Kinect アドベンチャー! その2
Kinectの購入と合わせてKinectスポーツとDance Evolutionを買ったのだけれど、子供達と遊ぶとなると結局はKinectアドベンチャーばかりになっています。スポーツのルールに則るのが若干わずらわしいKinectスポーツは子供達のとっつきも悪いようだし、「こんな姿は家族といえども見せられない」と夜中に一人でこっそり遊ぶダンエボはパッケージ自体をエロDVDと一緒に隠している有り様(嘘です)。
しかしこれは他のゲームの敷居が高いのではなく、Kinectアドベンチャーの敷居が低過ぎるのだ。
Kinectアドベンチャーには5種類の体感ゲームがあり、いずれも飛んだり左右に移動したり手足をバタバタ動かしたり、体全体を動かして遊ぶようになっている。面白いなあと思うのは、リバーラフティング(川下り)とワイルドライド(トロッコに乗って障害物を避けながら進む)は体の動かし方は同じなのだが遊ぶ楽しさがまるで違っている事で、他の3つも似たような体の動きだが、やっぱりそれぞれ違った楽しさがある。
自分が思うKinectの特徴はズバリ「大雑把」。機械の精度が悪いという事ではなく、体をソレっぽく動かせば後はコンピュータが楽しく演出してくれるという、ある意味ヒトとコンピュータとの正しい関係がKinectにはある。体感ゲームとしては、針の穴に糸を通す作業よりも手を勢い良く前に突き出したら壁がドガーンと破壊される方が面白い。Kinectアドベンチャーはそんな細けえ事ぁいいんだよ的な仕様が非常にアメリカンな感じがするし、ひいてはマニュアルを碌に読まない(だから任天堂が好きなのだが)自分のようなB型人間や、理屈など説いても無駄な子供にもすぐに遊べる。けれども、Kinectアドベンチャーの楽しさは、逆を言えば従来型のXbox360で出ているような複雑な操作を要求するゲームはKinectに対応する意味がまるでない、という事でもある。
Wiiとの違いはまさにソコで、Wiiの目的は家庭用ゲーム機を体感ゲームに特化するのではなく、Wii以前の複雑な操作のゲームをリモコンという簡単なデバイスでリセットすることだった。それに対してマイクロソフトが打ち出したのは「従来のゲームはそのままにして、新たにWiiよりも体感ゲームに特化したデバイスを作る」という、これまたアメリカーンな思い切った割り切り方だった。WiiもKinectも、デバイスに込められたゲームに対する考え方やお国事情がとてもよく現れている。
しかしこれは他のゲームの敷居が高いのではなく、Kinectアドベンチャーの敷居が低過ぎるのだ。
Kinectアドベンチャーには5種類の体感ゲームがあり、いずれも飛んだり左右に移動したり手足をバタバタ動かしたり、体全体を動かして遊ぶようになっている。面白いなあと思うのは、リバーラフティング(川下り)とワイルドライド(トロッコに乗って障害物を避けながら進む)は体の動かし方は同じなのだが遊ぶ楽しさがまるで違っている事で、他の3つも似たような体の動きだが、やっぱりそれぞれ違った楽しさがある。
自分が思うKinectの特徴はズバリ「大雑把」。機械の精度が悪いという事ではなく、体をソレっぽく動かせば後はコンピュータが楽しく演出してくれるという、ある意味ヒトとコンピュータとの正しい関係がKinectにはある。体感ゲームとしては、針の穴に糸を通す作業よりも手を勢い良く前に突き出したら壁がドガーンと破壊される方が面白い。Kinectアドベンチャーはそんな細けえ事ぁいいんだよ的な仕様が非常にアメリカンな感じがするし、ひいてはマニュアルを碌に読まない(だから任天堂が好きなのだが)自分のようなB型人間や、理屈など説いても無駄な子供にもすぐに遊べる。けれども、Kinectアドベンチャーの楽しさは、逆を言えば従来型のXbox360で出ているような複雑な操作を要求するゲームはKinectに対応する意味がまるでない、という事でもある。
