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いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

正直に言って、今となっては嫌になってしまった。

 

XTCは、Oranges & Lemonsを2月にリリースして、

The Blue Nileは、10月に、Hatsをリリースした。

Stone Rosesは、5月にデビューアルバムをリリースして、

時代は、マンチェスタームーブメントなのだが、

当時、The Blue Nileに関しては、存在を知らなかったし、

いったい、日本の洋楽として、どのような扱いだったのか

正直わからないし、記憶に全くない。

 

そもそも、聞くきっかけとなったのは、

ギャヴィン・ハリソンのインタビュー。

ジャッコ個人のプレイリストに、The Blue Nileがあったこと。

パット・マステロットのXTCレコーディングに関連した

インタビューで、The Blue Nileが出てきたこと、

この3つが重なり、聞くことになった。

つまり、クリムゾンによって、The Blue Nileを聞くことになった。

2010年代も後半に。

遅すぎるだろ。

救いようがないぐらい遅い。

 

よって、今となっては、マンチェスタームーヴメントは嫌いだ。

はっきりいって、XTCのOranges & Lemonsや

The Blue NileのHatsのほうが、マンチェスター・ムーブメントの作品より

偉大だと思う。

私個人の再生回数は上回っている。

振り返るとマンチェスター・ムーヴメントでロッキングオンが騒いでいること自体

悪影響だったんじゃないかとさえ感じる。

だって、所詮Stone Rosesのファーストだけだろ?

 

80年代特に、The Smithsが偉大だったと思う。

例えば、Hatful of hollow、The world won`t listen

などの素晴らしい作品に、80年代の他のバンドの作品で対抗しようと

考えると、主に歌詞が理由になるが、やっぱり、The Smithsかなと思う。

 

思うけれど、あえて、ぶつけるならば、

The Blue NileのHatsと答える。

マンチェスター・ムーヴメントではなくてね。

 

これが、今日現在の自分の中の答えだ。

この作品は、偉大だからだ。

夜更けに旅立つみたいな感覚を体感してしまう

コンセプトアルバムって他にない。

多くの人が持っている体感を呼び起こすようなところがある。

 

ボロボロの人生だけど、今夜、旅立とう!みたいな。

私は、夜逃げアルバムと呼んでいる。

 

リアルタイムで追いかけなかったことを果てしなく後悔しているので、

Hats再現コンサートがいつか行われますようにと祈りたい。

 

Hatsを聞きながら、夜逃げするところから人生をやり直したい。

 

 

このガラガラのデビュー前の頃に、見に行きたい。

当時は、クリムゾン復活に集中しすぎていて、

存在に気づくことができなかった。

 

Her's Forever

東京に対する自由の都市である我らが千葉。

 

重症者数は、0名。

死亡者数も、0名だ。

平和が訪れた。

千葉は東京ではない。千葉は千葉である。

 

ここには、オミクロンはない。

 

3回目のブースター接種だが、

いつも言っているが、ファイザーとモデルナは接種したくない。

国産ワクチンを接種したいが、間に合わないかもしれない。

 

ワクチンを2回接種した理由は、自分の命を守るためではない。

そもそも、我慢して接種した。

大人な対応というやつだ。

リスクは、0ではなかった。

 

目的は、仕事のためだったり、

コンサートに行くためだったり、

周囲に感染させないためだったり、

医療崩壊を防ぐためでもあった。

 

1度、すでに感染して死ななかったんだから、まあ、そういうことだ。

 

オミクロンは、感染してみない限りわからない。

でも、多分、死なないと思う。

自分には耐性がある。

 

話を元に戻すと、

インフルエンザのワクチンと比較しても、

副反応が強すぎる。

腕が痛くなること自体がもう嫌だ。

 

また、我慢して接種するが、

もっと、副反応の弱いワクチンがいい。

来年の5月なので、我慢してまた、ファイザーなるかと考えるだけで憂鬱だ。

新しいワクチンが間に合うのか。

 

熱が出るとか腕が痛くなるとか、そういう現象が起きない

インフルエンザワクチンみたいな、ワクチンがいい。

 

 

XTCとThe Blue Nileは、活動を再開してほしい。

見たいものを目の前で見ると、

過去の作品を聞き返すだけでは、

物足りなくなる。

 

JapanとJoy Divisionは、ミック・カーンとイアン・カーティスがいない

段階で望むこともない。

 

The Smithsは、すごく微妙。

再結成して、新作を出すことは、希望していない。

ただし、ライブだけやって、The Smithsの曲だけやるとする。

それが、実際起きるとする。

ツェッペリンみたいな感じだ。

この場合は、コンサートを見に行く。

ということは、微妙に肯定しているってことだ。

完全なノスタルジーだが。

 

一番、可能性があるのは、

The Blue Nileだと思う。

 

モリッシーのくだらない合成写真は、なんとかならないのか。

それ、バイクならまだわかるけどさと思ったのは、

俺だけか?

