自身が感じる快や愛を大切に
刻々と変わりゆく夕焼け空を
ただ黙って
家の中から見ているのが忍びなく
思わず家の外に出て眺めてみた。
その景色も空気感もとても心地よく
シアワセなひとときだった。
わたしはシアワセだと感じていても
他人には
シアワセに映らないかもしれない。
わたしにとっては快だとしても
他人にとっては
不快なことかもしれない。
またその逆も然り。
何がシアワセかなんて
どんなことが快・不快なのかなんて
人それぞれの感覚だから
結局その人にしか
分からないものだよね
という会話を
しみじみ友人と交わした本日。
やはり
自分自身が感じる快や愛を
自分自身が大切にして
過ごすことでしか
シアワセは創られない。
そして大切な人たちとは
おたがいの感覚を合わせるのではなく
それぞれの感覚を尊重し合って
共に生きていきたい。
いらぬことも、創造的なことも
閉ざされた空間の中に
ひとりで黙ったまま長くいると
どうしても
内へと気持ちが向かいがち。
ふと気を抜くと
いらぬことを考え込んでしまっていて
ぐるぐるモヤモヤしていたりもする。
そんな時、わたしは
ノートに書き出すようにしている。
頭の中のことをできるだけ全部。
書いているうちに
ぐるぐるやモヤモヤが
だいぶ整理されてきて
最後にはたいていスッキリ。
やはり書くって素晴らしい。
もちろん
思い浮かんだアイデアとか
あたたかな想いとか
たのしいことも
その都度書き出している。
そして、書き溜めては
時折それを夫に渡し
読んでもらっている。
直接は言いにくいことも
書いて伝えられることだってあるし
わたしのぐるぐるモヤモヤ具合を
そのまま知ってもらえるから
この書くコミュニケーションも好き。
だからこそ彼は
わたしの中の闇も光も
よく知っている。
こんな風に
いらぬことも、創造的なことも
全部ひっくるめて
存分に感じまくっている
そんな毎日。
ひとりで黙ったまま長くいると
どうしても
内へと気持ちが向かいがち。
ふと気を抜くと
いらぬことを考え込んでしまっていて
ぐるぐるモヤモヤしていたりもする。
そんな時、わたしは
ノートに書き出すようにしている。
頭の中のことをできるだけ全部。
書いているうちに
ぐるぐるやモヤモヤが
だいぶ整理されてきて
最後にはたいていスッキリ。
やはり書くって素晴らしい。
もちろん
思い浮かんだアイデアとか
あたたかな想いとか
たのしいことも
その都度書き出している。
そして、書き溜めては
時折それを夫に渡し
読んでもらっている。
直接は言いにくいことも
書いて伝えられることだってあるし
わたしのぐるぐるモヤモヤ具合を
そのまま知ってもらえるから
この書くコミュニケーションも好き。
だからこそ彼は
わたしの中の闇も光も
よく知っている。
こんな風に
いらぬことも、創造的なことも
全部ひっくるめて
存分に感じまくっている
そんな毎日。
最近の向き合い方
基本的にわたしは何事にも
正面から向き合うタイプ
なんだけれども
それでも向き合いきれない時
キャパを超えた時は
逃げる!…ことにしている(笑)。
見ない
聞かない
感じない
喋らない
会わない
触れない
そうやって遮断して
自分を守ることも大事。
だってムリなんだもん。
ツラいんだもん。
で、回復してきたら、また向き合う。
見てみる
聞いてみる
感じてみる
喋ってみる
会ってみる
触れてみる
それでダメだったらまた逃げる。
その繰り返し。
それが最近できるようになってきた。
そして
ひとりで抱え込むこともグッと減り
誰かに泣きついたり
誰かに助けを求めたりも
早い段階でできるようになってきた。
向き合い方とか
向き合うタイミングとか
きっと唯一無二のやり方なんてなくて
上手くいかない時
行き詰まった時には
今までやらなかった方法で
やってみるしか
ないのかもしれない。
これが最近の
わたしなりの向き合い方
正面から向き合うタイプ
なんだけれども
それでも向き合いきれない時
キャパを超えた時は
逃げる!…ことにしている(笑)。
見ない
聞かない
感じない
喋らない
会わない
触れない
そうやって遮断して
自分を守ることも大事。
だってムリなんだもん。
ツラいんだもん。