Wiiとの違いはまさにソコで、Wiiの目的は家庭用ゲーム機を体感ゲームに特化するのではなく、Wii以前の複雑な操作のゲームをリモコンという簡単なデバイスでリセットすることだった。それに対してマイクロソフトが打ち出したのは「従来のゲームはそのままにして、新たにWiiよりも体感ゲームに特化したデバイスを作る」という、これまたアメリカーンな思い切った割り切り方だった。WiiもKinectも、デバイスに込められたゲームに対する考え方やお国事情がとてもよく現れている。
新釈 四畳半襖の下張
永井荷風作とされる発禁本を、自分は随分長い間、野坂昭如が書いた「四畳半畳の前貼り」だと勘違いしていた。畳の前貼りって何だよと自分でも思うのだが、それじゃあ襖の下張とは何なのか未だに分からないので勘違いしてもしょうがない(だって襖の前貼りじゃあ余計イミ分かんないじゃーん)として、何故原作が野坂昭如だと思っていたのか疑問だったのだが、四畳半襖の下張事件という裁判があったのだな。どうやらこの事件を何かで見聞きして全部勘違いしたらしい。
というワケで、もちろんオリジナルなんて知る由もない訳ですが、愛染恭子が監督したこの新釈版は濡れ場が中々よろしゅうございまして、過激さよりも卑猥さの高い、ねっとりした中年向けポルノとして申し分ない出来でございました。放蕩の末に身上を潰す大店のバカぼん役の男優が非常にハマっていて、好色そうなタレ目がスケベさを強調し、三浅一深のストロークも昭和ヒトケタ時代の遊び慣れたテクっぽい。芝居の上では女優を先導しつつ、しっかりと女体のエロさを引き立てている。
今作でヒロインを務める麻美ゆまは現役のAV女優だそうで、なるほどオッパイにはナミナミならぬタプンタプンした説得力がありますな。ただ、これは製作側の責任なのだが、冒頭のお座敷シーンのアップから肌の疲れ具合がモロにスクリーンに映ってしまってコレはアカンだろうと。愛染恭子はじめ(おそらく)ピンク映画のスタッフが入っているのならば、他がアレでも女優を奇麗に映す技術だけは一般映画以上のものがあるハズなのに。
で、当の麻美ゆまなんですが、ブログや公式サイトの写真と映画の顔が・・・えらいこと違ってませんか?毎回ビックリするけど、女ってメイクでこんなに変わるもんなの?ブログで見る彼女はとても現代的なかわいらしい感じだけれど、スクリーンの中の彼女は、首をくくろうとする時の思い詰めた表情や、旦那が寄らなくなった寂しさで泣き崩れる様子がとても似合う薄幸な女としてしっかり映画に溶け込んでいたと思う。
役者の衣装も当時の風俗に合わせた感じだし、ヒロインもきっちりと日本髪を結っており、何より製作費が一般映画よりもゼロ一つ(か二つ)少ない筈のこの映画で、全編に渡って現代の風景を完全に閉め出したのは立派だと思う。それだけに、麻美ゆまのアップが奇麗に撮られていないのが物凄く勿体ない。
こんなヒトにオススメ:ピンク映画を基準にすれば、今作はとても上等なんじゃないかと。
というワケで、もちろんオリジナルなんて知る由もない訳ですが、愛染恭子が監督したこの新釈版は濡れ場が中々よろしゅうございまして、過激さよりも卑猥さの高い、ねっとりした中年向けポルノとして申し分ない出来でございました。放蕩の末に身上を潰す大店のバカぼん役の男優が非常にハマっていて、好色そうなタレ目がスケベさを強調し、三浅一深のストロークも昭和ヒトケタ時代の遊び慣れたテクっぽい。芝居の上では女優を先導しつつ、しっかりと女体のエロさを引き立てている。
今作でヒロインを務める麻美ゆまは現役のAV女優だそうで、なるほどオッパイにはナミナミならぬタプンタプンした説得力がありますな。ただ、これは製作側の責任なのだが、冒頭のお座敷シーンのアップから肌の疲れ具合がモロにスクリーンに映ってしまってコレはアカンだろうと。愛染恭子はじめ(おそらく)ピンク映画のスタッフが入っているのならば、他がアレでも女優を奇麗に映す技術だけは一般映画以上のものがあるハズなのに。
