写真は塩尻駅駅舎。
 
旧塩尻駅の留置線に佇む485系ジョイフルトレイン「彩(いろどり)」と石油製品貨物列車。
 
 
小淵沢を出た「あずさ」は八ヶ岳を右手に見ながら北上。当然見る角度が変わっていきますので、八つのピークがあることから名付けられた山容は、どんどん変化し眺めていて飽きません
やがて左手にきらめく湖水が。諏訪湖です。思いのほか、住宅や工場が立ち並んでいますね。
 
もしかしたら下仁田でお詣りした諏訪神社の神様が、諏訪湖を見て帰りなさいと、半ば強引に!?迂回させたのでは
(-o-;)
なんて、一瞬頭をよぎりました。
 
岡谷からは長い塩嶺トンネルを抜け、塩尻に到着。
およそ30年前、塩嶺トンネルが開通するまで塩尻駅は1㎞ほど南東にありました。現在もやや町外れな立地です。
中央線と、この駅から分岐する篠ノ井線の配線を変え駅そのものを移転するという、大規模な工事が行われたのです。
 
現在も、旅客列車は走りませんが貨物列車や回送車両が走る旧線は残っていました。
 
名古屋方面に向かう「しなの」への乗り継ぎ時間を利用して、移転前の旧塩尻駅を訪れてみました。
30年の間に新しい建物が出来たりして様相が変わっていました。ホーム跡らしきものは辛うじて確認できました。
やはり商店街に近く、旧駅の方が便利な立地でした。しかしクルマ社会ゆえ、現在の広いロータリーのある駅前が、意外と重宝されているかも知れません。
 
しなのは松本で折り返し運転しており、ダイヤも平常通りでした。大迂回のため、予定よりおよそ5時間遅れで塩尻を出発。明智鉄道の出る恵那を目指します。
 
 
 
 
写真は
清里~甲斐大泉間にある勾配標。
 
沿線の車窓から。森林に囲まれています。
 
甲斐大泉駅駅名標。
 
終点小淵沢付近の大カーブから南アルプスを望む。
 
小淵沢駅駅舎。中央線と小海線の分岐駅。
 
野辺山の次は清里駅。ここは昔「アンノン族」(古っ)と呼ばれた旅好き女子が多数訪れていた、高原リゾートでした。
新宿方面から、お洒落なリゾート列車が直通した時代もありました。昭和の鉄道少年(注:私ではない)から、降り立つのが恥ずかしい駅のひとつに挙げられていましたから、きっと原宿竹下通りみたいな状態だったのでしょう。
もちろんこの日(1月25日)はシーズンオフ、ギャルの姿はありません。代わりに大勢の小学生が一気に車内は賑やかになります。
 
高原らしい白樺!?の木立のただ中を列車はどんどん下ってゆきます。途中で勾配標を発見。33‰(パーミル)ですね。
 
パーミルとは千分立。つまり1㎞進む毎に33m登る勾配のことです。
大したこと無さそうに聞こえますが、勾配に強くない鉄道としてはかなりの値です。電化路線ならこれ以上の勾配は至るところにありますが、非電化ではぎりぎりのラインと言えましょう。
 
また、清里から甲斐大泉、次の甲斐小泉にかけては沿線は別荘地ですね。木陰から別荘が数多く見られます。
中央道からのアクセスがいいから、皆クルマ利用なんでしょうな。
 
さて、中央線との分岐駅、小淵沢到着の直前に小海線のハイライトとも言える車窓が展開します。
ここまでは、高原を走りながら木立に阻まれてなかなか車窓が開けません。しかし小淵沢の大カーブと呼ばれるこの区間は、築堤上を廻るので遮るものがなく、南アルプスや八ヶ岳の山容をまるでパノラマのように楽しめます。
私はデジカメを動画モードにしてじっくり撮影してきました。ブログでアップ出来ないのが残念なくらいです
 
カーブをほぼ180度曲がりきると、右手から複線の線路が近づいてきて終点の小淵沢到着です。
意外とこじんまりした駅舎でしたが、お土産屋が充実していたのはさすがに観光地です。ホテルの送迎バスも発着していました。
「元気甲斐」などの名物駅弁でも有名ですが、暖かいものが食べたかったので、駅前の蕎麦屋さんで遅めの昼食。なかなか美味しいかけ蕎麦でした
 
この後、特急あずさに乗り換え塩尻に向かいます
 
 
 
写真は野辺山駅駅名標。
JR線日本最高所の駅として有名です。
 
野辺山で交換したのは、世界初の営業用ハイブリッド車両、キハE200。愛称はズバリ「こうみ」。
 
JR線最高地点の踏切。標高は1375m。ちょっとシャッターを押すタイミングが遅過ぎました
 
清里駅構内に佇むC56。
 
長野県と山梨県にまたがる山岳地帯を、トンネルをほとんど使うことなく走り抜ける小海線。
信濃川上からどんどん登ってきた気動車は、一息付くように野辺山駅に到着。さすがのキハ110系も、余りスピードは上がりません。
1960年まで小柄なSL、C56が客車を引っ張っていました。さぞかし難所だったことでしょう
 
鉄道神社もあるJR線最高地点を過ぎると、列車は連続急勾配をひたすら下りはじめます。
この辺りは夏になるとヤスデが大量発生し、線路を埋め尽くしたとか。おかげで車輪が空転し、列車が立ち往生したこともありました。
今では防虫柵などで線路内に入り込まないように対策されています。
 
こんなの、全国広しと言えど、小海線だけでは!?
( ̄○ ̄;)