 

クリムゾンロスがボディブローのように辛い中で、

Mensiが亡くなったことを知った。

 

Angelic Upstartsは、

モリッシーがきっかけで聞き始めた。

そうでもなければ、まず、購入しなかっただろう。

購入するのも勇気がいる。

 

基本的に、パンクのアルバムは一切持っていなかった。

ピストルズとクラッシュのアルバムは、今も持っていない。

聞いた時に、何か違うなと思った。

そして、ジャムを聞きまくるようになった。

(ジャムは、聞きまくったのに、スタカンは、スルーした)

 

ジャムの方が音楽的にいいだろうと思った。

そもそも、プログレだったので、どうもパンクは受け付けなかった。

 

膨大な時間を経て、パンクをとっくに卒業するぐらいの年齢で

周囲にパンクなんて聞いている人がいない状況で、

ああ、パンクって偉大な側面があるなと思った。

ようやく、そう考えるようになった。え、いまさら?みたいな感じだ。

 

Angelic Upstartsの中では、ポップ路線でパンクそのものという

作品ではないこの歌が一番好きだ。

普通にいい歌だと思う。

来日したことはあるのだが、一度もコンサートには行かなかった。

確かに、私もこれで最後だから、S席買って見に行った方が良いと

自分でも書いたし、それを間違っているとも思わない。

 

クリムゾン始めますって言うときも

チケット買って、見に行って、グッズも買っている。

通常営業ですと言う時も、

チケット買って、見に行って、グッズも買っている。

最後ですと言うときも、同じことをしている。

 

つまり、どのフェーズでも、同じことをしている。

 

それに、私は街を歩いていて、

閉店セールで、お客がたくさん入っている店があって、

翌月、そこに行ったら、

開店セールがやっていて、お客がたくさん入っているというのを見たことがある。

 

でも、何か、これ、前のお店に似てないか?

みたいなのを経験したことがある。

 

そこにたまたま、フリップ店長が座していて、

私が、「これ、1つくださいー。」と言うと、

店員から「お会計は、21000円です。」と言われて、

内心、あれ、そんなするの?って思っているところに

フリップ店長が「どうだね?いまなら、このロイヤルパッケージ、限定45セットで売っているのだが。」

私「おいくらですか?」

フリップ店長「1つ20000円」と言う。両方で41000円かとたけーなと悩むが、眼力に負けてしまい、次の瞬間

「あの、クレジットカード使えますか?」と購入している未来を思い浮かべる。

 

この妄想している未来。

不思議と、極めて身近な体験のように感じられる。

 

つまり、

神よ、私は、あの爺ちゃんしぶといと思います。

クリムゾンの完結という表現、

フリップの説明も直接聞いた。

それぞれの人々の受け止め方や考えも読んだ。

それは、尊重したい。

すべて、正しいし、否定する理由も持ち合わせていない。

 

しかし、私は、放棄することにした。

どんな意味があったとしても、

私の気持ちは明るくならない。

無理だ。

崇高な哲学は、私には理解できない。

だから、考えたら負けだ。

 

このトリプルドラム期のクリムゾンがスタートする前、

フリップは引退と言っていた、しかし、裁判の決着が着いたから

クリムゾンをやると言い出した。

 

その引退と言っていた時に、

「まあ、しょうがないよね。今まで十分偉大な作品も出したし、

素晴らしいコンサートもしたし、歴史には残るし」

と考えていた。そこから、スタートしたので、

予想外のプレゼントみたいなものだった。

 

これは、何が何でも見に行かなくてはいけないと

LAまで見に行った。

悪名高いライブアルバムが残っているが、

その日のコンサートは、とても感動した。

 

