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一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

第四章 8


「カヲル、行きなさい。千秋と医師が待っているから」

「カヲル、行ってきて。千秋の意志を無駄にしないで」

なかなか車から出ようとしないカヲルを、雅美とヒカルは勇気づける。

「……わかった」

「すいません、よろしくお願いします」

雅美は、出迎えた看護師にカヲルを引き渡した。

「カヲル、大丈夫。終わるまでちゃんと待っているから」

病院の建物に入るカヲルの後ろ姿をヒカルは励ました。

 通常、移植を行う眼球を死体から取り出すには、死後、六時間から十時間以内がよいと言われている。どうにかそれには間に合った。

普通、眼球移植の提供者は、秘密にされるのが常である。けれど、今回は千秋の遺書もあると言う事で、特別な事務手続きをし、千秋からカヲルへと移植する事が許された。

だが、臓器提供者がいくら特定人物の名前を上げて、この人物に提供したいと名乗り出ても、適合しなければ全部無駄となる。 

すぐに千秋の眼球と、カヲルの肉体が適合するかどうかの検査がすぐに行われた。検査の結果は合格。手術はすぐにとりおこなわれた。




検査と手術が行われる間、ヒカルと森夫妻は待合室で待つことになった。

「もしかしたら、あの子は自分の未来がわかっていたのかもしれないね」

雅美が待合室のベンチにぐったりと座ると、少し疲れた顔をしてぽつりと言った。

「ああ、雅美さんもそう思いますか?」

「なんだ、ヒカルも心当たりがあるのか?」

「そうかもしれません。……それに加えて、人の心が読めたんじゃないでしょうか。初めて雅美さん達を尋ねた時もそうでした。私がどこに行きたいとも言わないのに、千秋は私の手を引いて、雅美さん達の所に連れて行ってくれたんです。あの時は不思議に思ったけれど、そう考えれば納得がいく」

ヒカルはあの時の事を思い出していた。

そうだ。確かに、千秋は自分は目が見えないからと、私の手を引いてくれた。もしかしたら触った人物の心が読めると言うのなら………。

ヒカルは思った。

もし、千秋が人の心が読める能力に長けていたのなら、内緒にしていたカヲルへの気持ちも、千秋にはわかっていたのかもしれない。

だとすると、カヲルの気持ちも知っていたのだろうか。

てっきり千秋はカヲルの事が好きなのだと思っていた。だからこそ、カヲル宛に遺書も残したし、移植も申し出たのだろう。

触っただけでもし心が読めるとなれば、自分とカヲルが両思いと言う事に気づいたのかもしれない。

もし、気づいたのなら、千秋は自分たちの事をどう思ったのだろう。雅美の話だと、何年も前に遺書を書いていたのだ。

自分がその日死ぬ運命だと知っていたら、普通の人間なら死なないようにしむけるだろう。

たとえばその日は絶対外出しないようにするとか、車には乗らないだとか。けれど千秋はそうしようとしなかった。むしろそうしむけたのかもしれない。

もしかして自殺?

