いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

この事件、どうしようもないなと思いながら

結末を見守っている。

何がどうしようもないと思っているのかと言うと

マスコミが実名報道したことをどうしょうもないなと思っている。

誰一人として、これは、プラスには働かず、

むしろ、みな損をする。

 

成人していて、刑事事件なのだから、報道して問題ないとか

言うかもしれないけど、お金が残っていないと詰んでしまう。

 

じゃあ、まあ、例えるとしよう。

テリー木端(千葉県在住、年齢20歳)

に、間違って給付金500万円が振り込まれました。

 

テリーは喜び、すぐ全額現金で引き出し、

アメリカのcruel world festivalに向かい、

ダフ屋から高額チケットを買い、グッズも買いまくり

コンサートを見た後に豪遊しました。

日本語版自伝も人に配りまくれるほど買いました。

全部スッカラカンになるまでお金を使いまくりました。

 

日本に帰国後、逮捕されました。

テリーは、事情を説明して、ごめんなさいしました。

マスコミに報道されてしまい、「あいつは、コンサートのことになると

執着心がすごかった、異常なやつだった」と袋叩きにあいました。

 

テリーは、

「今後は、少しずつ返済していきたいと思います」と

涙ながらに訴えました。どうやって??

 

I took my job application into town
Did you hear they turned me down?
 

今一番達成したい目標は4630万円が町に帰ってくることだ。

お金が残っていれば、まあ、ハッピーな結末

お金が残っていないと、もう完全に詰んでしまう。

帰ってこない。

 

 

感動した。

 

「観光より、絶望だ」というこのフレーズ。

観光否定派の、私でさえ、出てこなかった。

出てきそうで、出てこない。

 

今日、スミスとモリッシー全盛期の再来を見た瞬間だった。

 

今度から、観光に行こうとするモリッシーファンを見かけたら、

鋭い眼差しで

「観光より、絶望だ」と言おうと思う。

 

え、そんな店あったのか?

知らなかった。

行かなくちゃ。

いまでこそ、ほとんどないが、

昔は、コンサート会場に入るときに

念入りなボディチェックがある会場があった。

腕やわきやポケット、そして足など、念入りに触られるのだ。

女性の場合は、女性のセキュリティがそれをやる。

それをやるけれども、女性の方が甘かった。

だいたい、テロ起こすのも、何か問題を起こすのも多くの場合男性だし

仕方ないと言えば仕方ない。

 

どの時点で、セクハラボディチェックがあることを知るのかと言うと

並んでいる間に知る。

明け方から並んでいるため、同じように並んでいる人たちとは

妙な仲間意識ができる。

いろいろな国から来ている人たちで、これだけの時間並んで、

スムーズに入場して最前列になれないならば、死活問題なわけで、

それは、全員同じということになる。

いろんな国のいろんな人種が集まっていて、

どこの誰かは、お互い知らない。

そして、同じような顔ぶれが、次の都市でも、その次の都市でもやってくる。

他に行くところなど、地球上のどこにもないかのように。

当時から、私は観光を否定していた。

そんな状況だから、見ず知らずの人が、身近な人に感じられるようになり、

助け合う意識が自然と芽生える。

これは、経験しないとわからない。

 

セクハラボディチェックがあると知った私は、

開場前に、トイレに行くと伝えて、その場を少し離れて、

トイレで、MDとマイクをパ●ツの中に入れるのだった。

パ●ツの中のどのあたりかは、あえて公表しないこととする。

しかし、そこを触るということは、本当にセクハラなので、

まず、そんなことを私にしたい人間はいないだろうという妙な自信があった。

そして、ボディチェックを潜り抜けて、走りずらいけどダッシュする

そして、最善列の柵に到達して、安堵する。

ああ、14時間並んだことが無駄にならなかったと、あのホッとした感覚は、

経験しないとわからない。

 

