一期一会 -23ページ目

一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

珍しく今日はブログネタです。


ミステリーズ! 新人賞の一次通過が発表になっていました。

応募数496作品のうち、一次通過は60作品。

ダメだろうな~。結果発表をチェックしてみたら、一次通過してました。


わーーい!!


一次通過で嬉しがっているようじゃ、まだまだなんでしょうけど、やっぱり嬉しいものです。

さて、二次はどうかな……。

これからがなかなか進まない。(自信ナシ)

今までも他の公募で一次は通過しても、この先がねぇ。

プロの道は厳しいです。


小説推理にも応募していまして、中間発表が7月号に載っているようなのですが、書店回っても雑誌が売ってない!!(一応、東京なんですが)

仕方なく、密林で取り寄せることに。

こっちもwebで発表してくれればいいのになぁ。




第二章 3


 グランドピアノが二台おいてある練習室にくると、ルイズはオスカーとアルフォンスをピアノの前にすわらせた。

「なんでもいい。まずは何か私に聞かせてくれ」

 まずは二人のピアノの腕を見ようとでも言うのだろうか。ルイズはピアノを弾くよう言い渡した。

 オスカーとアルフォンスは、緊張しながらどちらともなく視線を送る。それを促すようにルイズが言った。

「じゃ、最初はオルカーから」

 オスカーは軽く頷くと、背筋をのばして椅子をひき、黙って座った。ピアノの前で軽く指をマッサージする。遠くから、レッスンしているのかピアノの音がした。

 オスカーはゆっくりと鍵盤の上に指を重ねると、一呼吸大きく深呼吸し、息を吐くと同時にピアノを弾き始めた。

ダイナミックな音をひびかせたと思ったら、非常にこまやかな十六分音符の連打。心地よい響きと共に、非常にデリケートな旋律がオスカー指から奏でられた。

曲目はショパンの練習曲十二番、ハ短調「革命のエチュード」

アルフォンスも好きな曲の一つだ。オスカーの小さな体を一杯につかって表現するショパンは、とても激しく美しかった。

こんな演奏をする人がいるのか。

ピアノがまるで自分の体の一部のようだ。ぞくぞくと鳥肌がたつ。流石に最年少でこの大学の編入試験にパスしたことだけはある。アルフォンスは、感受性の強い弾き方をするオスカーのピアノに感銘を受けていた。

「……なるほどな」

 オスカーがピアノを弾き終わると同時に、ルイズが感慨深そうに言った。

アルフォンスは何か言葉をかけようとも思うが、うまく表現できなかった。自分ではこんな風には弾けない。悔しいけれど、認めざる終えない事実だ。

 オスカーのピアノの実力は自分より上だと認識すると同時に、彼の腕に嫉妬を覚えずにはいられない。けれど、すくなからず自分にも意地もプライドもある。アルフォンスはぎゅっと唇をかみ締めた。

