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れんれんブログ

れんれんブログ

どうもこんばんは!


突然ですが、このブログは本日かられんれんという人間の名義に変更させていただきたく思います。(先月からウィリアムに変えたんですが恐らく誰も気付かなかったでしょう。)


HIDEKING projectのウィリアムとしては最近有難くLINE公式ブログの方を書かせて頂いてるのでそれと切り離したかったのと、一人がブログを2個持ってるのもちょっとおかしな話だし、それから向こうにも迷惑をかけないようにしたくて(どういう状況?)、そう決めました。みんなにとってはあんまり変わらないかもしれないですが、引き続きよろしくお願いします。


なんでもそうだけど一つのことを続けるって大変です。しかし続けることにきっと意味があると思うし、何かをやってないと結局何も変わらない、人は動いてくれないとつくづく思うので、アメブロでのブログも今まで以上のペースで頑張って自分の想いを綴りたいと思いました。



最近出会った人が居て、どうやらその人にこちらのブログが覗かれてるんですが、嫌な気持ちは一切なくて、僕が言いたいのは、まぁ、日本語を褒められたんですね、すごい嬉しいなーて。笑

だから頑張って書こうじゃないけど、努力は形のないものだけど、誰かがそれを見ている。いつ見られるか分かんないけど、見られる準備をしていれば、チャンスが来たときは焦らず堂々と胸を張って事を言えますよね。


って改めて思いました~


まぁ僕が準備万端なのは日本語くらいしかないけどな。


れんれん
昨日ラーメン屋に行ったときに思ったことをブログを介してみんなとシェアしたいと思って今日は指を走らせる。

よく行くお店なんだけど期間限定メニューがあっていつもの物にするか挑戦するか入り口で30秒悩んだ挙句限定メニューを試そうと決めた。

細かく書くとみんながそのお店に行き出すと(決して僕とエンカウントするためじゃないと分かってる)迷惑かかることがあるので(いや特にない)、店名やメニュー及び至るところまでの説明を割愛させていただきたい。

本題へ移る。

一口食べたら、ものすごく美味しい!もう文句付けようがないほど美味しい。説明出来ないけど、とにかく美味しい、満点くらい、それだけのこと。

しかし食べていくと、ちょっと飽きてくる、正直もういいやにもなる(もちろん食べるが)、最後にきれいに完食したが完全に飽きた。

この現象は色んなときに置き換えられる、僕の中ではイケメン現象(或いは完璧現象)と呼んでいる。


イケメンに一目惚れしたけど、その人と結婚することはほとんどないよね?イケメンやカワイイ子は何度か観たら飽きるもの(個人差あり)。そのめちゃくちゃ美味しいラーメンといっしょだ(あくまで持論)。

音楽もそんな楽曲あるよね。一回目でグッと来るメロディ、意外と10回も聴くと飽きる、嫌にさえなる。深みがないとそういうことになりやすいと今までの経験上は語る。

ライブパフォーマンスがカッコ良すぎた、またライブ行こう…あれ、初めて観た時の衝撃はどこ行った、なんてことはないだろうか?

やっぱり何でもそうだけど、度が過ぎるとダメなんだ、ちょっと非の打ち所がないと僕らは長く愛せない、人間らしさを欠けてるから。

いわばコンプレックスってやつは実は最大の長所になる可能性が一番秘めている。まぁ最も、コンプレックスを長所にしてしまったらそれこそ非の打ち所がなくなるけども。

ただし、最初から良くないって思われてしまったらそれまでだ。音楽は二度と聴かない(その人が成功したとして周りのみんながハマったらまた聴く可能性はあるが)、めし屋なんて二度と行かないに近い、なかなかのマイナススタートになるので取り返しのつかないこともあり得る。

