第一章
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アルフォンス・シュバッツが編入した芸術大学では、随時入学試験が行われていた。
通常、授業は十月からスタートするが、アルフォンスが編入したのはすでに冬から春にかけてのことだった。
合格が言い渡された日、アルフォンスは大急ぎで最終の列車に乗り、日付がかわろうかと言う頃、ようやく家路に着いた。暦の上では春になる時期だと言っても、夜はかなり冷える。
アルフォンスがすっかり冷え切った体で家の前に立ち、まだ灯りがともる部屋を見付けた時には、なんとも言い切れない気持で一杯になった。
合格したのは嬉しいけれど、ここを出て行かなくてはならない。母に心配をかけている自覚と、これから離ればなれに暮らさなければならなくて寂しい思いをするのは自分だけではないという自負を、アルフォンスは嫌というほど心に刻みつけた。
こんな時、母の側に父と兄がいてくれたら。
いいや、そんな風に思うのはよそう。ないものねだりの話をしても仕方がない。
*
母の話だと、アルフォンスには一つ違いの兄がいたらしい。名をオスカーと言う。アルフォンスが一歳になったばかりの頃、ジュバッツ一家はベルリンへ家族旅行に出かけた。
当時、アルフォンスの父は音楽家であり、作曲の仕事を手がけていた。普段は田舎の街に住み、作曲をする。年、何度か打合せの為、仕事先のベルリンへ出張するのだが、家族で旅行がてら父の出張に着いていった帰りの列車で、一家は爆発事故に遭った。
シュバッツ一家は事故の巻き添えに遭い、助かったのはアルフォンスと母だけ。父はまだ幼児だったアルフォンスをかばい、即死の状態。兄のオスカーに至っては、子供だったせいか遺体さえも見付ける事は出来なかった。
爆発事故は酷いもので、遺体もバラバラになるものも多く、まともに体全部がでてこない者も大勢いた。そんな事故の有様の中、当時二歳である子供のオスカーの遺体が出てこないのも不思議でない騒ぎだった。
それでも母は必死になってオスカーの体の一部でも見つかればと探したらしいが、残念ながら腕一本も見付けられないままだった。
それからアルフォンスは母一人で育てられた。
父が亡くなった後、どうにか家は残せたものの、当分の生活費をまかなう為、家にあった本や楽譜やレコード、ピアノさえも処分せねばならなかった。
唯一、手元に残ったのは、小さなラヂオ。小さい子供が欲しがるおもちゃの代わりに、母はアルフォンスにラヂオを与えた。ラヂオから流れる音楽だけが、アルフォンスにとっての楽しみだった。
音楽家だった親の血がのせいか、アルフォンスには特別な教育もしないのに絶対音感があった。一度聞いた音楽は空で歌え、物音や人の話し声、物がぶつかる音さえも全部音符で聞こえる。また、それをピアノで音を取れる才能があった。
家にはすでにピアノがないので、学校に上がると朝一番に学校へ行き、授業がはじまるまでピアノを弾く。授業が終わると日が暮れるまでピアノの前に座っていた。
そのせいか、ピアノの腕はすぐに音楽の先生は追い抜き、学校で一番上手くなっていた。
自分には音楽しかない。
特別、ピアノを習ったわけでもないが、音楽だけは自信がある。小さい頃から母一人で育てられ、その苦労を見知っているアルフォンスは、早くから独立して母を楽にさせてあげたいと常々考えていた。
アルフォンスの家庭の事情と、才能をよく知る学校の先生が、芸術大学へ奨学金で通える事を教えてくれ、すぐにその話に飛びついたのが三ヶ月ほど前の事。
ようやく十四歳になったばかりのアルフォンスが、飛び級で編入試験に合格できるとは、誰も思ってはみなかっただろう。
こんなにとんとん拍子で事が進む事になるとは思っていなかったが、驚く暇もなく、アルフォンスは一日でも早く自分で自活できるようになりたいと、新しい生活に慣れる事に努力していた。
to be continued……