渡辺繁一のブログ -47ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

去年、8月モチベーション系のセミナーを受講して、いろいろスキルも身に付いて来たのではないかと感じた、事実、新しい感覚でものごとをとらえたり、枠組を変える事で新鮮な気分や、仕事への取り組みも変わったのだが、これは自分が変わったと錯覚しているだけで、実は何も変わっていないのかも知れない。

周りの人や環境が変わらない状況においてはそれに合わせる自分が存在する。今までと同じ対応をしてしまう。クライアントの要望は絶大でかつ、絶対であったりする。

クライアントにとって理想的な提案をしていると自分では感じているのだが、それが受け入れられる状況に至ることはあまり無い。

理想的な提案の前に「だれが提案したか?」
どういう立場の人が提案したのか?
あるいは取引高に応じて提案の重さが違うのだ。

本当はこっちが良いのだが、政治力で御社の提案は却下です。こんな感じなのかも知れない。

また、会社は革新的な事にお金を使うのでは無く、現状をキープする為にお金を注ぎ込む。

今回の案件もこのまま行くとそんな一般的な「商道徳」のセオリー通りに出来上がり。

無難で、しっかりして、恐ろしく退屈なものをみんなの力で作ろうとしている。

そんなものだったら誰でも出来る。僕がこのプロジェクトにからむ必要をあまり感じない。

うまく立ち回って自分の利益を出せる方法もあるかも知れないが僕にはそれが旨くできないのだ。

「できの良い悪い」いう表現はふさわしく無いのかも知れないが、別の言い方をすれば自分は「生きていく要領が悪いのだ」

馬鹿は馬鹿のままで良いのかも知れない。

馬鹿は死ななきゃな直らない。
昨日は、私が思いついたというか、急に降ってきたイノベーションの可能性について自由にブレストをするというテーマーで私の自宅兼オフィスに仕事関係のお友達を招いた。

料理は私の手作り。会社の会議室のような堅苦しさは無く、居酒屋のような騒々しさも無い。かといって、生活感を感じるような環境では無い。そう、すご良(い)い環境。

その環境の中で、話は夜中なのに白熱し、かなり有意義な考え方や、新しい切り口を見いだす事ができた。最初にしては良い感じなのである。

ちょうどそのワークは、彫刻のようなものなのかも知れない、もやもやして、なんだかわからないけど大事そうだ、なんとなく引かる。その本質の部分を覆っている余計な贅肉や一般的な常識、思い込みをブレストするなかでどんどんそぎ落としいく(ブレークしていく)、そして最後にのこる「本質」を見つける、まさに「彫刻」のような感じなのだ。

料理やお酒を飲みながら、他に邪魔されずに自由な感覚で発想を楽しむ。仕事の苦労話や、面白い出来事を会話することは、場の雰囲気をつくる上で大事な要素だが、それはアイドリングのようなもの、普通の居酒屋の会話はこのアイドリングでおわってしまう。そこでテーマ-決めることでそのテーマについて品質の高い意見や新しい気ずきをみんなに共有する事ができる。

これからも適宜、この、すご良(い)いブレスト をやっていきたいと思う。利用すると様々なイノベーションを起こす発射台(ランチャー)をつくることが出来る。
最初に料理をしたそのきっかけは、近くに食べるところが無い、そんな理屈だった。折角大きなキッチンがあるのだからなんかつくろう、と思って単に電子レンジで「チン」して食べていた(笑)
間違ったらどうしよう?
失敗したらどうしよう?
なんて考えると料理は出来ない。作る前から出来なかった時どうしようか?と考えてしまっていると
やった事がないから出来ない。
誰かに教えてもらおう。
という発想になるかも知れない。
僕の場合はちと違った。
失敗しても食べられないのは一食かその程度、もう一度作り直せば良い。
まずいおもいをするのは自分だけ。
料理を初めて作る人が熟練した主婦のように出来ないのは当たり前。
「いきなりうまく行く」「うまくいかないと駄目」と考え、自分で自分のハードルを高く設定してしまって
到達できないと駄目だと考えてしまう。
これは周りにいろんな人がいると陥りやすい現象で、今回の料理は周りにアドバイスしてくれる人や、
批判をする人が存在しなかった。
存在しないと意見を聞く事も出来ないが、聴く必要も無い(笑)
もし、友人に料理がうまい友達がいたら、友人に頼ってしまったり、料理をしている状況を見られて変に緊張してしまうだろう。また、こんなコトバをかけられたら恐らく僕は自分で包丁を持つ事もなかったかも知れない。
「あんた料理、向いてないね」
でも、意識が前向きだとこんな答えを返せるのだろう。
「当たり前だ、僕は今日、包丁をもったとこだもんね。」

なにかを始める時、その分野にココロを奪われる何かがあると感じる時。
それを始めるのだが、あまりうまく行かないことがある、むしろうまく行かない事の方が多いかもしれない。
そんな時、
その路の権威者が「あんた、向いてないね」と言ったとき
あなたはどう答えるだろうか?
おそらく、3年周期あるいは2年周期ぐらいだろうか?大規模な仕事がくる。
到底一人の仕事では処理できない様な内容。
過去にあった大きな失敗のプロジェクトが頭をよぎる。
自分の意思の弱さから、協力業者に曖昧なOKをだし、施主はOKが出ない訳で、結果、1億のプロジェクトの引き渡しが出来ないそんな大失態をしてしまった。必死の想いで難局を切り抜けたが、残ったのは借金のみ。
その時の失敗のイメージを2度と繰り返さないために、今回の大規模な仕事を請け負う事にした。
何故失敗したのか?何故うまくいかなかったのか?
そんな事を思い起こす。
人にもめ事の種を発生させたくない。人に良く思われたい。
極端にもめ事や紛争を嫌うので、うまくまとめようとするあまりに自分が貧乏くじを引く。
自己犠牲でプロジェクトがうまく行くのであればそれはそれで良い。
そんな気持ちがあったように思える。
なにかにつけそういう気持ちが支配しているのかも知れない。
結果として収入は安定せず、低空飛行が続いている。

なんとかしてこの状況を脱出する。
原因が何となくわかったような気がするのだ。

大規模なプロジェクトでは、様々な「声」が災いを起こす。
自分の事しか考えない「声」
自社商品の価値を提供するだけの「声」
それぞれにそれなりの重要な重みがあるが
いろんな「声」を聞きすぎると
プロジェクトに本当に必要な事で自分しかできない事がおろそかになってしまう。

もっと自分を信じる、自分の内なる声を尊重する。
周囲の声に煩わせること無く、クライアントの価値を高めるために
自分は何をする事ができるだろうか?
自分しかできないことは何だろう?
そのことに全身全霊を注ぎ込む事でクライアントの価値を10倍にも100倍にもできると考えている。
大衆文化がどうのこうのという話じゃなし、人々をだますという話でもない。欲しくないものを欲しいと思わせる話でもない。僕らは、まず、自分が欲しいものは何なのかを把握する。そして、同じものを多くの人が欲しがるかどうか、きちんと考える事がアップルは得意なのだと僕は思う。僕らはそのプロなんだ。だから、次にブレークするものは何だと思う?って社外の人に尋ねたりしない。

スティーブ・ジョブズ驚異のイノベーションより。