東大教授に約7万円で仏教通史を教われるなら
先日も書きましたが、朝日カルチャーの仏教講座がイケてるという件。
なんか、東大の先生が何人も講座をされてるんですよね。
別に東大が偉いとは思いませんが、面白い先生が多くって。
で、東大に問い合わせたところ、
教養課程も文学部も聴講生制度がないって言うんですよ。
ドケチ!と思ったのですが、民間カルチャーセンターで
少し高めの授業料を取ってもらうほうが、こちらも心安らかかもしれません。
(仏教学者というお仕事がそんなに儲かるとも思えませんし)
で、朝日カルチャーに行ったとき、超おもしろそうな講座の
チラシがあったので、アップしてみました(新宿校)。
ひとつは、下田正弘先生の「仏教の源流が示唆するもの」(単発)。
これは必ず行く!
もうひとつは、斎藤明先生の全24回の大型講座「仏教史講義」。
これは凄い! 1年かけて仏教史の全体像を学ぶもので、
参考図書の『シリーズ大乗仏教』(春秋社)を読みながら
真剣に聞けば、かなり全体像が摑めるのではないかと思います。
最初の6回が1万7640円で、その後はわからないですが、
全部うけるとたぶん×4の7万円ほどでしょう。
この講座を受ける人は、おそらくかなり好き者でしょうから、
少人数のゼミ状態になる気もします。
(「仏教瞑想論」も15人ぐらいなので、みんなバンバン質問してます)
東大大学院の先生に、1年かけて仏教史をまるごと教われるなら
安いもんじゃないでしょうか?
って、私は朝日カルチャーの回し者ではありませんが、
もし私に時間があれば絶対行く!
時間が取れるだろうか? それが問題だ。早く定年退職したい!
↓クリックして、「表示→拡大」200%ぐらいで読めるはず

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瞑想の体系を頭で理解する「仏教瞑想論」が面白い(講座も)
朝日カルチャーセンターの仏教関係講座が、かなり充実しているということを発見して、こんな講座に行ってみた。
全3回で、まだ1回目だけれど、すごく面白かった。
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仏教瞑想論 - 初期経典と東南アジアの瞑想 (新宿)
東京大学大学院教授 蓑輪顕量 先生
インドに成立した仏教の瞑想方法は、サマタとヴィパッサナーと呼ばれる。それぞれ止と観と翻訳されるが、それらが生まれた背景を考えながら、止と観との特徴を探りたい。次に、それらが、東南アジアの仏教国であるタイやミャンマーで、どのように継承されているかを考察する予定である。(講師記)
2013年 2/22、3/1、3/8 金曜 18:30-20:00
(3回計)会員8820円 一般10710円
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=200379&userflg=0
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1回目は「止(サマタ)」、次が「観(ヴィパッサナー)」。
瞑想実践講座ではなくて、なぜ・どのように仏教の瞑想が
行われてきたかを、お経などを参照しながら教わる。
蓑輪先生は、学生時代から瞑想をしていたそうで、
理屈だけではない体験的なお話もあって新鮮。
瞑想の成果なのか、とっても穏やかな先生だ。
瞑想という方法は、仏教以前のヴェーダ時代からあったどころか、その前のインダス文明時代からあったそうだ。インダス文明時代のコインに、瞑想している絵が描かれているという。アーリア人が入ってくる前の、ドラヴィダ系の人が、すでに坐って瞑想していたそうだ。
想像するに、インドは暑いから、普通に考えて、樹の下などで坐ってじっとしますよねえ。そのうちに、「ん?なんか心が静まってきたぞ」てな感じで、瞑想法が生まれてきたのではないかしら。
この著書を読むのもいいと思う。易しい言葉で、瞑想の全体像がわかる。
身長300mの巨大メシアが降りてくる
日本で仏像と呼ばれるものには、大乗や密教の仏・菩薩・天などが入り乱れて、何が何やらわからない。そのなかで、未来仏=弥勒はお釈迦さまの次に昔からいる、つまり初期仏典に登場する。
『新アジア仏教史05 文明・文化の交差点』第5章「中央アジアの仏教美術」(宮治昭先生)には、美術から見る弥勒信仰の話が書いてあって面白かった。
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「弥勒信仰はイラン遊牧民のあいだで強まったらしく、アフガニスタンのカーピシー地方では「兜率天上の弥勒菩薩」の図像が特に好まれている」
脚を交差させる座り方の図像が多い=遊牧民の王侯像もこの形で、それが弥勒に転用されたと推測される。(同書より)
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上生信仰=死後、兜率天に生まれて弥勒に会える
下生信仰=遠い未来(お釈迦さま死後56億7000万年後)に弥勒がこの世に出現して、みんなを救ってくれる。
という両方があったが、下生信仰のほうがメジャーなようだ。
日本では弥勒菩薩像というと広隆寺のような半跏思惟像のイメージが強い。
でも、中央アジアでは大仏だったという。
というより、大仏を造るようになった源流に弥勒信仰があるそうだ。
脚を交差している。
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大仏の造立も弥勒信仰と関係が深い。
10mを越す大仏はインドではほとんど見られないが、インド周辺~中央アジアで大仏が出現し、中国で多く造像され、その多くは弥勒である。
(中略)
弥勒を大仏として造るのはなぜだろうか。
(中略)
世界の繁栄と堕落が大きな周期をもって繰り返され、それに伴って人寿が変化するという考えは、インドの伝統的な考え方に基づいている。この人寿の周期的変化を、仏陀の身長という視覚的な変化に置きかえた経典が出現する。ガンダーラから中央アジアで成立したとみられている『観仏三昧経』がそれで(中略)同経「念七仏品」には過去仏・未来仏の観想法が説かれ、迦葉(かしょう)・釈迦・弥勒の三仏はそれぞれ十六丈・丈六(一丈六尺)・十六丈とされる。 (同書より)
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1丈=3.03m、1尺=0.303mだとすると、迦葉と弥勒=48.48m、釈迦=4.84mになる。
お釈迦さまの時代は堕落した時代なので、仏の背がちっちゃいというわけだ。
同書によると、インドでは4が完全を意味する数字で、その二乗の16(4×4)が特別視されたものであろう、とのこと。
他に、「弥勒大成経」の弥勒は32丈(96.96m)、「弥勒下生成仏経」では1000尺(303m、共に鳩摩羅什訳)と、ますます弥勒はデカくなる。
兜率天から弥勒が降りてくる時代はユートピアで、人間の寿命が8万4000歳で身長5m弱(「弥勒大成経」)なので、仏も巨大ということだ。
バーミヤンの西大仏(55m、破壊前)は、宮治先生の推定では弥勒だとか。
東大仏(釈迦)よりデカい
お釈迦さまの死後56億7000年後ということは、今から56億4500年後ぐらいに降りてきてくれる巨大メシア、弥勒仏。もう少し早く降りてきてくれないものか。