「じゃあ、次はアルフォンスだな」

「はい」

 オスカーの隣のピアノにスタンバイし、背筋を伸ばすと、ゆっくりとアルフォンスはピアノの鍵盤を奏で始めた。

 曲目はモーツアルトのピアノ協奏曲第二十三番イ長調「アダージュ」

 モーツアルトの作曲したピアノ協奏曲でも人気の曲の一つだ。アルフォンスの優しい性格がにじみ出るような、落ち着いたピアノの音色。

激しく、情緒的なオスカーのピアノとは正反対だが、優しく、聞く人を心地よくさせ、音の一つ一つが輝いている。

アルフォンスは心を込めてピアノを弾き終えた。

すっと鍵盤から腕を下ろす。ふっと緊張の糸がとぎれ、辺りを見回すと、オスカーの瞳とぶつかった。

 オスカーは空色をした瞳を大きく見開いていた。

「ほう……悪くない」

 これは褒め言葉として受け取ってもよいのだろうか。

 アルフォンスが喜んでいいものか不安になっていると、ルイズが口を開いた。

「さて、二人の演奏は聴かせてもらった。二人とも指導のしがいのある学生だな。課題曲はこれだ」 

ルイズは先程持ってきた楽譜の束から抜き出すと、二人に配った。曲目はシューベルトのピアノソナタ第十六番イ短調だった。

「自由曲はどうする? 何か弾きたい曲はあるか? なければ今日の演奏を参考に、私が決める」

 オスカーとアルフォンスは無言で視線を合わせた。

 自由曲ぐらいは、できれば自分で決めたい。

「今決めないとダメですか?」

 アルフォンスが尋ねると、イズミは「出来るだけ早く決めてくれ。早く決まればそれだけ練習時間がとれる」とだけ言い渡す。

「わかりました。今週中には決めます」

 アルフォンスが返事すると、オスカーも「決めたら連絡する」と付け加えた。

「とにかく課題曲は決まっている。次回来る時は、少なくとも暗譜して来い。では、今日のレッスンはこれまで」

 ルイズはピシャリと言うと、練習室を後にした。


to be  continued……


第二章 2


「初めまして。アルフォンス・シュバッツです。よろしくお願いします」

 ルイズの噂はアルフォンスの耳にも届いていたので、アルフォンスは緊張しながらルイズ教官の部屋を訪れた。

 挨拶をして顔を上げると、目の前には黒髪をドレッドスタイルまとめたルイズが、脚を組んでソファに座る姿があった。

「よく来たな。こちらこそよろしく」

 ルイズはよく届く声で返事をすると、握手を求めて右手を差し出した。女性だというのに大きな手。少し角張ってはいるが、柔らかい。どことなく田舎にいる母の事を思い出させた。

「あと一人やってくるはずなんだが……遅刻か?」

ルイズは、左腕にはめたアンティークものの小さな時計を、目を少し細めながら眺め、ソファから立ち上がった。

 どうやら自分の他にも学生が来るらしい。よかった。仲間がいる。

 アルフォンスは胸をなで下ろすと、余裕ができたのか教官室をそっと見渡した。

 小さい部屋だが、無駄なものが何一つない。壁側に沿って備え付けしてある本棚はきちんと片付けられていて、部屋の真ん中にあるデスクの上には、写真たてがいくつか並べられていた。

写真には、ルイズと大男が笑って写っていた。怖そうに見えるが、この人はこんな風に笑うのかと思うと、今まで怖い人だけに思えたルイズの印象も若干違ってみえる。

もしかしたら怖い人だけでない人なのかもしれない。アルフォンスが少し頬をゆるめていると、時計を気にするルイズと目があった。少しだけバツが悪い。なんだか部屋を見渡すのも、悪行をしているような気がしてくる。自然に背筋がピンとたった。

「どうした?緊張しているのか?」

 ルイズに言われ、アルフォンスが返事をしようとすると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。

「すいません。遅くなりました」

 ルイズがノックの返事をする間もなく、いきなりドアが開いたと思ったら、学生が一人、部屋にかけ込み、ぺこりと頭を下げていた。

 どうやらこの学生が、ルイズのお待ちかねの学生らしい。

「初日から遅れるとは、いい度胸だな」

 威厳のある声で言われると、言われた側は余計に恐縮してしまう。

よほどルイズが怖いのだろうか。学生はじっと頭を下げたまま、頭を上げようとはしなかった。

やはり噂に聞く通り、ルイズは『鬼教官』なのかもしれない。約束した時間を守れないのは悪いが、遅れた者に同情しないでもない。

「遅れた理由を聞こうか」

 ルイズが腕組みをして言うと、学生は下げた頭をゆっくりと上げた。

 栗色の髪を後ろで一つに束ねている。長い髪が、肩からすべり落ちて頬を隠した。

あれ? この髪型は――。

アルフォンスは目の前の学生に心当たりがあった。もしかして、学生はオスカーか?

顔を上げたとたん、確信に変わった。

 なんとゆう偶然だろう。お互い同じ大学の同じピアノ専攻だからそのうちどこかで会うことになるかもしれないと思っていたが、講師が同じ担当だとは。

アルフォンスはオスカーと再び会えたと嬉しく思った。

「遅れたことに言い訳はしません。すいませんでした」

 オスカーは顔を上げ、ピシリと言うと、まっすぐな瞳でルイズに謝罪した。

「そうか。以後気をつけるように。じゃあ、これで二人そろったな。私がお前達の担当になったルイズ・カーティスだ。よろしく」

 ルイズはにっこり笑った。

 スパルタで通っているイズミの事だから、どんなお仕置きがあるのかと思いききや、案外あっさり許すあたりは少し拍子抜けした。

オスカーは軽くルイズにおじぎをすると、アルフォンスに視線を送った。

「お前……ここの学生だったのか」

オスカーはアルフォンスの顔を見て驚いているようだ。自分を覚えていてくれたのだと思うと、悪い気はしない。

「ええ。まあ」

 会話を聞いたルイズは明るく言った。

「なんだ、二人は知り合いか? ならば自己紹介はいいな。すぐに練習室にいくぞ」

 ルイズは机の上の楽譜の束を手に取ると、先頭をきって教官室を出て行った。



to be  continued……


第二章 2


   1

学内コンクールの開催が正式に発表になってからと言うもの、学園内の学生達は、にわかに活気づいたように見えた。なにしろ優勝者には国際コンクールの出場権も与えられるのだから、注目しないわけにはいかなかった。学生はみな自分の未来を描いて、力がはいるのも頷ける。