僕は思った。

良くないとまで思われるのは嫌なので避けたいけど、ゼロからのはスタートがいいなと。いきなり好きになられたら飽きられたら悲しいし、そんなんで好きになったんかって虚しくもなる。けれどゼロからのスタートだったら努力次第でどんどん認められる、会う度に加点されていく。進歩が見える人間(別のものでもいいけど)になれるんだ。

そうするとみんなと同じ歩幅で成長できるし、みんなも共感してくれるはず、人対人。アーティスト論とちょっと違うけど一般的にはその方がいいと思うんだ。

全く変化がないものは好きじゃないけどね、良くも悪くも変化したい。昔の方が良かった、そうすると良かった昔の時間がその人の中で印象が強まってずっと輝くから。

現状に拘ると、変化を恐れるようになる。何一つ今を守る必要はないと僕は考えている、守りに入らないで常に挑戦し続けたい。変える必要がなくても、こうしたらどうかな?色んな角度から見てみたい、その先のことは誰も知らないから。それが僕の非の打ち所だったら、それを更に進化させ、誇張させ、磨きたい。

何でもリスクは伴うもの、僕の中で犯罪さえしなければ基本何でもいいと思ってるから、80年はあっという間のはず、もう三分の一も歩んだこの人生、これからどれだけ変化させられるか、どれだけ輝かせられるか、どれだけ伝説に残る失敗を作れるか、今、一歩踏み出そう。



最後まで読んでくれてありがとう
飴ちゃんあげる。


twitterでリツイートしたSALTY DOGというバンドの報告を見て、色々思うことがあって書くことにしました。
書いたところでせいぜい1000人…いや数百人?くらいの人にしか見てもらえない、伝わらないので何も変わらないだろうとは思っていても、どうしても書きたくて身の危険も恐れながら指を走られる。

ソルティー(と呼ばれてるらしい)とは決して仲が良いわけじゃなく、実は初期NEXTRADEで二度くらい、いや一回だけかもしれない、対バンしています。あんまり話す機会がなくそのまま終わっちゃったんだけど。

その後うちらはラウドロック界隈を若干離れ、対バンしなくなったんだけど、去年すごい勢いでレッドブル大会に優勝したり、オズフェスのオープニングアクトまで出たらしいんだ、ホントにすごいと思った。まぁ語れるのは本当にこれくらいしかないけど、関連性があるとしたらそこのボーカルさんも外国人(ノルウェー人)だ。

僕も報告を見て初めて知ったんだけど、2011年に留学しにきたそうだ、ちょうど僕がこっちの専門学校を卒業した年だ。留学ってことは卒業が来ること、卒業したら基本何もなければ国に帰らなければいけない。


ということはよ、
最初からもしこれが狙いだったら

4年間で500人お客さんを付けてとか、
メジャーんとこに拾ってもらうとか、
そういう裏ミッションがあったてことだ。


皆よく分からないかもしれないけど、

『アーティスト活動したいんで』
『バンドやってるんで』
『日本が好きなんで』

なんて理由では許してもらえない、これは基本。


じゃなんでお前はここに居てんの?ていう話になる(笑)

僕は結婚してない、学校も通ってない、不法滞在もしてない、もちろん正当なルートでなんとか…本当になんとかVISAを獲得してる。あとお金ではVISAは買えません。これ以上言うと危ないので割愛するが、本当に大変です。毎年毎年、毎月毎月、毎日毎日、一秒一刻。焦りながら生きてる。それ故の頭痛や悪夢も少なくない。

今日は僕の話をしたいわけじゃない、僕みたいな外国人はきっと沢山居る。ダラダラと生き、まともに日本語も喋れない、どういう意図で日本に来ているのか全く分からない外国人は論外、帰ってくれよ、イメージ悪くしないでくれよ。

