっついてちゃ、今のご時世、アブナイんです。」

 

 

みつです!みつです!漢字で書くと『密です』ってば。」

 

 

「あ―、そーなの。それがどーしたの?」

「コロコロコロナは三密が好きなんですよ。」(人間)

 

 

「このくらいならいいの?」

「そーですね、マスクしてないけど。」(人間)

 

 

「ふん!」

「はなれてればいいのよ、にっきちゃん。」

 

 

「じゃ、これでいいでしょ。」

「にっきちゃん、さっきくしゃみしてたわよね、」

 

 

「おやおや、感心。ソーシャルディスタンスのお手本ですね。」(人間)

 

 

「うふっ、にんげんてふじゆうね。ねこはへいきなのよ。ずっとSTAY HOMEですもの。」

 

 

「おうちでねてるのがいちばん。」

 

 

「にんげんじゅにあのうでのなかなら、もんくないわ。」

 

 

「ひっくりかえったべっどのうえもいごこちまんてん。」

 

 

ゴールデンウィークが始まるというけれど、今年は無縁。そもそも、どこへ行く当てもありませんが。せめて、近所の里山で、ほんの少し新緑を眺めて命の洗濯。それも"Stay home!"の掛け声に、ひっそり、こっそり。ねこたちに倣いましょう。

 

3日前、4/21はにっきが昔、菫だったころ出産した日だったと(保護猫カフェオーナーの)ボニータさんのブログ、『猫とのんびリ暮らしたい』で、「菫ベビーお誕生日おめでとう」という記事に書いてくださっています。にっきの子の一匹汐音クンが暮らすお家からの素敵な写真が掲載されています。にっきがママ猫だったことは知っていましたが、当時の写真とハンサムボーイに育った立派な猫さんを見ると感慨深いです。(その記事に「速報!生まれました!~菫~」が引用されています。ボニータさんははっかの出産の日のことも「2年前の今日のこと」に書いてくださっています。おまけに「体重測定と菫ベビーのお名前決定♪」の記録も一緒に!)

 

 

「イケにゃん」に育った菫ベイビー汐音クンは我が家のはっかによく似ています。キジシロだから毛皮の模様が。けれど、人間ジュニアに言わせると、「表情にどこかにっきの愉快な面影がある」とのこと。5kgもあるスレンダーな猫さんにうっとり見とれてしまいました。汐音クン元気で大きくな~れ!ママ猫にっきはこれこの通り、元気でおります。(覚えてないよね。)

◆【訂正】前回の記事には汐音クンを汐音ちゃん、娘猫さんと書いてしまいましたが、男の子猫さんだったのね~。間違ってごめんなさい。

 

 

ママ猫だったことをすっかり忘れて(多分)、自分がベイビーのように奔放でキュートなにっき。毎日毎日、いたずら三昧です。体重は3.8kgくらいをずっとキープしているので、相変わらずです。娘猫さんの方が大きくなっちゃった。

 

 

まんまる目玉のはっかが、育児をおさぼり(?)して自分の仔までにっきに預けてたなんて驚きですが、悠揚迫らぬ風情を見ているとそんなこともありうるなあと妙に頷けます。ママだろうがなんだろうがはっかは生まれついてのお嬢様猫なのでしょうかね。

 

 

この二匹、仲良しなのですが、追いかけっこをして相手を追い詰めると情け容赦なく取っ組み合うので、観ている人間たちの方が思わず「こわっ!」と引いてしまいます。二匹とも野生の本性を隠し持っています。

 

 

にっきのこういう表情を見ていると、猫という生き物は生涯愛くるしいのが特性なんだろうなと思わずにいられません。顔の造作のバランスがどう見ても子どもっぽい。仕草が他愛ない。そしてあの声。「みゃ~お」と鳴いて見せるだけで、人間は子供相手のような気分に。

 

 

しょっちゅう寝そべって眠ったり起きたりしているのも人間の赤ん坊に近いところがありそうです。もっとも人間はどんどん成長して赤ん坊時代を抜け出すけれど、猫の場合はいつまでも同じ。賢く考え深そうな表情のこともある一方、一生「可愛い盛り」を貫くという生存戦略は凄い。

 

 

ぬいぐるみのおもちゃを椅子に置いておいたら、にっきがその脇で眠っていた。なんとなく、ママ猫だったころ、こうして小さいのに周りを囲まれていた姿を髣髴させるポジションでした。もっともネズミやウサギのぬいぐるみでは見る夢も違うでしょう。

 

 

選手交代ではっかがその場所に座ると、ぬいぐるみは踏みつけられてはっかの座布団代わりです。まあ、こんな感じで「わたしファースト」の生き方をするのがはっかのはっかたる所以かも。なかなか個性的です。

 

 

久しぶりのポカポカ陽気にぼ―っと庭を眺めているにっき。遠い目の先にあるのは何でしょう。鳥たちに声を合わせて「キュトキュト」歌うのも上手。外を知らない猫。

 

 

写真集『家のネコ 野生のネコ』の脇でうずくまるはっか。猫が我が家に来て以来、猫にがぜん興味の湧いた人間たち。犬とオオカミが異なるように、野生のネコ科動物と家猫は祖先が同じでも進化した先は異なるようです。もちろん互いに片鱗を保っていますが。

 

 

人間界は新型コロナウィルス禍で大騒動だというのに、春から初夏にかけて世界は新緑に満たされ明るく、穏やかに爽やかな風が吹いています。人間たちは近所の川べりを運動がてら黙々と散歩します。雨の後には水嵩も増し、瀬音が聞こえます。

 

 

