まあだいたいどこの大学でも一コマの時間は90分である。

ところで90分の授業料はいくらに当たるのか。学生によく質問をするが大抵分からない。大学によって、授業料が異なるので一概にいえないが、年間90万円の授業料だと、一コマ5,6千円になる。

これを思えば、遅れて教室に来て、早く切り上げてしまい実質60分ぐらいの授業しかしない教員は、一学生あたり2000円ただ払いさせていることになる。100人教室なら実に20万円を学生に捨てさせていることになる。

良心がとがめないかと思う。


学生によく言っていたのだが、5000円払ってつまらない映画だったら、文句をいわないか。まず文句をいうだろう。だから、5000円の授業が価値のないものだったら、どうして教員に文句を言わないのか。


こう挑発してみるが、学生は沈黙している。


少なくとも貰う側の教員は5000円に当たる授業をすべきだと思う。出欠をとるだけで20分も使う教員は話にならない。

前に書いた法政大学の川成教授は、オソマツな講義を書いている。


早稲田大学の某教授、15分遅れてきて、四半世紀も使っている自分の著書をぼそぼそと読み上げる(産経新聞社)とか、信州大学では、教授は25分遅れて入ってくる。それから、20分かけて出席を取る。10分早く終わる。後は黒板に文字を書く。90分のうち、55分が無駄遣いという。


私の同僚にもいたかって?

いましたね。著書をぼそぼそ読む老大家の講義を聴いて、新入生が、あの講義を聴いて大学に絶望したといったことがある。そういう教授がいた。

自分も教室に入ってしまうので、講義にどのくらい教員が遅れるかはよく分からない。しかし、20分近く毎回早く切り上げてしまう教授はいた。講義をしているとざわざわと学生が出てゆくので分かるのだ。

200名くらいの教室で一人一人の名前をあげて、20くらいそれに費やすという教授がいるということは聞いたことがある。

情報の授業で自習させているのだと思うが、講義時間にふらふらと散歩している教授はいた。

講義は30分くらいであとは雑談しかしないと学生がいっていた教授もいた。

出席を取り終わると学生がぞろぞろ出てゆくのに、なにも注意しないという教授もいた。


もちろん、上に上げた教授は悪い例外だが、教える気があるのだろうか。

不思議なことにこういう教授に対して、学生から不満の声が上がらない。これも不思議だ。


ひとコマいくらに該当するか、学生も教員も知っているのだろうか

これは次に

10月17日の報道だが、3日続きで大学の不祥事の記事である。

不祥事内容は、あまった研究費を翌年に回すために業者と架空取引をして、翌年の研究費に当てていたというもの。

文部科学省の助成金などは、年内に消化しなくてはならないし、他の項目に流用しても駄目である。その意味では不正に違いない。


ただ、私も何度か文部科学省の助成金を貰っているが、無駄な使用が出やすい。私も、大きな声ではいえないが、助成金があまってしまうと、必要のない備品や文献を購入したり、行かなくてもよいような出張をしてしまったことがある。


この学長のように不正ではあるが、研究費として有効に使用するほうがよいのか、私のように不正ではないが、いはば助成金を浪費してしまう方がよいのか。

私は前者の方がよいように思う。だから、この学長を責める気にならない。


助成金の使用方法をもっと柔軟にすればよいといつも思う。多分同じことが役所の予算などでも起っていると思う。これは膨大な無駄使いだ。


皆さんはどう思うのだろうか。

新聞で大学ネタがある時はそれを書く積りなので、今日も新聞ネタ。


業者の便宜を図って謝礼に260万円貰ったとか。

この教授は、論文数も大学一で素晴らしい業績を上げているらしい。しかし、研究業績と倫理や社会常識の程度とは無関係ともいえる。


よく詐欺や業者に誘いになるのは大学の教員に多いと言われる。常識に欠けている所があるので、誤魔化されやすい。恐らくこの教授も業者の甘言に乗ってしまったのだろう。罠にかかったのだ。

同僚にも、簡単に人の口車に乗って、約束してしまい大学に迷惑をかけていると思われる教授がいる。


こういう教授は教育者としてよいかというと、まずいと思う。

大学は講義で知識だけを伝達しているのではなく、教授の日常の考え方や人柄が、不思議に学生に伝わる。

ゼミで一緒に2年間過ごすと、学生たちはなんとなく私の考え方に似てくる。


誤魔化されやすい教授のゼミは敬遠した方がよい。研究者としては問題がないが。

予定を変更して、一橋大の急性アルコール中毒死について書く。

酒を強いた上級生一人が退学、4人が無期停学になった。

教員も副学長が辞任、学長は自主2か月分の給与辞退。


死んだ学生は、悲劇だが、退学になった学生も悲劇だ。


この事件を聞いてまず思ったのは、教員側の認識不足である。

昔は大学は世間常識から外れたむちゃくちゃなことをやる。それが人間を大きくしたと思う。むちゃくちゃでも、あるルールみたいなものを知っていた。しかし、今の学生は、子供だ。なにも分からない。


学生が子供だということを教員は認識していなかったのではないか。

私も学生委員をやっていた時、大学祭で学生がアルコールで意識を失った。この時には保健関係の先生がいたのでつききりで状態を見守った。いつでも救急車の手配ができるように準備態勢を整えていた。


今度のケースでもすぐに病院に連れて行けば、命を失わずに済んだはずだ。


世間では飲酒はうるさくなったが、大学のコンパで酒を飲ませることは、私は反対ではない。私は、嫌がられても参加し、自分のアルコールの限度を知るように学生に教えた。それから、NOはNOといえるのが大学生だとしつこく言った。そしてほとんど酔いを醒まさせてから帰した。


それでも翌朝になるまで、事故が起きないかと不安の繰り返しだった。


アルコールでは毎年悲劇が起こる。大学は法律を守って新入生には徹底して酒を飲ませないか、あるいは飲ませるなら教員がよほど面倒を見ないと危険だ。