 コンクールは、毎年、二日間に渡って行われる。

一日目。出場者はそれぞれ課題曲と自由曲の二曲を弾き、審査員により一次、二次審査がありその中から最終選考で三名選ばれる。

二日目には、その三名の中から審査員と一般客の投票で優勝者が決まるのだ。

 教える講師側も、学生側も、課題曲の発表はいつかと首を長くし、自由曲は何にしようか悩む日が続く。

 優勝者を出した講師側も、すくなからず名前が知られ、来年のゼミ希望者や弟子募集に有利になる事は確かだったし、学生側の間でも、今まで優勝者を数多く出した講師に付くのがコンクールに有利になるのでは? との噂が飛び交っていた。

 アルフォンスもコンクールに出るか迷ったあげく、ダメで元々だと応募することにした。

 それにはいつもの練習に増して練習が必要だ。

アルフォンスは、オスカーの件はどうにかしてあげたいと思いつつ、コンクールの事で余計に忙しくなり、そのうち彼の事は頭の片隅に追いやられていた。

一方、オスカーの姿も大学の校内でも、バイト先の店でもあれ以来、見かけなくなっていた。

アルフォンスのピアノの講師は、ルイズ・カーティスという中年の女性だった。噂では今まで何度も優勝者を出した経験があり、去年ルイズの教えた学生が優勝したと聞いていた。

学内でも人気講師の一人だったが、必要以上にスパルタな教育方針が有名で、ルイズに講師を願い出てもあまりのスパルタぶりについゆけず、三ヶ月もしないうちに担当を換えて欲しいと、学部長に願い出る学生がほとんどで、中には必要以上に自信喪失し、大学を去っていく学生もいるほどだった。

そんなルイズを学生達は『鬼教官』だとあだ名をつけていた。

 アルフォンスのピアノ講師がルイズになったと聞いた友人達は羨ましく思う反面、大丈夫か? と密かに注目されていた。



to be  continued……


第一章 5


「いわゆるイジメと言うヤツだろう。時々あるようなんだ。君も知り合いならオスカーのことが少しわかると思うけど、オスカーは編入試験でこの学校に入って来た。ピアノの腕も、成績も学内一位。それを面白く思わない輩が、集団で講師や学校側にわからないようにイジメているらしい。オスカーもオスカーでね。オレに相談してくれればいいものの、それは絶対にしてくれない。負けん気の強いヤツだから絶対弱音は吐かないし、一人で反抗しているようなんだ。いじめられてバツが悪いと、家には戻ってこなくて、オレの知り合いの店に身を寄せているようなんだけど」

 マーロウは、オスカーに対する今までの不満を一気に吐き出すように言うと、うんざりとした顔をした。

「そうなんですか」

 アルフォンスは相槌を打ちながらも、心の奥底では、安堵していた。

 よかった。マーロウはオスカーの怪我には関係していない。

 それにしても、マーロウの知り合いの店と言うのは、もしかして自分がアルバイトしている店なのかもしれない。だが、バレると都合が悪そうなので、アルフォンスは黙っておくことにした。

 それにしても、マーロウのあの怪我は、ただ事ではない。しかも日常的に負わされているのならば、余計に黙ってはおけなかった。

「マーロウさん、知っているならどうにかしてあげてください」

「もちろん、私もどうにかしたいと思っているさ。でもオスカー本人が、自分は小さな子供じゃないし、事を大げさにしたくないってオレが出て行くのを嫌うんだよ。それに相手も馬鹿じゃないから、なかなか足跡を残さない。オスカーは正々堂々とピアノで勝ってやるって聞かないんだよなぁ」

 マーロウは腕組みしながらしんみりと話した。

「そんな……」

 酷い。そんなことがあっていいのだろうか。

 アルフォンスは夕べの体の傷を思い出すと、オスカーのことが不憫でならなかった。いくら威勢を張っても、オスカーは自分とそう変わらない少年だ。しかも同世代の少年の中でも、体格は少々小さいほうだろう。それが二十歳前後の大学生が、集団で襲ったとしたら……。

アルフォンスは想像して身震いした。

「まあ、この話は本人が言い出すまでは禁句な。もしかしたらお前になら相談するかもしれない。その時は相談に乗ってやってくれ。けして悪いヤツじゃないから。じゃ、オレはこれから講義だから」

