今回の入院の意味
なんだかふと急に
わたしの中で
強烈な「ひらめき」が起こり
そこから導かれるように調べ物をし
あちこちのブログに辿り着いては
それらを黙々と読み続けています。
正確に言うと…
赤ちゃんに導かれて
読まされているカンジ。
その中の1つのブログの1つの記事が
まさに今回の入院の意味合いだなぁ
と思ったので、ご紹介しますね。
世野尾麻沙子さんのブログより
↓▲切迫早産注意報 発令中
http://s.ameblo.jp/zushi-osan/entry-11606802457.html
わたしの場合は
昨年受けた
子宮頸部上皮内癌の切除術によって
子宮頸管が普通より短いという
物理的な要因が1番なんだけれども
ココで切迫早産の原因とされている
カラダの冷えも
ココロに溜め込んでいる
悲しみや怒りや不満や我慢も
うんうんと納得。
それにプラスして
胎児がお母さんを入院に
導いてくれてることもある
というパターンが妙に納得で
お母さんとなるわたしを休ませるため
姉となる娘やお父さんとなる夫を
鍛えるため
赤ちゃんが入院させてくれたのかも
と本気で思えますー。
わたしが十分に休み
娘や夫が十分に鍛えられたら
その時は退院できるのかもなぁ
なんて思ったり。
さてさて、どうなることやら。
わたしの中で
強烈な「ひらめき」が起こり
そこから導かれるように調べ物をし
あちこちのブログに辿り着いては
それらを黙々と読み続けています。
正確に言うと…
赤ちゃんに導かれて
読まされているカンジ。
その中の1つのブログの1つの記事が
まさに今回の入院の意味合いだなぁ
と思ったので、ご紹介しますね。
世野尾麻沙子さんのブログより
↓▲切迫早産注意報 発令中
http://s.ameblo.jp/zushi-osan/entry-11606802457.html
わたしの場合は
昨年受けた
子宮頸部上皮内癌の切除術によって
子宮頸管が普通より短いという
物理的な要因が1番なんだけれども
ココで切迫早産の原因とされている
カラダの冷えも
ココロに溜め込んでいる
悲しみや怒りや不満や我慢も
うんうんと納得。
それにプラスして
胎児がお母さんを入院に
導いてくれてることもある
というパターンが妙に納得で
お母さんとなるわたしを休ませるため
姉となる娘やお父さんとなる夫を
鍛えるため
赤ちゃんが入院させてくれたのかも
と本気で思えますー。
わたしが十分に休み
娘や夫が十分に鍛えられたら
その時は退院できるのかもなぁ
なんて思ったり。
さてさて、どうなることやら。
母の日に想った…愛し方・愛され方
愛し方って、人それぞれ。
愛する人のために
必死で与えようとする人も
愛する人のために
甘やかしてあげる人も
愛する人のために
自分を犠牲にする人も
愛する人のために
自分を大切にする人も
愛する人のために素直に生きる人も
愛する人のためにウソをつく人も
愛する人のために笑顔でいる人も
愛する人のために自分を磨く人も
愛する人のために心配する人も
愛する人のために信じる人も
愛する人のために諦める人も
愛する人のために許す人も
愛する人のために叱る人も
愛する人のために祈る人も
…実にさまざまな形で
人は皆、誰かを愛している。
自分(or相手)がしたい愛し方と
相手(or自分)が求める愛され方と
必ずしも一致しないかもしれない。
そのギャップが
問題になるのかもしれない。
それでも
その違いにこだわることなく
どんな愛し方・愛され方でも
それがその人の愛なのだと
知ってさえいれば
ただただ愛を感じ
その愛を受け取ることができるはず。
わたしはわたしが想う愛を貫いて
生きていきたい。
と同時に
受け取るすべてを愛だと感じながら
生きていきたい。
2014年、母の日に想ったこと。
愛する人のために
必死で与えようとする人も
愛する人のために
甘やかしてあげる人も
愛する人のために
自分を犠牲にする人も
愛する人のために
自分を大切にする人も
愛する人のために素直に生きる人も
愛する人のためにウソをつく人も
愛する人のために笑顔でいる人も
愛する人のために自分を磨く人も
愛する人のために心配する人も
愛する人のために信じる人も
愛する人のために諦める人も
愛する人のために許す人も
愛する人のために叱る人も
愛する人のために祈る人も
…実にさまざまな形で
人は皆、誰かを愛している。
自分(or相手)がしたい愛し方と
相手(or自分)が求める愛され方と
必ずしも一致しないかもしれない。
そのギャップが
問題になるのかもしれない。
それでも
その違いにこだわることなく
どんな愛し方・愛され方でも
それがその人の愛なのだと
知ってさえいれば
ただただ愛を感じ
その愛を受け取ることができるはず。
わたしはわたしが想う愛を貫いて
生きていきたい。
と同時に
受け取るすべてを愛だと感じながら
生きていきたい。
2014年、母の日に想ったこと。