でも日本が好きで、日本の音楽が好きで、日本の文化が好きで来ている人、何の罪もない、ちゃんと見分けられるなら日本政府だって歓迎するはずだ。だが法律上見分けは認めないだろうし、こいつは良い、こいつはダメというやり方ではやっぱり難しいんだ。僕が調子に乗って路上ライブでこういう現状を訴えるネタを歌ったらそれこそお巡りさんに『ここに外国人が居ます!VISAなしでアーティスト活動しています!捕まえてください!』とでも言ってるみたいなもんだ。全然自由じゃない。

そう、言い忘れたけど、アーティスト(売れっ子限定)は興行VISAというVISAでツアーや宣伝期間だけ発行されるものがある。それは収入もあるからちゃんと認められる。でも日本での活動が必要とされる期間だけしか発行されません。簡単に言うと来るたびに発行されるってことだ。今みたいに月3~4本バラバラにライブが入ってる場合はどう捉えられるのかは分からないけど…仮にそれならめんどうくさいからずっと居ていいよってなっても今の現状がめちゃくちゃ売れて大手に所属してないと多分厳しい。




それに悩まされて最近思ったことがある。


ソルティーみたいにライブは出来ないけど、音源やグッズなどは作れる、もちろん(売れてる)アーティストにとってやっぱりライブでの収益が一番大きいけど、結局音楽を作って、聴いてもらえるならいいんじゃないか?と。どうしても大事なライブがあったら観光VISAで3ヶ月だけ日本に来て何本かやればいい。サマソニでもロッキンでも出ればいい。インタビューで『今回は何で来てますか?』って誰も聞かないから。



もちろん音楽やらなくても日本に居たいし
今母国語が信じられないくらい下手だし
帰ったら多分友達も作らないで毎日引きこもって音楽作るかもしれない



でも、それでも世界のどこにいたって

音楽は作れることが分かったんだ。

視野を世界へ

活動の場も世界へ

ネットがあるから。

そのために今はとても前向きに生きてるよ。

ハングリー精神旺盛に

結局良い音楽を作るのが本来の目的なので

良い音楽があれば厳しい現実も打破できると信じる

それに尽きる、徹する。

厳しい道かもしれないが、

どんな道よりもこっちの方が絶対楽しいから

自分が後悔しない人生を選ぶよ。




後半どんどんまとまらなくなったけどこんな気分だわさ…

世の中クソくらえ!
昨日はイライラが止まらなかった。


最近作ったまだ自分でも納得行かない曲を半分投げ遣りの気持ちで聴かせてもいいと思える友達に聴いてもらっては感想を頂き、そんな繰り返しで1日は過ぎた。


もう正直この際soundcloudなんかに上げてみんなに聴かせちゃってもいいとさえ思った。





初めての気持ちではない




人間はこうやって
手を引いては手を染め
身を引いては身を染め


結局自分が好きなこと、やりたいことが諦められずに生きている、何度も干支を重ねて。


果たしてそれでみんなが幸せになれるのか?


