結論から言えば、可能だ。

ただし、一般的なキャリアパスではない。

 

多くの企業では、海外駐在は期間限定の制度として運用されている。

海外で経験を積み、その経験を日本へ持ち帰る。

それが制度の基本的な考え方だ。

 

そのため、駐在員が任期終了後も現地に残り、

現地雇用へ切り替えるケースは決して多くない。

 

少なくとも、私のケースでは前例がなかった。

グループ全体で1万人を超える企業だ。

海外拠点もあり、長年にわたって駐在制度も運用されている。

そうした企業であれば、過去に似たケースがあっても不思議ではない。

 

しかし、少なくとも私が把握する限り、

駐在から現地雇用へ移行した事例はなかった。

つまり、制度として禁止されていたわけではないが、

想定されていたわけでもなかった。

 

では、何が必要なのか。

私の経験からすると、大きく3つある。

 

1. 現地法人に雇用する理由があること

最も重要なのはこれだ。

本人が残りたいと思うだけでは成立しない。

現地法人側から見て、

「この人材を継続して雇用したい」

という理由が必要になる。

駐在員は本来、期間限定で派遣されている存在だ。

そのため、駐在終了後も雇用を継続する合理性を示さなければならない。

 

2. 本社の理解を得ること

駐在制度は本社主導で運営されている。

そのため、現地法人だけの判断で進められる話ではない場合が多い。

特に前例がないケースでは、

  • 人事
  • 所属部門
  • 経営層

など、複数の関係者との調整が必要になる。

私の場合も、ここに最も時間を要した。

 

3. 条件を再設計すること

駐在と現地雇用では制度が根本的に異なる。

給与体系。

税金。

社会保障。

保険。

退職金。

住宅補助。

多くの条件を見直す必要がある。

単純な雇用形態変更ではなく、

人生設計そのものの組み替え

に近い作業だった。

 

 

 

駐在から現地雇用への切り替えは、不可能ではない。

しかし、制度として用意されたルートでもない。

 

だからこそ重要なのは、

「可能かどうか」

ではなく、

「なぜそれを実現したいのか」

を明確にすることだと思う。

 

制度は後から調整できる。

しかし、その前提となる理由が曖昧だと、交渉も設計も進まない。

 

私の場合は、海外で働き続ける方が合理的だという結論が先にあった。

そして、その結論を実現する手段として現地雇用を選んだ。

 

現地雇用は目的ではない。

 

あくまで、自分が選んだ人生設計を実現するための手段だった。

駐在制度を理解すると、次に気になるのが現地雇用だ。

 

同じ海外勤務でも、駐在と現地雇用はまったく違う。

駐在は日本の会社に所属したまま海外で働く仕組みだ。

一方、現地雇用は現地法人の社員になる。

 

言葉にするとそれだけだが、実際には大きな違いがある。

 

まず、契約が変わる。

給与体系も変わる。

福利厚生も変わる。

税金や社会保障の考え方も変わる。

 

駐在員として受けていたサポートの多くはなくなり、

その代わりに現地のルールの中で働くことになる。

 

つまり現地雇用とは、

海外で働くことではなく、その国で働くこと

と言った方が正確かもしれない。

 

駐在制度は、ある意味で会社が人生の一部を設計してくれる。

住宅。

保険。

子どもの教育。

帰国時のポジション。

さまざまなものが制度として用意されている。

 

しかし現地雇用になると、その多くを自分で考える必要がある。

どこに住むのか。

どんな保険に入るのか。

老後資金をどう準備するのか。

会社が決めてくれる部分は少なくなる。

その代わり、自由度は高くなる。

 

 

だから現地雇用への切り替えは、単なる雇用形態の変更ではない。

働き方だけでなく、

人生の設計主体が会社から自分に移る

という変化でもある。

 

これはメリットでもあり、デメリットでもある。

人によって向き不向きもあるだろう。

 

少なくとも自分の場合は、その変化を前向きに捉えた。

もちろん不安はあった。

ただ、それ以上に、

「自分で選べること」

に価値を感じた。

 

駐在制度の外側に出るということは、制度の保護を失うことでもある。

しかし同時に、自分で人生を設計できる範囲が広がることでもある。

 

現地雇用を選ぶというのは、そういう選択だった。

海外駐在は、多くの人が思っている以上に特殊な制度だ。

 

海外で働いているとはいえ、現地企業に就職しているわけではない。

基本的には、日本の会社に所属したまま海外へ派遣される。

給与の一部は日本から支給されることもあるし、

住宅や教育費などのサポートを受けるケースも多い。

 