そして、その次の課題を解決しなくてはならない。

周囲の観客と特に柵とステージの間にいるセキュリティ、だいたい3人ぐらいいるのだが、

気づかれないようにMDと外付けマイクを、ジージャンの内ポケットに移動しなくては

ならない。誰にも気づかれないようにだ。

皆が、コンサートを楽しみにしている状態で、私は追い詰められている。

絶対に不審な動きをしているのだが、それに気づかれないように

気づかれていたかもしれないけど、MDをジージャンの内ポケットに移動するのだった。

そして、外付けマイクをMDに接続する。マイクはというと大事なことだから書いておくが、

ポケットにいれるべきではない。

ポケットに入れると音がこもるのだ。

では、例えば、外側のポケットのところにピン止めするとか、

それもダメだ。見つかるとすぐ没収される。

しかも、環境は、おしくらまんじゅうで、ダイブしてきた観客に

後頭部を蹴られるような状況なわけで、それこそマイクが外れたり、壊れたりしてしまう。

やり方は、人それぞれだが、ジージャンの内側に裸のままマイクをつけられるようにしていた。

同じことをしても、だいたいの人が失敗する。それは、マイクのインプットレベルを下げる勇気が無いからだ。

下げなくてはならないことは、わかっている。わかっていても、録音できないと嫌なので、

勇気をもってさげられないのだ。実際は、そんな下げるの?っていうぐらい勇気をもって下げる。

 

ここまで話すと、そんなことしないで、後ろから録音すればいいんじゃないのか?と思うだろう。

そんなことは、言われなくてもわかってるんだよ。

しかし、当時、私には目標が3つあった。

1.ステージに上がる。

2.ステージに上がるために一番有利な最前列に行く。

3.上の2つを達成しつつ録音する。

録音すれば、また、日本に帰って、寒いアパートで暮らしている時も

一人ぼっちでも、その音楽を聞きながら生きていけると思った。

 

当時、この3つの目標に対しては、純粋で曇りがなくて、必死な気持ちを持っていた。

だから、毎回、極度の緊張状態で精神的に追い詰められていた。

入場前にセクハラボディチェックが行われるときなど、

脳内で、クリムゾンのRedとか、One more rednightmareが鳴り響いていた。

開場前の1時間は、私の表情は、本当にクリムゾンのRedの音楽を表情にしたような

ものすごく声がかけずらい雰囲気になっている。

 

でも、なぜ、あんなに充実していたかというと

意志とか強い想いに一切の曇りが無かったからだと思う。

もう、そんな状況には戻れない。

今は、Youtubeでお手軽に動画が見られるし。

人生の残り時間、死ぬまでの時間を過ごしているような状況とも言える。

言い過ぎかもしれないが、実際はそんなところだ。

 

「簡単であるということは、感動が少ないということである。」by木端微塵

 

 

 

 

昔と違って、コンサート映像がすぐ

Youtubeに上がるのはありがたい。

 

ありがたいけど、

やっぱり、満足のいく音質で聞きたい。

 

初めてイギリスに行ったときに、

私は録音する気満々だった。

 

当時お金がないのに、

一生懸命お金を節約して、Sony製のポータブルMDで録音可能な機種を

数万円で購入した。さらに録音用の外部ステレオマイクを購入した。

 

当時、インターネットが常時接続ではなくて、

テレホーダイの時代だ。

初めてイギリスに行った年に、ちょうどナップスターが

登場して、わかる人にしかわからない話だが、

常時接続でもないのに、深夜にモリッシー関連の音源を

ダウンロードしていた。

 

ライブテイクもあったのだが、音質が悪かった。

それが不満だった。

The edges are no longerのライブ音源は、

ナップスターからダウンロードしたのだが、音が割れていた。

 

その後、いろいろと苦労する日々が待ち受ける。

 

MDのラインアウトから、オーディオインターフェースを介して

MACに音源を取り込んでということをするのだが、

今では、オーディオインターフェースは、USBが当たり前の時代だが、

当時はPCIだった。もしくは、PowerBookの場合は、PCカードスロットに

指すタイプのものだった。しかも、高価で普通に数万円する。

10万超えるものもあった。

 

MAC本体も高かった。

ちなみに、私の当時の年収は、320万ぐらいだった。

そこから、税金や年金、保険料などが差し引かれるので

余裕はなかった。

 

自宅には、Power Mac G3 DT 266があった。

どうしても欲しくて、あるお店が潰れるときに

展示品を安く売ってもらった。

 

めちゃくちゃ古い木造アパートには貧乏なのに、

Power Macや大型ディスプレイ、MD、小型ステレオマイクなどがあった。

冬は、めちゃくちゃ寒いので、石油ストーブでお湯を沸かして

食費節約のためにカップラーメンを食べていた。

今、考えると孤独だったけど、一番幸せな時代だったと思う。

あの頃からもう一度やり直したい。

 