自分達の事を知って身を引いたと考えるのは、あまりに調子がよすぎるだろうか。

そんな考えがヒカル頭をかすめたが、千秋が亡くなってしまった以上、それを確かめる術もない。


「そうか……。いい子だったのにな。無口なところはあったが、一度決めた信念はずっと通す子だったよ。寂しくなるな」

雅美はうつむいて目頭を軽く押さえる。

その背中を優しく夫である清一が包んだ。


「でも、カヲルの目として生きていけるのなら、千秋も本望ではないでしょうか。きっと千秋にはその運命もわかっていたのだと思います」

「そうかもな。無事、手術が終わるといいな」


三人はせめて手術が無事に成功しますように。と、願わずにはいられなかった。



to be  continued……








第四章 7


「カヲル、行きなさい。千秋と医師が待っているから」

「カヲル、行ってきて。千秋の意志を無駄にしないで」

なかなか車から出ようとしないカヲルを、雅美とヒカルは勇気づける。

「……わかった」

「すいません、よろしくお願いします」

雅美は、出迎えた看護師にカヲルを引き渡した。

「カヲル、大丈夫。終わるまでちゃんと待っているから」

病院の建物に入るカヲルの後ろ姿をヒカルは励ました。

 通常、移植を行う眼球を死体から取り出すには、死後、六時間から十時間以内がよいと言われている。どうにかそれには間に合った。

普通、眼球移植の提供者は、秘密にされるのが常である。けれど、今回は千秋の遺書もあると言う事で、特別な事務手続きをし、千秋からカヲルへと移植する事が許された。

だが、臓器提供者がいくら特定人物の名前を上げて、この人物に提供したいと名乗り出ても、適合しなければ全部無駄となる。 

すぐに千秋の眼球と、カヲルの肉体が適合するかどうかの検査がすぐに行われた。検査の結果は合格。手術はすぐにとりおこなわれた。

ほんの数時間ほど前まで、一緒にいたのに。もしかしたら自分が原因なのだろうか。あのとき自分と喧嘩しなければ……。

一瞬のうちに、いろんな悪い事ばかりがカヲルの頭の中をぐるぐると回る。

「カヲル。聞いているか?」

何度か雅美がカヲルと大声で電話口で叫ぶと、やっとその声に思考を引き戻された。

「……はい、聞いています」

「千秋からな、カヲルに遺言があるんだ」

「遺言?」

「ああ、自分の眼球をカヲルに移植して欲しいと」

「移植?」

「とにかく今からすぐそちらに迎えにいくから。そこで待つように」

雅美の電話はそこで切れた。

それからしばらくすると、森夫妻が車で迎えにやって来た。すぐにヒカルとカヲルは同乗し、近くの病院へと向かった。

「雅美さん、どうして千秋は?」

車に乗るなり、カヲルは雅美に問いただした。

「交通事故だったらしい。でも、もしかしたらそうじゃないかもしれん」

「さっき電話で遺言と言っていましたよね。どういう事なのですか?」

「遺言は点字で書かれたものだった。書いたのは今から五年も前の事だ。私が千秋から預かっていたんだ。もし、千秋がここにいる間、死ぬような事があったらと」

「五年も前に?それじゃまだ、たかだか千秋が十三か十四歳の頃の話じゃないですか」

「そうなるね」

「雅美さん、さっき交通事故といいましたね?千秋はどこで事故にあったんでしょうか?」

「ヒカルから二人を捜しにゆく話を聞いて、私もすぐに動ける職員を手配して、施設の中や駅か施設までの道のりを探すようたのんだんだ。だが彼女は見つからなかった。今夜は台風だし、夜も近づいている。そろそろ警察に連絡をした方がいいかと思っていた所に連絡があってな。横断歩道でもないところを、ふらふらと道に入り込んできたらしい。即死だったそうだ」

「ああ……」

それを聞いて、ヒカルとカヲルは絶望的な声を上げた。悲しい視覚障害者の運命なのかもしれない。

車の往来の激しい道路よりも、むしろ滅多に車が通らない道路の方が実は危険な事が多い。

視覚障害者は目は不自由でも、音は聞こえる。車の往来が激しい道路ならば常に車の音、気配がするので、気をつけようとするが、滅多に車が通らない道路だと、車の気配を察知するのは難しい。特に今夜のような台風の荒れた天気だと、余計な雑音も多く、わかりづらいものである。

「雅美さん、さっき言っていた遺書の内容は?」

「それがな……不思議なんだ。私も遺書と言って手紙を預かったのは随分前で、最初は忘れていたんだ。ダンナに言われてやっと思い出して封を切ってみると、不思議に日付や自分がどんな方法で命を落とすかまで書いてあった。きっと私は即死のはずだから、私の眼球を、カヲルに移植してくれと。そうすれば自分は死んでしまっても、カヲルの目となって生きることができるからと」

