
【後編】「君に永久なる永遠を」
点滴が終わる。血が逆流してゆくのを見ていようとして、やめる。「こちら側」に投げ込まれた合成樹脂製バッグを適当にひとつ拾い、それに管を差し込み、別の針を浮いた青い血管に通す。それが薬ではないと僕は知っている。生理食塩水か高濃度カロリーか、そのどちらかだろう。
何度も繰り返した動作だ、慣れつつさえある。
治癒はない。少なくとも僕が生きている間は。
熱病が僕を溶かしてゆく。コールタールの湖に沈んでいくように、僕は緩慢に波打つ。騒々しく思うほど暴れる心臓と白濁する視界。絞り出すように息を吐く。声も漏れる。涎が頬から首へつたってゆく。
汚された液体に近づいていることを思う。眠ろうとして激痛に起こされ、激痛に失神して束の間眠り、再び痛みが僕を覚醒させる。繰り返すうちに僕は僕が酷い臭いを放っていることに諦めを感じてゆく。
「もう少しの辛抱よ」
夢だと思った。夢でも良かった。僕の右手は誰かに包まれている。細い指。だけどあたたかい。表情までは確認っできない、けれど、「彼女」は僕を真っ直ぐに見ていた。路傍に踏み折られた小さな花を見つめるような姿勢で、ただ、僕を見ていた。
「だれ……」
声になっていたのかどうか、それは自分ではわからなかった。口のなかに溜まった真っ赤なあぶくでうがいをしているような気がした。
「誰でもない。あなたはそんなことを気にしなくていい」
こもることなく、はっきりと聞き取ることができた。彼女はマスクをしていない。そして、僕の手を取ることができているんだ。交差するはずのない水路の特別な経路を用意してきたかのように、向こう側からこちらへ。
対岸にて様子を伺うだけだったはずの生者が急流へ飲まれ、ただ落ちるのを待つ僕の手をつかんでいた。
「助けにきたの、あなたたちを」
彼女は小さな瓶をつまんで見せた。左右に振る、窓から切れ込む光がそれに反射する。
「残念だけど、回復させてあげられはしない。でも、私はあなたを休ませてあげることができる。もう苦しまなくていい。眠りなさい、静かに」
うなづく。首は縦に動いてくれただろうか。
「生と死は同じ線上にある。生は死を含み、死は生に含まれている。あなたは水に還り、海へ流れ着くでしょう。あなたと、あなたと同じ熱病の人々にも水路を用意しています」
手は結び合わされていた。それぞれの流れがかすかに繋がる。
「神は与え、神は奪う」
小瓶のなかの液体が僕の体に水脈をつくる。泡が弾ける。絡まりもつれた糸屑が解かれ、一本ずつ抜かれてゆく。ふわりと僕は浮く。解かれた僕はシャボン玉のように宙を滑り、弾ける。滴として垂れ、床をつたい、土に染み、本当の川へと流れ、やがて海へ還るだろう。
僕は空から見ている。
彼女は走っている。人目につかないように夜に呼吸し、闇に紛れる色に身を包んで。彼女は地上の生者の世界では「死神」と呼ばれている。大量殺人者として追われていた。非道なる単独のテロリストとして追われていた。
僕は告げる。
届くだろうか。
走る君へ。君にもやがてその日がくる。そのとき、僕はここから手を伸ばす。君が水に戻れる方法を見つけておく。
届いただろうか。
「神は奪い、しかし与える。君が僕を掬いあげ、還してくれたように。永久なる永遠を、君に」
【了】
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