こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。

NYアクターの生活、オーディション、現場での様子、また独断によるツッコミなどをお届けしています。

 

ある時、知らないキャスティング・ディレクターからメールが届いた…もっとも、これはよくある事ではある…メジャーなTVや映画のキャスティング・ディレクターはともかく、コマーシャルやノンユニオンのプロジェクトをキャストしているキャスティング・ディレクターは「自称」も含めてそれこそ星の数ほどいるし、聞いた事のない名前だからといって、それは必ずしも「怪しい」とは限らない…しかし、それが本当に実在するかどうかは、一応検索してみた方がいいちゃんとしたキャスティング・オフィスなら、必ず専用のウェブサイトを持っているはずだからだ…(もっとも、一見それっぽいウェブサイトを持っているフェイクもないわけではないのだが…)

 

そのキャスティングのオフィスは確かに存在したし、私の連絡先の入手経路も、とあるアジア系の俳優を集めたディレクトリー…これは、「アジア系のタレントを必要とするキャスティング・ディレクター」に「こんだけいまっせ!どれでもお好きなのをどうぞ!」というカタログみたいなものなので、その点も問題はないし、そのメールも極めてプロフェッショナルなものである…つまり、「自分が何者か」「どこから私の連絡先を知ったか」を最初にきちんと述べ、その後に「どういうプロジェクトのキャスティングなのか」もしっかり説明し、さらに報酬や拘束時間等もはっきり開示する当たり前のことではあるが、これらがきちんとクリアーできていない「お誘いメール」というのも、実は結構あったりするのだ…

中には「魅力的な女優を探しています。写真を送って。」なんていう、どう考えても怪しいやろう?!という様なものもある…もちろんこういうのは無視「映画のキャスティングをしているので、興味があったら返信して」なんていうのには「その前にそっちの条件を言わんかい!」と突っ込みたくなる…

なので、こうしたお誘いメールも、実は引き受けるかどうかの重要な要素になる…この程度のプロの常識がないようなプロダクションは、撮影中に絶対似た様な「Unprofessional(素人臭さ)」に苦労させられるに決まっているからだ…

 

それはさておき、そのメールはその点申し分なかった…のだが、問題はその内容である…

これはAI Researchの為で、テレプロンプターで台本を読みながら様々な感情の表現や、また特定のシーンのインプロなどを90分以内のビデオに撮る」というのが仕事…そして台本はテレプロンプターがあるので覚えなくてもいいよ!…とわざわざ加えて「楽さ」を強調?!…そして問題の報酬は300ドルをキャッシュで支払うという?!…つまり、実質的な労働時間は90分間で300ドルの現金、しかも別にセリフは覚えなくてもいいから楽でしょ?!…と言わんばかり…さらに、このビデオはあくまで内部のリサーチの為のものなので、それが放映されたり、どこかで使われる事はない…と、一応ここでは断言してくれている…

 

一見、そんなに悪くない仕事の様に見える…が、実はここにはAI関連の「Red Flag(危険信号)」が満載である

まず、この「Research」という言葉がネックで、リサーチと言うと、これは金儲けのためではなく、学術的に世の為人の為に真理を探究している…というイメージがあるが、勿論企業のリサーチなのだから、その目的は金儲けである…そして実はこの「AI Research」というのは、実質的には「AI Training」の事…つまり、我々人間が、人間の表情や感情の表現などをAIに覚えさせる為に、そのサンプルを提供する…というものなのだ。

 

それの何がいかんのだ?…と思われるかもしれないが、実は問題大有りである…

まず、そうやって結果的に我々がトレーニングしたAIの画像を使って、その会社がその後どれだけ儲けようと我々には一銭も入ってこない…のみならず、実際に人間を雇う代わりに、そうやってAIによって作られた画像が使われる様になる…人間を雇えばお金が掛かるが、AIには出演料はいらない…しかもその表現されるものは、元の人間と同じもの…ならばなんでわざわざ人間を使う必要があろう?!…つまり、AIに仕事を取られてしまうわけで、これは実際に表現を売り物にしている我々俳優にとっては死活問題である…

さらに、本当に自分の画像が商品として使われないという保証は、実はない…つまり、本人の預かり知らない海外での使用だったり、少しだけ加工して目や髪の色を変えて「別人だ」と言われれば、「絶対に自分だ!」という事を素人が証明するのは実質的には不可能である…

 

AIはまだ人間には敵わない…と思うかもしれないが、そう言っている間にAIの技術はどんどん進化しているし、実際このメールで言われているのは、その進化を助ける仕事をしないか?という事なのだ…つまり、将来自分の仕事を取られる手伝いをしろ…というわけである…

 

ちなみに、そのメールに書かれた雇い主のイギリスの会社は、ネットのサーチによると、「AIの画像を無料で提供」というサービスを行なっている誰かに伝えたいメッセージを書いて提出すると、AIの画像がそれを喋ってくれる…というのだが、そのAIの画像の元ネタになっているのは、その「 Research」で提供されたビデオが元になっているのは、おそらく疑いはない…勿論、その本人の画像をそのまま使わなくても、髪型や目の色を変えたり…とAIの「加工」は自由自在…「Research」によって、その感情の表現のデータをどんどんストックする事で、AI画像はよりリアリティと精度を高めていく事だろう…そのうち人間そのものと見分けがつかなくなるくらいに

 

これがもし特定の作品の撮影の際は、そのタレントの画像をAI加工して使う場合なら、その分には我々にもお金を払わねばならないという規定がユニオンの契約にはあるが、それが作品の為ではなく、「Research」という名目の場合は、それに対する規制はないし、そもそもそれらはユニオンの契約ですらない…それをやるかどうかは、我々俳優の判断に掛かっているのだ。

 

もっとも、ここで私がやらなくても、おそらく誰かはこの「楽な仕事」に飛びつき、何も考えないでデータを提供する事だろう…またAIの進化は、もはや止められるものではなく、いつかは我々の仕事はAIに取って代わられてしまうのかもしれない…しかし、わざわざそれを早め、自分で自分の首を絞める手助けをする気は、私にはない。

 

勿論、「どんなものでも仕事は仕事」という考え方もあるだろうし、「将来の危機より今の収入が大事」という人もいるかもしれない…しかし、それが近い将来どういう形で自分に返ってくるか…というリスクは知っておくべきだし、それをやるかやらないかはあくまで自分に決定権がある…という事を忘れてはならない。

 

そのキャスティング・ディレクターには「それはどうやらAl Trainingの様なので、私はパスさせて頂きます。」と断りの返信を送った…本当なら、そのキャスティング・ディレクターと今後も繋がっていられる様に、そのオーディションだけでも受けたいところだったのだが、やはりこのAI関連だけは自分の「やりたくない」という意思に従う事にする…キャスティング・ディレクターからの返事も「No problem. Thank you for letting me know.(問題ありません。知らせてくれてありがとう。)」というものだったので、おそらくこうした返事は、向こうも想定内だったのだろう…あるいは、知っている情報をすべて教えてくれた事自体が、我々が判断できるように…というプロの良心による配慮だったのかもしれない

 

 

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