「千秋……」

雅美が二人に説明をしているうちに、車は目的地である病院に着いた。

病院の入り口では、すでに、雅美から連絡を受けた看護師達がカヲルの到着を待っていた。




to be  continued……

TROIS トロワ/石田 衣良
¥1,575
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トロワを読みました。

恋愛小説なのですが、石田さん、佐藤さん、唯川さんの3人の共作。

響樹を石田さん、11歳年上の恋人、季理子を唯川さん、その間に入る歌手希望のエリカを佐藤さんで綴るリレー方式。

賛否両論ある作品のようですが、私は楽しめました。


響樹は元ロックベーシストで作詞家を生業としている。お金もちで売れっ子エスティシャンの季理子と、8年も恋人の関係を続けている。

友人の紹介で、銀座でホステスをやっていたエリカと響樹は出会い、歌手を夢見るエリカをデビューする事を思いつく。

響樹がエリカをプロデュースし、季理子がエスティシャンとして、エリカの女に磨きをかけてゆく。


設定としては面白かった。

敵対する女を、綺麗にし、自分が愛してやまない年下男にかっさられていく流れは、いじらしい。

でも、季理子はちょっといい子すぎないかー?

別の言い方をすれば、大人すぎる。

普通、もっと嫉妬とかねたみとか、ドロドロするものじゃないのかな。

まあ、年齢が自分と近い分、共感できるところは多々ありましたが。

しかし、11歳年下の彼氏か。ウラヤマシイ!!

こういう恋があってもいいのかな。

恋をしたくなる本です。

それにはまず自分を磨かなくっちゃね。

創るセンス 工作の思考 (集英社新書 531C)/森 博嗣
¥735
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久しぶりに森さんの本を読みました。

「自由をつくる自在にいきる」の続くエッセイ本の第二弾らしいですが、私はこれしか読んでいません。

2冊とも読んだら、もう少し感想も変わるかも。


啓発書とか、ビジネス書のような部分もありますが、大きいくくりでいうとエッセイ本になるのかな。

私にとっては啓発書が占める部分が多く感じられました。


確かに本書でかかれている通り、今の子供は工作をまったくというほどしなくなったんでしょうね。

これは少年だけでなく、少女も同じだと思います。

工作といって、かならずロボットや飛行機、車なんかばかりじゃないと思います。

お裁縫が特別得意じゃない私でも、私が子供の頃は、暇だと家にある布きれをみつけて、巾着袋を創ってみたり、見様見真似でお菓子もどきや創作料理を創ってみたりしたもんなぁ。

創りながら完成を想像するのも楽しいし、その通りできなくても、その途中経過が楽しかった。

今は100円ショップに行けば大概の小物袋は売っているし、お菓子だってスーパーに行けば安価でお菓子は売っているもんね。


ウチにも娘3人いますが、私以上にお裁縫をしないからか、布きれ渡して何か創る? と聞いても、まず想像できないみたい。

完成品が頭で想像できないと、創れないんだなーと、うっすら思っていましたが、まさにこの本を読んでその通り!と納得してしまいました。

つまりは完成品を想像できる力があるかないかが、センスなんでしょうかね。

私はそう受け取りました。


余談になりますが、大好きなコミック「鋼の錬金術師」に出てくるエルリック家の図面をCADで描いて、模型創ったことがありました。

あの時はすごく楽しかった……!!

まあ、趣味と仕事の実益があるから出来たともいえるんでしょうが、(普通の人は想像して図面画けないし;苦笑)途中経過が楽しくて仕方有りませんでした。

うん、やっぱり創作は楽しいね!