で、当の麻美ゆまなんですが、ブログや公式サイトの写真と映画の顔が・・・えらいこと違ってませんか?毎回ビックリするけど、女ってメイクでこんなに変わるもんなの?ブログで見る彼女はとても現代的なかわいらしい感じだけれど、スクリーンの中の彼女は、首をくくろうとする時の思い詰めた表情や、旦那が寄らなくなった寂しさで泣き崩れる様子がとても似合う薄幸な女としてしっかり映画に溶け込んでいたと思う。
役者の衣装も当時の風俗に合わせた感じだし、ヒロインもきっちりと日本髪を結っており、何より製作費が一般映画よりもゼロ一つ(か二つ)少ない筈のこの映画で、全編に渡って現代の風景を完全に閉め出したのは立派だと思う。それだけに、麻美ゆまのアップが奇麗に撮られていないのが物凄く勿体ない。
こんなヒトにオススメ:ピンク映画を基準にすれば、今作はとても上等なんじゃないかと。
ハリー・ポッターと死の秘宝 パート1
内容がどうこう以前に、初登場の頃は3人ともとてもかわいらしい子供達だったのが、いつのまにやらこんなに汚れちまって・・・コラ!ハーマイオニーの巻。
分霊器を破壊する時にハリーとハーマイオニーが乳繰り合う幻覚が映し出されるのだが、そのCG然とした合成っぷりは私の怒りに火をつけた。タワケ者どもが!ヤるならしっかり脱がんかい!!
この前に見た「マチェーテ」でもジェシカ・アルバの首すげかえCGヌードに「これは本物か?いやいや確か彼女は映画では脱がないと言っていた筈」と疑問に思いながらも家に持ち帰って調べたらやっぱりCGだったという事件があり、その時はもしかしてというスケベ心のせいで反応しそびれてしまったが、こんな短期間にCGヌードが連続してしまったということは、これはもうハリウッドの暗黒時代の到来であろう(予言調)。
だいたいさあ、今後どんどんCGヌードの技術が向上してホンモノと見分けがつかなくなる時代が来たとしたら、それはもう脱いでも脱がなくても脱いだコトになりませんでしょうか皆様!エマ・ワトソンだって、別にハリーと裸で絡ませる必要はない(原作にあるかどうかは知らん)だろうに、敢えてそれを見せるのだったらモットえげつないシーンにしやがれ!やつらは欲望のドグマ猛るハイティーンの若者なのだ。ロンの失望を煽るのならもっと二人に腰ふらせんかいCGなら別にどーゆー扱いだってえーんじゃろがオラ!!
あからさまに偽物のボディ・ダブルならばこちらも余裕を持って見られるのだが、首下すげかえのCGヌードが今後まかり通ってしまってはたまらない。「ホンモノかニセモノか?」と本編そっちのけで気が気でなくなってしまう。そんな映画が当たり前になってしまう前に、くたばれハリウッドのシュプレヒコールをあげねばなるまい。合い言葉は人口巨乳より天然微乳!CGのグラン・プリエよりホンモノのチラリズム!!エイエイオー!
というくらい怒ってマス。
なんだか2作目の「秘密の部屋」の蜘蛛の場面を指して「今回の映画は子供にはショッキングなシーンがあります」と事前にアナウンスをした映画と同じシリーズとは思えない。内容的にハードになっているのは確かだけれど、単に地味に格調低くなっていってるだけなように見える。
前作ではダンブルドア校長がハリーに変な水をグビグビ飲ませられるシーンしか覚えていないのでアレなんですが、デビッド・イェーツになってからどんどん平凡な映画に滑り落ちてませんか?映像的に平坦というか、今回の森林ばかりのシーンが「ブレアウィッチ・プロジェクト」と映像的に大差ないのだが、それでいいのか?超ベストセラーを笠に着て映画の出来を不問にされているのをいいことに、ものすごい横着な作りになってないだろうか。
あと、この映画が3Dにならなくって良かったです。パート2も出来れば2Dで観たいです。デビッド・イェーツは地味で薄暗い絵しか撮れないヒトなので、3Dでこれ以上薄暗くて観辛い絵に余計な金を払ってたまるかという心境です。
こんなヒトにオススメ:ストーリーはさておき、この映画でデビッド・イェーツ最高!ってヒトがいるのだろうか
分霊器を破壊する時にハリーとハーマイオニーが乳繰り合う幻覚が映し出されるのだが、そのCG然とした合成っぷりは私の怒りに火をつけた。タワケ者どもが!ヤるならしっかり脱がんかい!!
