先日、ビートルズのベスト盤”The Beatles 1962-1965”(通称:赤盤)と”The Beatles 1967-1970”(通称:青盤)のリミックス盤がリリースされました。オリジナルはビートルズ解散後の1973年リリースで、丁度50周年を迎えました。2017年よりオリジナルアルバムのリミックス盤がほぼ毎年リリースされており、今年は”Rubber Soul”又は発売から60周年を迎えた”Please Please Me”がリミックスされるのではないかと思っておりましたが、ここにきてベスト盤の赤盤・青盤と予想を大きく外れた結果と成りました。
ユニバーサル・ミュージックによる紹介
赤盤には12曲、青盤には9曲其々収録曲が増やされ、更に充実した内容となっております。リミックスが既に行われているRevolver、Sgt. Pepper’s、The Beatles、Abbey Road、Let It Beからの楽曲は既に発表されているリミックス版の音源を流用していますが、これまでリミックスが行われてこなかった初期の楽曲を中心に新たにリミックスが行われています。そのため、赤盤収録曲の内、Revolverリミックス版からの楽曲以外は全て最新のリミックス音源となっています。一方、青盤収録曲は大半が既に発表されているリミックス版からの音源ですが、”Magical Mystery Tour”からの楽曲を中心に最新のリミックス音源となっています(Hello GoodbyeやHey Judeなど一部の楽曲は2015年にリリースされているベスト盤”1”からのリミックス音源)。青盤では最新のリミックス音源は僅か6曲に留まっていますが、ビートルズの最新曲”Now And Then”が収録されている点が最大の特徴です。
今回のリミックス盤で個人的に注目しているポイントは初期の楽曲のリミックスです。初期の楽曲は主に2チャンネル(簡単に申しますと、現代のレコーディングでは何本ものマイクを使用して録音する事が一般的ですが、60年代前半では録音機材の性能が低く、2本のマイクしか繋ぐ事が出来ませんでした)でのレコーディングであり、リミックスを行う事が困難と言われておりました。更に、”Love Me Do”や”She Loves You”の様に、モノラルミックスしか作成されなかった楽曲も有り、益々リミックスが困難な状況でありました。しかし、この状況を大きく変えたのが新曲”Now And Then”でも使用されたAIの応用です。AIの発達により、元々の音源からボーカルやギター、ベース、ドラムといった其々のパートを分離する事が可能となったのであります。こうして初期の楽曲でのリミックスが実現したのです。更に、先述の通りモノラルミックスしか作成されなかった”Love Me Do”と”She Loves You”はステレオミックスが初めて作成されました。モノラルミックスしか存在していなかった楽曲はさることながらボーカルが左側、その他の楽器類が右などといった大雑把なミックスも多かったステレオミックスの楽曲も楽器ごとの分離が良くなり、これまで埋もれて聴こえなかった其々の楽器のフレーズが聴こえる様になり、ビートルズがどの様な演奏を行っていたのかが鮮明に分かる様になりました。
ここで、個人的に良くも悪くも特に注目した楽曲を挙げていきます。
①”Love Me Do”
ステレオミックスは初めて作成されました。更に、リンゴがドラムを叩くオリジナルシングルバージョンです。此方のバージョンのマスターテープは既に破棄されている筈ですから恐らくシングル盤からの盤起こし音源を基にしているかと思います。楽器ごとに分離されたため、ギターの演奏が鮮明になりました。
“Love Me Do”シングルバージョン。シングル盤からの盤起こし音源。
“Love Me Do”リミックス版。盤起こし音源と比較しますと音質も大幅に改善されています。
オリジナルのシングル盤は以前此方で御紹介しております。
②”She Loves You”
此方もステレオミックスは初です。元々歪み気味の音質ですがステレオミックスになると更に音質が悪化した様に感じます。モノラルミックスを基にしておりますので仕方の無い事かも知れませんが、少々残念。
“She Loves You”
“She Loves You”リミックス版
③”Please Please Me”
ジョンが歌詞を間違えて吹き出す事で有名なステレオミックスです。楽器ごとの分離が良くなった結果、ジョージによるリードギターの演奏ミス(?)が鮮明になりました。元々のステレオミックスが如何に雑であったかが分かる良い例です。楽曲全体としての魅力は半減ですがこれはこれで新たな発見。
“Please Please Me”
“Please Please Me”リミックス版
オリジナルシングル盤(モノラルバージョン)は前回登場しています。
④”I Am The Walrus”
青盤収録曲の内、最新リミックス音源。ステレオミックスでは後半のラジオの音源が入る部分からから擬似ステレオとなる事で有名(レコーディング時に流れていたラジオの音をそのまま録音した都合上、モノラルミックスしか作成する事が出来ず、ラジオの音が挿入された後半のみ高音域と低音域とで無理やり左右に振り分けた擬似ステレオとなりました)でしたが、今回のリミックスでは解消されました。更に、ラジオの音が従来よりも大きくなり、これまで埋もれて聴こえなかった部分も鮮明となりました。フェードアウトの部分も大きく変更が加えられ、ラジオの音がより強調されました。元々の音源から大分手が加えられており、個人的には正直弄り過ぎではないかと感じてしまいます。
“I Am The Walrus”
“I Am The Walrus”リミックス版
AIの発達に伴い、リミックス作業も可成り自由度が増したものと思いますが、手を加え過ぎて元々の良さが失われている様に思う部分も有りました。とは云え、初期の楽曲を中心に其々の楽器が鮮明となった結果、新たな発見も有り、これはこれで面白いリミックスでした。加えて、モノラルミックスの良さを再認識する結果となりました。ビートルズのモノラル音源(特にオリジナルアルバムのモノラルバージョン)は軽視されているのか分かりませんが、現行のCDや配信では基本的に聴く事が出来ないため、寂しい限りであります。
リミックスの制約が無くなった現在、来年はどのアルバムがリミックスされるのか予想が付かなくなりました。これまでのリミックス音源も流用しつつ赤盤・青盤がリミックスされた事からこれまでの集大成的な意味合いがある様にも思えます。この事から、リミックスの企画自体が今回で終了となる可能性もあるのではないかと推測していますがどうなる事でしょうか?