株価は世界的に反発。日経ダウは13%以上あげ過去最高の上げ率になった。とはいえ、実体経済の動向は簡単にはおさまらないから、就職は厳しくなると覚悟しておいた方がよい。


ところで、じれまで下らない論文を書く教授について書いてきたが、講義のほうはどうなのか。


大学では、研究・教育と並べずに教育・研究と書く。教育が優先しているというわけだ。しかし、これまでは大学では教育は軽視されてきた。同僚に教育が好きだとか学生の面倒を見るのが好きだというと、蔑みの目で見られたものだ。学生の面倒を見るのは、高校まででいやしくも大学の教員は研究が第一であるべきだと思っているからだろう(その研究が大したものでないことはこれまで述べてきたが)。


教育(学生の面倒を見ることも含む)が好きな教員と教育に関心のない教員の二種類いるようだ。どちらが多いかは分からない。


研究をしない人間が教育など出来るわけがない。教育は研究の上に成り立つものだという正論(?)があるが、私は逆の教員も随分見てきた。研究はあまりしないが、教育に熱心という教員だ。大学院ではこうした教員は通用しないが、学部では価値がある。


学生も教育に熱心な教授のゼミに参加した方がよいように思う。補習をやらざるを得なくなっている今の大学では、研究熱心な教授の話が学生を刺激するとはとてもいえないからだ。


次回は講義に関心のない教員について書く

前回まで、世界的金融不安によって、日本も就職氷河期が再来すると思われるので、就活について書いてきた。

今、G7の協調政策で西欧の株価はひとまず反発している。しかし、金融不安から実体経済に及んできた不況は簡単には収まらないだろう。学生は心することだ。


さて、論文の話に戻る。これまで、アホ・馬鹿・間抜けの論文や明らかに盗作の論文があるということを書いてきた。 そして教員の書く論文のほとんどは、読まれないということも書いてきた。


では、なぜ内容も下らない、読まれもしない論文を大学の教員は書くのか。


それが教員の昇格に関るからだ。教員の昇格はほとんどの大学で同じだと思うが、研究業績(論文数)、教育業績、学部貢献、社会貢献などが昇格の条件である。このうち、教育業績は分からない。いくらつまらない講義をしようと他の教員は分からない。講義室は密室なのである。また、学部貢献、社会貢献といってもこれは枝葉の部分だから、結局基準として残されるのは研究業績になる。


しかし、研究の内容などはお互いに分からないから、内容は無視され論文の数の勝負になる。しかし、学会誌や専門誌に論文を載せることは至難のわざだから、誰でも、内容のチェックがなく掲載される本が必要だ。それが

大学紀要という悪名高き論文集である。


これは極端に言えば、だれも読まないから、論文数を稼ぐ教員の都合だけで存在している。


今政治の世界では無駄を省くということが議論になっているが、これこそまさに無駄な存在である。

この紀要を出すだけで数百万の金は消費されているはずだから、学生や市民がクレームをつけてもよいと思う。


この数日あまりの世界的株の暴落と金融不安で、学生の就職が心配になり、横道にそれて就職談義になった。

一つだけ言い残したので書く。


エントリーシートというのを出すと思うが、エントリーシートの書き方の本は、基本が書いてあるので読む必要があるが、あれだけでは駄目だ。

昨日も言ったように人並みのものでは駄目だ。ネットで字数制限があれば仕方がないが、郵送の場合には、字数制限はきちんと守り、そのほかに数枚の自己アピールを添付するといい。捨てられるかもしれないが、うまく行けば熱意が伝わる。

また、内容で参考になるのは、アメリカの履歴書の書き方だ。書名は忘れたが、たしか翻訳本があったと思う。

自己アピールの国だから、実にアグレッシブというか、自己主張に貫かれている。


日本では、2,3メートル泳げる人は、「ぜんぜん泳げません」という。

アメリカでは「泳ぎ方を教えてやろうか」

というという話がある。


そんな自己肯定的な精神で書かれている。是非読まれることを!

日経ダウはバブル崩壊の7600円という水準に限りなく近づいてきた。

大和生命が破綻し、上場不動産投信の一つが破綻した。

世界の経済は大変なことになっている。日本は金融は大丈夫と言われているが、世界不況は輸出立国の日本を直撃し、新規採用取消の危険が迫ったのではないか。


就職氷河期に打つ手として企業へアルバイトでコネをつけろと先日書いたが、もう一つゼミ生で就職に成功した学生は皆特別のことをやっていたことを紹介しておきたい。


一人は企画関係の上場会社に就職した女子学生だが、彼女は同一の会社の説明会にいくども出席し、最前列に坐っていたらしい。ついには係りの人に顔を覚えられたという。顔を覚えられたのも大きいが、なんども出席し、会社の雰囲気を身につけたのも就職の成功につながったかもしれない。


もう一人は徹底したアルバイト作戦。ゼミはむろん大学にはほとんどでなかった。それでも入社が難しい企業に滑り込んだ。しかし、単位が取れていないからあとが大変だった。今だから言えるが、私が課題の代筆までする始末だった。それでも、卒業式にお母さんが来て心からお礼を言われたのは嬉しかった。


とにかく不況期には人と違うことをしなくては駄目だ。


世界的金融不安で、トヨタ、東芝などが次々と業績の下方修正を始めた。当然、来年の新規採用にも影響するだろう。


といっても大学生諸君は多分、極楽j蜻蛉で世の不況などひと事のように思っているのではなかろうか。とにかく、日本の大学生は太平楽が当然と思っている。一流大学卒でも、一歩間違うとホームレスになるというこの時代の深刻さが分かっていない。


ところで、昨日テレビドラマの「OLにほん」というのを見た。中国を下に見ているところがあるのが少し気になるが、非常に日本人の甘えのいいところを突いていた台詞がいくつかあった。主人公の観月ありさに向って中国人の斡旋業者がいう「いい大学に入るために努力しただろう、企業では負け犬になるまいとして努力しただろう。だけど中国人から見たら、そんなのは努力に入らない」。確かにそうだ。彼らは、生き死にのレベルで生きている。


随分前に韓国を留学生に案内してもらったことがある。その留学生が、肉体労働をしている人を見ていったのだ。「ああなりたくない。だから自分は留学したのだ」と。

この留学生の大学の勉学に対する態度は、日本人の学生とはまるで違っていた。生き死ににつながるような真剣さがあった。


このドラマがどういう展開になるか分からないが、一見する価値はあるのではないか。ドラマを見て、自己を振り返るべきだ。そうでないと就職氷河期を生き抜けない。