文章を作る創作も楽しいです。

第四章 6


ヒカルはすぐにカヲルの手を取った。

同じようにカヲルの手のひらに指文字をつづる。

「わ」

「た」

「し」

「も」

「え?」

「わからなかった?」

「ヒカルさん……?」

まさかヒカルから返事が返ってくるものと思っていなかった。

「わからないのなら、これでどう?」

ヒカルはカヲル顔を自分の方に向けると、カヲルの唇に自分の唇を重ねた。

ゆっくりと。

やさしく。

カヲルもまたヒカルにキスをした。

もう……どうでもよかった。

相手が障害者でも、健常者でも。

弟に似ていても、似ていなくても。

目が見えても、みえなくても。

二人でいる事ができるのなら。それでいい。

ずっと一緒にいれれば、それだけで幸せだ。


 いつもまでも二人で幸せをかみ締めていたかったけれど、ずぶ濡れのヒカルの様子を察して、とりあえず一度施設に戻ろうと言う話になった。

あたりはすでに夜になっていたし、目の見えないカヲルを連れて千秋が探すのは、かなり難航するとの判断だ。

二人で電話のある場所へ行き、雅美にカヲルと合流できたと連絡をした。

「雅美さん、ヒカルです。無事にカヲルと合流できました」

「ヒカルか?よかった。連絡を待っていたぞ」

「すいません、ご心配かけました」

「では、今、カヲルと一緒なのだな?」

「はい、一緒です。今、駅前にいます」

「ならいますぐ迎えにいくから、そこを動くな」

「迎えに来てもらえるのですか?」

「ああ。今からお前達を連れて病院に行く」

「病院?」

「落ち着いて聞いてくれ。実は千秋がな……」

「千秋がどうかしたのですか?」

電話口でヒカルと雅美の話を聞いていたカヲルが、千秋の名前を聞いて身を乗り出してきた。

「ああ……千秋が事故で亡くなった」

「ええ!」

ヒカルは返事をしなかった。受話器を持ったまま、固まっている。

「どうしたんです? ヒカルさん」

受話器からは雅美の「ヒカル!」という怒鳴り声がかすかに聞こえる。ヒカルのただならぬ反応に驚いて、声をかけるが、カヲルの声にも反応しない。見かねたカヲルがヒカルから受話器を奪い、雅美に話しかけた。

「すいません、カヲルです」

「カヲルか?」

「ヒカルはどうした?」

「なんか固まっているんです。何かありましたか?」

「ああ……お前も落ち着いて聞いてくれ。実はな。千秋が事故で亡くなったんだ」

「……そんな」

カヲルは雅美からの連絡を聞いて、一瞬頭が真っ白になった。



to be  continued……

第四章 5



「ヒカルさん……」

カヲルは冷たくなったヒカルの手に、自分の手を重ねた。

「ヒカルさん。迷惑だなんて……」

「この眼をカヲルあげる」

「ヒカルさん?」

「私はカヲルの事、弟だと思っていないよ。もし、私の目が見える事で、カヲルと弟を比べていると気にするのなら、私は一生目が見えなくてもいい。私の眼球をカヲル移植すれば、カヲルが見えるようになるんでしょう? カヲルが欲しいというのなら、私はなんだってやる。目だってなんだってくれてやる。私の目がみえなければ、私はカヲルの顔を見て、弟と比べる事もないでしょ?私にとって姿はどうでもいいの。瞳をとじていても、カヲルの姿はきっとかわらないよ。そんなの、瞳をとじて、心の瞳をあければいいだけだから」

「ヒカルさん……」

カヲルはその言葉を聞いて涙を流した。

この人は、ぼくの事を……。

そう考えたらカヲルは嬉しくて。

胸が熱くて。

ヒカルの事が愛しくてたまらない。

これだけ自分の事を思ってくれるヒカルには、せめて自分の正直な気持ちを伝えたい。

  ゆっくりとわかりやすいように。

ヒカルの表情はわからないけれど。一生、伝えるつもりはなかった言葉だ。

カヲルは自分の頬にあてたヒカルの手を取ると、手のひらに指文字を書いた。


「す」

「き」

「で」

「す」


自分は全盲をかかえる障害者で、ヒカルは健常者だ。

もちろん、ヒカルが自分の為に、目の移植を申し出てくるのはとても嬉しい。けれどその気持ちだけで十分だ。ヒカルの気持ちに報いたくて自分の気持ちを伝えてしまったけれど。カヲルは不思議に後悔はしていなかった。