 マーロウは片手を上げてそう言うと、スタスタと講堂の方へ歩いていった。

 夕べの出来事は本当だった。オスカーがここの学生で、他の学生にイジメにあっているとは思わなかったが。

 どうにかしてあげたいと思うが、彼はまだ自分がここの学生とは知らないはずだし、いきなり「イジメに遭ってるんだって?」と面と向かって聞くわけもいかない。

 そんなことをすれば、オスカーのことだ。余計に反発するだろう。

オスカーの言う通り、ピアノの腕だけで相手を負かせる事が出来れば良いが、人と言うのは追いつめられたら何をするかわからないところがある。 

オスカーも自分と同じ編入組だと聞いている。もしかして自分もいつそんな目に合わないとは限らない。

自分に何か出来ることはないだろうか。

アルフォンスは掲示板の前で、ぼんやりと考えた。


to be  continued……



第一章 4


    4 

朝、アルフォンスが目を覚ますと、隣に寝ているはずのオスカーの姿はなかった。

 夕べの出来事は夢だったのだろうか。それにしてはリアル過ぎる。自分も上半身裸で寝ていたし、普段、寝る時には消す暖房も、付けっぱなしだった。半信半疑のアルフォンスだったが、時計を見るとすでに大学へ向かう時間はとうに過ぎていた。

このままでは遅刻だ。今まで無遅刻無欠席で、講義の時は一番前の席を陣取るのが、大学に入学してからのアルフォンスの日課だったので、大慌てしながらベッドから飛び起きた。

 とにかく早く大学へ向かわないと。

 アルフォンスは朝食もとらず慌てて服を着替えると、そのまま大学へ向かった。

     *

「アルフォンス、今日はどうしたんだ?」

 遅刻の上、いつも身なりのちゃんとしているアルフォンスだが、今日に限っては髪の毛に寝癖はつくわ、シャツのボタンを掛け違えるは、同級生からみると異様に映ったらしい。

 今まで学業一筋に見えたアルフォンスに、とうとう恋人でも出来たのか? と友達にはからかわれる始末。うまく説明できないアルフォンスは、ただの寝坊だよと言うより他無かった。

 放課後、アルフォンスが練習室へ向かおうとすると、講師であるマーロウが、ちょうど掲示板にポスターを貼っていたところだった。見ると学内コンクールのポスターのようだ。

「コンクールですか?」

「ああ、アルフォンス君か。ここの名物でね。毎年、学内でコンクールが行われるんだよ。応募資格はここの学生なら誰でも参加できる。君もどう?」

「ボク……ですか?」

「実質、優勝者には学生国際コンクール出場権も与えられるから、学内コンクールと言ってもけっこうレベルが高いんだよ」

「でもボクで大丈夫かな」

「どうした? 自信がないか? 君は飛び級でここの編入試験にパスできるぐらいの実力があるんだから、なに、謙遜する事はない。応募の締め切りは今月末までだから、それまでに決めればいい。そう言えば大学には慣れたかい?」

 銀縁めがねを押し上げながら、マーロウが優しい瞳になった。人当たりのよい彼に、どこまで話していいのか、アルフォンスは迷った。

「ええ、まあ」

「……だろうね。寝坊するくらいだから慣れたんだろう?」

 少しからかい気味のマーロウの問いに、どう答えようと考えていたところに、見たことのある少年の後ろ姿が目に入った。少年は長い栗色の髪をひとまとめにして、向かいの棟の廊下を歩いている。

 確かあの後ろ姿は、ゆうべ見た少年だ。なぜ彼がここにいるのだろう。アルフォンスは慌ててマーロウに尋ねた。

「マーロウさん、聞いてもいいですか?」

「コンクールの事かい?」

「いえ、あそこにいる少年はここの学生なのですか?」

マーロウは掲示板のピンを止め終わると、アルフォンスの視線の先を見て答えた。

「ああ。オスカーか。なんだ、君たち知り合いなのか?」

「いえ。知り合いと言うわけでは――。ちょっと見かけたから」

 アルフォンスの声が、尻つぼみに小さくなったけれど、マーロウは気にせず教えてくれた。

「彼はここの学生だよ。君より歳は一つ上。彼も君と同じ編入組でピアノ専攻の学生だ。十二歳の時、大学始まって以来、最年少でここの試験にパスした。今はオレんちに居候してる」

「そうですか」

 先日、マーロウが自分の家に居候が一人いるので下宿は無理だと言ったわけがようやくわかった。だが、自分より一つ年上で、しかも同じ大学、同じピアノ専攻科の学生だとは驚きだ。

 やはり夕べの出来事は、夢ではなかった。ならばあの怪我は大丈夫なのだろうか。もしかして、あの痣はマーロウがつけたとか。居候と言っていたが、実は虐待にでもあっていいて、だからオスカーは家に帰りたくないと言ったのではなかろうか。しかし、マーロウは仮にもここの講師だ。彼がそんな事をするのだろうか。いいや、人は見かけによらないとも言うし。