つまり駐在とは、単なる勤務地変更ではない。

 

会社が社員を海外へ送り出し、一定期間働いてもらい、その後は日本へ戻って

くることを前提とした制度だ。

だから駐在員のキャリアは、最初から帰国まで含めて設計されている。

 

海外で経験を積む。

語学を身につける。

現地市場を知る。

そして、その経験を日本へ持ち帰る。

 

これが駐在制度の基本的な考え方だ。

 

実際、多くの駐在員はその流れに沿ってキャリアを積んでいく。

制度としても合理的だと思う。

 

会社は海外で人材を育成できるし、社員は貴重な経験を積める。

ただ、その仕組みを理解すると、あることに気づく。

 

駐在制度の中には「海外に残る」という選択肢が存在しない。

 

少なくとも、標準ルートではない。

だから現地雇用への切り替えが珍しいのは当然だ。

制度が想定していないからである。

 

海外に残りたいと思ったとき、必要になるのは転職活動だけではない。

まず、帰国前提で作られた制度から外れる必要がある。

そして、新しい契約や条件を組み立てていく必要がある。

 

駐在から現地雇用への切り替えとは、単に雇用形態を変える話ではない。

ある意味では、会社が用意したレールから降りて、

自分で次のレールを敷く作業に近い。

 

だからこそ前例が少ないし、簡単でもない。

 

ただ、その仕組みを理解すると、なぜ多くの人が帰国し、

なぜ一部の人だけが現地に残るのかも見えてくる。

海外駐在という働き方には、基本的な前提がある。


任期が終われば帰国する。

 

会社の制度としても、それが標準の形になっている。
数年働き、日本へ戻り、次のポジションに移る。

 

多くの場合、海外駐在は
スキルと経験を磨くための機会として位置づけられている。

 

海外で仕事をし、
市場を見て、
現地の人と働く。

 

その経験を積み、
日本に持ち帰る。

 

そういうキャリアの考え方が一般的だ。

だから任期が終われば、日本に戻る。
それが自然な流れになる。

 

では、その中で
駐在から現地雇用に切り替える人はどれくらいいるのか。

 

体感としては、かなり少ない。

 

もちろんゼロではない。
ただ、一般的な選択肢かと言われると、そうでもない。

 

実際、うちの会社では前例がなかった。

 

言ってはなんだが、
うちはグループで1万人以上の社員がいる企業だ。

 

海外拠点もあり、
駐在制度も長く続いている。

 

そういう環境なら、
駐在から現地雇用に切り替えるケースが
すでにあっても不思議ではない。

 

ただ、少なくとも僕のケースでは
前例がなかった。

 

駐在が終われば帰国する。
海外で得た経験は日本に持ち帰る。

 

それがこれまでの当たり前だった。

 

だから、現地雇用に切り替えるという話をしたとき、
周囲に驚かれた。

 

ただ、それは
不可能だからではない。

 

単に、前提として選ばれることが少ないだけだ。

 

海外で働き続けるという選択肢は、
制度の外側にあることが多い。

 

だからこそ、
それを選ぶときには、自分で道筋を作る必要がある。

 

少なくとも僕の場合は、そうだった。

移住というと、よく言われる。

 

「勇気があるね」と。


たしかに、最初の一歩は勇気だったと思う。

 

日本に戻るのか。
それとも、この国に残るのか。

 

その分岐点に立ったとき、完全に合理的な判断ができたわけではない。
不安もあったし、将来がどうなるかも分からなかった。

 

それでも、「残る」という決断をした。
あの瞬間は、間違いなく勇気だった。

 

ただ、実際に移住が現実になっていく過程は、
勇気だけでは続かなかった。

 

ビザはどうするのか。
仕事はどう確保するのか。
生活は回るのか。

 

一つ一つ、具体的な問題を考えていく必要があった。

 

そこで必要だったのは、勇気というよりも「設計」だった。

 

現地雇用に切り替えるという選択も、その設計の一部だった。
帰国という選択肢を残しながらではなく、こちらで生活を続ける前提で、仕事や生活を組み立てていく。

 

どうすれば現実的に続けられるのか。
どこにリスクがあるのか。

 

そういうことを一つずつ整理していくと、
「移住」というものが、少しずつ具体的な形になっていく。

 

だから今振り返ると、移住は「勇気だけの決断」ではなかったと思う。

 

勇気で決めて、
設計で進めていく。

 

その二つが揃って、ようやく移住は現実になる。

 

もし勇気だけだったら、たぶん長くは続かなかった。
もし設計だけだったら、最初の一歩は踏み出せなかった。

 

移住は、その両方だった。