クリムゾンの完結という表現、
フリップの説明も直接聞いた。
それぞれの人々の受け止め方や考えも読んだ。
それは、尊重したい。
すべて、正しいし、否定する理由も持ち合わせていない。
しかし、私は、放棄することにした。
どんな意味があったとしても、
私の気持ちは明るくならない。
無理だ。
崇高な哲学は、私には理解できない。
だから、考えたら負けだ。
このトリプルドラム期のクリムゾンがスタートする前、
フリップは引退と言っていた、しかし、裁判の決着が着いたから
クリムゾンをやると言い出した。
その引退と言っていた時に、
「まあ、しょうがないよね。今まで十分偉大な作品も出したし、
素晴らしいコンサートもしたし、歴史には残るし」
と考えていた。そこから、スタートしたので、
予想外のプレゼントみたいなものだった。
これは、何が何でも見に行かなくてはいけないと
LAまで見に行った。
悪名高いライブアルバムが残っているが、
その日のコンサートは、とても感動した。
クリムゾンが、完結しようが、継続しようが、
私の寿命が完結していたら、見ることができない。
病気であっても見ることができない。
元気に生きていれば、また会えるかもしれない。
完結したとして、また、新しいメンバーで、
この音楽は、クリムゾンだ!とか言い出すかもしれない。
よって、私は、完結詐欺を信じたい。
そんなもの信じていいのか謎だけど。
完結詐欺が起きたときには、また、偉大なる詐欺師を
全力で見に行きたい。
だから、完結なんて考えたら負けだ。
私の寿命の完結も、今考えても仕方ない。
しょうがない。
だから、完結なんて考えない。考えることを放棄する。
それが、結論。