そして、ふと顔を上げると真白な富士の峰。交通量が減って空気が澄んだのでしょうか。インドからヒマラヤ山脈が見えたとか、ヴェネチアの水が澄んだとか、遠くの世界の話も聞こえてきます。ポストコロナを待ち望みながら、大いに不安も覚えるのは必然というべきか。猫たちの平和を守る役目も負う我らです。

 

いよいよ人間たちの世界ではコロコロコロナの緊急事態となった。やたらに出かけたり集まったり宴会なんかやっちゃいけないということだ。人間ジュニアもシニアもずっと家にこもっている。食事の度に、猫を構う。

 

 

猫たちはもともと家に引きこもっているわけだから、何も困らない。ただ、コロコロコロナは猫にだってうつるというニュースを読んだ人間たちは、猫がくしゃみをしたり鼻水を垂らすと「猫コロナか?」と色めき立つ。余計なお世話だ。

 

 

猫たちは食欲旺盛、睡眠たっぷり、居間が運動場だから毎日駆けっこ、コロナなんか寄せ付けない。Stay Homeを最初から実践しているにっきとはっかはこの度の「発令」のお手本みたいなものだ。

 

 

ところでにっきとはっかの育ての親「ボニーズハウス」のボニータさんがご自分のブログに「2年前の今日のこと」という記事を書いてくださっている。4月10日ははっかが子猫を産んだ日だったのだ。それを見守るにっきの様子も。あちこちのお家でその時生まれた子猫たちが美猫に育ったとのこと。おめでとう!ありがとう!

 

 

もう自分がママ猫だったことはすっかり忘れてしまっているはっかだけれど、これこの通り、のんびりゆったり陽だまりで寛いでいます。いつもふわふわで温かくって、静かな優しい猫です。

 

 

こちら、その時はっかとさして時をたがえず出産して二匹揃って子育てに奮闘したにっきも、ママ猫だったことは覚えていないでしょう。自分が子猫のように、(多分)姉さん猫のはっかに傍若無猫な態度でいつも甘えています。二匹とも傑作です!

 

 

「またにんげんがかーでがんわすれてったんだよね。ぬくぬくしててきもちいいからまくらにしてる」と、寛いでいるにっき。

 

 

「そう、わたしのこねこたち、みんなしあわせにしてるのね。よかった。おっぱいあげてたことなんかおぼえてないけど。にっきがわたしのこたちのぶんまでせわしてたってきいたわ。にっきもなかなかやるわね。わたしたち、ずっといっしょよ。」(人間が代弁)

 

 

「はっかちゃんといっしょだからさみしくないよ。まいにちいっしょにあそぶんだ。ときどきうるさいわね~ってしかられるけど。きにしない。」(再び人間が代弁)

 

 

高いところからにっきを見下ろすはっか。はっかを見上げるにっき。だいたいにっきがはっかの真似をして、せっかくはっかが楽しんでいたのをぶち壊しにする。けれど、はっかは泰然としている。

 

 

しょっちゅう場所の取り合いをするくせに、気が付くと二匹は近くで同じような格好で眠っている。どうしてこんなにシンクロできるのか。なんとなく傍にいると安心なのだろうか。

 

 

おかしなことをするにっき。ちぐらの天井に乗っかって、いつもは中に潜り込むちぐらをベッドにしている。それが気持ちいいなら結構なこと。猫もいろいろ工夫する。(まあ、大抵は偶然そうなるだけなのだろうが。)

 

 

あれ、姿が見えなくなったなと思うと、はっかは高いところに上って静かにしている。この本棚の天辺もお気に入りの場所の一つ。高いところにいると、人間が見ても貫禄がある。足元にあるのは釣り竿猫じゃらしの紐。いつもこの場所に竿が置いてある。

 

 

夜になるとにっきがこの釣り竿で(人間と)遊ぶ。にっきは自分で取りに行く。そばに置いてある椅子に上って両手と口で上手に落とす。人間が腰を上げるまで、紐の先についた魚で遊んで待っている。(ちょっと犬みたいではなかろうか。)

 

 

大きな目を見開いていても、つぶっていても、はっかの可憐さは抜群だ。人間たちを魅了し続けている。第一鳴き声がか細い高音で、その儚げな様子に人間たちはメロメロになる。(時々、それははっかの巧まざる作戦なのかと訝しむ人間たち。)

 

 

にっきはそのあどけない仕草で人間を魅了する。はっかと比べるからなのか、いつまでたっても子猫のような雰囲気が漂う。いたずらっ子ではねっかえりで、人間たちをびっくりさせることときたら!にっきのおかげで笑いが絶えない。

 

 

二匹揃って台所の棚に乗り、人間シニアが料理するところを監視している。飛び掛かるわけでなし、邪魔するわけでなし、ただ見ている。「あっちに行こうね」といって居間に連れて行かれても文句は言わない。だが、料理に興味があるらしい。(絶対何ももらえないのだけれど。)

 

 

二匹の関わり方は毎日見ていて飽きない。何か気にくわないことがあったのか、はっかが突然にっきに攻撃を仕掛ける。にっきが手のひらをいっぱいに開いて抵抗している。「やめてよね、はっかちゃん」とでも言いたげに。はっかは耳を倒して、容赦ない瞬間。

 

 

かと思うと背中とお尻をくっつけあって仲良く眠る。こういう姿を見つけると、いつものことなのに、人間は思わずそばに寄ってしばらく眺めてしまう。二匹の間には何か通い合うものがあるのだな、と。

 

 

そしていつもの「陽だまりの猫たち」。世界中で人間たちを悩ませ、苦しめているコロコロコロナにはお構いなく、暖かな春の日差しを全身に浴びてのんびりする猫たちを観ていると、ウィルスの攻撃にたじろぐ我々の現況をしばし忘れる。再び憂いなく暮らせる日々の遠からぬことを!