 アルフォンスは、実家を出る時母から都会は物騒だし、いろんな人がいるから気をつけるように。と言われた事を思い出していた。

「よかったらオスカーと仲良くしてやってくれよ」

 マーロウは呑気そうに言った。アルフォンスは半信半疑だったが、カマを掛けるつもりで尋ねてみた。

「夕べ彼は、マーロウさんのお宅に戻りましたか?」

「いや、戻ってない。なんだ、夕べオスカーと会ったのか?」

「ええ、まあ」

 アルフォンスは夕べの事をマーロウに話すべきか一瞬悩んだ。全て話せればよいが、内緒のバイトの件はできれば話したくない。だが、オスカーの怪我の件も気にならないわけではない。もしもそれに怪我の原因が、マーロウに関係しているとしたら――。とにかく聞いてみよう。

「あの……彼は怪我をしている様子はなかったですか?」

「怪我? またアイツ誰かにやられたのか?」

 それまで穏やかに話していマーロウの顔は、一瞬にして険しい顔になった。

「またと言うと?」

「う……ん」

 先程までなめらかだったマーロウの口が重くなる。やはり彼は何か知っているようだ。話を渋っているのがその証拠だろう。

「あの、ボク、誰にも言いませんよ」

 アルフォンスの言葉を聞いたマーロウは、しぶしぶと口を開いた。


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to be  continued……


第一章 3


 アルフォンスは、オスカーをどうにか一人で部屋に運んだものの、ベッドは一つしかない。暖房と言っても小さなオイルラジエーターヒーターしかないので、部屋が暖まるまで時間がかかる。アルフォンスはとりあえず傷の手当てをしようとオスカーをベッドに寝かし、上着とシャツを脱がす事にした。

 靴を脱がし、コートと上着の袖を抜く。シャツに手をかけると、細い首筋が見えた。

 小柄な体のオスカーは、筋肉がついておらず、少女とも少年とも区別がつきにくい。

まだ男女の経験もなかったアルフォンスだが、もし自分が彼女の服を脱がせる事があるとしたら、こんな感じなのかもしれない。アルフォンスは思わずごくりと息を飲んだ。

 何をドキドキしているんだ。これは怪我を手当するためにやっているだけ。それに彼は自分と同じ男じゃないか。

そう自分に言い聞かせながら、少し震える手でボタンを外していった。

 緊張しながら、ゆっくりとシャツをめくる。だが、ドキドキしているアルフォンスの気持とは裏腹に、目の前には予想外の状況が広がっていて、ただ驚くしかなかった。

「これは……」

彼の脇腹や二の腕には、棒やムチで打たれたような痕がたくさんついていた。痣はオスカーの肌にまるで何かの模様のようについていて、そのコントラストが、余計に彼の美しい白い肌を引き立てているようだった。

 手当をしようとしたが、怪我のほとんどが打撲のようで、特に手当と言う手当も出来ない状態だ。

「さ、さみぃ」

 オスカーは寒いのか、猫のように丸くなり、自分の両手で体を抱きかかえた。

「ごめん。寒かった?」

結局アルフォンスは手当をする事もできず、側にあった毛布で少年の体を優しく包んだ。

「……寒い。寒い」

意識が戻ったのか、オスカーは寒そうな仕草を見せた。

 確かに寒い部屋で、上半身裸にされれば寒いだろう。もっと毛布や布団があればよいが、あいにく他に布団も毛布もない。オスカーは毛布を頭までかぶると、毛布の上からでもガタガタと震えるのがわかった。

 アルフォンスはしばらく考えていたが、自分も上半身裸になると、オスカーの寝ているベッドに入った。

怪我をしている体を、なるべく押さえつけないように優しく触れる。なんて冷たいのだろう。まるで氷の塊を抱いているようだったが、アルフォンスは我慢した。最初はビクリとしたオスカーの体も、暖かいアルフォンスの体に触れると、まるで子猫のように、自分から抱きつくようにすり寄ってきた。

少々狭いが、これなら暖かい。

二人の少年は、いつの間にかそのまま抱き合うように深い眠りについた。


to be  continued……


第一章 2


 アルフォンスは大学に編入すると、徒歩で通えるくらいの路地裏に、古いアパートを借りた。

音大の生徒が中心になって借りるアパートメントもあったのだが、いかんせん家賃が通常よりも高めであったため、苦学生のアルフォンスにはそんな贅沢はできなかった。

ピアノ専攻の生徒だというのに、自室にピアノを用意する事もままならなかったが、幸い、アパートと同じ建物の地下に古いジャズ・バーがあり、バイトの皿洗い募集の張り紙をみて申し込むと、理解のあるオーナーが、空いた時間にピアノを弾いてもかまわないと承諾してくれた。