そして、時は流れた。

クリムゾンは、ライブアルバムを頻繁にリリースするため

それを買えばいいが、モリッシーは、全然リリースしない。

クリムゾンは全日程レコーディングしているが、

モリッシーは、これは、推測だが、そもそもレコーディングしていない。

これまでのラインナップの場合は、ゴミすぎて録音する気にもなれないが、

今なら録音したい。

私なら、あの頃よりももっとうまくやれるんじゃないだろうか。

 

MDの時代は、本当にマイクのインプットレベル半分以下ぐらいにしないと

最前列で録ると割れる。

このセッティングがベストというところを発見するに至った。

最終的には、protoolsで音質調整されたmp3ファイルを

ノストラダムスの大予言が囁かれる中、

Long Lostというサイトを運営していたので、

そこにアップロードするのだった。

あれをやっていたのは、私です。(激白)

当時、初めて録音して、初めてアップロードしたものが

この音源だった。ものすごい過酷なカオスな状況だった。

おしくらまんじゅうおされて泣くなな中で録音したのだ。

MDを守り、録音のために歌うのも我慢。

一瞬、「神よ、こいつら殴っていいですか?」と思ったのは内緒にしておこう。

 

morrissey.jp/1999/yougonna.mp3

 

今、君たちがスマホで撮影していることについては、

はっきり言ってぬるすぎる。命がけで録れと言いたい。

 

それは、ともかく、

今なら何で録音するだろうか?やっぱり、スマホじゃないだろうな。

動画ならスマホでいいんじゃないかと思う。

 

明日、モリッシーコンサートに行くということなら、

恐らく、TASCAM「DR-100MK3」

を購入するだろう。

やるからには、本気だ。

マイクは外付けで考える必要がある。

録音した後は、音質を調整することになるが、

残りの余生を楽しむために、ライブレコーディングの音質にこだわろうと思う。

 

洋楽を聞いていると、一体何を歌っているのか

よくわからないということがある。

ボブ・ディランでもあるし、エルビス・コステロでもある。

 

あるバンドは、何と恐ろしいことに、

歌の歌詞を、詩人に外注で依頼していた。

 

そうすると、一生懸命辞書を見ながら

訳しても、さっぱり、わからないのだ。

昔は、今のようにGoogle翻訳はない。

 

そんな難解な歌詞の場合、どうなるのか?

謎の深読みをする人たちが何人も出てくる。

 

この歌詞のこの部分は、この文学作品のこの部分から

来ているみたいな話が出てくる。

こちらとしては、理解したいと思うため、

仕方ないから、その作品を図書館に借りに行く。

いちいち、そんな本をそのたびに買っていたら、

肝心の音楽が買えなくなる。

 

そして借りてきて、一生懸命読む。

そうすると、「あれ!なんかよくわからないぞ!」

みたいなことになる。

 

そして、別の人は、まったく別のことを言いだしている。

難解→理解に推移することはなく、

難解→混沌に推移する。

理解するために調査しているのに、解釈がさらに

難解でどんどん物事が複雑化されていくのだ。

 

つまり、説明を読むとその説明がわからなくて、

その説明の説明はどこにもありませんみたくなる。(こいつ嫌がらせか?)

結果的に、疲弊して、あきらめて、ぐっすり眠ることになる。

 

そうしていると、詩なんだから好きに解釈すればいいとか言い出す人が必ずいる。

いやいや、解釈もできないの!わかる?

解釈にまでいかないの!意味不明だから。

だから、こういうことを簡単に言う人間が大嫌いなわけだ。

マジで地球から消えて欲しい。

 

私がした苦労を、この人には理解することはできないからだ。

 

モリッシーの何が偉大かというと

歌詞がわかりやすかった。

わかりやすい言葉で、鋭かった。

 

だから、すべての歌詞を、

We hate it when our friends become successful

レベルにするべきだと思う。

 

例えば、イギリス人じゃないとわからないとか、アメリカ人じゃないとわからないとか、

そういうのもやめて欲しい。

International Playboysの観点から言うと良くないと思う。

 

モリッシーが目の前にいたら、この苦労話をして、

私は説得すると思う。

 

We hate it when our friends become successful

からは、謎の深読み集団は生まれないからだ。

歌詞が難解だと疲れちゃうんだよ。まじで。

 

英語得意な人に解析してもらいたいんだけど。

自伝翻訳している人もいるし、

モリッシーの歌を翻訳して動画にしている人もいるので、

自分は、苦手なんだよね。

 

歌詞が難解でプログレ化してないか?

book of saturdayじゃないんだからさ。

 

これは、自分の解釈なんだけど、

I am veronicaっていうのは、

アメリカのようにはなれないってことでもあり、

自分は、子供ってことを歌っている。

子供の心のようってことかもしれない。

子供の心のように自分の在り方で良いということを歌っている。

 

And press your finger hard
On the top bell, the top bell
Press your finger hard
On the top bell

Dolphins swim to rescue you

この部分は、みんなどう思った?