この前に見た「マチェーテ」でもジェシカ・アルバの首すげかえCGヌードに「これは本物か?いやいや確か彼女は映画では脱がないと言っていた筈」と疑問に思いながらも家に持ち帰って調べたらやっぱりCGだったという事件があり、その時はもしかしてというスケベ心のせいで反応しそびれてしまったが、こんな短期間にCGヌードが連続してしまったということは、これはもうハリウッドの暗黒時代の到来であろう(予言調)。
だいたいさあ、今後どんどんCGヌードの技術が向上してホンモノと見分けがつかなくなる時代が来たとしたら、それはもう脱いでも脱がなくても脱いだコトになりませんでしょうか皆様!エマ・ワトソンだって、別にハリーと裸で絡ませる必要はない(原作にあるかどうかは知らん)だろうに、敢えてそれを見せるのだったらモットえげつないシーンにしやがれ!やつらは欲望のドグマ猛るハイティーンの若者なのだ。ロンの失望を煽るのならもっと二人に腰ふらせんかいCGなら別にどーゆー扱いだってえーんじゃろがオラ!!
あからさまに偽物のボディ・ダブルならばこちらも余裕を持って見られるのだが、首下すげかえのCGヌードが今後まかり通ってしまってはたまらない。「ホンモノかニセモノか?」と本編そっちのけで気が気でなくなってしまう。そんな映画が当たり前になってしまう前に、くたばれハリウッドのシュプレヒコールをあげねばなるまい。合い言葉は人口巨乳より天然微乳!CGのグラン・プリエよりホンモノのチラリズム!!エイエイオー!
というくらい怒ってマス。
なんだか2作目の「秘密の部屋」の蜘蛛の場面を指して「今回の映画は子供にはショッキングなシーンがあります」と事前にアナウンスをした映画と同じシリーズとは思えない。内容的にハードになっているのは確かだけれど、単に地味に格調低くなっていってるだけなように見える。
前作ではダンブルドア校長がハリーに変な水をグビグビ飲ませられるシーンしか覚えていないのでアレなんですが、デビッド・イェーツになってからどんどん平凡な映画に滑り落ちてませんか?映像的に平坦というか、今回の森林ばかりのシーンが「ブレアウィッチ・プロジェクト」と映像的に大差ないのだが、それでいいのか?超ベストセラーを笠に着て映画の出来を不問にされているのをいいことに、ものすごい横着な作りになってないだろうか。
あと、この映画が3Dにならなくって良かったです。パート2も出来れば2Dで観たいです。デビッド・イェーツは地味で薄暗い絵しか撮れないヒトなので、3Dでこれ以上薄暗くて観辛い絵に余計な金を払ってたまるかという心境です。
こんなヒトにオススメ:ストーリーはさておき、この映画でデビッド・イェーツ最高!ってヒトがいるのだろうか
ポケモン GTS
グローバルトレードステーション。略してGTS。Wifiを使って見知らぬ相手とポケモンを交換することができるシステムです。身近にポケモンを交換する相手のいない大きなお友達にとって、ポケモンをコンプリートするためにブラックとホワイトを両方買わなくても大丈夫という、ネットばんざい、DSバンザイと心から思えるシステムです。
まだまだ誰かと対戦する勇気のない自分でも、交換なら気安く行えるというもの。「ポケモンを預ける」を選んで、とりあえずチュリネを預けてモンメンをリクエストすると、後日ホントにモンメンがやってきた。なんとなく気を良くして色々と交換しているうちに、「ポケモンを探す」だとどうなるんだろうと興味が湧いてきました。
「ポケモンを預ける」は、預けたポケモンと欲しいポケモンの条件が一致する相手が現れたら自動的に交換してくれるシステムで、「ポケモンを探す」は欲しいポケモンを指定すると、それを持っている交換相手の候補が7人登場し、彼らが欲しがっているポケモンと自分の交換できるポケモンが一致する相手とポケモン交換するシステムです。
とりあえずホワイトでは出てこないダゲキをレベル無視でリクエストすると、7人の候補が現れました。彼らの要求を見てみると・・・
欲しいポケモン
一人目:ゼクロム
二人目:ゼクロム
三人目:ゼクロム
四人目:ゼクロム
五人目:ゼクロム
六人目:ゼクロム
七人目:ゼクロム
どこまで強欲なんじゃコイツら!!