で、回復してきたら、また向き合う。
見てみる
聞いてみる
感じてみる
喋ってみる
会ってみる
触れてみる
それでダメだったらまた逃げる。
その繰り返し。
それが最近できるようになってきた。
そして
ひとりで抱え込むこともグッと減り
誰かに泣きついたり
誰かに助けを求めたりも
早い段階でできるようになってきた。
向き合い方とか
向き合うタイミングとか
きっと唯一無二のやり方なんてなくて
上手くいかない時
行き詰まった時には
今までやらなかった方法で
やってみるしか
ないのかもしれない。
これが最近の
わたしなりの向き合い方
「聴く」ということ
今日は「聴く」を意識して
過ごした1日。
外側に意識を向けると…
人の話を聴いては
目に付くもの
耳に付くもの
鼻につくもの
がいろいろとあって
それに対する
自分の反応がおもしろかった。
そこで出てきた
ざわつきみたいなものを
しっかり感じ切ってあげると
徐々に溶けて(解けて)いくのが分かって
それもおもしろかった。
一方、内側に意識を向けると…
カラダの声を聴いたり
ココロの声を聴いたり
魂の声を聴いたりしているうちに
どんどん穏やかになっていく
自分がいた。
呼吸も深く落ち着いて
とても冷静な自分を取り戻せた。
内側の声を「聴く」ことができずに
外側の声を聴いて過敏に反応しては
「話す」ことに
一生懸命になっている時
何かしらのストレスがかかっていて
まずはそれを出さずにはいられない。
内側の声を「聴く」ことができれば
外側の声を聴いても
反応することはなく
とても穏やかでいられる。
それを痛感した1日だった。
「聴く」って奥深い。
香りを聴きココロの声を聴くことの
原点を思い出せた気がする。
過ごした1日。
外側に意識を向けると…
人の話を聴いては
目に付くもの
耳に付くもの
鼻につくもの
がいろいろとあって
それに対する
自分の反応がおもしろかった。
そこで出てきた
ざわつきみたいなものを
しっかり感じ切ってあげると
徐々に溶けて(解けて)いくのが分かって
それもおもしろかった。
一方、内側に意識を向けると…
カラダの声を聴いたり
ココロの声を聴いたり
魂の声を聴いたりしているうちに
どんどん穏やかになっていく
自分がいた。
呼吸も深く落ち着いて
とても冷静な自分を取り戻せた。
内側の声を「聴く」ことができずに
外側の声を聴いて過敏に反応しては
「話す」ことに
一生懸命になっている時
何かしらのストレスがかかっていて
まずはそれを出さずにはいられない。
内側の声を「聴く」ことができれば
外側の声を聴いても
反応することはなく
とても穏やかでいられる。
それを痛感した1日だった。
「聴く」って奥深い。
香りを聴きココロの声を聴くことの
原点を思い出せた気がする。
頑なさからの解放
さみしかった。
かなしかった。
イヤだった。
許せなかった。
そんな想いを感じようとせず
言えずにぐっと飲み込んでしまう
頑なな自分がいた。
頑なさは、誰のためにもならず
自分のココロとカラダを蝕むものだ
ということを長年かけて思い知った。
今はできる限り感じたその時に
さみしい。
かなしい。
イヤなの。
と言える
以前よりも素直な自分がいる。
そして、それを言える相手
受け止めてくれる相手がいる。
ひたすら寝て過ごす入院生活は
まさに内観の日々。
今週は自分のココロの成長ぶりを
内観できた気がする。
成長したということより何よりも
ココロが楽になれてよかった。
ただただそれがうれしく思う。
かなしかった。
イヤだった。
許せなかった。
そんな想いを感じようとせず
言えずにぐっと飲み込んでしまう
頑なな自分がいた。
頑なさは、誰のためにもならず
自分のココロとカラダを蝕むものだ
ということを長年かけて思い知った。
今はできる限り感じたその時に
さみしい。
かなしい。
イヤなの。
と言える
以前よりも素直な自分がいる。
そして、それを言える相手
受け止めてくれる相手がいる。
ひたすら寝て過ごす入院生活は
まさに内観の日々。
今週は自分のココロの成長ぶりを
内観できた気がする。
成長したということより何よりも
ココロが楽になれてよかった。
ただただそれがうれしく思う。