但し、未成年なからバイトしている事は、誰にも内緒だよと念をいれられたが。

昼間は学業、夜はバイトと、四六時中バタバタと動き回るアルフォンスの生活は忙しくもあったが、それなりに充実したものでもあった。

 アルフォンスは講義が終わると、ジャズ・バーのバイトへ向かった。バイトのある日だけは仕事を終え、誰もいなくなった店でピアノの練習をする。

幸い店は地下にあり、防音設備もされていたので、夜中までピアノを弾く事は可能であった。

バイトのない日は、夜遅くまで大学の練習室を借りて練習に励む。気の済むまでピアノを弾き終わると、寝る為だけにアパートの部屋にもどる。

文字通り四六時中ピアノを弾きまくり、音楽中心の生活。

そんな生活の繰り返しを寂しく思わなくなかったが、それよりも憧れの大学で好きな音楽を学べる事の喜びの方が勝っていた。

そんなある日だった。

アルフォンスはバイトの仕事を終え、誰もいなくなった店でピアノを弾き始めた。

皿洗いの仕事は、指を大事にするピアノ奏者にとっては思わしくない仕事だ。とは言え、食うためだと言えばそんな我が儘も言えたきりではない。

ただでさえ指の動きが鈍くなりがちな寒い時期だと、指が思うように動くまで、念入りに指の運動をする必要がある。

アルフォンスは、いつものように最初は指の動きの練習を中心に、鍵盤の低音から高音へと一つ一つ押さえながら弾いてゆく。一通り指が慣れたら、練習曲の一つを暗譜で弾いていると、入り口のドアを叩く音がした。

こんな時間に誰だろう。オーナーなら鍵を持っているはずだし、お客だろうか。

「すいません。営業は終わりました」

 アルフォンスは鍵盤から手を一旦放し、ドアの方へそう言い放ったが、聞こえていないのかドアを叩く音はやまなかった。

 アルフォンスは手を止め、立ち上がりドアを開けると、一人の少年がドアの下でうずくまっていた。見ると転んだのか、コートもところどころ汚れている。もしかしたら具合でも悪いのだろうか。

「君、大丈夫?」

「……ああ」

 少年は顔を上げて返事をした。一つに束ねた栗色の長い髪が所々ほどけている。少年にしては整った顔立ち。自分と同じ青色の瞳が印象的で、アルフォンスは思わず見とれていた。

彼は、体が痛むのか顔を歪めながらこちらを見ると、店内から出てきたのがアルフォンスだった事に驚いているようだった。

「お前……まだ子供だろ? オーナーは?」

 なんて失礼な人だろう。確かに自分はまだ子供と言われる年齢なのは認めるが、相手だって見るからに子供だ。しかもこんな夜中に、店に何の用があるのだろう。

 ここでバイトをしているのは内緒にしてあるし、ばれるとオーナーにも迷惑がかかってしまう。アルフォンスは怪訝な顔をしながらも、バイトの事は伏せておき、ここでピアノの練習をさせてもらっている事だけを説明した。

「へえ。さっきのピアノはお前なのか」

腹のあたりを押さえながら、よろけながらも少年が立つと、彼はアルフォンスより頭半分くらい背が低かった。

なんだ。この人だってやっぱり子供じゃないか。

 やたら偉そうな口を利く少年を、アルフォンスは自分よりも背が低い事に少しだけ優越感を覚えながら、丁寧に返事をした。

「ええ。ボクです」

アルフォンスは少年の体を支えようと手をさしのべた。

「悪い」

 少年はアルフォンスの差し出した手に、自分の手を差し出した。

 白くて細い指先。美しい手だった。

 アルフォンスは少年の手をひっぱり、体を支えようとしたが、少年は怪我をしているのか腹のあたりを押さえながら前屈みになった。

「痛てぇ」

「大丈夫? 君、もしかして怪我をしているの?」

 見たところ怪我人のようだし、どう見ても自分よりも小さい子供だ。何の用があってこの店を尋ねたのかは知らないが、この少年をこのままにはしておけない。

「家はどこ? 送って行こうか?」

「いや……今夜家には戻れない。ここのオーナーは知り合いだから、今夜だけこの店に泊めてもらいたいと思って」

 どう言う事情があるのかわからないが、この店に泊まると言ってもベッドも何もない。

「ここに泊まると言っても、怪我をしているじゃないか。ボクの部屋はこの建物の上なんだけど、来る?」

 アルフォンスは、言ったそばからなんでこんな言葉が出たのかわからなかった。見知らぬ人を家に泊めるだなんて。けれど自分と同じくらいの少年が怪我をしていて、このまま放置するわけにもいかないだろう。