 

ヴェロニカは少女なんだよ。ちっちゃい子供なんだ。

そして、これは、言葉遊びでもある。

 

これは、Dolphin bellのことだと思う。

そして、トップのベルを小さい子供のヴェロニカが押すわけ。

でありながら、同時にこのフレーズは実際のイルカでもある。

 

フクロウは、フクロウポケットのことだろう。

小さい子供のヴェロニカはハーモニカが吹ける。

 

2人ぐらい英語得意な人が日本では思い浮かぶんだけど

彼女たちはどう思っているのだろうか。

 

私は私でセンスはあると思うんだけどね。

 

 

ヴェロニカはシングルリリースされるなら歓迎だし、

まあ、いいんじゃないか。

すごい名曲とは思わないけど。

 

フーリガンだが、これを歌うのは、めちゃ辛い。

早口言葉みたいな歌だから。

このテンポでも、もたついた感じにならないから

ドラムは、いいんじゃないかと思う。

 

マットが叩いているフーリガンは、

聞きたくないので、これは許容範囲だ。

 

ライブを繰り返せば、このメンバーはもう少し良くなりそう。

 

Have a go merchantを歌ったらしい。

これは、私が見たい歌の一つだ。

 

2012年以降の10年間で、一番、モリッシーを見るのに

良い時代がスタートしたのではないかと思う。

いつまで続くのかはわからない。

クリムゾンのように終わりがいつか来る。

 

この先、いつの日か、振り返ったとき、

このあたりから良かったよねとなると思う。

 

今は、最悪の時だと、一見そう見える。

モリッシーの母親は亡くなり、ニューアルバムもいつまでもリリーズできないし

人種差別のレッテルをはられてと、

でも、そうではない。今が良いのだ。

 

一番好きな99年から2000年当時も、

islandsは潰れて、いつ契約がもらえるのかもわからず、

いつアルバムが出せるのかもわからない。

まるで暗闇のトンネルの中という感じだった。

コンサートをするにしてもロンドンフォーラムのキャパでやっていた。

アリーナクラスではない。

そんな時のことを一番良かったと思い出す。

一度経験しているから、今回もそうなる。

 

今度こそ今から良くなる。

今が一番とは言わない。そうではない。

 

でも、この10年では、今から一番良くなる。

そう言い切る人は、日本では私だけだろう。

理解できないから言えない。

10年後、20年後に正しいことを言っていたとがわかるだろう。

 

Jesse Tobias (guitars)
Alain Whyte (guitars)
Gustavo Manzur (keyboard/guitar)
Brendan Buckley (drums)
Juan Galeano Toro (bass)

 

このメンバーで、コンサートが行われる。

Juan Galeanoは、作品がyoutubeに上がっているので

聞いてみたが、許容範囲だ。

特別素晴らしいとは思わなかった。

メキシコのアーティストなので、モリッシーが好きそうだ。

 

個人的には、Gary Dayででもいいのではないかと思うし、

Johnny Bridgewoodでもいいかな。

 

そりゃ一番は、Tony Levinだけど、

まあ、絶対に無理だよね。

 

このメンバーで来日してくれないかね。ほんと頼むよ。まじで。

 

お蔵入りしている焚火だが、

やはりダウンロード販売した方がいい。

多分予想が当たっているので、書いておくが、

ヒット曲は、まずない。存在しない。

ヒットアルバムではない。Vauxhallのようには売れない。

 

視聴したレコード会社が実際に存在して、それでも、いまだにリリースできないのか

あるいは存在せずにリリースされないのか、

どっちのケースでも課題だ。

 

検討した会社はありそうな気もするが、

高額な契約を結ぶほどじゃないと判断したからなのか、

もしそうなら、そういう作品だということだ。

 

いわゆるヒットするアルバムならとっくにリリースされているだろう。

そもそも、粘り強いファンが中心に購入しますという作品の可能性が高い。

つまり、いつものパターンだ。

それなら、もうダウンロード販売でいいだろう。

 

 

 

 

GWらしい昼間。

Always Winter,Never GW

のため、絶望うどんに対抗して

絶望カレーを作る。

 

明日もカレーだな。