写真は鹿児島線を走る485系「はと」。
門司港駅舎。解体工事中のため素屋根で覆われている。
 
 
今日2月1日は、現在の門司港駅開業100周年にあたります。
 
今日明日にかけて、門司港駅では様々なイベントが開催されます。
その一環として、大分車両センター所属の485系国鉄色が
往年の名列車愛称「はと」(下り先頭車)「つばめ」(上り先頭車)のヘッドマークを掲げ運転されます
 
運転区間は門司港から鹿児島線経由で八代まで、明日は八代から門司港へ折り返します。
鹿児島線を485系が走るのは、何年振りかな!?
 
自宅に近い、西小倉~九州工大前で門司港発9時02分の485系「はと」を待ちます。
通常なら9時20分頃通過予定。しかし「はと」の後続になると思われた快速が目の前を通過してゆきます
訝しく思いながらも待つこと10分。やってきました国鉄色
 
デジカメで撮影したのが、最初の写真です。「はと」の字体は当時のものを忠実に再現していますね
(*^o^*)
 
残念ながら今日のイベントは所用のため参加出来ませんでしたが、コンサートや写真の展示などが開かれたようで、久々賑わったのではないでしょうか。
 
写真は東下津井駅。
その先は一直線に西へ。
山手の方から下津井の集落を回り込むように進み、どんどん下ってゆきます。
 
 
下津井電鉄廃線跡「風の道」ウォークも終盤。
東下津井~下津井間は最長駅間の2.1㎞。東下津井は下津井の町の東端山側にあるため、電車に乗るためには急坂を登らなければなりませんでした。
 
琴海から東下津井にかけては、駅が利用し辛いロケーションですね。他に交通手段のない時代であれば、大変でも鉄道を利用したでしょうが、自家用車を持っていれば乗る気にならなくなりますよね。
しかも茶屋町~児島廃止後は岡山方面へはバスへの乗り継ぎを余儀なくされますから、なおさらです。
 
鷲羽山登山の便は確かにいいので、小振りな車両と相まって観光客に人気だったのは頷けますが
必ずしも地元の人が利用しやすい路線だったとは言い難い、というのが率直な感想です。
 
さて、ここまで4キロ強の道のりを一時間半以上かかってしまいました。早足で歩いたつもりでしたが、止まっては撮影し、中国人女性との出逢いもあって表定速度はがた落ち
スピードアップしなきゃ
 
それにしても各駅のホームはきれいに残されていますが、キロポストや勾配標などの鉄道遺構は見当たりませんね。
元が軽便鉄道だけに、もともと無かったのかな!?
出自を知らなければ、単なる里道のようです。
 
風の道は集落を回り込むように南へ方向転換、今度は急な下り坂となります。
しばらく下り県道をくぐり抜けると、その先に下津井駅構内が見えてきます
一年越しの全線完乗、もとい全線完歩です
(^_^)v
 
 
写真は琴海~鷲羽山の眺め。大畠漁港を下に見る。
鷲羽山駅。正面の小高い山が鷲羽山。
鷲羽山~東下津井から見た下津井瀬戸大橋。
 
 
鷲羽山方面に向かって一人歩く女性。
 
こんにちは
と挨拶を試みる。
挨拶を返してくれたが、ちょっとぎこちないかな!?
年の頃30前後か。
福岡から来た旅行者と、軽く自己紹介してみたがピンと来ない様子をされています。
 
聞けば彼女、中国から地元の縫製工場で働くために来日しているそうで、今日は休日を利用して鷲羽山に登りに来たとのこと。
福岡はご存知ないそう。だからピンと来なかったんですね。
 
日本語はまだ勉強中という彼女、身振り手振り時々英語も交えながら異文化コミュニケーションです
(^_^;)
やがて高速道路をくぐり抜け、風の道のサミットとなる鷲羽山駅に到着。
この駅から登山道が伸びています。鷲羽山までご一緒しようかと一瞬考えましたが、あとの予定を考えると厳しかったのでここでお別れです。
変に誤解されるのも嫌だし
 
最後に瀬戸大橋をバックに写真を撮っていただき、お礼を述べて別れました。
工場には多くの外国人労働者が働いているそうです。こうした人たちの手によってメードインジャパンの衣料品が作られているんですね。ちょっと複雑です
(-o-;)
 
鷲羽山~東下津井は短いながら南向きの高台を走る区間。瀬戸内の眺望が素晴らしいです
私は心の中で彼女に「加油!」とエールを送りました
!(b^ー°)