これで二人の関係がうまくいかなくてもそれはそれで仕方がないし、自分はあと一年で施設を出て行くと言う都合もあったのかもしれない。


to be  continued……

第四章 4



遠巻きに抱き合う二人を、通りすがりの人が怪訝そうに眉をひそめて通り過ぎる。

千秋は周りの状況は見えないから、そんな様子はわからないものの、目の見えるヒカルは、周りの状況が見えるからこそ、恥ずかしさで頭が一杯になった。

「………」

「ヒカルさん?」

「ああ……ごめん。ここは場所が悪い。人通りが多すぎる。私達は邪魔みたい」

ヒカルはカヲルの手を引くと、駅の外れのベンチまで連れていった。

「ここで少し待っていてくれない? ちょっと私一人でこの周りを見てくる。ついでに雅美さんにも連絡しないと」

「すいません。僕が黙って出てきたからですね」

「カヲルが心配する事はないよ。私だって黙って出てきたわけだから」

ヒカルがその場を立ち去ろうとすると、カヲルがヒカル手をとった。

「ヒカルさんは、僕が弟さんに似ているから探しにきてくれたのですか?」

「え?」

「ヒカルさんは……僕が邪魔?」

「カヲル……」

「はっきり言ってください。僕が足手まといだと」

「なんでそんな事をいうの?」

「僕は目が見えない。ヒカルさんが僕に優しいのは、仕事として介助してくれているのもだけれど、僕が弟さんに似ているからでしょう? 仕事に徹してだけヒカルさんは僕に接してください。そうすれば僕だってそれ以上……」

そう言いかけて黙りこむ。

カヲルはその先の言葉を継げなかった。継げる必要がないと判断したからだ。

続けたところで、ヒカルを困らせるだけだ。

現に今だって、自分を探しにここまで来てくれた。それでもう十分ではないか。

自分はヒカルに何を期待しているのだろう。

自分の気持ちをヒカルに伝えたところで、迷惑をかけるし、この先、障害者と介助者の立場が、うまくいくものかわからない。

カヲルはそう考えると辛くなって、顔を横に背けた。

「カヲル……こっちを見て」

ゆっくりとカヲルの手が、自分の頬を触る。

冷たい手だ。

すでに雨で体が冷え切っているのかもしれない。

「なんで……そんな事を言うの……? 私がカヲルの事を考えては迷惑?心配したらだめなの?」

「ヒカルさん……?」

「私がカヲルの事を思ったら……」

横を向けたカヲルの顔を、ヒカルはゆっくりと自分の顔の正面に向ける。

「……迷惑?」

ヒカルはカヲルの頬を両手で包む。

瞼に自分の唇を重ねた。

寒さで少し唇が震えている。

もしかしたら緊張して震えているのかもしれない。

ヒカルにキスをされた瞼がほんのり温かい。

カヲルは夢をみているようだった。


to be  continued……



第四章 3




実際そうした方がよいのかもしれない。

最後の手段はそうするしかないのだが、きっと交番に行けば自分もすぐ施設に連絡されて、お送り戻されるだろう。

できれば自分の手で千秋を探したかったし、喧嘩の原因は自分だと言う事もカヲルは身にしみてわかっていたので、ギリギリまで頑張って探してみるつもりだった。

だが、天候のせいか、誰も自分の話をろくに聞いてくれない。

街は人が多いせいか、道をゆくのでも、自分はよけたつもりでも、他の人がぶつかってくる。全部よける事は、かなり神経を張り巡らしていないと無理だった。

こんな時にヒカルが側に居てくれたら。

ふとヒカルの暖かな手の感触と、笑い声が耳によみがえった。

ヒカルに会いたい。会って、ただぎゅっと手を握り締めて欲しい。そうすれば、こんな不安な気持ちも、きっと大丈夫なはず。

だが、自分から黙って施設を出てきてしまったのだ。ここにヒカルは居ない。それよりも早く千秋を探さなくては。

今度は駅の方で、人に聞いてみようと思った時だった。

「カヲル!」

聞き慣れた声がする。この声は……空耳?

