平安時代の貴族官僚・
菅原道真(すがわらのみちざね)
を祀るという
では、
にあやかって
境内には、おおく
梅の木があるようです。
昨年のいまごろにも
『道明寺天満宮の梅まつり』
という記事をあげましたが
じつは、そのおなじ足で
大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)
と
露天神(つゆてんじん・お初天神)
を回っていました。

更新がおいつかず
1年前のことをブログ公開する
という日々が続いています![]()

大阪天満宮でも
「てんま天神梅まつり」
があり、毎年のように
『梅盆(うめぼん)展』が
開催されています。
ことし(令和4年)は
2月11日(金)~2月28日(月)
で開かれるようです。

数十年から数百年の
歳月を経て
盆栽として整えられた
美しい梅が
百畳敷きの参集殿に
ならぶさまは、とても
見ごたえがあります。
ほかにも、
大阪天満宮が所蔵する
掛け軸なども展示され

とはいえ、どれも
恨めしそうなお顔というのは
怨霊を祀るという
御霊(ごりょう)信仰
によるのでしょうか?


また、このときは
天神祭(てんじんまつり)の
お迎え人形(おむかえにんぎょう)
も展示されていました。

天神祭というのは
道真公の命日(25・26日)に
ちなんだ祭といわれ
大阪天満宮が鎮座した
2年後(951年)から
はじまったといいます。
大川(旧・淀川)に
神鉾(かみほこ)を流して
流れついた場所で
禊祓いをしたという
鉾流神事が起源だそうです。

それらが、次第に
絢爛豪華なものへ変わり
いまでは
盛大な花火や祭囃子で
にぎわうようですね。
祭では、神輿を
舟に乗せて川を渡ってゆく
船渡御(ふねとぎょ)
がおこなわれるのですが、
御旅所周辺の町々では
迎え船を出して渡御の舟を
迎えたといいます。
かつては、その迎え舟に
町のひとびとが趣向を凝らした
お迎え人形が
載せられていたようです。
【昨年(令和3年)の広告】
まさに、町人文化によって
支えられてきた神社である
といえそうですね。
表大門のとなりには
清水の沸く井戸まであり
ひとびとを潤す良水として
重宝されたといいます。

大阪は
『水の都』といわれるように
水とともに発展してきた町
ですから
水運の恩恵を称えるため
祭事も川でおこなわれた
のでしょうか?

大川(旧・淀川)沿いには
たくさんの市場が開かれたほか
乾物問屋・酒造業・ガラス製造業など
同種の業者もおおくあるなど
商いの町として
栄えてきたようですね。

神社のまわりは
落語や人形浄瑠璃の小屋や
遊郭もあったらしく
大阪有数の「遊興地」
でもあったようです。
大阪天満宮の
北鳥居を出てすぐにも
上方落語の
繫昌亭(はんじょうてい)
があります。
いつかは、ここで
寄席を観てみたいです![]()
鳥居と社号標がならぶのは
北側だけのようですね。
南側に鳥居がないというのも
どうやら意味があるようです。
本殿正面の表大門には
方位盤(ほういばん)が
設けられています。
とても煌びやかで
すごく目立っています。

「西」にあたる
「酉(とり)」の方位には
鶏(にわとり)ではなく
鳳凰(ほうおう)が
描かれているそうです。

これは、
道真公が左遷のさい
道明寺(どうみょうじ)に暮らす
伯母・覚寿尼(かくじゅに)を訪ね
その別れを惜しむあまり
『
鳴けばこそ別れも憂けれ鶏の音の
なからん里の暁もかな
』
と詠ったことによるようです。
朝を告げる鶏が
鳴かなければよいのに
と嘆いたようですね。

これによって、
道明寺のひとびとは
鶏を飼わないという風習
ができたといわれていて
大阪天満宮でも
鶏を敬遠して鳳凰とした
といわれるようですね。
もしかすると、これも
酉(西)と鶏をかけていて
西(大宰府)へおもむく
わが身を嘆いた
のかもしれません。

また、鶏が
鳳凰(ほうおう)と
されているのは
大阪天満宮の前身である
大将軍(だいしょうぐん)神社
に祀られていた
大将軍神があやつる
乗り物とされていたから
でもあるようです。
大阪天満宮の
本殿正面(南側)には
「鳥居(とりい)」がないのも
「鳥居」の「鳥」が
のようですね。
大阪天満宮の大鳥居は
本殿や参道とならばずに
西向きに設置されているのは
このためなのでしょうか![]()
![]()
また、西といえば
日の沈む国である
出雲(いずも)との関係も
見えてきそうです。
菅原道真公は
にあたるといいます。
表大門のとなりに
御井神社が祀られるのも
出雲によるのかもしれませんね。

さらに、鳥といっても
鶏だけが忌避されるようで
雉(きじ)や鴨(かも)などは
供物になるといいます。
天満宮といえば
鷽(うそ)との縁もありますね。
なかでも「雉」は、
大阪天満宮の前身となる
大将軍神社の創建年
白雉元年(650年)の
「白雉(はくち)」という元号の
「雉(きじ)」でもあります。
難波宮に奉納された
白いキジが宮をとびたって
この地に舞い降りたことから
大将軍神社を祀った
ともいわれるようです。
また、一説には
夏越の祓い師走の祓いなど
半年の穢れを祓う
道饗祭(みちあえのまつり)
の斎場でもあったようです。
ですから、大阪天満宮の
摂社となった大将軍社では
道饗祭の祭神でもある
八衢比古神(やちまたひこのかみ)
八衢比売神(やちまたひめのかみ)
久那斗神(くなどのかみ)
を祀るようですね。
道ゆきの神さまとして
交通の安全を守ったり
人生の岐路を守ったり
するようですね。
もしかすると
「道饗」が「道真」とが
呼応したのでしょうか?
「道真」という言葉も
「真(まこと)の道」という意味が
込められていたのでしょうか?
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☆天神めぐり全記事リスト☆
摂津国の天神めぐり① ~天満(そらみつ)~
摂津国の天神めぐり② ~大阪天満宮 その1~
摂津国の天神めぐり③ ~大阪天満宮 その2~
摂津国の天神めぐり④ ~大阪天満宮 その3~
摂津国の天神めぐり⑤ ~ウツロヰ その1~
摂津国の天神めぐり⑥ ~ウツロヰ その2~
摂津国の天神めぐり⑦ ~露天神~











