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「焚き火の夜」
その日の夜はこの冬、最初に焚き火を行うのにいちばん相応しい日だという。理由は知らないし、考えたりもしない。
それは僕が決めることじゃなく、彼が決めることだったからだ。ずっと昔からそうだった。
……雨の予報がなく月が晴れて風は弱くそして寒い。
それが理由だと電話口で彼は言った。
持ち物は「燃えるもので燃やしたいもの」とだけ言って電話は切れた。
車を走らせて15分、パーキングにはすでに彼の車やこの夜の焚き火に参加するであろう人々の車が並んでいた。とくに目立つものはない、安価(車にしては、という意味で)で実用的な、趣味的でないものばかりだ。
息が白くなる、見上げれば月。風は海から雑木林を抜けて僕へと届く。街灯の真下に目新しい看板があった、それには「花火や焚き火など、火気を禁ずる」とだけ書かれていた。前回は見なかった、夏の間にでも立てられたんだろう。
歩道をゆくと松の木の枝の間から炎の赤が揺らめいて見えた、焚き火はもう始まっていた。騒ぐこともなく言葉は少なく、宗教的な儀式に望むように神妙に、参加者たちは持ち寄った「燃えるもので燃やしたいもの」を火にくべてゆく。
「久しぶり」と彼は手をあげた。僕も「久しぶり」と返した。
火を囲む参加者たちの様子を伺う、見慣れた顔と見た気のする顔、おそらく初見だろう人……火に照らされて赤い顔の彼ら彼女らは、ひとりひとりがひとりひとりの孤独な夜の一面を強く浮かべている。
「君の番だ」彼は言う。
僕は両手の紙袋を下ろしてしゃがみ、燃やしたいものを一枚ずつ、一冊ずつ、火に手渡してゆく。意思を持ち、空腹の獣のように細く伸ばした手が紙の束を飲み込んでゆく。
新聞紙、雑誌。
ハードカバーの小説や旅先で買ったペーパーバック。映画のパンフレットやチケット。飽きたマンガの単行本。
「いいね」彼は言う。
「いつまでも大切にしてしまいそうなものばかりだ。忘れてしまうほうが、焼いてしまうほうがいいものばかりだ」
「今日のために置いておいたからね……紙は燃やすためにある、だろ?」
「ああ。本なんて大切にしててもしかたがない。単なる紙の束だ、読んでしまえば荷物になる」
荷物という言葉を僕は反芻する。置いてゆくもの、忘れてゆくもの、そう言ったときの彼の声がよみがえる。
「いいんですか? ここへくるときに火気厳禁の立て札を見たけど」
参加者のひとりが彼に問う。顔はよく見えないがその声や話し方から同年代の女性だとわかる。
彼女が燃やしたかったものはなんだろうか。そしてここに集まった参加者たちは何を持ち寄ったんだろうか。
「夏に……花火の後始末をしなかった子どもがいたらしい。それで防風林の一部が焼けた」
「じゃあ、次は……?」
「さぁ。次があるとは限らない。それはすべての物事と同じ」
パチパチと火が弾ける。燃やしたい何かが灰に変色してゆく。
赤く燃え、黒く焦げ、やがて白い粉に変わる。
何もかも同じだ、僕は思う。日々を刷新し続ける、明日は無条件に用意されてなどいない。
気づいたときには目の前から失われていることばかりだ。手のひらからこぼれ落ちてしまうものばかりだ。
何もかもを失ってゆく、それがたぶん基本条件なのだ。なぜ、いつもそれがあると勘違いを繰り返すのだろうか。
「燃えてしまいましたね。もう元には戻らない……」
女性が僕に言った。それはきっと自身に向けられたことなんだろうと思う。
「過ぎたことだから……いや、忘れたいことだから」
僕は応える。
「うん……」彼女は言う。
「そうだね」彼は言う。
今年の冬、最初の焚き火は燃えていた。徐々に弱くなりつつあるそれは空腹を満たしたばかりの野生動物に見えなくもなかった。
【了】
star entrys
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