第四章 8
「カヲル、行きなさい。千秋と医師が待っているから」
「カヲル、行ってきて。千秋の意志を無駄にしないで」
なかなか車から出ようとしないカヲルを、雅美とヒカルは勇気づける。
「……わかった」
「すいません、よろしくお願いします」
雅美は、出迎えた看護師にカヲルを引き渡した。
「カヲル、大丈夫。終わるまでちゃんと待っているから」
病院の建物に入るカヲルの後ろ姿をヒカルは励ました。
通常、移植を行う眼球を死体から取り出すには、死後、六時間から十時間以内がよいと言われている。どうにかそれには間に合った。
普通、眼球移植の提供者は、秘密にされるのが常である。けれど、今回は千秋の遺書もあると言う事で、特別な事務手続きをし、千秋からカヲルへと移植する事が許された。
だが、臓器提供者がいくら特定人物の名前を上げて、この人物に提供したいと名乗り出ても、適合しなければ全部無駄となる。
すぐに千秋の眼球と、カヲルの肉体が適合するかどうかの検査がすぐに行われた。検査の結果は合格。手術はすぐにとりおこなわれた。
検査と手術が行われる間、ヒカルと森夫妻は待合室で待つことになった。
「もしかしたら、あの子は自分の未来がわかっていたのかもしれないね」
雅美が待合室のベンチにぐったりと座ると、少し疲れた顔をしてぽつりと言った。
「ああ、雅美さんもそう思いますか?」
「なんだ、ヒカルも心当たりがあるのか?」
「そうかもしれません。……それに加えて、人の心が読めたんじゃないでしょうか。初めて雅美さん達を尋ねた時もそうでした。私がどこに行きたいとも言わないのに、千秋は私の手を引いて、雅美さん達の所に連れて行ってくれたんです。あの時は不思議に思ったけれど、そう考えれば納得がいく」
ヒカルはあの時の事を思い出していた。
そうだ。確かに、千秋は自分は目が見えないからと、私の手を引いてくれた。もしかしたら触った人物の心が読めると言うのなら………。
ヒカルは思った。
もし、千秋が人の心が読める能力に長けていたのなら、内緒にしていたカヲルへの気持ちも、千秋にはわかっていたのかもしれない。
だとすると、カヲルの気持ちも知っていたのだろうか。
てっきり千秋はカヲルの事が好きなのだと思っていた。だからこそ、カヲル宛に遺書も残したし、移植も申し出たのだろう。
触っただけでもし心が読めるとなれば、自分とカヲルが両思いと言う事に気づいたのかもしれない。
もし、気づいたのなら、千秋は自分たちの事をどう思ったのだろう。雅美の話だと、何年も前に遺書を書いていたのだ。
自分がその日死ぬ運命だと知っていたら、普通の人間なら死なないようにしむけるだろう。
たとえばその日は絶対外出しないようにするとか、車には乗らないだとか。けれど千秋はそうしようとしなかった。むしろそうしむけたのかもしれない。
もしかして自殺?
自分達の事を知って身を引いたと考えるのは、あまりに調子がよすぎるだろうか。
そんな考えがヒカル頭をかすめたが、千秋が亡くなってしまった以上、それを確かめる術もない。
「そうか……。いい子だったのにな。無口なところはあったが、一度決めた信念はずっと通す子だったよ。寂しくなるな」
雅美はうつむいて目頭を軽く押さえる。
その背中を優しく夫である清一が包んだ。
「でも、カヲルの目として生きていけるのなら、千秋も本望ではないでしょうか。きっと千秋にはその運命もわかっていたのだと思います」
「そうかもな。無事、手術が終わるといいな」
三人はせめて手術が無事に成功しますように。と、願わずにはいられなかった。
to be continued……