「いいのか?」

「ベッドは一つしかないけど、ここの店で休むよりも疲れは取れると思うよ」

「じゃ……悪いが頼む」

 アルフォンスは頷くと、「ちょっと待って」と声をかけ、ピアノの蓋を閉め、帰る仕度を始めた。

「練習中だったんだろ? 悪いな」

少年はそれだけ言うと、そのままずるずると床に座り込んだ。よほど具合がわるいのか、一人では立っていられない様子だ。

 慌ててアルフォンスが駆け寄り、肩に手を廻して抱き寄せると、少年はぐったりと身を預けてきた。態度とは違って、案外、華奢な体つきだ。

「君、大丈夫?名前は?」

「オ、オスカー」

 少年はそれだけ答えると、意識を手放した。



to be  continued……

第一章



 アルフォンス・シュバッツが編入した芸術大学では、随時入学試験が行われていた。

通常、授業は十月からスタートするが、アルフォンスが編入したのはすでに冬から春にかけてのことだった。

 合格が言い渡された日、アルフォンスは大急ぎで最終の列車に乗り、日付がかわろうかと言う頃、ようやく家路に着いた。暦の上では春になる時期だと言っても、夜はかなり冷える。

アルフォンスがすっかり冷え切った体で家の前に立ち、まだ灯りがともる部屋を見付けた時には、なんとも言い切れない気持で一杯になった。

合格したのは嬉しいけれど、ここを出て行かなくてはならない。母に心配をかけている自覚と、これから離ればなれに暮らさなければならなくて寂しい思いをするのは自分だけではないという自負を、アルフォンスは嫌というほど心に刻みつけた。

こんな時、母の側に父と兄がいてくれたら。

いいや、そんな風に思うのはよそう。ないものねだりの話をしても仕方がない。

     *

母の話だと、アルフォンスには一つ違いの兄がいたらしい。名をオスカーと言う。アルフォンスが一歳になったばかりの頃、ジュバッツ一家はベルリンへ家族旅行に出かけた。

当時、アルフォンスの父は音楽家であり、作曲の仕事を手がけていた。普段は田舎の街に住み、作曲をする。年、何度か打合せの為、仕事先のベルリンへ出張するのだが、家族で旅行がてら父の出張に着いていった帰りの列車で、一家は爆発事故に遭った。

シュバッツ一家は事故の巻き添えに遭い、助かったのはアルフォンスと母だけ。父はまだ幼児だったアルフォンスをかばい、即死の状態。兄のオスカーに至っては、子供だったせいか遺体さえも見付ける事は出来なかった。

爆発事故は酷いもので、遺体もバラバラになるものも多く、まともに体全部がでてこない者も大勢いた。そんな事故の有様の中、当時二歳である子供のオスカーの遺体が出てこないのも不思議でない騒ぎだった。

それでも母は必死になってオスカーの体の一部でも見つかればと探したらしいが、残念ながら腕一本も見付けられないままだった。

それからアルフォンスは母一人で育てられた。

父が亡くなった後、どうにか家は残せたものの、当分の生活費をまかなう為、家にあった本や楽譜やレコード、ピアノさえも処分せねばならなかった。

唯一、手元に残ったのは、小さなラヂオ。小さい子供が欲しがるおもちゃの代わりに、母はアルフォンスにラヂオを与えた。ラヂオから流れる音楽だけが、アルフォンスにとっての楽しみだった。

音楽家だった親の血がのせいか、アルフォンスには特別な教育もしないのに絶対音感があった。一度聞いた音楽は空で歌え、物音や人の話し声、物がぶつかる音さえも全部音符で聞こえる。また、それをピアノで音を取れる才能があった。

家にはすでにピアノがないので、学校に上がると朝一番に学校へ行き、授業がはじまるまでピアノを弾く。授業が終わると日が暮れるまでピアノの前に座っていた。

そのせいか、ピアノの腕はすぐに音楽の先生は追い抜き、学校で一番上手くなっていた。

自分には音楽しかない。

特別、ピアノを習ったわけでもないが、音楽だけは自信がある。小さい頃から母一人で育てられ、その苦労を見知っているアルフォンスは、早くから独立して母を楽にさせてあげたいと常々考えていた。

アルフォンスの家庭の事情と、才能をよく知る学校の先生が、芸術大学へ奨学金で通える事を教えてくれ、すぐにその話に飛びついたのが三ヶ月ほど前の事。

ようやく十四歳になったばかりのアルフォンスが、飛び級で編入試験に合格できるとは、誰も思ってはみなかっただろう。

こんなにとんとん拍子で事が進む事になるとは思っていなかったが、驚く暇もなく、アルフォンスは一日でも早く自分で自活できるようになりたいと、新しい生活に慣れる事に努力していた。


to be  continued……



【新連載】


ピアノマン


プロローグ


プロローグ

 どのくらい時間が経ったのだろう。つい、疲れて寝てしまった。どこからかピアノの音がする。

アルフォンス・シュバッツは、猫足にビロードがあしらわれたアンティーク椅子の背もたれから身体を起こすと、どこからか聞こえてくるピアノの音色に耳を傾けた。

優しい音色。暖かい。まるで母の子守歌を聴いているようだ。

アルフォンスは瞼を閉じると、遠くに聞こえるピアノの音色に耳を澄ませた。

そうだ。これはあの曲だ。

アルフォンスはなぜこの曲を知っている人がいるのか不思議に思った。

題名はわからない。いつも母が口ずさんでいた曲。この曲を自分の他にも知っている人がいる。 

心臓が高鳴る。アルフォンスは考えると嬉しくてたまらなかった。このピアノを弾いている人がどんな人なのか、すぐに確かめたいと思い席を立ったが、同時にドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 アルフォンスは、慌てて背筋をピンと伸ばして返事をした。