「カヲル!」

再び自分の名前を呼ぶ声がする。声のする方に顔を向けると、ヒカルが背中にぶつかってきた。

「や、やっと見つけた……」

「ヒカルさん!どうしてここが?」

「カヲルの姿が施設で見かけなかったから。探したんだよ。千秋も一緒?」

「いいえ、千秋はまだ見つからないんです」

「こころあたりは?」

「それが……どこも思い当たらなくて」

「じゃ、カヲル一人でどうやって探すつもりだったの?」

「人に聞けばわかるかと……」

「馬鹿!」

ヒカルはカヲルを怒鳴りつけた。

「カヲル、もし悪い人に嘘をつかれてどこか連れてでもしたら、どうするの?なんで一人で探そうとするの?そんなに私は信用がない?お願いだから、私に黙って居なくならないで!」

ヒカルは半分怒りながら、カヲルを後ろから抱きしめた。

やっと見つけたという安心感と、自分を無視されたという気持ちがヒカルをそうさせたのかもしれない。

「ごめん……ヒカルさん……」

カヲルはヒカルに向き直ると、しっかりとヒカルを抱きしめた。抱きしめると、ヒカルのシャツはずぼ濡れ、ズボンもすっかり濡れている。

「ヒカルさん、濡れているじゃないか」

「だってこの雨の中、傘は役にたたないから」

「それより、早く千秋を見つけて帰ろう」

「そうですね。早くしないと台風も酷くなる」

二人は意見がまとまって落ち着くと、急に回りの視線が気になり始める。台風の前で、人通りは減っているものの、ここは駅前だった。



to be  continued……



3月のライオン 4 (ジェッツコミックス)/羽海野 チカ
¥510
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ううう。新刊だからか、まだ密林の画像がないよ……!

3月のライオン最新刊、4巻を読みました。


*以下、ネタばれ注意!


今までのお話。

桐山零は中学時にプロ棋士になった現在17歳の高校生。

幼い時に両親を事故で亡くし、プロ棋士の幸田家に引き取られ将棋を習うが、幸田家の子供をさしおいて、将棋の才能があると認められる事に堪えられなくなり、一人暮らしを始める。

慣れない一人暮らしで、三人姉妹と出会い、自分の居場所をみつけるが、義姉が突然零の前に現れる。



この物語、なんだか零くんの可哀想な身の上話と、プロ棋士の厳しい勝負の世界の狭間で、読んでいて苦しいなーと思いつつ、なぜか続きが読みたくなってしまいます。

三人娘のれい、ひな、モモちゃんが程よく癒してくれるからでしょうかね。

零くん、成長してるなぁ。(しみじみ)

1年遅れで高校に入り、対局の為に出席日数と格闘しながら、高校生活もこなしてる。健気だよ~。

今回は島田八段と宗谷名人の対局のシーンがメインですが、なぜかヒカ碁を思い出してしまったよ。

将棋も研究会とかあるんだね。

囲碁と変わらないかも。

今後、この分だと、零ちゃんは宗谷名人と対局する事になるんでしょうかね。


毎回、先崎学の将棋コラムがエピソード末にありますが、将棋がわからない人でもこれを読むとちょっと判るかも。そのうち将棋盤も買うハメになるのか?(実はヒカ碁にハマり、碁盤と碁石も買った私:苦笑)