レベル10あたりのダゲキでゼクロムを手に入れようなんざ、オキアミでクジラを釣るような行為に等しい。ここまで需要と供給を無視した行為が平気で出来るのはその辺りの裏読みができない子供達なのか?それともお見合いパーティーでカップル成立しないくせに高望みを続ける大きなお友達なのか?
自分のゼクロム(やレシラム)をテキトーにつかまえたフツーのポケモンと交換できるか、自分の欲求を最大限に表明するヒトは一度考えるように。
まだまだ誰かと対戦する勇気のない自分でも、交換なら気安く行えるというもの。「ポケモンを預ける」を選んで、とりあえずチュリネを預けてモンメンをリクエストすると、後日ホントにモンメンがやってきた。なんとなく気を良くして色々と交換しているうちに、「ポケモンを探す」だとどうなるんだろうと興味が湧いてきました。
「ポケモンを預ける」は、預けたポケモンと欲しいポケモンの条件が一致する相手が現れたら自動的に交換してくれるシステムで、「ポケモンを探す」は欲しいポケモンを指定すると、それを持っている交換相手の候補が7人登場し、彼らが欲しがっているポケモンと自分の交換できるポケモンが一致する相手とポケモン交換するシステムです。
とりあえずホワイトでは出てこないダゲキをレベル無視でリクエストすると、7人の候補が現れました。彼らの要求を見てみると・・・
欲しいポケモン
一人目:ゼクロム
二人目:ゼクロム
三人目:ゼクロム
四人目:ゼクロム
五人目:ゼクロム
六人目:ゼクロム
七人目:ゼクロム
どこまで強欲なんじゃコイツら!!
レベル10あたりのダゲキでゼクロムを手に入れようなんざ、オキアミでクジラを釣るような行為に等しい。ここまで需要と供給を無視した行為が平気で出来るのはその辺りの裏読みができない子供達なのか?それともお見合いパーティーでカップル成立しないくせに高望みを続ける大きなお友達なのか?
自分のゼクロム(やレシラム)をテキトーにつかまえたフツーのポケモンと交換できるか、自分の欲求を最大限に表明するヒトは一度考えるように。
マルドゥック・スクランブル
オタクという言葉がまだ生まれていなかった1980年代の前半、自分がまだ中学生だった頃のこと。当時はアニメに傾倒していて、アニメージュやファンロードなどを購入している脂っぽい青春を送っておりました。もちろん洋画も結構見ていましたが、ナウシカやマクロスや幻魔対戦などなど、アニメ映画に特に心を踊らせたものです。
当時の映画の進行は、上映時間になってブザーが鳴り、客電の大半が落ちて予告編が上映され、そして全ての客電が落ちると本編が始まるという流れだった。その、客電が全て落ちてから本編が始まるまでに1、2秒の間隔があって、そこが映画館が一番暗くなる瞬間になる。
その瞬間の自分の感覚は、非常に表現しにくいのだが、現実の世界から映画の世界にダイブするような不思議な浮遊感があって、中学生の頃にアニメ映画を観る時にその感覚をよく味わっていた。それは、ニキビ面のショボいガキという偽りの現実から離れて、メカと銃とファンタジーが支配する本当の世界のヒーローに戻る瞬間だった。今のヒトはそれを厨二病と呼ぶけれど、実際中二の頃だったのだからしょうがない。当時の自分はソレがあったからこそ生きられたようなモンだし。
本編の上映前に今作られている(のか?)劇場版マクロスの予告編が放映されたのをキッカケに、マクロス映画つながりで自分が中学生の頃のマクロスを思い出し、だんだん意識が当時の頃に遡ってきて、客電が全て落ちた瞬間に、ホントにひさびさに「あの浮遊感」が蘇ってビックリしてしまった。この映画を観るまで、自分が昔はそこまでワクワクしながら映画を観ていたことすら忘れていたので、もうこの時点で料金分のモトは取った!という気になった。