ここはドイツ国内でも有名な国立音芸術学の建物の一室。アルフォンスは、芸術大学の音楽科ピアノ専攻の編入試験を受けるため、早朝に家を発ち、田舎の無人駅から列車に揺られようやくお昼過ぎにここに着いたのだった。

無事に実技テストと筆記テストを受け終わり、審査する間に通されたものの、試験に向けて連日練習で寝不足なのと、やっと試験が終わった安堵感もあったのか、部屋の椅子でついうとうとしてしまった。

「失礼」

ドアのノックと共に、一人の男が部屋に入ってきた。

黒髪に銀縁眼鏡。折り目正しい姿勢を崩さず、一言「おめでどう。君は合格だよ」と言葉をアルフォンスにかけると、とたんに彼は、優しい目になった。

 アルフォンスは、ほっとしたのもつかの間、すぐに椅子から立ち上がると、深くお辞儀をしては礼を言った。

「ありがとうございます」

「よかったね。入学願書はこの後、事務室に寄ってもらうといい。奨学金の申請の書類もそこでもらえる」

「はい」

 男は、聞きもしないのに右手を差し出しながら、勝手に自己紹介を始めた。

「私はマーロウ・ボードマン。ここで作曲科の講師をしている。住まいは決まっているのかい?」

「いいえ。まだ……」

「ウチの部屋が空いていればよかったんだけれど、生憎、今は居候がいてねぇ。まだしばらく出て行きそうにないし、娘も、かみさんも、案外、居候の事を気に入っている様子だから難しいかなぁ」

「下宿先ぐらいは、自分で探しますから」

「そう? 悪いね」

 マーロウは苦笑しながら言うと、事務室で聞けば学生専門の下宿も紹介してくれることを教えてくれた。

「あの……先程、ピアノの音が聞こえていたのですが、どなたが弾いていたのでしょうか」

 おずおずとアルフォンスが言うと、マーロウは拍子抜けした顔をした。

「ピアノの音? ここは芸術大学のピアノ科の棟だからね。ピアノの音はたいてい常に聞こえているよ。誰が弾いているかなんて聞かれても、ちょっとわからないな。なんなら、これからここを見学してみる?」

「いいんですか?」

「ああ、かまわないよ。オレも今日はこれで帰るし。君を案内しても、キャサリンちゃんとの約束には十分間に合うかな。あ、キャサリンちゃんってのは、ウチの娘なんだけどね」

 マーロウは、愛娘の顔を思い出しているのか、急に鼻の下を伸ばす。

 二人は一緒に部屋を出た。マーロウは廊下を歩きながら懐から黒い革の手帳を出すと、間から一枚の写真を見せてくれた。見ると髪の毛をツインテールにした目がまんまるな可愛い女の子と、彼女を抱いた美しい女性が写っている。おそらくこの子供が愛娘と、奥さんだろう。

「わかる?これが娘のキャサリンで、これが僕の奥さん」

「綺麗な方ですね」

 アルフォンスが褒めると、マーロウはうんうんと満足そうな笑みを浮かべて、快く案内をしてくれた。

「ここのフロアがピアノ専攻の練習室」

 マーロウは一番手前にあった防音の扉を開けると、中に入るように促した。

「練習室にもいろいろある。広さも違えば、楽器の台数なんかもね。これが一番多いパターンかな」

 部屋には小さめのグランドピアノが一台。椅子は二脚あり、そう広い部屋ではない。

 ここが練習室か。

 アルフォンスは先程のピアノの主を捜す事も諦めて、一つ大きく深呼吸をした。

 二十世紀初頭。ここはドイツで三百年の歴史を誇る芸術大学。ようやくあこがれの場所に自分は来たのだ。田舎の学校で古いピアノを弾いていた自分が、今、ここに立っている。母と別れて過ごすのは寂しいけれど、自分には音楽しかないし、好きな音楽でお金を稼いで、母を少しでも楽にさせてあげたい。

 アルフォンスは今までの事を思うと、未来を夢見る切符をやっと手に入れたのだと、嬉しい気持で一杯になった。


to be  continued……