なれないのである。


僕の目からしたら僕の周りにはなれてない人ばがりだ


彼らはなれなかった、届かなかった、いわゆる失敗する度にハードルが一つ下がってゆく


それは幸せのハードルだ。


僕も同じく。


100点取れなかった、くそと思った最初は


今度は90点でもまぁまぁ良かったじゃんと気を抜く


80点のときは周りを見渡して自分より下のやつばかりだと、またもや許してしまう


音楽業界は年々年齢制限が緩くなっている


実際5年前は23歳までと書いてるところが多かった、今は25歳くらいまでとか曖昧な書き方や無制限が多い


それは世の中のハードルが下がってるだけの話


若き才能が昔よりも圧倒的に減っている


努力の質も下がっている


追求するレベルも下がっている


演る側も、
聴く側も、
会社側までも。←ここが一番悲しい…




少し脱線してしまったが、


才能ってのはみんな持ってるものだと思う


だがしかし自分が求めている才能と与えられた才能は必ずしも同じものとは限らない


それに気付くのが遅いんだという話


僕自身も含めて。


いや、気付いてるんだ


きっと気付いてるんだみんな


ただ認めたくなかっただけ


ちょっと上手く行ったときが厄介だ


勘違いしてしまうから


僕もずっと勘違い野郎だったかもしれない。


2016年


僕はプライドを捨てます。


好きなことに選ばれてないのなら


それを認め、きっぱり諦め


より一歩前に進めるように


僕を選んだものを極める。


自分、そしてみんなの幸せのために
専門知識が溢れそうでブログを介して自慢すると思わせるタイトルだがそうでない、ランニングが最近やたらと流行っていることについて持論を書いておこうと思っただけだ。予め言っておくが、あくまで持論(自論)なので共感できなくても攻撃しないように。

僕が初めてちゃんとランニングをしたのは中3の時だった。バスケ部だった僕はレギュラーに選ばれ、週3回放課後に練習があったのだ。最初はウォーミングアップなのでボールは触らせてもらえなかった、コートをダッシュで往復したり、ボール無しでレイアップのフリをして、出来るだけ高いところをタッチするという練習があって、当時僕はリングを片手で掴むことができていた。そんな中で20分間ランニングという練習があったのだ。

最初は慣れなくてとても辛かったけど、周りのチームメイトも必死に走っていたのを見て、余裕な人は一人も居ないことに気付いた。だったら練習がない日も自主練するしかないと思った。幸い当時家の近くは緑が多く、空気も割と新鮮だったので、走る意欲はなんとか湧いた。自主練の日は時速12キロで40分くらいを走っていたと思う。キープが出来ればフルマラソンを4時間切るくらいのタイムだ、体力は比じゃないがタイムだけは今と比べてもさほど変わらない。

いつの間に体力だけはあるという評価を受けるようになった、その評価には素直に喜んでいた。

あれから13年が経ち、多少のブランクはあったがランニングから完全に離れることはなかったと思う。打ち込むときは7日連続走ることもあった。

近年メディアやアーティストからもランニングを発信されているため、ここ5年間でランニングを始めた人はかなり増えたのではないかと思う。今はもはやギターケースを持ち歩く人並みにランナーを街では見かける気がする。

ライブをするのに偉い体力を消耗する。その中でも体そのものが楽器のボーカルは一番走らないといけない。ギタリストがより高いギターを買うこと、倍以上の値段をする弦を張ることと同じ理解をすればいいだろう。歌の技術とは違って、それは他の楽器と同じく練習から得られるもの。

でも、なぜランニング?

ランニングは有酸素運動で、肺活量を増やしてくれるからだ。水泳も有酸素運動だが、肩幅が広くなったり胸板が厚くなったりするなどロックミュージシャンにとってあまり美を感じられないデメリットがあるので割愛する。身も蓋もないが僕は7~10歳まで水泳もガッツリやっていた。

さんざんランニングのメリットらしいことを語ってきたが、実は僕はランニング反対派だ。ランニングをしてはいけないのではなく、毎日走ることに意味があると思えないのだ。ただ単に走っただけで歌は上手くならない、狙った目的を効果よく得ることが大事だと思う。毎日ランニングをしていても僕の得たい目的は手に入らないことに気付いたので、僕は盲目に走ることは反対だ。

逆に歌が上手く歌えるようになったら1日2日走らなかっただけで下手になることはないのではないか。最も僕の目的は最初から歌を上手く歌うことではなく、自分にしか出来ない素敵な音楽や芸術を作ることだ。こんな明確な目的があれば走る時間を少しでも多く創作と製作に回したくなってしまう。ランニングばっかりして100点の体を手に入れたところで、音楽が50点だったら本末転倒なのではと思ってしまう。アスリートだったら最高だけど…

見苦しいほど熱い持論を広げといて言うのもなんだけど…





僕は最近ジムに通い出した。(身も蓋もない)

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そんな今日もジムに行ってきた、正直筋肉も好きじゃないのでこれくらいが僕にとってのベスト、これ以上は求めない。































































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