クリムゾンが、完結しようが、継続しようが、

私の寿命が完結していたら、見ることができない。

病気であっても見ることができない。

元気に生きていれば、また会えるかもしれない。

 

完結したとして、また、新しいメンバーで、

この音楽は、クリムゾンだ!とか言い出すかもしれない。

よって、私は、完結詐欺を信じたい。

そんなもの信じていいのか謎だけど。

完結詐欺が起きたときには、また、偉大なる詐欺師を

全力で見に行きたい。

 

だから、完結なんて考えたら負けだ。

私の寿命の完結も、今考えても仕方ない。

しょうがない。

だから、完結なんて考えない。考えることを放棄する。

それが、結論。

 

オーチャード初日と同じぐらい演奏は良かったと思う。

8公演中6公演見に行ったわけだが、

一番、感動したのは、今夜だった。

 

自分でも良くわからない体験だった。

まず、コンストラクションで、感極まって涙が出てきた。

この曲で、ここまで感動したことはない。

オリジナルでリリースされた時から好きではあるのだが、

何でなんだろう?

 

曲の中盤以降の流れで、クリムゾンは偉大なバンドとして

確かに存在したという確信とともに涙が出てきた。

おそらく、もう、それが終わってしまうという想いからだろう。

 

islandsやpeaceのような美しい曲は、

比率としては、少ないが、美しい曲も演奏する反面、

Redとか、エピタフとか、21世紀とか、スターレスにしても

嘆きに近いような悲しい作品がある。

 

でも、最後に残した言葉は、Music is our friendなんだよね。

絶望の最果てで出した言葉みたいに思えた。

 

私ももがき苦しみ、あなたももがき苦しむ。

でも、音楽は私たちの友達。

私たちのってのがいいんだよね。

今日それを学んだ。

 

アンコールの一曲目が戦慄2だったのだが、

ドキドキして不安になった。

まさか、スターレスやらないなんてないよね?

と心配になった。

 

戦慄2は、もちろん、好きなんだけど、

こんな不安な感情のまま戦慄2を聞いたのは初めてだった。

 

スターレスをこの後やるだろうなとは、予測したけど、

もし、スターレスが無かったらとか考えてしまった。

 

その後スターレスが、始まったときに安堵した。

スターレスとは、安堵するような内容の歌ではない。

 

人生で初めてスターレスが始まって安堵した。

不思議な体験だった。

最後であることの目に見えないプレッシャーなのか、

今夜が、一番、感動した。

 

来年からどうやって生きていけばいいんだろうか。

モリッシー(アラン復帰)とポキュパぐらいだな。

好きなバンドは、他にもいくつかある。

でも、感動するかは、別の話だ。

 

クリムゾンの来日初日に行くときは、

体調崩さないで無事終わりまでいけるかなど

かなり気を使ったが、結果的には、いつものように、疾走するように

日程が終わった。

 

明日からも忙しいが、

生きがいというか感動みたいなものが無くなってしまう。

今日までのことをノスタルジーのように思い返すんだろう。

 

ノスタルジーほど複雑なものはない。

常に必要としながらも、常にそこにとどまるだけの人生を否定している。

過去のある瞬間に感動した。その瞬間より前の過去には、それはなかった。

そこに向かっていったから、出会えた。

つまり、これからだって、向かっていけば、出会えるはずじゃないか。

過去も別の過去から見れば、未来だったわけでとか、

そういう説得を私は自分にしている。

 

だから、精一杯、全身全霊をかけて、数で未来を手繰り寄せようとする。

でも、これしか、方法がない。

そんな徳のある人生を生きていないから一発で引き当てるとか無理なんだよね。

下手な鉄砲っていうようなところは、実際ある。

この手法のまま人生を終えることは間違いない。

チケットは、残り一枚になってしまった。

 

皿屋敷の大事なお皿を明日割ってしまうような感覚だ。

 

9枚まで数えると確か死ぬらしい。

6枚までで帰るべきということで、

明日でちょうど6枚だ。

 

心境としては、あと70枚ぐらいチケットが欲しい。

週1日でいいわ。

土曜日か日曜日どちらか、毎週、クリムゾンが見たい。

 

つまり、あと70回ぐらい、キング・クリムゾンが見たい。

それで100回ぐらいだから。

 

数で勝負して神引きするというのが

私の戦法だ。

 

これが、人生の手法だ。