将棋と零くんの成長も魅力ですが、家庭環境が複雑なのも、この物語の魅力の一つ。

どうも、最近、義姉と弟とか、義父と娘とかのワードに弱いんだよねぇ。

今後の物語の行く末が楽しみです。

第四章 2


 ヒカルは施設を出て、敷地内を探してみた。広場、学校、体育館、校庭……。

まず、建物はどこも厳重に鍵がかかっていたし、不法者進入防止のセンサーも機能していたようなので、建物内部に進入すれば、警告音とともにすぐにわかる。その警告がしないと言うことは、建物外部に二人はいるはずだ。そう考えて、校庭や広場など探してみたが、二人の姿はどこにもなかった。

もしかしたらすでにこの敷地をでたのかも。そう考えて、ヒカルは守衛室まで足をのばしてみた。

守衛をしている松田に聞けば、誰か出て行ったのか、わかるかもしれない。

ヒカルは守衛室まで行ってみたが、すでに松田の勤務時間を過ぎており、誰もいなかった。玄関の門も堅い錠がかけられており、閉じられたままだ。あたりは段々と暗く、段々と雨風も激しくなっていく。横殴りの雨が、傘でさしきれていないヒカルのズボンやシャツを容赦なく濡らす。すでに、傘の役目はしていない。

迷っている暇はなかった。これだけ探してもいないのなら、外に出たのかもしれない。

松田に連絡して、門の鍵を開けて貰えばよいのかもしれないが、そんな時間さえ惜しくてたまらない。

ヒカルは一旦、傘を閉じて門の外へ向かって投げ捨てると、鍵のかかった青銅の門をよじ登って敷地の外へ出た。

出るとすぐに、先程外へむかって投げた傘握りしめる。

(待ってて…)

ヒカルは一本しかない街へ向かう道を走り始めた。



 

この施設は山の中腹にあった。施設から街への道は、一つしかない。

バス停は所々にあるものの、利用する者は、まばらに住む地元の住民達で、さすがにこの台風ではバスを利用して街へ出ようとする者も居ないようだった。

下り道にある、何カ所かのバス停の側を通り過ぎる際、時刻表を見て回ったが、時刻になってもバスがくる様子も、バスとすれ違うような事もなかった。もしかしたらこの台風の影響で、すでに欠便となっているのかもしれない。

こんな中、二人は大丈夫だろうか。

風が強くなってくる。小柄なヒカルが傘をさしていると、煽られるようで足元がふらつく。ふらつくまいと、傘は閉じて、少し前屈みにならないと前には進めない。

二人とも目が不自由なのだ。こんな荒れた天気だと、周りの様子をうかがうのも苦労するだろう。

どうか無事にいて。

ヒカルは祈る気持ちで、悪天候の中、足を前へと進めるしかなかった。




ヒカルが二人を捜しにゆく、二時間程前の事だった。

千秋を探しに出かけたカヲルは、バスで街へ出た。

探すあてはなかった。考えたら千秋も自分も、あの施設から出た事があるのは、そう多くはない。

けれど、たぶん自分が千秋だったら、カヲルもヒカルも居ない所へ行きたいと思うと考えるだろう。

習慣とは恐ろしいもので、千秋は律儀に不在のプレートにしていた。きっと施設を出るのなら、街に出るしかないだろう。そう思って来てみたけれど。

カヲルが街についた辺りから、台風の兆候のあった天候は段々と酷いものになり、傘をもっていなかったカヲルは、慌てて雨宿りのできるような場所を探した。

こんな時、自分の目の不自由さを思い知る。天候が悪くなるのさえ、空の様子がわからない自分は、傘を準備する事さえできない。

それでも普段のカヲルなら、風や気温を注意深く探る事はできただろう。

しかし、今日は千秋の事が気になって、とてもそんな所ではなかった。きっと千秋も傘がなくて困っているはず。早く探さなくては。

カヲルはとにかく誰かに尋ねてみようと、側にいる人に声をかけた。

千秋の特徴をいい、女の子を知りませんか?と尋ねても、誰も知る人はいなかった。

天候の悪い中、みな家路を急ぐ人ばかりで、困っているなら交番に行きなさいと言われる事も多かった。


to be  continued……