しかし、映画の世界に飛び込む気マンマンだったワタクシの目に映ったのは、「STOP!映画泥棒」のビコビコマン(←カメラを被った男の動きがビコビコしているから)だった!そのせいで担々麺を食べようしたら実は汁粉だったというくらいの物凄い拒絶反応を起こしてしまったワタクシ。
結局、最悪の心理状態でこの映画を観てしまったワタクシは「マルドゥック・スクランブル」に全く乗れず、「ケッ、15歳の娼婦だってよ」「ネズミが万能武器に!素晴らしい設定でちゅねー」「この話が好きな奴ってホントにそこまで現実で追い込まれるのか?自分を可哀想がってるだけなんじゃねーの?」とまあ、自分の過去を顧みず出てくるわ出てくるわ厨二ワールドにケチをつける言葉の数々。
「マルドゥク・スクランブル」には申し訳ないことをしてしまった。責任をもって続編も劇場で観ますんでヨロシクお願いします。 それも全てあのビコビコマンが悪い。金払って来てる客を泥棒扱いするんじゃねえ!!
こんなヒトにオススメ:あのビコビコマンさえいなければ・・・
当時の映画の進行は、上映時間になってブザーが鳴り、客電の大半が落ちて予告編が上映され、そして全ての客電が落ちると本編が始まるという流れだった。その、客電が全て落ちてから本編が始まるまでに1、2秒の間隔があって、そこが映画館が一番暗くなる瞬間になる。
その瞬間の自分の感覚は、非常に表現しにくいのだが、現実の世界から映画の世界にダイブするような不思議な浮遊感があって、中学生の頃にアニメ映画を観る時にその感覚をよく味わっていた。それは、ニキビ面のショボいガキという偽りの現実から離れて、メカと銃とファンタジーが支配する本当の世界のヒーローに戻る瞬間だった。今のヒトはそれを厨二病と呼ぶけれど、実際中二の頃だったのだからしょうがない。当時の自分はソレがあったからこそ生きられたようなモンだし。
本編の上映前に今作られている(のか?)劇場版マクロスの予告編が放映されたのをキッカケに、マクロス映画つながりで自分が中学生の頃のマクロスを思い出し、だんだん意識が当時の頃に遡ってきて、客電が全て落ちた瞬間に、ホントにひさびさに「あの浮遊感」が蘇ってビックリしてしまった。この映画を観るまで、自分が昔はそこまでワクワクしながら映画を観ていたことすら忘れていたので、もうこの時点で料金分のモトは取った!という気になった。
しかし、映画の世界に飛び込む気マンマンだったワタクシの目に映ったのは、「STOP!映画泥棒」のビコビコマン(←カメラを被った男の動きがビコビコしているから)だった!そのせいで担々麺を食べようしたら実は汁粉だったというくらいの物凄い拒絶反応を起こしてしまったワタクシ。
結局、最悪の心理状態でこの映画を観てしまったワタクシは「マルドゥック・スクランブル」に全く乗れず、「ケッ、15歳の娼婦だってよ」「ネズミが万能武器に!素晴らしい設定でちゅねー」「この話が好きな奴ってホントにそこまで現実で追い込まれるのか?自分を可哀想がってるだけなんじゃねーの?」とまあ、自分の過去を顧みず出てくるわ出てくるわ厨二ワールドにケチをつける言葉の数々。
「マルドゥク・スクランブル」には申し訳ないことをしてしまった。責任をもって続編も劇場で観ますんでヨロシクお願いします。 それも全てあのビコビコマンが悪い。金払って来てる客を泥棒扱いするんじゃねえ!!
こんなヒトにオススメ:あのビコビコマンさえいなければ・・・